戦争と平和 第十四編, レフ・トルストイ

十八


フランス軍が自分で自分を滅すために、ありとあらゆる方法を尽したこの逃走戦は、まずカルーガ街道へ転じたそもそもから、指揮官が軍を棄てて逃走するに到るまで、一切の行動に何の意義もなさそうに思われる。群集の行動を一人の意志に帰する歴史家も、戦争のこの時期――この退却を、そういう意味において叙述することは、到底出来そうもないように思われる。ところが、そうでない。歴史家はこの戦役について、汗牛もただならぬほど多くの書物を著している。そして到る所にナポレオンの作戦と、その深謀遠慮――兵を指導した軍略と、諸元帥の天才的指令を吹聴している。

糧食の豊富な地方へ入る道が開かれているにも拘わらず、またその後クトゥゾフが追撃の際に選んだ平行の道路が開かれているにも拘わらず、小(マロ)ヤロスラーヴェッツから退却したということは、即ち徒らに荒廃した道を辿って退却したと言うことは、様々な意味深長な理由によって説明されている。またスモレンスクからオルシャに至る退却も、同じく意味の深い理由をつけて弁護されている。更にクラースノエにおけるナポレオンの勇敢な行動、と称するものも伝えられている。ここで彼は戦闘に応じて、自ら軍を指揮する決心を固め、白樺の棒をもって歩きながら、「J'ai assez fait l'Empereur, il est temps de faire le général(予は随分長い間、皇帝となっていたが、今は将軍となるべき時である)」と言ったとのことである。しかしそれにも拘わらず、彼はすぐその後で、四離滅裂になっている後方の各部隊を運命の掀翻(きんぽん)に任せて、更に前方へ遁走したのである。

次に歴史家は諸元帥、殊にネイの精神の偉大さを説いている。その精神の偉大と言うのは外(ほか)でもない。夜間迂路に依って林を抜け、ドネープル川を渡り、軍旗も砲も棄てた上、十分の九まで軍隊を失って、オルシャに逃れ着いたことを言うのである。

最後に偉大な皇帝が勇敢なる軍隊を見棄ててしまったことを、歴史家は一種崇高な天才的行動のように描き出している。人間の言葉で卑劣の最下級と名づけられ、三歳の幼児でさえ恥ずべきことと教えられる、この遁走と言う行為でさえも、歴史家の言葉では弁護を与えられているのである。

歴史判断の伸縮自在(エラスチック)な糸を、もうこれ以上不可能と言う所まで引き伸ばしても、ある一つの行動が、全人類によって善もしくは正義と呼ばれているものに全然相反するような場合、歴史家は偉大と言う救いの力を生み出すのである。それはまるで偉大と言うものが、善悪の尺度を超越しているような具合である。偉大な人間にとって悪はない。如何に恐怖すべきことでも、そのために偉大な者が罪に問われるような恐れはない。

「C'est grand(これは偉大である)」と歴史家は言う。その時にはもう善も悪もない。ただ「grand」と「非 grand」があるだけである。grand は善で非 grand は悪である。grand は歴史家の考えによると、彼らが英雄と呼んでいるところの、ある特殊な動物の特質なのである。ナポレオンは瀕死の戦友ばかりでなく(彼の意見によれば)自分でここまでつれて来た多くの人々をも見棄てて暖かい毛皮外套にくるまって逃げながら、C'est grand(これは偉大だ)と感じて、その良心は安らかだったのである。

「崇高(ナポレオンは自分の中に何かしら崇高なものを見ていた)と滑稽とは、ただ一歩の差に過ぎない」とナポレオンは言った。すると、全世界は五十年の間「Sublime! Grand! Napoléon le grand! Du sublime au ridicule il n'y a qu'un pas!(崇高だ! 偉大だ! ナポレオンは偉大だ! 崇高と滑稽とはただ一歩の差だ!)」と繰り返している。

善悪の尺度によって量り得ない偉大を認める事は、ただ自分の無価値と、限りなき弱小を認めるに均しいと言うことに、誰ひとり思い及ぶものがないのである。

キリストから与えられた善悪の尺度を持つ我々にとっては、計量することの出来ないものは一つもない。淳真と、善良と、正義のないところに、偉大はないのである。