ジョージ・オーウェル

あの楽しかりし日々 第四章


人生の早い段階で私は人が意思に反して間違いを犯すことを学び、やがて、人は自分が何をしたのか、あるいはなぜそれが間違っているのかを理解せずに間違いを犯すことを学んだ。説明するにはあまりにとらえどころの無い罪、はっきりと口に出すにはあまりに恐ろしい罪が存在するのだ。例えばセックスがそれだ。これは表層のすぐ下で常にくすぶり続けていたが、私が十二歳になった頃に突如として破裂してとてつもない騒動へと変わった。

中には同性愛が問題にならない予備校もあるが、南米生まれの少年たちがいたせいか聖シプリアン校には「悪い傾向」があったように思う。おそらく彼らはイギリス生まれの少年よりも一、二年、成熟が早いのだ。関心が無かった歳の頃には私は何がおこなわれるのかをよく知らず、集団でのマスターベーションを想像していた。いずれにせよ、その嵐はある日、突然、私たちの頭上で巻き起こった。呼び出し、尋問、自白、鞭打ち、懺悔、「不潔」で「獣じみた」ものとして知られる取り返しのつかないある罪が犯されたという以外には何もわからない重苦しい授業がおこなわれた。目撃証言によって首謀者のひとりであることがわかったホーンという名の少年は、放校される前に十五分間にわたって鞭で打たれ続け、彼のわめき声は寮中に響きわたった。しかし私たちは全員、多かれ少なかれ関係者だったか、あるいは自らが関係者であると感じていた。罪の意識が空気中に黒いもやか煙のようにたちこめた。真面目腐った黒髪で能無しの補助教員(彼は後に国会議員になった)が年長の少年たちを離れたところにある部屋に連れて行き、肉体の神聖さについての講義をした。

「自分たちの体がどれほどすばらしいものかわかるかね?」彼は重々しく言った。「君たちは自動車のエンジン、自分の家のロールスロイスやダイムラーといったものについて話す。君たちの体に比肩するエンジンはこれまで一度も作られたことがないということを理解しているかね? それを君たちは浪費し、蝕み、破壊する……生涯にわたって!」

彼は大きな洞窟のような黒い瞳を私に向け、悲しげに付け足した。

「そして君。私は君が実に行いの正しい品行方正な人物だとずっと信じていた……しかし聞いたところでは君もひどく下劣な者のひとりだったそうだな」

破滅的な感情が私を襲った。そう私も罪を犯していたのだ。私も恐ろしい行いに手を染めていて、その行いがどんなものであったにせよ、それは生涯にわたって肉体と精神を蝕み、最後には自殺か精神病院へと追い込まれるのだ。その時まで私は自分が無罪だったのだという希望を胸に抱いていたが、今や私に言い渡されたその有罪宣告は何よりも重いものに思われた。それは自分が何をおこなったのかを私が知らなかったためだ。私は尋問され鞭で打たれた者たちのひとりではなかったし、騒動がすっかり終わるまで自分の名前と結びついたこのちょっとした災難について知ろうともしていなかった。その時に至っても私は何も理解していなかった。この肉体の神聖さについての講義が何について言っているものなのか完全に私が理解したのは二年ほど後になってのことだった。

当時、私はほとんど性に関心のない状態だった。これはその年頃の少年にとっては普通だし、少なくとも一般的なことではある。つまり私は性の実態と呼ばれるような物事について知っていると同時に知らないという立場にいた。多くの子供と同じように五歳か六歳で私は性別という言葉と出会った。私の友達たちは通りの先の配管工の子供で、私たちはときどき、どことなくエロティックな遊びをした。ひとつは「お医者さんごっこ」と呼ばれていて、聴診器に見立てたおもちゃのトランペットを小さな少女のおなかに当てた時に感じた楽しさとスリルを私はかすかに、しかし確かに憶えている。それと同じ頃、私は深い恋に落ちていた。崇拝にも似たその愛ほど激しいものを誰かに感じたことはそれ以来ない。相手は私が出席していた修道院付属学校に通うエルセという名の少女だった。私には彼女が大人に見えたので彼女が十五歳を超えていたことは間違いないと思う。よくあることだがそれ以降、あらゆる性的な感情は何年も私から消え去ってしまったように思えた。十二歳の時、私は幼い子供だった時より知識はあったが理解は浅くなっていた。性的な活動には何か楽しいところがあるという肝心の事実をもはや忘れていたのだ。おおよそ七歳から十四歳の間、私にはそうした物事が全てたいして関心を持てないもののように思えた。ある理由のために当時、私はそれを吐き気を催すようなものであると考えるよう強いられていたのだ。いわゆる性の実態についての私の知識は動物から得たものであり、そのため歪んだもので、どれをとっても断片的なものに過ぎなかった。動物がつがうこと、人間もそうした動物に類似した肉体を持っていることは知っていたが、私がこれまで見てきたように人間は嫌々つがうものだと思っていた。それはちょうど私が何か、例えば聖書の言葉を無理やり憶えさせられるのと同じことだ。そうしたいという欲望はなかったし、興味もなかったので私は多くの疑問を未解決のまま放置していた。そのため原理的には赤ん坊がどのように女性に宿るのかは知っていたが、どうやって再び外に出てくるのかは知らなかった。その問題について追及したことがなかったからだ。汚い言葉は知り尽くしていたし、何か状況が悪くなった時には自分に向かってそうした言葉を繰り返し使っていたが、そうした中でも特にひどいものが何を意味しているのかは知らなかったし、知ろうとも思わなかった。それらは抽象的な悪いもの、一種の呪文だったのだ。こうした状態にある間は、身に降りかかるどんな性的な悪事も簡単に無視し続けることができ、あの騒動が起きた時でさえ私はそう賢くなっていなかった。せいぜいフリップ、サンボ、他の教師全員の迂遠で恐ろしい警告から、私たち全員が犯した罪は何かしら性的な器官とつながりのあるものだとわかっただけだ。あまりたいした興味も無かったが人のペニスがときどき勝手に立つこと(これは少年が何か自覚的な性的欲望を抱くようになるずっと前から起きる)には気がついていて、半信半疑ではあったがそれが言われている罪なのかと私は信じそうになった。いずれにせよ、それは何かペニスと関係がある……私は深く確信した。多くの他の少年たちも同じように暗闇の中にいたことは疑いない。

肉体の神聖さについての講義のあと(思い返してみるとそれは数日後のことだった。騒動は数日にわたって続いたように思う)、私たちの十人ほどは長い光沢のあるテーブルを囲んで座っていた。それはサンボが奨学クラスのために使っていたテーブルで、フリップの不機嫌な目が私たちを見ていた。長く物悲しい嘆き声がどこか上階の部屋から聞こえていた。十歳にもなっていないロナルドという名前のとても幼い少年が、何か関与していたとかで鞭で打たれているか、あるいは打たれた傷の痛みを耐えているのだった。その物音とともに、フリップの目が私たちの顔を探るように動き、私の顔で止まった。

「わかっていますね」彼女が言った。

彼女が「自分が何をしたのかわかっていますね」と言ったかどうかは定かでないが、そのような意味のことを言ったのは確かだ。私たちは全員、恥ずかしさに体を縮こまらせた。非があるのは私たちだった。どうしたわけか私たちはかわいそうなロナルドに道を踏み外させたのだ。彼の苦しみと破滅の責任は私たちにあった。次にフリップはヒースという名の別の少年の方を向いた。三十年前のことなので、彼女がただ聖書の言葉を引いただけだったか、実際に聖書を取り出してヒースにそれを読ませたのかは思い出せないが、いずれにせよ、示された文は次のようなものだった。「私を信ずるこれらの小さき者のひとりに罪を犯させる者は、その首に石臼をかけて海の深みに沈められる方がその者のためになる私を信ずるこれらの小さき者のひとりに罪を犯させる者は、その首に石臼をかけて海の深みに沈められる方がその者のためになる:マタイ福音書18章6節

なんとも恐ろしかった。ロナルドはこれらの小さき者のひとりであり、私たちは彼に罪を犯させたのだ。私たちの首に石臼をかけて海の深みに沈められる方が私たちのためになるのだ。

「考えたことがありますか、ヒース……これがどういう意味か?」フリップが言った。するとヒースはすすり泣き始めた。

別の少年、すでに私が述べたビーチャムも同じように恥ずかしさに打ちのめされていた。彼は「目の周りに黒いわっかをつけている」と告発されていたのだ。

「最近は望遠鏡を覗いているようですね、ビーチャム?」フリップが言った。「そんな顔で過ごしていて恥ずかしくないんですか? 男の子が目の周りに黒いわっかをつけているのを見てそれが何を意味しているか、皆がわからないとでも思っているの?」

再び罪と恐怖の重荷が私の上にのしかかったように思われた。自分も目のまわりに黒いわっかをつけているのだろうか? 二、三年後になって、私はそれがマスターベーションをした者を見つけ出す手がかりと考えられていることを知った。しかしそれを知る前に既に私はその黒いわっかをある種の悪行の確かな証拠として受け入れていた。それが意味するものを理解する前でさえそうだったのだ。私は落ち着かない気持ちで望遠鏡を覗き、恐ろしい烙印の最初の兆し、隠れた罪人が自らの顔に描く告白が現れていないかを探した。

こうした恐怖は徐々に消えるか、たんにときおり起きるだけになっていって人からの私の表向きの評価には何ら影響を与えなかった。精神病院や自殺による最期についてはまだ心に残っていたが、それももはやたいして恐ろしいものでもなかった。数ヶ月後、たまたま私は再びホーンを目にした。鞭で打たれて放校された首謀者だ。ホーンはのけ者のひとりであり、貧しい中流階級の両親の息子で、サンボが彼をあれほど手荒に扱った理由の一部がそこにあることは疑いなかった。放校された後の学期、彼は小さな地方のパブリックスクールであるイーストボーン校に通っていた。そこは聖シプリアン校ではひどく馬鹿にされていて、完全に「偽の」パブリックスクールであると見なされていた。聖シプリアン校からそこへ行く少年は極めて少なく、サンボは決まってある種の侮蔑と哀れみを込めて彼らのことを話した。もしあんな学校に行けば一巻の終わりだ。せいぜい事務員になるのが関の山だろう。私はホーンのことを十三歳にしてすでにまともな将来を失った人物だと考えていた。肉体的にも、道徳的にも、社会的にも彼は終わったのだ。さらに私は、彼の両親が彼をイーストボーン校にしかやれないのはあの不品行の後では「良い」学校がどこも彼を受け入れないためだろうと考えていた。

その後の学期中、散歩に出かけた時に私たちは通りでホーンとすれ違ったのだ。彼はまったく普通に見えた。しっかりした体格で、黒い髪をした非常に見栄えの良い少年だった。私がすぐに気がついたのは、最後に目にした時よりも彼の調子が良さそうなこと……以前はひどく青白かった顔色はピンク色になっていた……そして私たちに会っても彼がきまり悪そうに見えないことだった。放校されたことも、イーストボーン校にいることも彼が恥じていないことは明らかだった。列を作って通り過ぎる私たちを見る彼の様子から何かわかるとすれば、それは彼が聖シプリアン校から抜け出せたことを喜んでいるということだった。しかしこの遭遇は私にはたいした感慨を生まなかった。肉体も精神も破滅したホーンが、幸せで健康そうに見えたことから私が何かを推測することはなかった。私は依然としてサンボとフリップに教え込まれた性の神話を信じていたのだ。謎めいた恐ろしい危険は依然としてそこに存在した。ある朝、黒いわっかが目の周りに現れ、自分も堕落した者となったことを知るのだ。しかし一方で、それはもはやたいして重要ではないようにも思われた。こうした矛盾は子供の頭の中では容易に起きるが、それは子供特有の活力のためだ。年長者の言うことを受け入れる……他にどうすればいいというのか?……一方で、その若々しい肉体と現実世界の甘美は別のことを語りかけてくる。それは地獄と同じようなものだ。私は十四歳くらいになるまで表向きはそれを信じていた。地獄がほとんど間違いなく存在するように思える時期、教会での鮮烈な説教によってさんざん脅される時期はある。しかしいずれにしろそれは長くは続かない。待ち受ける業火は現実の炎であり、指を火傷したときと同じように痛みを与える。そして大部分の時間、あるいは永遠に、それについて思い悩まずに考えられるようになるのだ。


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