奇談, ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)

狐の話


松江の士族が、ある夜家へ帰る途中に母衣町ほろまちという通りで、犬達に追いかけられ命懸けで走る1匹の狐を見かけた。持っていた傘で犬を叩いて追い払うと、そうして狐は逃げる隙を得られた。次の日の晩、誰かが戸を叩く音が聞こえたので、開けてみるとたいそう可愛らしい少女がそこに立っていて言った「昨夜ゆうべはあなたの尊いご親切が無ければ、確実に死んでいるところでした。私はまともな感謝の仕方を知りませんが、これはお粗末なだけの少しばかりのお礼です。」そして小さな包みを彼の足元に置いて去った。包みを開けてみると二羽の美しいかもと二枚の銀貨であった──これは長くて重い葉っぱの形をした硬貨で──それぞれ十ドルか十二ドルの価値が有る──骨董品の収集家が熱心に探し求める類いの物だ。少ししてから硬貨のひとつは目の前で草切れに変わり、別の物はいつまでも無事であった。

松江の医者の杉貞庵すぎていあんさんは、ある晩出産の患者の世話をするため、市街から少し離れた白鹿山しらがやまという丘の上の屋敷へ呼ばれた。彼は高貴な家紋の描かれた提灯を持った使用人に案内された。豪邸に入ると丁寧ていねいに侍の作法で迎えられた。母親は無事に元気な子供を産んだ。家族は医者を豪華な夕食に招待して優雅にもてなし、土産とお金を積んで家まで送った。翌日、日本の礼儀作法に従ってもてなしのお礼をしに再び訪ねて行ったが、屋敷は見付けられなかった。実のところ白鹿山には森の他には何も無かった。家に帰って支払われた黄金を調べ直してみた。草に変わった1個の他は全て良好であった。

物好きは都合良く狐神に関する迷信を利用する。

松江に何年か前、ことのほか広く常連を抱えて繁盛する豆腐屋があった。豆腐屋は──豆を調理した凝乳で外見が良質のカスタードによく似た──豆腐を売る店。全ての食べ物の中で、狐は豆腐とそば粉で調理された蕎麦が大好物である。上品に着飾った人の外見をした狐の伝説さえ有り、かつて湖水端こすいばたの人気の蕎麦屋、乃木の栗原屋を訪れてたくさんの蕎麦を食べた。しかし客が帰った後で支払われたお金が木の削り屑に変わった。

豆腐屋の店主は違った経験をした。みすぼらしい身なりをした男がひとり毎晩店へ豆腐を1丁買いに来て、しばらくの空腹を埋めるため早急さっきゅうにその場でがつがつ食べた。数週間毎日やって来てひと言も話さなかったが、ある晩主人は客のボロ着の下からふさふさした白い尻尾の先が突き出ているのが見えた。その光景は奇妙な憶測と異様な期待を引き起こした。その晩から不思議な訪問者に媚びへつらい、親切な扱いを始めた。それでも話しをする前に更に1ヶ月が過ぎた。それから話したのは、およそ次のようなことだ──

「そなたには拙者が人に見えるであろうが人にあらず、そなたを訪ねる時だけ人の姿を取るのじゃ。そなたのよく訪れる拙者の寺が有る高町たかまちから来た。それで今夜は、そなたの信心と善良な心に報いたいと思い大災厄から救いにやって来た。明日この通りが焼け、そなたの家の他は全ての家がすっかり滅びてしまうのを我が通力によって知った。拙者が回避のための護符を作ろう。しかしこれを行う手順として、そなたは蔵(土蔵)を開けて入れるようにし、誰も拙者を見てはならん、生者の目に見られると護符の効果が無くなるでな。」

店の主人は熱烈な感謝の言葉と共に倉庫を開け、うやうやしく稲荷もどきを入れ、家族や使用人に誰も見張りをしないよう指示を与えた。この指示はとてもよく守られ、倉庫内の貯蔵品と家族の貴重品は夜の間に問題なく持ち去られた。翌日空っぽになった蔵が発見された。そして火事は起こらなかった。

簡単に別のにせ稲荷の餌食になった、もうひとりの松江の裕福な店主の確かな実話が有る。この稲荷が言うには、夜に決まった宮へいくらでもお金を置いておけば、朝には二倍になって見付かるだろう──それが終生の信仰への褒美である。その店主がごく少額を宮に運んだら十二時間の内に二倍になっているのを見付けた。それからもう少し大金を預けると同様に増加した。更に覚悟の上で数百ドル相当にしても再現した。しまいには、ある晩その神の宮へ銀行から全財産をおろして置いた──が、再び見ることは無かった。

地行場じぎょうば稲荷の訪問からの帰り、そこの案内をした日本人の使用人は、隣の家の七歳になった息子がある朝遊びに出て二日間消息を断ったという、この話をしてくれた。はじめ両親は心配しないで、もしかしたら親戚の家へ行って、時々するように一日か二日泊っているのだろうと思っていた。しかし二日目の晩に、問い合わせた家に子供がいないのが知れた。ただちに捜索したが、どこを捜しても問い合わせても甲斐が無かった。しかしながら夜更けになって少年の住む家の戸を叩く音が聞こえ、母親が急いで出ると、不在者が地面の上で熟睡しているのが見付かった。戸を叩いた者は見付けられなかった。少年は起きてから笑い、失踪した朝同じ歳くらいのとても可愛らしい目をした男の子に会い、遠くの森へと誘われ昼も夜も次の日もずっと一緒に不思議でおかしな遊戯をして遊んだと語った。しかし、しまいには眠くなったので仲間が家まで運んだ。腹は減っていなかった。その仲間は「明日来る」と約束した。

しかし神秘的な仲間が来ることはなく、近所に該当するような子供も居なかった。その仲間は、ちょっとからかってみたくなった狐だという結論になった。からかいの相手は、愉快な仲間のために長らく虚しく悲しんだ。

三十数年前、狐を目のかたきにしては常々情け容赦無く狩っては殺す、飛川とびかわという名前の元力士が松江に住んでいた。世間では物凄ものすごい腕力によって魔力に対する免疫を得ていると信じられていたが、古老の数人は自然な死に方では死なないだろうと予想していた。この予想は的中して飛川は非常におかしな死に方をした。彼は際限なく悪ふざけをするのを好んだ。ある日、自分で天狗という神聖な妖かしに変装して翼と鉤爪かぎづめと長い鼻を付け、楽山らくざんに近い神聖な林の木の高みに登り、そこでしばらくしていると無邪気な百姓がお供えを持って拝みに群がってきた。この見世物を自分で面白がって枝から枝へと素早く跳び移る演技に挑み、足を踏み外して落下し首を折った。

「知られざる日本の面影」より

注釈

家紋】携帯する灯火の全ては、主の紋を入れて、暗い夜道を照らすために使われる。


©2018 小林幸治.