戦争と平和 第八編, レフ・トルストイ

五


裕福な令嬢との結婚が、ペテルブルクで成功しなかったので、ボリースは同じ目的を以てモスクワへやって来た。モスクワで彼は最も裕福な二人の令嬢ジューリイとマリヤの中間に迷っていた。マリヤは容貌の醜いにも拘わらず、ボリースの目には、ジューリイよりも魅力があるように思われたが、彼はなぜかマリヤの後を追い回すのがばつが悪かった。最近、老公爵の命名日に彼女と会ったとき、彼はマリヤに感情的な話を持ち掛けようと、あらゆる手段を尽して見たが、彼女は辻褄の合わぬ答えばかりして、相手の言葉を聞いてもいないらしかった。

それに反してジューリイは、一種独自の風変わりな方法ではあるが、好んで彼の親切を受け容れた。ジューリイは二十七であった。兄弟の死後、非常な金持ちなった彼女は、今すっかり不器量になってしまっていたが、心の中では、自分は依然として美人であるのみならず、以前よりずっと魅力に富んで来たとさえ考えていた。彼女にこんな迷いを起こさせた理由は、第一に大変な金持ちなった事、第二に彼女が年を取れば取るほど、男に取って危険が少なくなる、即ち何らの義務も負わず自由に彼女と応待が出来て、彼女の許(もと)で催される晩餐会や夜会や、その他賑やかな会合の楽しみに加わる事が出来る、という事であった。十年以前、まだ十八やそこらの令嬢のいる家へ毎日出入りして、相手にも迷惑を掛け、自分自身をも束縛することを恐れた男が、今は大胆に毎日のように押し掛けて、結婚前の令嬢としてでなく、性を持たぬ単なる知人として彼女に接したのである。

カラーギン家はこの冬、モスクワにおける最も愉快な客あしらいのいい家であった。日を定めて催す夜会や晩餐会の他、カラーギン家では毎日のように多数の客、殊に男連中が集って、十二時近くに夜食をして、二時過ぎまで坐り込んで行くのであった。舞踏会でも散歩でも芝居でも、ジューリイの抜けることは一度もなかった。彼女の衣裳はいつも流行の粋を極めていた。しかしそれにも拘わらず、ジューリイは一切の物に幻滅を味わった人のように見えた。そして誰を摑まえてもすぐ自分は友情も恋も、また如何なる人生の歓楽をも信じない、ただあの世で慰藉を待つばかりだと言った。彼女は非常な絶望を経験した娘――言わば恋人を失うとか、もしくは恋人のために手ひどく欺されるとか、そういう目に遭った娘の口調をすっかり手に入れてしまった。もっともそんな事は少しもなかったのだけれど、皆、彼女をそんな風な女として眺めていたし、彼女自身も人生の痛苦を嘗め尽したように信じ切っていた。しかしこの憂鬱(メランコリイ)も彼女の楽しみを妨げなかったし、彼女の家へ出入りする若い人達が、愉快に時を過ごす邪魔にもならなかった。この家へ来るすべての客は、まず女主人の憂鬱的(メランコリック)な気分に年貢を納めて置いてから、その後で世間話や舞踏や論理の遊戯や、それからカラーギン家で流行っている作詩競技などを始めるのであった。ただ幾人かの若い人達は(その中にはボリースも入っていた)他の者に比べて、余計ジューリイの憂鬱的な気分に深入りした。またジューリイもこれ等の青年を相手に他の人の居ない所で、浮世の儚なさを割合に長い間語り合った。そして侘しい文句や詩や画で書き潰したアルバムを、これ等の青年に開けて見せるのであった。

ジューリイはボリースに特別優しかった。そして彼が早くから人生に失望したのを憫(あわ)れんで、自ら人生の痛苦を嘗め尽した人として、能う限り友愛に充ちた慰藉を与え、自分のアルバムをも開けて見せた。ボリースは彼女のためにその中へ二本の木を描き、Arbres rustiques, vos sombres rameaux secouent sur moi les ténèbres et la mélancolie(孤独なる木よ、汝の小暗き枝は我に闇と愁(うれ)いを振るい落とす)と書き添えた。

また他の場所へ彼は墳墓を描いて、その上に詩を添えた。

La mort est secourable et la mort est tranquille
Ah! contre les douleurs il n'y a pas d'autre asile

(死に救いあり。死に憩いあり。
ああ! そを措きていずこにか悲哀を防ぐすべを求めん。)

ジューリイはようございます事と言った。

「Il y a quelque chose de si ravissant dans le sourire de la mélancolie(憂鬱の微笑の中には、何かしら魅惑的なものがありますわねえ)」本の中から書き抜いた句を一分一厘も違えずに、彼女はボリースに向かってこう言った。「それは影の中にさす一条の光線です、哀愁と絶望の間にあって、慰藉の可能を示してくれるニュアンスですわ」

これに対してボリースは詩を書いてやった。

Aliment de poison d'une âme trop sensible,
Toi, sans qui le bonheur me serait impossible,
Tendre mélancolie, ah, viens me consoler,
Viens calmer les tourments de ma sombre retraite
Et mêle une douceur secrète
A ces pleurs, que je sens couler.

(あまりにも多感なる魂を養う毒よ
汝をよそにして幸は有り得じ
おお優しき愛よ、来たりて我を慰めよ
わが暗き孤独の苦しみを慰めよ
せぐり来る心地ぞすなる涙の中に
人知れぬ甘さをば交えてしがな。)

ジューリイは何とも言えぬ悲しい夜想曲をボリースに竪琴で弾いて聞かせた。ボリースはまた彼女に『哀れなるリーザ』(ニコライ・カラムジン(一七六六年-一八二六年)による小説。ロシアにおける啓蒙主義、感情主義を代表する作品として知られる。)を読んで聞かせたが、幾度と無く興奮のために息を窒(つ)められて、ちょいちょい朗読を止めなければならなかった。社交界で出会う時ジューリイとボリースは、世界中で自分達二人のみがすべてに興味を失った人間として、互いに了解し合っているのだ、と言った風な視線を交換するのであった。

母親の話相手として、足繁くカラーギン家へ出入りしていたドルベツカーヤ夫人は、その間にジューリイの所有となっている遺産が、どれくらいあるかという事を正確に調べて見た(遺産はペンザの領地が両方と、それにニジニ・ノヴゴロッドの森であった)。アンナ夫人は主の御心に随喜しながら、我が子とジューリイとを結び付けた都雅(とが)な哀愁を観察していた。

「Toujours charmante et mélancolique, cette chère Julie(ジューリイさん、あなたはいつもいつもお美しくって、メランコリックでいらっしゃいますねえ)」と彼女は令嬢に向かってこう言った。「ボリースはね、お宅へ上がると心が安まるって申しますの。あれはもう色々の失望を味わって、大変感じ易くなりましたからねえ」母夫人に向かってはこう言った。「ねえボリース、わたしは近頃ジューリイさんが、好きで堪らなくなったよ」と彼女は息子に言った。「それはとても口で言う事が出来ません! それに誰だってあの人を好かずに居られないよ。本当に何という浮世ばなれのした、神々しい方だろうねえ! ああボリース、ボリース!」彼女はちょっと口を噤(つぐ)んだ。「わたし、あのお母さんがお気の毒でならないよ」とまた言葉を続けた。「今日ペンザから来た計算書や手紙を見せて下すったが(あの家には莫大な領地があるんだからね)、お可哀そうにたった一人っ切りだから、みんなで騙そう騙そうと掛かってるんだよ」

ボリースは母の言葉を聞きながら、見えるか見えないくらいにほほ笑んだ。彼は母の無邪気(ナイーブ)な策略をつつましやかに嘲笑(あざわら)ったが、ペンザとニジニ・ノヴゴロッドの領地については、注意して耳を傾けたばかりでなく、時々何かと自分の方からも訊ねた。

ジューリイはもうとうから、この憂鬱(メランコリック)な崇拝者の結婚の申し込みを待ち設けながら、それを承諾するつもりでいた。しかしボリースの心の底に潜む嫌悪の情、ジューリイ自身と、その燃えるような結婚の望みと、不自然な言語挙動に対する嫌悪の情、それにつけてこの先本当の恋を感じる事が有っても、諦めなければならぬという恐怖の念が、いまだにボリースを引き止めていた。その中に彼の休暇の日限も終りに近付いて来た。彼は毎日毎日カラーギン家に入り浸って、毎日のように心の中であれやこれやと思案した挙句、是非明日にも申し込みをしようと独り言つのであった。しかしジューリイの前へ出て、その赤い顔や、ほとんどいつも白粉のこびり付いた下顎や、潤みを帯びた目や、いつでも憂鬱から一足飛びに、結婚生活の度外れな歓喜へ移って見せます、とでも言いそうな表情を眺めていると、どうも最後の一言を発する気になれなかった。彼はもうとうから心の中で、自分をペンザとニジニ・ノヴゴロッドの領地の持ち主のように空想して、その収入の使い途(みち)さえ決めて居たのだけれど……ジューリイは彼の狐疑逡巡の体を見て、時々、嫌われているのではあるまいかという考えが頭に浮んで来た。けれど婦人特有の自惚れが傍から彼女を慰めて、ボリースは恋しているために、きまりが悪くて言えないのだと決めてしまった。とは言え、憂鬱(メランコリイ)は段々焦燥の念に変わって行った。ボリースの出発間際になって、彼女は断固たる方策を講じた。ちょうどボリースの休暇の終ろうとする時、モスクワへ(従って当然カラーギンの客間へも)アナトーリ・クラーギンが現れた。するとジューリイは突然今までの憂鬱を棄てて、恐ろしくはしゃぎ始めた。そしてクラーギンに注目するようになった。

「ねえお前、わたしはさる確かな筋から聞き込んだがね、le prince Basile envoie son fils à Moscou pour lui faire épouser Julie(ヴァシリイ公爵が息子のアナトーリさんをモスクワへお寄越しなすったのは、ジューリイさんに娶せるためなんだとさ)。わたしはあの通り大のジューリイさんびいきだから、あの人が可哀そうで堪らないんだよ。え、ボリース、お前は何とお思いだえ?」とアンナ夫人は息子にこう言った。

この一月の間、ジューリイの傍へくっ付いて、苦しい憂鬱の行(ぎょう)をした事も徒労に帰し、ちゃんと腹の中ですっかり具合よく使い道まで決めておいた、ペンザ領の収入も人手に渡して(しかも愚かなアナトーリの手に渡して)、自分一人馬鹿を見なければならぬと思うと、ボリースは忌々しくって堪らなかった。彼は必ず申し込みをしようという固い決心を抱いて、カラーギン家へ赴いた。ジューリイは陽気な苦労の無さそうな顔付きで彼を迎え、昨夜の夜会の面白かった事を無造作な調子で話した上、ボリースに何時出発するかと訊ねた。ボリースは恋を打ち明ける決心で来たのだから、従って態度も優しくしようと考えていたが、それにも拘わらず彼は苛々した調子で、女の移り気な事を言い出した。女というものは容易(たやす)く憂愁から喜悦に移り得る、女の気分は自分の跡を追い回す男に依って、左右されるものだなどと言った。ジューリイはむっとして、それは本当です、女にだって変化が必要です、いつもいつも同じものでは誰だって飽き飽きしますと言った。

「それなら御忠告しますが、いっそ……」ボリースは一つ皮肉ってやるつもりでこう言い掛けたが、その瞬間、うっかりしていたら自分は目的を達し得ないで、今までの努力を水泡に帰し、空しくモスクワを去るようにならぬとも限らぬ、こういう忌々しい考えが浮んで来た(そんな事は彼として今まで経験のないことである)。

彼は話を中途で止めて、不愉快に苛々した、思い切りの悪い女の顔を見ないように目を伏せた。そして、

「僕は決して、あなたと喧嘩をするために来たのじゃありません。それどころか……」と言った。

彼は続けてもいいかどうか窺うために、ちらと女の顔を見た。彼女の苛立たしさは不意に消え失せて、落ち着きのない哀願の目が貪るような期待の情を帯びて、男の方へ注がれていた。『俺は結婚しても、この女と余り会わないようにするのは易しい事だ』とボリースは考えた。『それにもう一旦乗り出した船だ、どうしても終いまで漕ぎ付けなくちゃならない!』彼はさっと顔を赤めて、女の方へ目を上げながら言った。

「あなたは僕の心持ちを御存じでしょう!」

もうそれ以上言う必要はなかった。ジューリイは勝利と満足に輝き渡った。しかし彼女は普通こんな場合、男の言うことを、無理にボリースに言わせた。つまり彼が自分を愛している事、これまで自分より他の女を一度も恋しなかった事などを、男の口から言わせた。ジューリイはペンザの領地とニジニ・ノヴゴロッドの森に対しても、これくらいの要求をしてもいいと考えたのである。そして首尾よく要求通りの返事を得た。

婚約の男女はもう自分達に『闇と愁(うれ)いを振るい落とす木』の事は噯(おくび)にも出さないで、ペテルブルクにおける華麗な住宅の設備について、様々な計画を立てたり、訪問したりして、花々しい結婚式のためにあらゆる準備を整えた。