ライオンと一角獣:社会主義とイギリスの特質 第一部「イングランド、あなたのイングランド」, ジョージ・オーウェル

第四章


ワーテルローの戦いはイートン校の運動場でその勝利が決したのだろうが、それ以降の全ての戦争での開戦はその場所で敗北が決まった。過去七十五年間のイギリスの生活における大きな出来事のひとつは支配者階級の能力の衰退である。

一九二〇年から一九四〇年の間にそれは化学反応のように速やかに起きた。とはいえこれを書いている時点ではいまだ支配者階級について語ることは可能ではある。二つの新しい刃と三つの新しい取手がついたナイフのように、イギリス社会の最上層はいまだ十九世紀中期のそれとほとんど変わらない。一八三二年以降、古い地主貴族は次第に力を失ったが、彼らは消えたり化石と化したりする代わりに、自分たちと置き換わってすぐさまその精巧なコピーへと姿を変えた商業主や製造業主、資本家たちと姻戚を結んだのだった。裕福な船主や紡績工場主は地方の紳士階級同様、自分のためのアリバイを用意し、一方でその息子たちはそのためだけに用意されたパブリックスクールで正しい定型的振る舞いを学んだ。イングランドは成金連中から絶えず補充される貴族階級によって支配されたのだ。独力で成功した人間の持つ活力、そして彼らがともかくも伝統的に公職を務めてきた階級への道を金で手に入れたことを考えれば、こうしたやり方によってさぞ有能な統治者が生み出されたに違いないと期待することだろう。

しかしどうしたわけか支配者階級は腐敗し、その能力や勇敢さ、ついにはその冷酷ささえも失い、イーデンやハリファックスイーデンやハリファックス:アンソニー・イーデンとエドワード・ウッド(初代ハリファックス伯爵)を指す。いずれもチェンバレン内閣の外務大臣を務めた。といった気取った連中が卓越した才能の持ち主として頭角を現せるほどにまでなったのだ。ボールドウィンボールドウィン:スタンリー・ボールドウィン。保守党党首。1937年に辞職し、チェンバレンが代わって保守党党首となった。について言えば、気取った連中と呼べるほどの威厳さえ無かった。彼はまさに空っぽだった。一九二〇年代に取られイングランド国内問題に対する誤った対応は数多くあるが、一九三一年から一九三九年の間のイギリスの外交政策は世界の神秘のひとつである。なぜなのか? 何が起きていたのか? 決定的な瞬間のたびにイギリスの全ての政治家にあれほど間違ったことを直感的におこなわせたのはいったい何なのだろう?

その根本にあるのは金満階級の地位全体がずっと以前に正当化できないものに変わっていたという事実だ。彼らは広大な帝国と世界に広がる金融ネットワークの中心に座って利息と利益を吸い上げて浪費している……何に使っているのだろう? イギリス帝国内での生活はさまざまな点でその外での生活よりも優れていると言っていいだろう。しかしそれでも帝国はいまだ発展が遅れている。インドは中世の眠りの中にあり、自治領は空白のままで外国人は油断なく締め出されている。イングランドでさえスラム街と失業に満ちているのだ。既存の制度から明確に利益を得ているのは五十万人ほどの田舎の邸宅に住む人々だけである。さらに言えば小さな事業が大きなものへと統合されていく傾向はますます金満階級からその役割を奪い、彼らをたんなる所有者に変えている。彼らの仕事は雇われ経営者や技術者によっておこなわれているのだ。古くからイングランドには全く役割を持たない階級、どこから得たのか容易に知れない投資資金で暮らす「有閑階級」が存在した。もしそうしたければ、こうした人々の写真をタトラー誌やバイスタンダー誌で目にすることができる。こうした人々の存在はどのような基準によっても正当化不可能なものだ。彼らはまさに寄生虫で、犬にとっての蚤以上に社会にとって有用性のないものだ。

一九二〇年には多くの人々がこうしたこと全てに気がついていた。一九三〇年には気がついている者は何百万人にもなっていた。しかしイギリスの支配者階級は自分たちの有用性が無くなったことを明らかに認められずにいた。もし認めれば自分たちの地位を譲り渡さなければならなかっただろう。アメリカの富豪のように自覚的に不当な特権にしがみつき、贈賄や催涙弾で対抗者を叩きのめす、たんなる追いはぎへと落ちぶれることは彼らにはできなかった。結局のところ、彼らはそれなりに伝統のある階級に属していて、もし必要とあれば自らの国のために死ぬ義務が最初にして最大の戒律であるパブリックスクールで暮らした経験を持っていたのだ。同胞から略奪をおこなっている最中でさえ、彼らは自分たちを真の愛国者だと感じていたに違いない。逃げ道がひとつしか無いことは明らかだった……愚かさへと逃げ込むのだ。何らかの改善が可能であると理解しないことによってのみ、彼らは社会を既存の形のまま保つことができた。これは困難なことだが、自らの目を過去だけに向けて、周囲で起きている変化に気がつくことを拒絶することによって彼らはそれを成し遂げたのだ。

これによって説明できることがイングランドにはたくさんある。擬似的な封建的制度を維持して比較的活力のある労働者を土地から追いやったことで地方が衰退したことも説明できるし、前世紀の八十年代からほとんど変化のないパブリックスクールの不動状態も説明できる。繰り返し世界中を驚かせている軍事的な無能も説明できる。五十年代以来、イングランドが関わったあらゆる戦争は一連の大失態とともに始まり、その後、社会的地位の比較的低い人々によって状況が救われている。貴族階級から選出された地位の高い指揮官たちは現代的戦争への備えが全くできていなかった。なぜならそうするためには世界が変化していることを認めなければならなかったからだ。彼らは常に時代遅れのやり方と武器にしがみついたが、それはそれぞれの戦争をその前の戦争の反復と見なさざるを得なかったためなのだ。ボーア戦争の前にはズールー戦争のための備えをしていたし、一九一四年の戦争の前にはボーア戦争のための備えを、現在の戦争の前には一九一四年の戦争のための備えをしていた。今この瞬間にもイングランドでは数十万の人間が、缶詰を開ける他には何の役にも立たない武器である銃剣を使った訓練を受けていている。いかなる場合でも海軍、そして最近では空軍の方が通常の陸軍よりもずっと効率的であることは注目に値する。しかし海軍は部分的にしか、そして空軍にいたっては全く支配者階級の視界に入っていないのだ。

事態が平和であればイギリスの支配者階級が用いているやり方でも十分うまくいくことは認めざるを得ない。明らかに彼らの民はそれを許容している。恐らくは不当なやり方で組織化されているというのに、少なくともイングランドは階級闘争によって引き裂かれたり秘密警察に脅かされたりはしていないのだ。帝国は平和で、これまで匹敵する領域がないほど広大だ。地球の四分の一近いその広大な領域全体で合計しても武装した人間はバルカン半島の小国で当然見つかるであろうその数よりも少ない。その下で暮らす人々、さらには否定的な視線を向ける自由主義者から見てもイギリスの支配者階級には理があったのだ。彼らは完全に現代的な人々、つまりナチスやファシストよりも好ましかった。しかし彼らが外からの深刻な攻撃に対して頼りにならないであろうことはずっと以前から明白だったのだ。

彼らはナチズムやファシズムと戦うことはできないだろう。それらを理解することができないだろうからだ。同様に、もし共産主義が西ヨーロッパで大きな勢力となっていたとしても共産主義と戦うことはできなかっただろう。ファシズムを理解するためには社会主義の理論を研究しなければならないが、それをおこなえば自らの暮らす経済体制が不当で、非効率で、時代遅れであることに否が応でも気付かされる。しかしまさにこの事実こそ彼らが決して直視しないものなのだ。一九一四年の騎兵隊の将官が機関銃に対してしたようにして彼らはファシズムを扱った……つまり無視したのだ。侵略と殺戮の年月の後、彼らはたったひとつだけ理解した。ヒトラーとムッソリーニは共産主義を敵視しているということだ。それゆえこの二人はイギリスの配当振出人に友好的に違いないと主張された。スペイン共和国政府へ食料を供給するイギリス船へのイタリア航空機による爆撃というニュースに保守党の下院議員が大きな歓声を上げるという実に驚くべき光景が繰り広げられた理由はここにある。ファシズムが危険であることに気付き始めた時でさえ、その本質が持つ革命的性質やそれが作り出せる巨大な軍事的努力、それが使用するであろう戦術がどのようなものかは彼らの理解を完全に超えていた。スペイン内戦当時、社会主義についての安いパンフレットで得られる程度の政治知識を持つ者であれば誰しも、フランコが勝てばその結果はイングランドにとって戦略的な悲惨をもたらすとわかっていた。しかし戦争の研究に人生を捧げていた将軍や提督にはその事実が理解できなかったのだ。この政治的無知の血脈はイギリスの公職者、閣僚、大使、領事、裁判官、治安判事、警察官へとまっすぐに通っている。「アカ」を逮捕する警察官はその「アカ」が説く理論を理解していない。もし理解していれば、金満階級のボディーガードという自らの立場は自分にとってあまり喜ばしくないとわかるはずだ。軍事スパイさえもが、この新しい経済原理と地下政党の影響についての無知によって絶望的な妨げを受けていると考えていい。

ファシズムは味方であるという考え違いをイギリスの支配者階級全体がしているわけではない。確かにユダヤ人でもなければ裕福な者は誰しもファシズムよりも共産主義や民主社会主義を恐れる。この事実は忘れてはならない。ドイツやイタリアのプロパガンダのほとんど全てはそうした装いで作られているのだ。サイモンサイモン:ジョン・サイモン(初代サイモン子爵)、ホーアホーア:サミュエル・ホーア(初代テンプルウッド子爵)、チェンバレンといった人々の生来の本能はヒトラーと合意を結べるものなのだ。しかし……そしてここに来て私が論じてきたイギリス人固有の特徴、強い国民の団結が表れるのだが……彼らがそれをおこなおうとすれば帝国を崩壊させ、自分たちの国民を半ば奴隷として売り渡さなければならないだろう。フランスでのように真に腐敗した階級であればためらうこと無くそれを実行する。しかしイングランドでは事態はそのようには進まなかった。「我らが征服者に対する忠誠の義務」を説く媚びへつらった演説をおこなうような政治家はイギリスの公人の中にはめったにいない。自身の収入と道義の間を揺れながらも、チェンバレンのような人間にはどちらの世界で最悪となる行動をとる他には何もできなかったのだ。

イギリスの支配者階級が道徳的にかなり健全であることを強く示す物のひとつは、彼らに戦時において自らを犠牲にする十分な覚悟があることだ。フランダースでの最近の軍事作戦では何人かの公爵や伯爵といった人々が殺された。もしこうした人々が時に公言されるように冷笑的な悪党だったならそうしたことが起きるはずもない。彼らの持つ動機を取り違えないことは重要だ。さもなければ彼らの行動を予測することはできない。彼らに期待できるのは裏切ったり肉体的臆病に逃げ込まないということであって、その愚かさや自覚的でない妨害行為、間違ったことを実行しようとする絶対的本能については別の問題だ。彼らは邪悪ではない。少なくとも完全に邪悪ではない。ただ学ぶ能力に欠けているだけなのだ。自身の金と権力が消えた時に初めて彼らの中の年少の者は自分たちがどの様にして長年暮らしてきたのかを理解し始めることだろう。


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