戦争と平和 第三編, レフ・トルストイ

十一


次の日、皇帝はヴィシャウに鹵簿(ろぼ)を駐めた。侍医のヴィリエは幾度か皇帝のもとへ呼び寄せられた。大本営でもその近くの各隊でも皇帝御不例の噂が広まった。近臣の話によると、彼はこの夜おちおち眠らず、また何一つ食を摂らなかった。この病気は皇帝の感じやすい心を貫いた、戦死者や負傷者の強い印象が原因であった。十七日の払暁(ふつぎょう)、一人のフランス将校が前哨から連れられて来た。彼は皇帝に謁見を求めて、軍使旗を立てて来たのである。この将校はサヴァリイ(アンヌ・ジャン・マリー・ルネ・サヴァリイ(一七七四年-一八三三年)。フランスの軍人、外交官。ナポレオンの忠臣として知られる。)であった。ちょうど皇帝は寝付いたばかりだったので、サヴァリイはしばらく待たねばならなかった。正午になって彼は皇帝のもとへ通された。そして一時間の後、ドルゴルーコフ公爵と共にフランス軍の前哨へ赴いた。

噂に依ればサヴァリイ派遣の目的は、アレクサンドル皇帝にナポレオンとの会見を申し込むためであった。皇帝自らの会見は拒絶された(このためにロシア全軍は、非常な悦びと誇りとを感じたのである)。そして皇帝の代理として、ヴィシャウの戦闘の勝利者たるドルゴルーコフ公爵が、ナポレオンと談判のためサヴァリイと共に遣わされた。但しこの談判が(味方の希望には背くけれど)、実際、平和克復を目的とするものであるなら、と言う条件付きであった。

夕方ドルゴルーコフは帰って来た。彼は直ちに皇帝の許(もと)へ赴いて、長い間、差し向かいで対談した。十一月十八日から十九日にかけて、軍はまた更に二行程の前進をした。そして数度の短い交射の後、敵の前哨は退却し始めた。十九日の正午から軍の幹部の間に、興奮した忙しげな激しい動作が始まった。それはかの記憶すべきアウテルリッツ戦の当日たる、翌二十日の朝まで続いた。

十九日の正午までこうした動揺や、活気に充ちた談話や、奔走や、副官の派遣などは、単に両皇帝の大本営にのみ留まっていた。が、同日の午後に至って、動揺はクトゥゾフの本営にも、縦隊長官の参謀部にも伝わった。夕刻この動揺は副官達を通じて、全軍の細部細部に拡がってしまった。十九日から二十日に亘(わた)る夜のうちに、八万の連合軍は宿営地を発した。そしてがやがやとどよめきの声を立てながら、九露里に連なる巨大な帯をなして進んで行った。

今朝、両皇帝の大本営に始まって、それに続くすべての運動に衝動を与えた緊張した動作は、塔上に聳(そび)える大時計の中なる、中心車輪の第一動に似ていた。第一の車が静かに動き始めると、続いて第二第三の車が回転し、やがてあらゆる車輪、滑車、歯輪などが次第に早く回り始める。それと共に仕掛けてある楽器(オルゴール)が鳴り出したり、人形が飛び出したりして、運動の結果を示す二つの針が、正確に動いて行くのである。

(時計の構造と同じく軍の組織においても、一度生じた運動は最後の結果を見るまで阻止し得るものでない。まだ運動の伝わらない機械の諸部分は、伝達の一分前まで平然として静止している)車が歯と歯を噛み合わせながら、軸とすれ合う音を立て、滑車は速い回転のためにしゅっしゅっ鳴っているのに、すぐ隣の車はまるで百年くらい、そのままじっとして居兼ねないような風で、落ち着き払って静止している。しかし一瞬の後にちょっと挺(レバー)が触れると、車は運動の力に征服されて、かちかちと音を立てながら回転し始める。そして自分には結果も目的も知れない、一つの大きな動作に合わしてしまうのである。

(時計において無数の様々な車や、滑車の複雑な運動の結果が、単に時を示す針の緩やかな正しい運動に過ぎないのと同じく、これ等十六万のロシア、フランス、両軍の複雑な結果――これ等の人々の情欲、希望、悔恨、屈辱、苦悶、自尊、恐怖、歓喜の結果も――単にアウステルリッツ役、所謂(いわゆる)三皇帝戦の敗北に過ぎなかった。取りも直さず人類史の文字盤における、世界歴史なる指針の緩やかな移動に過ぎないのである)

アンドレイ公爵はこの日、当直で始終、総指揮官の傍に付いていた。

午後五時過ぎクトゥゾフは両皇帝の大本営へ赴いて、しばらく陛下のもとに時を過ごした後、式部長トルストイ伯爵の所へ出掛けた。

ポルコンスキイはこの時間を利用して、事の詳細を知るべくドルゴルーコフのもとへ行こうと思った。アンドレイ公爵は、クトゥゾフが何か機嫌を悪くして不満を感じている事、また大本営でも彼に対して不満を抱いている事、そして大本営付のすべての人々が、何か他人の知らない事を知っていると言ったような調子で、クトゥゾフに対している事などを直感した。こう言う訳で彼はドルゴルーコフと話してみたくなったのである。

「いや、御機嫌よう mon cher(モン・シェル)」ビリビンと共に茶の卓に向かっていたドルゴルーコフはこう言った。「明日のお祝いをしている所なんだよ。どうだね、君んとこのお爺さんは? 機嫌が悪いかね?」

「別に機嫌が悪いと言う訳ではないが、何だか閣下は、自分の言い分を聞いて貰いたいような風です」

「しかしあの人の言い分は軍事会議でも聞いたし、また道理のある事を言えば、何時でも悦んで聞くさ。が、目下の如く、ボナパルトが何よりも一番決戦を恐れている時に、悠々と何やら待つという事は不可能だ」

「ああ、あなたはあれを御覧なすったんでしょう?」アンドレイ公爵は言った。「ボナパルトはどんな風です。あなた、どんな印象を受けました?」

「そうだね、僕は彼を見てこう信じちゃった。彼はこの世で何よりも一番決戦を恐れている」とドルゴルーコフは、ナポレオンとの会見に依って得たこの総括論を、自分でも非常に尊重しているらしく、こう繰り返した。「もし彼が決戦を恐れていないとすれば、彼は何の必要があってあの会見を要求し、下らない談判など始めたのだろう。それに第一、日頃の作戦法に反して、退却を始めたのが可笑しいじゃないか? 全くだよ、彼は決戦を恐れている、実際、恐れている。彼の最後の時が到ったのだ、こう僕は断言して憚らない」

「しかしナポレオンはどんな風です、え、聞かして下さい」とアンドレイ公爵はまた訊いた。

「彼は鼠色のフロックコートを着た男で、切(しき)りと僕に『陛下』と言って貰いたがっていたが、何らの尊称も受け得ないで、すっかり悄気(しょげ)ていた――こうした風の男さ、それ切りなんだ」微笑を帯びてビリビンを顧みながら、ドルゴルーコフはこう答えた。

「僕は勿論、老クトゥゾフに対して非常な尊敬を抱いている」と彼は語を続けた。「しかしナポレオンが確実に我が軍の掌中にある時に当たって、何物かを期待しながら荏苒(じんぜん)日を送って、その間に敵を遁逃(とんとう)させたり、我が軍を欺いたりする暇を与えたら、我々一同いい馬鹿を見る訳じゃないか。そうだ、スヴォーロフ将軍とその教訓を忘れてはいけない。つまり被攻撃者の位置に立たないで、自ら攻勢を取らなくちゃならない。そうじゃないか。若い人々の精力が、老練な大事取りの経験を全部合わしたよりも、正確な道を示す事がしばしばあるからね」

「しかし我々は如何なる陣形で彼を攻撃するのですか? わたしは今日、前哨へ行って見ましたが、彼の主力は果たしてどの辺にあるか、決し難いと思います」とアンドレイ公爵が言った。

彼は自分で編成した攻撃の計画を、ドルゴルーコフに話したかったのである。

「ああ、そんな事は全然どうだっていいのだ」ドルゴルーコフは立ち上がって、卓の上に地図を拡げながら、早口にこう言い出した。「すべての場合がすっかり予想してあるんだ。もし敵がブリュンヌに居るなら……」

と、ドルゴルーコフ公爵は口疾(くちど)に不明瞭な調子で、ヴァイローテルの側面運動の計画を話した。

アンドレイ公爵は口を挿んで、自分の計画を論証し始めた。それはヴァイローテルの計画と同様に、優れたものであったろうが、ただ一つの欠点は、ヴァイローテル案が既に賛同を得てしまったと言う事である。アンドレイ公爵がヴァイローテル案の不利と、自案の利益とを論証し始めるや否や、ドルゴルーコフ公爵は彼の言葉を聞かなくなった。そして地図の方を見ないで、アンドレイ公爵の顔を気の無い様子で眺めていた。

「しかし、今日クトゥゾフの所で軍事会議がある筈だから、君そこですっかり意見を発表したらいいだろう」とドルゴルーコフは言った。

「わたしは無論そうします」地図を離れつつアンドレイ公爵は言った。

「何をあなた方は気を揉んでるんです!」今まで楽しげな微笑を浮べながら、二人の話を聞いていたビリビンが、洒落でも始めるらしい調子でこう言った。「たとえ明日が勝利だろうと敗北だろうと、ロシアの名誉はちゃんと保護されていますよ。何故って君のクトゥゾフの他、我が軍にロシアの司令官は一人も居ないんですからね。ヴィンプフェン将軍、リヒテンシュタイン公爵、ホーヘンローエ公爵(いずれもオーストリア軍の司令官)、ランジェロン伯爵(ルイ・アレクサンドル・アンドロー・ド・ランジェロン(一七六三年-一八三一年)。フランス出身のロシアの軍人、貴族。フランス革命時にロシアに亡命する。)、それから最後にプルシュ……(プルジエ・プイシエーフスキイを挙げるつもりでその名を度忘れしたのである)。それから未だ大分プルシュ・プルシュがあります。だってポーランド人の名前は皆こんな風じゃありませんか」

「口が悪いね。少し慎み給え」とドルゴルーコフは言った。「それは間違いだよ。目下二人のロシア司令官が居るじゃないか、ミロラードヴィッチにドフトゥロフさ。今一人アラクチェーフ伯爵を挙げたいのだが、あの人は余り神経が繊弱(せんじゃく)すぎる」

「時に、クトゥゾフ閣下はもうお帰りになった頃と思います」とアンドレイ公爵は言った。「皆さんの幸福と成功を祈ります」と付けたして、ドルゴルーコフとビリビンの手を握り締めながら、彼はそこを出た。

帰営の後、アンドレイ公爵は、自分の傍に黙って腰掛けているクトゥゾフに向かって、明日の戦をどう考えるかと、訊かないでいられなかった。

クトゥゾフは厳つい顔をして自分の副官を眺めたが、しばらく無言の後、こう答えた。

「わしは敗北だと思う。で、わしはトルストイ伯にその話をして、陛下に伝えて下さいと頼んだのだ。所で、君は陛下がどんな返事を下すったと思う? Eh, mon cher général, je me mêle de riz et des côtelettes, mêlez-vous des affaires de la guerre(何を言うのだ将軍、わしは今、米とカツレツで忙しいのにお前は、戦争の事で夢中になっているね)なあ……これがわしに対する御返事なのだ!」