ヤング・インタビュー ホレース・グリーリー

ヤング・インタビュー


我が友議員たるベルヒゼル博士が、約束にしたがいこの午後、二時に面会することを快諾したモルモン教会の指導者ブリガム・ヤングに会うべく、私を案内してくれた。われわれは当の指導者に戸口で迎えられ、かれの家の中で(三軒所有)最も大きなものの二階にある広間に案内された。そこでわたしはヘーバー・C・ヒンボール、ウェルズ将軍、ファーガソン将軍、アルバート・キャリントン、イライアス・スミス、その他教会の指導陣数名と、指導者の成人した子息二人に引き合わされた。一般的な話題に関する重要ならざる会話の後に、わたしはモルモン教会の教義と組織について、知識を深めるべくここに訪れたことを告げ、特に依存がないのであればこれらに直接関わる質問を行いたい旨を述べた。ヤング主席はあらゆる当を得た質問に対して喜んで答えたい旨を述べ、会話はおおむね次のような具合に進行した。

――わたしとしてはモルモン教(通称)を新しい宗教と解すべきなのでしょうか、それともキリスト教の新たな発展形と?

ヤング:われわれの立場は、神の息子にして人類の救い主たる存在に直接任じられ、直接交流した司祭なくしては真のキリスト教教会はあり得ない、というものです。このような教会こそが末日聖徒教会であり、敵にはモルモン教会と呼ばれているものなのです。われわれ以外には、神の意志の現時点における直接的な啓示を得ているふりをする者すらおりませんな。

――するとあなたがたは、他のすべての教会に対し、ローマ教会が他の教会を見るような見方をしていると考えてよろしいのですな? すなわち、同じ教義に属しておらず、したがって宗派分立的であり、異端であり、救済の道は閉ざされている、と?

ヤング:まさにその通り。

――それ以外の点では、あなたがたの教義はいかなる点で本質的に正統派プロテスタント教会と異なるのでしょうか。たとえば、洗礼派やメソジストとの差は?

ヤング:われわれはキリスト教の教義を報じている。それは旧約、新約聖書に啓示されたものであり、さらにそれと同じ基本的真理を教えるモルモン経に示された教義であって、それ以外のものは何も信じておりません。

――三位一体の教義は信じておられますか。

ヤング:信じます。が、他の教会が奉じているのとまったく同じように信じているわけではない。父と子と聖霊を、平等な存在としては信じているが、同一のものとは考えていない。つまり一人の(一つの)存在とは考えていない。われわれは、聖書がこれについて教えていることすべてを信じております。

――あなたがたは人格としての悪魔を信じておられますか。すなわち、明確な意識を持つ霊的な存在であり、その性質や行動が本質的に悪意に満ちて邪悪であるような存在を信じておられますか。

ヤング:はい。

――永劫の罰(地獄)の教義を奉じておられますか。

ヤング:はい。ただ、他の教会の信じるところとまったく同じではないかもしれませんが。われわれは、聖書の教えどうりに信じております。

――浸礼による洗礼を本質的なものと考えておいでだそうですね。

ヤング:はい。

――幼児洗礼は行われますか。

ヤング:いいえ。

――改宗者は、義務的にこの峡谷に移住しなくてはならないのですか。

ヤング:この地に招かれなかったとしたら、その者たちはきわめて不当な扱いを受けたと感じることでしょうな。われわれは、聖書が予言しているような神の民の集いを奉じておりますし、こここそがその予言成就の場所であり、今こそがその時期なのであると信じております。

――あなたがいまおっしゃった予言は、思いますに、通常はそうした集いの場としてエルサレムをさすものと理解されているはずですが。

ヤング:はい、ユダヤ人にとっては。それ以外の者にとってはちがっております。

――あなたがたの教会は、奴隷制に対してどのような立場をお採りでしょうか。

ヤング:われわれはそれを神の定めと考えております。ハムに対する呪いがその子孫からとかれるまでは、廃止されるべきものではないと考えております。

――このユタ領で所有されている奴隷はおりますか。

ヤング:おります。

――ユタ領の法は奴隷制を支持しておりますか。

ヤング:法なら印刷されております――ご自分でお読みになるとよろしい。もし州において奴隷を所有していた者が、それをここに連れてきたのであれば、われわれはその奴隷が主人への奉仕から逃れることを支持はいたしません。

――すると、もしユタが連邦の一員となることを認められたとすれば、奴隷州(奴隷を認める州)となるものと考えてよろしいのでしょうか。

ヤング:いいえ。自由州(奴隷を認めない州)となるでしょうな。ここでの奴隷制は、無益かつ無駄なものとなることでしょう。わたくしはそれを、主人側に対する呪いと考えております。わたし自身、多くの労働者を雇っており、正当な賃金を支払っております。奴隷を所有するほどの金はございませんよ。奴隷の家族を喰わせて服をあてがい、病気の時も健康の時も面倒をみて世話をするほど暇ではございません。ユタは奴隷労働には向いておらんのです。

――では、特に教会の方針について、もっと詳しくお聞かせいただきたいものです。各信者には、その生産高や稼ぎ高の十分の一を教会に納めるよう要求なさっているとか。

ヤング:それがわれわれの教えの求めです。支払いは強制はされません。各信者は、おのれの良心のすすめにしたがい、その場に応じて心ゆく行動をとるのです。

――この十分の一税からのあがりは、どう使われるのでしょうか。

ヤング:一部は神殿やその他礼拝の場を建設するのに使われます。一部はこの地に向かう途中で助けを必要とする貧しき改宗者たちの救済のために。そしてその最大部分は、聖徒たちの中の貧しき者の救済にあてられます。

――教会の司教や聖職者たちに支払われる分はないのでしょうか。

ヤング:びた一文たりとも。司教も長老も助祭も、それ以外の教会職員も、だれ一人としてその聖務に対してはいっさい報酬は受けません。

――するとあなたがたの司祭はどうやって生計をたてるのでしょうか。

ヤング:自らの手を汚して働くのです。十二使徒たちのように。あらゆる司教や長老は、その隣人たちとまったく同様に、畑や工房で毎日その姿を見ることができます。教会の司祭はすべて、家族のパンを得るための生業を持っております。報酬なしで教会の聖務を行わない、行えない者は、教会の務めに求められることはありません。われわれの弁護士(とファーガソン将軍ともう一人、教会の常任弁護士を示し)ですら、その奉仕に対する見返りはいっさい得ておりません。教会の務め以外に生業を持っていないのは、教会でわたし一人ですし、そのわたしも教会の経理部からは一銭たりとも得ておりません。徴税部屋からわたしが何か得れば、他のみんなと同じようにそれに対して請求されて支払うことになります。徴税部屋の経理担当者たちは他の経理担当と同じように支払いを受けますが、聖職にかかわる奉仕に対しては、だれも何も支払われていないのです。キリストの牧師として以外に生計をたてられないような人物は、その任にふさわしくないとわれわれは考えております。わたしは裕福と呼ばれておりますし、資産は二十五万ドルといったところでしょう。しかしながら、教会からや永遠の福音の司祭としての務めに対しては、そのうちの一ドルたりとも得ておりません。ミズーリ州で解散を命じられ、追放されたときにはほとんど何もかも失いました。ジョセフ・スミスが殺され、われわれがイリノイから追放されたときにも、再び丸裸になりそうでした。しかしそれに対して教会からは何の補償もありません。わたしは、土地の買い方とその扱いを知っているのです。

――あなたがたは、これまでいっしょに暮らし、あるいは接触なさってきた人々からは一般に憎悪と忌避をもって迎えられておりますが、その理由について何らかの合理的な説明はありますでしょうか。

ヤング:キリストの磔と、各時代において神の司祭や預言者、聖人たちが受けてきた同様の扱いの原因以外には何もありません。

――新しい宗派が常に非難され、中傷されてきたのは知っております。それに所属するのがまともなこととは見なされなかったことも。洗礼派、クェーカー、メソジスト、ユニヴァーサリスト教会などは、すべてその草創期においてはこの世の汚物と見なされてきたことも知っております。しかしながら、そのいずれもモルモン教会のように、既存宗派から総体として盗賊だの泥棒だの殺人者だのと言われることはなかったと記憶しておるのですが。

ヤング:イエス・キリストの一生と行動について、当時のユダヤ教徒の書き方を見るなら、キリストやその追従者たちがありとあらゆる忌まわしい行為や意図について糾弾されているのを見ることでしょう――もちろん窃盗や殺人も含めて。そのような行いはいまだに行われておりますし、探せば見つかるものです。

――ではあなたの教会に属する、いわゆるダナイト団や破壊の天使と呼ばれる者たちについては何と申されますかな?

ヤング:あなたなら何と申されますかな? わたしはそのような人物も組織も知りません。われわれの敵からの中傷の中で耳にするだけです。

――それでは、あなたがたの教義と行いで、キリスト教世界と公然と対立している点についての深遠な問題――一夫多妻制についておたずねします。あなたがた教会の方式は、その女性たちの多くにとっては受け入れられるものなのでしょうか。

ヤング:わたしも最初に聖なる意志として明かされた時には反発しました。いまではみんな、わたしと同様に神の意志としてそれをおおむね受け入れていることと思います。

――一夫多妻はどのくらい一般的なのですか。

ヤング:はっきりしません。現在の(教会の長たち)一部は、一人しか妻を持っておりません。もっと多い者もおります。個々の責務は各人が決めるのです。

――一人の男性に所属する妻の数として、最大のものは何名でしょう。

ヤング:わたしは十五人もっております。それ以上持っている者は知りません。が、わたしに与えられた妻の中には、妻と言うより母として考えているような老女もおります。単に我が家につれて帰り、慈しんで養っているだけの者たちです。

――使徒パウロは、司教が「一人の妻の夫たるべき」ともうしてはおりませんかな。

ヤング:存じております。ですからわれわれも、結婚していない者を司教の座にふさわしいとは考えません。しかし使徒は、一人以上の妻を持つことを禁じてはおりません。

――キリストは、妻を離縁するものや、他の者が離縁した妻と結婚する者は姦淫を侵したことになるとは申しておりませんかな?

ヤング:はい。ですからわたしも、姦通以外の理由で妻を離縁してはならないと考えております。時には姦通の場合ですら、必ずしも離縁していいわけではありません。わが教会において、妻が離縁されたことがないとは申しませんが、わたしとしては肯定しがたい行いです。

――いわゆるキリスト教の安息日についてはどうお考えでしょう。

ヤング:神が定めたもうた休息の日と考えております。その日はみな一同に集い、世俗の労働からは休息いたします。いかなる人物も、安息を強制されるようなことはありませんが、われわれみな集い、それに敬意を表して楽しむのです。

以上が、わたしの思い起こせる限りにおいて、ほぼ二時間の会話の内容である。この二時間の間には、たまたま口にされただけで、思い出して再現できたとしても報道に値しない内容もあった。また、他の者たちが加わった部分もあった。しかしながらヤング氏がモルモン教会の第一司教であり、会話の主要部分を担っていた以上、ここではわたしの質問や見解に対するヤング氏のみの回答を報告している。他の者たちは一様にヤング氏の見解に従うようであり、かれの回答や説明に完全に黙従するようだった。ヤング氏はためらうことなく語り、文法的に必ずしも正確ではなかったものの、何かを隠そうとしたりする様子はうかがえず、またわたしの質問を不適切として退けるようなこともなかった。地味な薄手の夏服をまとっており、神聖ぶったり狂信的だったりする様子はうかがえなかった。外見的には、恰幅のいい気さくで善良な、いささかずんぐりした 55 歳の男性であり、人生を楽しんでおり、特に急いで天国に向かおうとするところもなかった。その朋輩たちも飾り気のない人々であり、明らかに労働者として生まれ育ち、わたしがこれまで会った人間と比べても、聖人ぶった偽善者めいたところやペテン師めいたところはほとんどなかった。口先だけの様子や信心ぶった態度がまったく見られなかったのは、全員に共通する特徴だったし、さらにはモルモン教信仰がかれらを貧困においやった様子もないと言ってよかろう。入信時にはみんな貧しかったのが、いまは非常によい生活状態にあるようだ――平均二、三人の妻を持つなら、それなりの財力は必要だろう。

わたしがモルモン教に対して全般的に抱いている批判があるとすれば、それについては別の文にて述べることとしたい。この文章は、わたしが思い出せる限りにおいて、預言者自身のことばによる教義と方針の公平かつ全面的解説としたいという決意の故である。ヤング氏自身といえども、キリスト教世界に対して上記のもの以上に印象をよくするよう計算された表現をもって説明を行うことはできまい、とわたしは信じている。しかしながら、わたしとしては以下のことを付け加える権利はあろう。なぜなら、上記の集いの終わりにあたり、集った首長たちに対して同じ内容を述べたからである。すなわち、この地で行われている方式の避けがたい帰結とは、女性を子供づくりとその関連作業という単一の役割に貶める(あるいは別の表現をお望みであれば、制限する)ことである。このモルモンの大都会において、街の看板や雑誌の広告などを見ても、女性が何かを行っている様子は一つたりともうかがえなかった。いかなるモルモン教徒も、自分の妻やその他女性の意見をいかなる場合であっても引用することはなかった。モルモン女性がわたしに紹介されたり口をきいたりすることも、一度たりともなかった。そしてモルモン家庭を訪問するよう招かれたことはあっても、己の妻(あるいは妻たち)がわたしに会いたがっていると語る者は一人としてなく、妻(あるいは妻たち)をわたしに引き合わせたいという申し出も一度たりともなく、それどころか自らそうした存在について語る者すらなかったのであった。この件に関するわれわれの会話についてはここでは触れないこととする。なぜなら、わたしが上で述べたこととは異なり、これはいささか論争の様相を呈してきたため、中立的に報道することがわたしとしても困難だからである。しかしヤング氏によるコメントは正確にお伝えできると思うし、これでそれ以外に述べられたことのよい見本が提供できるものと信じる。それは確か、正確に次のような表現で述べられた。「もしある仕事について、妻やその他女性の意見をきかねばならないほど自分に能力がないと思うのであれば、わたしはそんな仕事には手を出すべきではないと思いますな」。他のあらゆる一夫多妻制度と同じく、モルモン教全体の女性に対する考えは、以上の発言に明確にあらわれているであろう。このような制度が確立して広まることを許すならば、女性はじきにハレムに閉じこめられ、街でヴェールをまとわずに女性が歩けば不謹慎と見なされるようになるであろう。十九世紀の英知は、女性世界とその運命をめぐる問題の解決に、ヤング氏とは著しく異なる解決法を採用することを喜びを持って信じる者である。

1859年8月20日
The New-York Tribune

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