ピーターパンとウェンディ ジェームス・マシュー・バリー

行っちゃった、行っちゃった


パパとママが家を後にしてしばらくの間、3人のコドモのベッドのそばのナイトライトは、あたりをこうこうと照らしていました。とても素敵で小さなナイトライトで、明かりがついたままでピーターをみることができたらと願わずにいられません。でもウェンディのライトがまばたき、そしてあくびをはじめ、他の2つのライトも同じようにあくびをしました。そして口を閉じるまえに、3つ全てのライトが消えてしまったのでした。

部屋の中には、今や別の明かりがありました。ナイトライトより何千倍も明るくて、わたしたちがこの話をしているときにもピーターの影をさがして、コドモ部屋の全てのたんすの中に入りこんで衣裳部屋をくまなく探し、全てのポケットをひっくり返しています。それは、本当は明かりではありません。あまりに早く点滅していたので、明かりみたいに見えたのです。ただちょっとの間それが休んでいると、妖精だってことがわかったでしょう。あなたの手ぐらいの大きさで、まだまだ成長しているところです。妖精はティンカーベルという名前の女の子で、えりが大きくてカクばってカットされたすじだけの葉っぱを、素晴らしく優雅に着こなしていました。その葉っぱを通してみる姿は、とても素晴らしいものでした。というのもほんのわずかなんですが、ティンクったら太りぎみだったのです。

妖精が入ってきてしばらくして、窓は小さな星たちの息で開き、ピーターが転がり込んできました。ピーターは道中の一部、ティンカーベルを運んできてあげたので、妖精の粉がまだ手にこびりついていました。

「ティンカーベル」ピーターはコドモがぐっすり寝てることを確認して、声をひそめてよびました。「ティンク、どこにいるんだい?」その時ティンクは水差しの中にいて、そこがとても気に入っていました。なにしろ、いままで水差しに入ったことがなかったのです。

「その水差しからでておいで、そして教えておくれ。どこに僕の影をしまいこんだか分かったかい?」

金の鈴のような愛らしい鈴の声で、答えがありました。それが妖精の言葉です。あなたがた普通のコドモには、それを聞き分けることはできません。でも耳にしたなら、かつてどこかで聞いたことがあるのが分かることでしょう。

ティンクは、影は大きな箱のなかにあるといいました。ティンクがいってるのは引き出しのついてるたんすのことでした。なので、ピーターはたんすに飛びついて、まるで王様が群集にお金でもばらまくように両手で中身を床にぶちまけました。すぐに影をとりもどし、よろこびのあまりうっかりしてティンカーベルをたんすの引き出しに閉じ込めたまま、すっかり忘れてしまいました。

ピーターがすこしでも前もって考えていたとすれば、もっともピーターが前もって考えているなんてことは、わたしには思いもよらないことですけど、ピーターとその影は近づければ水滴みたいに自然にくっつくだろう、なんて考えていたのでしょう。そしてそのようにしてくっつかなかった時、ピーターはぞっとしました。ピーターは、浴室から石鹸をもってきてくっつけようとしましたけど、だめでした。ピーターの体をぞっとする身震いがおそいました。そして床に座りこみ、泣き出したのでした。

ピーターの泣き声で、ウェンディは目を覚まし、ベッドに坐り直しました。ウェンディは、見知らぬ子がコドモ部屋の床で泣いているのをみても驚きません。というのもわくわくして、興味しんしんだったからです。

「あなた」ウェンディは礼儀正しくいいました。「どうして泣いていらっしゃるの?」

ピーターも、非常に礼儀正しく振る舞いました。妖精の儀式で正式な礼儀作法を習っていましたので、優雅に立ちあがってウェンディにお辞儀をしました。ウェンディは大喜びで、自分もベッドからピーターに向かって優雅にお辞儀を返しました。

「お名前は?」ピーターは尋ねました。

「ウェンディ・モイラ・アンジェラ・ダーリングと申します」ウェンディはいくぶん満足を覚えながら、返事をしました。「あなたは?」

「ピーターパンです」

ウェンディは、最初っからピーターに違いないと確信していました。でもウェンディと比べると、いかにも短い名前に思えたのでした。

「それで全部?」

「うん」ピーターは、いくぶんつっけんどんに答えました。自分の名前が短いなんて感じたのは初めてのことでした。

「ごめんなさいね」とウェンディ・モイラ・アンジェラが言うと、

「かまいません」ピーターは涙をぐっとこらえます。

ウェンディがどこに住んでいるのかと聞くと、「2つ目の角を右にまがって、あとは朝までまっすぐ」とピーターが答えます。

「なんて面白い住所なんでしょう」

ピーターは意気消沈しました。たぶんそれが面白い住所だなんて感じたのも初めてのことでした。

「いいえ、そんなことはありません」ピーターは言いました。

「私が言ったのは、手紙にはどう書いてあるのって意味だったの」ウェンディは、自分がお客様をもてなす方だということを思い出して、こう上手く答えました。

ピーターは、手紙のことなんかにふれないでくれたらなぁと願うような気持ちだったのですが、「手紙なんてもの、もらわないです」と軽蔑したように言いました。

「お母さんはもらうでしょ?」

「お母さんはいません」お母さんがいないだけでなく、持ちたいなんてこれっぽっちも思ったことはなかったのでした。お母さんなんてものは、とても買いかぶられてる、なんて思っていましたから。けれどもウェンディにとっては、すぐさま悲劇の渦中にいるかのように感じました。

「あらピーター、泣いてるのも無理ないわ」ウェンディはそう言うと、ベッドからでてピーターのもとへと駆けよりました。

「お母さんのことで泣いてたんじゃないよ」ピーターは、かなり憤慨したように言いました。「影がくっつかないから泣いてたんだ、いいや、そもそも泣いてやしないよ」

「とれちゃったのね」

「うん」

それからウェンディは、床に落ちている影を見ました。それはとても汚れて見えました。そしてウェンディは、ピーターのことをとてもかわいそうに思って、「なんてひどいんでしょう」と言いましたけど、ピーターが石鹸でくっつけようとしているのを見ると笑いをこらえられませんでした。なんて男の子っぽいことでしょう! 運よく、ウェンディには、すぐ何をすればいいのかが分かりました。「縫いつけないとね」とウェンディはちょっとお母さんぶって言いました。

「縫うって?」

「なんにも知らないのね」

「そんなことないです」

でもウェンディは、ピーターがなにも知らないことが嬉しかったのでした。「あなたのために縫いつけてあげるわ、わたしの小さい子」ピーターはウェンディと同じくらいの背丈だったんですが、こう言うと裁縫箱を取り出してきて、影をピーターの足に縫いつけました。

「ちょっと痛いかもしれないわ」ウェンディは、ピーターに注意します。

「ええ、泣きませんとも」ピーターはそういうと、生まれてこの方一回も泣いたことなんてないよ、ってすでに思いこんでいます。そしてピーターは、歯を食いしばって泣きませんでしたし、すぐさま影は元通りになりました。まだちょっと折り目がついていましたけれど。

「アイロンをかけなきゃいけなかったわね」ウェンディは、思いやりをもってそういいましたが、ピーターは男の子らしく見た目には無頓着で、大喜びで飛び跳ねました。あらまあ、ピーターはもうウェンディのおかげってことをすっかり忘れちゃっていました。「ぼくは、なんてかしこいんだろう」ピーターは、有頂天になって歓声をあげました。「それにしても、ぼくは、かしこいなぁ」

このピーターのうぬぼれが、彼のもっとも魅力的なところの1つだなんていわなければならないのは恥ずかしいことです。思い切って正直に言わせてもらえば、すくなくとも横柄な子ではないのです。

ただその時のウェンディには、ショックでした。「ぼくはかしこいですって! ええ、そうでしょうとも」ウェンディは痛烈にあてこするように、こういいました。「もちろんわたくしは、なんにもさせていただきませんでしたけど」

「ちょっとは、してくれたかな」ピーターは無頓着にいうと、踊りつづけました。

「ちょっと、ですって」ウェンディは、プライドをもっていいました。「わたしが役にたたないのなら、ともかくおいとまさせてもらうわ」というと威厳をもってベッドに飛び込んで、顔まで毛布をかぶったのでした。

顔を出してもらおうとピーターは帰るフリをしましたが、全然効果がなかったので、ベッドのはしに腰掛けて足でちょんちょんとウェンディをつつきました。「ウェンディ」ピーターは言いました。「とじこもらないで。ぼくは、自分がうれしいときは、ついついうかれちゃうんだよ、ウェンディ」ウェンディは、顔は出しませんでしたけど、耳はそばだてていました。「ウェンディ、」ピーターは続け、その声にあらがえる女の人はいなかったことでしょう。「ひとりの女の子は、20人の男の子よりずっと役に立つね」

さてウェンディは、まだそんなに大きいというわけではありませんでしたけれど、どこからみても女の人そのものでした。ベッドの布の間から顔をのぞかせました。

「ホントにそう思うの? ピーター」 「もちろん」 「ホントに調子いいって思うわ」ウェンディははっきりそう言うと、「起きるわ」とベッドのはしにピーターと並んで腰掛けました。そして、もししてほしいのなら、キスしてあげてもいいわよなんて、ついでに言ったのでした。しかしピーターは、ウェンディが何のことを言ってるのか分からなかったので、何がもらえるのか期待しながら手の平をだしたのです。

「キスって、なんだかわかってるんでしょうね」ウェンディは、びっくりして尋ねました。

「くれればわかるよ」ピーターはかたくなに答えました。ウェンディは、ピーターのことを傷つけまいとして指ぬきをあげました。

「さあ、僕もキスをあげるよ」ピーターが言うと、ウェンディは少しすましてこう答えました。「したければどうぞ」はしたないことに、顔をちょっとピーターの方へ傾けたりしたのです。でもピーターは、どんぐりでできたボタンを手渡しただけでした。ウェンディは顔の位置をそっともとの場所に戻して、すてきねといって、首のまわりにくさりをつけてピーターのキスをつけました。くさりで身に付けたのは幸運でした。なんといっても後でそれがウェンディの命を救ったのですから。

お互いに紹介しあったら、年を尋ねるのが礼儀というものです。そういうことをするのが大好きなウェンディは、ピーターにおいくつと尋ねました。ピーターにそう尋ねるのは、実のところ適切な質問というわけではありません。まるで、試験問題でイングランドの王様のことが出たらなぁと思ってたところに、文法の問題が出るようなものでした。

「知らないや」ピーターは不愉快そうに答えました。「でもまだとっても若いんだ」ホントにピーターは、年のことなんてぜんぜん知らなかったのです。自分でも疑わしかったのですが、思い切ってこういいました。「ウェンディ、僕は生まれたその日に逃げ出しちゃったんだ」

ウェンディは、びっくりぎょうてんでした。でも興味しんしんです。そこで素敵な応接間にいるかのように、自分の寝巻きをちょっとさわって、もっとわたしの近くに座れば? と示しました。

「逃げ出したのは、パパとママが僕が大人になったら、何になってほしいなんてことを話してるのを聞いちゃったからなんだ」と最初は小さい声で説明していましたが、声を大きくすると「いつまでも、オトナになんてなりたくないや」と力強くいいました。「いつまでも小さな男の子のままでいて、楽しくやるんだ。だからケンジントン公園から逃げ出して、妖精たちの間でずっとずっと暮らしてきたんだ」

ウェンディは、ものすごく感心したようにピーターをみました。ピーターはそれを僕が逃げ出したことに感心してるんだなぁなんて思っていましたが、実のところピーターが妖精と知り合いであることに感心していたのでした。ウェンディは家でふつうに暮らしていたので、妖精と知り合いになれるなんてすごく楽しいことのように彼女の目には映ったのです。ウェンディは妖精について矢継ぎ早に質問すると、ピーターは驚きました。というのも妖精なんてピーターにしてみればじゃまっけですから。ピーターのことをじゃましたりなんだりもして、実際、時にはピーターは妖精におしおきしたりもします。ただ、まあまあ妖精のことは気に入っていたので、妖精がどうやって生まれるのかをウェンディにお話してあげました。

「いいかい、最初にうまれてきた赤ん坊が最初に微笑んだ時に、その微笑が無数の破片にわかれてとびはねて、妖精がうまれるんだよ」

たいくつな話でしたが、いつも家にいるウェンディには気に入ったのでした。

それでピーターは、楽しそうに続けました。「男の子にも女の子にも必ず一人づつ妖精がいるんだよ」

「必ず? いないんじゃないの?」

「まあね、いまのコドモは物知りだろう。すぐに妖精がいるなんて信じなくなっちゃうんだ。コドモが“妖精なんて信じないや”なんていうたびに、どこかの妖精が地面に落ちて死んじゃうんだ」

そうそう、ピーターは妖精についてはもう十分に話したと思ったのですが、ふっとティンカーベルが静かにしてることに思い当たりました。「ティンクがどこにいっちゃったのかわかんないや」とピーターが立ち上がりながら言うと、ティンクの名前をよびました。ウェンディの心臓は突然のスリルでドキドキしはじめました。

「ピーター」ウェンディはピーターをつかむと声を大きくしました。「この部屋に妖精がいるなんていわないでよ」

「ティンクは今ここにいるよ」ピーターは少しイライラしながらいいました。「聞こえないかな?」とピーターとウェンディは耳をすませました。

「鈴の音みたいな音しか聞こえないわ」とウェンディは言いました。

「そうだよ、それがティンクだよ。それが妖精の言葉なんだよ。僕にも聞こえるや」

音はたんすの引出しから聞こえてきました。ピーターは愉快な顔をすると、ホントにピーターみたいに愉快な顔をする人はみたことがありません。心の底から愛らしくのどを鳴らして笑うのでした。うまれて初めて笑ったときのままの笑顔です。

「ウェンディ、」ピーターは大喜びでささやきました。「どうやらぼくは、ティンクをたんすに閉じ込めちゃったらしいや」

ピーターは、かわいそうなティンクをひきだしから出してあげました。ティンクは怒りのあまりのカナキリ声をあげながら、コドモ部屋を飛び回りました。「そんなこというもんじゃないよ」ピーターは言い返しました。「もちろんものすごく悪かったよ。でもぼくにだって、どうやって君がたんすの中にいたなんてわかるんだい?」

ウェンディは、ピーターの言うことなんて聞いてませんでした。「ねぇピーター」彼女は叫びました。「ティンクがじっとしてて姿をみせてくれたらねぇ」

「妖精はじっとしていられないんだよ」ピーターはそういいましたが、ウェンディはティンクがちょっとの間かっこう時計の上で休もうとした時に、そのロマンティックな姿を目にしました。「なんてかわいいの」彼女は叫びましたが、ティンクの顔はまだ怒りでゆがんでいるのでした。

「ティンク」とピーターは感じよくいいました。 「このお嬢さんが、君に彼女の妖精になってほしいっていってるよ」

ティンカーベルは無礼な返事をしました。

「なんていったの、ピーター?」

ピーターは通訳してあげなければなりません。「ティンクはあまり礼儀正しくないんだ。ティンクがいうには、君はばかでかくて、みにくいだなんていうんだ。おまけにティンクは、ぼくの妖精だなんていってるし」

ピーターはティンクを説得しようとしました。「ぼくの妖精になれないことぐらいわかってるよね、ティンク。ぼくは男の子だし、君は女の子だよ」

これに対するティンクの答えときたら、「このすっとこばか」ですって。そして浴室に姿を消しました。「妖精ってああいうもんなんだよ」ピーターは、弁解するように言いました。「彼女はティンカーベルって呼ばれてて、というのはポットとやかんを修理するからなんだ」(ティンカーは、ティン(すず)のワーカー(職人)という意味)

そしてピーターとウェンディは、肘掛け椅子にすわり、ウェンディはピーターを質問攻めにしました。

「今はケンジントン公園に住んでないとしたら...」

「時々はまだ住んでるよ」

「今はたいていは、どこにすんでるの?」

「迷子の男の子達といっしょにね」

「迷子の男の子達ってだれ?」

「迷子の男の子達っていうのは、乳母がよそ見をしてるときに乳母車から落ちちゃったコドモ達なんだよ。7日の間に這い上がれないと、その罰としてはるか遠くのネバーランドにやられちゃうんだ。僕が隊長だよ」

「面白いんでしょうねぇ」

「うん、」抜け目のないピーターはこう付け加えました。「でもぼくらはずいぶん寂しい思いもしてるよ、女の子の友達はいないし」

「女の子は一人もいないの?」

「うん、女の子は、えーっと、すごくカシコイから乳母車から落ちたりしないんだよ」

こういわれて、ウェンディはとても喜びました。「わたしが思うには」ウェンディはいいました。「あなたの女の子についての話し方は、ものすごくいいと思うわ。そこのジョンなんて、女の子のことをはなからバカにしてるのよ」

返事をする代わりに、ピーターは立ち上がってジョンをベッドからけり落としました。毛布やなんやかんやといっしょに一蹴りで。この態度は、ウェンディにとっては、初めて会ったにしてはかなりあつかましいように思えたので、思い切ってピーターはこの家の隊長ではないことを言いました。だけど、ジョンは床の上で何事もなかったかのようにぐっすり寝ていたので、そのままにしておきました。「あなたが、やさしくしてくれようとしてるのはわかるしね」ウェンディは、やさしい気持ちでいいました。「キスしてもいいわよ」

その時には、ピーターがキスのことを知らないのをウェンディは忘れていたのでした。「君が返して欲しいんじゃないかって思ってたよ」ピーターは少しにがにがしく言うと、指抜きを返すよっていいました。

「まあ、キスのことじゃないのよ、指ぬきのことを言ったのよ」機転のきくウェンディはいいました。

「それはなに?」

「こういうこと」ウェンディはピーターにキスしました。

「おもしろい」ピーターはまじめくさって言いました「指ぬきしてもいい?」 「どうぞ」ウェンディは、今回は頭を傾けずにいいました。

ピーターがウェンディに指ぬきするとすぐさま、ウェンディは金切り声をあげました。「どうしたの、ウェンディ」

「まるで、だれかがわたしの髪をひっぱったみたいなの」

「ティンクがやったに違いないよ。前はこんなに乱暴じゃなかったのになぁ」

確かにティンクは再び、あれこれ非難しながらあたりをダーツの矢のように飛び回っていました。

「ティンクがいうには、ぼくが君に指ぬきするたびに、君の髪を引っ張るんだって、ウェンディ」

「でも、どうして?」

「どうしてだい、ティンク?」

今度もティンクはこう答えました。「このすっとこばかまぬけ」ピーターは、どうしてこんなことをいうのかわかりませんでしたが、ウェンディにはピンときました。そしてウェンディはピーターが彼女に会いにではなく、お話を聞くためにコドモ部屋の窓のところまで来てたと言うので、ほんの少しですががっかりしたのでした。

「だって、僕はひとつとしてお話を知らないんだもの、迷子の男の子でお話を知ってる子はいないんだ」

「なんてぞっとしちゃうんでしょう」ウェンディはいいました。

「ツバメがどうして家の軒に巣を作るか知ってるかい?」ピーターは尋ねました。「お話が聞きたいからなんだよ、ねぇウェンディ、君のお母さんはとっても素敵な話をしてくれてたよね」

「どのお話のこと?」

「ガラスの靴をはいた女の子を見つけられなかった王子様の話とか」

「ピーターったら、」ウェンディは興奮していいました。「それはシンデレラの話よ、王子様はシンデレラを見つけたわ。それで末ながく幸せに暮らしたのよ」

ピーターは大喜びで、いままで座りこんでいた床から飛び上がり、急いで窓のところにいきました。

「どこいくの?」ウェンディは心配でさけびました。

「他の男の子達に話してやらなくちゃ」

「行っちゃだめ、ピーター」ウェンディはお願いするように言いました。「わたしは、そんなお話をたくさん知ってるわ」

これが、ウェンディの一言一句そのままでした。これではピーターを最初に誘惑したのはウェンディだってことは、否定のしようのない事実です。

ピーターは引き返してきましたが、ウェンディを警戒させるようなぎらぎらした目つきをしていました。といってもウェンディは、ぜんぜん警戒してなかったのですが。

「あぁ、男の子達にお話をしてあげられればねぇ!」ウェンディがそういうと、ピーターはウェンディをつかんで、窓の方へひっぱっていこうとしました。

「放して」ウェンディはピーターに命令しました。

「ウェンディ、僕と一緒にきて他の男の子達にもお話ししてあげてよ」

もちろん、こう頼まれてとってもうれしかったのですが、こう言わなきゃいけませんでした。「あら、いけないわ、ママのことを考えなきゃ。だいいち飛べないもの」

「教えるよ」

「まあ、飛ぶのは素敵でしょうね」

「風にのって飛ぶ方法を教えるよ。そうすると、うんと遠くまでいけるよ」

「あらまぁ」ウェンディは大喜びして声をあげました。

「ウェンディ、ウェンディったら。あんなちっぽけなベッドで寝ている間に、僕と一緒に飛び回って星に楽しいことをささやいたりできるんだよ」

「まあ」

「そのうえ、ウェンディ、人魚もいるんだよ」

「人魚ですって、尾っぽのある?」

「とても長い尾っぽがね」

「まぁ、」ウェンディはさけびました。「人魚を見てみたい」

ピーターったら恐ろしく抜け目がありません。「ウェンディ、どんなにぼくらが君のことをあこがれてるか!」なんて言うのです。

ウェンディは、困って体をもじもじさせました。まるでなんとかがんばって、コドモ部屋に残ろうとしているみたいでした。

でもピーターは、容赦はしません。

「ウェンディ」ピーターは続けます。卑怯な手です。「夜は、ぼくらをベッドに入れてくれるよね」

「まぁ」

「夜にぼくらをベッドに入れてくれる人は、いままでだれもいなかったんだよ」

「まぁ」といって、ウェンディは手をピーターの方に伸ばしました。

「君はぼくらの服を縫って、ポケットを作ってくれるよね。僕らはだれもポケットをもってないんだ」

ウェンディは、どうやって抵抗すればよかったのでしょう? 「もちろんよ、ものすごく魅力的だわ」ウェンディはそういうと「ピーター、ジョンとマイケルにも飛び方を教えてくれるわよねぇ」と頼みました。

「君がそうして欲しいならね」ピーターはあまり関心なさそうにいいました。そして、ウェンディはジョンとマイケルのところにかけより、体をゆすりました。「おきなさい」ウェンディはこういいました。「ピーターパンがやってきて、飛び方を教えてくれるのよ」

ジョンは目をこすって、「それならおきるよ」と言いました。もちろん床の上にいたのですが、「おはよう、おきたよ」と言ったのでした。

マイケルもこのときまでには起きていました、6枚の刃とのこぎりがついているアーミーナイフみたいにいっそう厳しい目で、状況を見守っていたのです。でも、ピーターが突然静かにするように合図しました。みんなの顔には、オトナの世界の音に耳をすますコドモの抜け目のなさが見てとれます。しーんと静まりかえっていますし、何事もないのでした、いやまって、逆です、何事もないどころじゃありません、ナナです。宵のうちはずっと悲しげにほえていましたが、今はすっかり静かでした。ナナの方からは、物音ひとつ聞こえてこないのでした。

「明かりを消して、隠れろ、早く」ジョンがいいました。冒険全体を通じて、ジョンが命令を下したのはこのときだけだったんですが。そしてナナをつれてリザが入ってきた時、コドモ部屋はまったくいつもどおりで、真っ暗で、誓ってもいいですが、聞こえるのは3人のまるで寝ているかのような天使のようなねいきだけでした。実際には、窓のカーテンの後ろから上手くねいきをたてる真似をしていたのでした。

リザの機嫌は最悪でした。台所でクリスマスプディングを混ぜ合わせていたのに、ナナのばかげた疑りぶかさのせいで、レーズンをほおにつけたまま、プディングから引き離されてきたのです。リザは、ナナを静かにさせる一番の方法は、ちょっとの間でもナナをコドモ部屋につれて行くことだ、と思ったのでした。もちろんくさりはつけたままです。

「それごらん、おまえはホントに疑りぶかいよ」リザは、ナナが罰をうけていることもかわいそうとは思っていなかったので、そう言いました。「みんな無事だろ、そうだよ。あの小さい天使みんなが、ベッドでぐっすりねてるよ。ほら、あのやすらかなねいきを聞いてごらん」

それでマイケルがごまかせているのに気をよくして、あんまり大きく息をたてたので、もう少しでばれちゃうところでした。ナナはごまかしてるねいきを先刻承知だったので、リザがくさりを引っ張るのから逃れようとしました。

でもリザはなにもわかっていません。「もうだめだったら、ナナ」リザはナナを部屋から引きずり出しながら、厳しくいいました。「言っとくよ、もう一回ほえたら、ご主人様のところへ行って、パーティから帰ってきてもらうから。それから、まぁご主人様は、おまえをひどくむちでうつだろうねぇ」

リザは、かわいそうにナナをまた縛りつけました。でもナナがほえるのをやめると思いますか? ご主人様をパーティからつれもどさなきゃ。そう、それこそナナがまさに望んでたことでした。乳母である自分にまかされたコドモ達が無事でありさえすれば、ナナがむちで打たれるかどうかなんて気にしたと思いますか? 残念なことに、リザはクリスマスプディングに取りかかってしまい、ナナはリザからは助けが期待できないと知ると、くさりをひっぱりにひっぱって、ついにひきちぎりました。その次の瞬間には、27番地の食堂に飛び込むと、前足2本を天まで届くくらい高く上げました。これは、ナナがものを伝えたいときにもっとも強く感情を訴える方法なのでした。パパとママはすぐに恐ろしいことがコドモ部屋で起こっていることを知り、招待されたお宅の奥さんにさようならもいわずに道に駆け出しました。

でも3人の悪い子たちがカーテンの陰でねいきを立てている真似をしてから、ゆうに10分は経っていましたし、ピーターパンには10分もあればいろいろできちゃうのでした。

さあコドモ部屋にもどってみましょう。

「大丈夫だ」ジョンが隠れてた場所から姿をあらわして、知らせました。「ねえ、ピーター、ホントに飛べるの?」

わざわざ答える代わりにピーターは、マントルピース(だんろの上にあるかざり)をつかんだりしながら、部屋中を飛びまわりました。

ジョンとマイケルは「すっごいなぁ」といい、

ウェンディは「すてき」とさけびました。

「あぁ、ぼくはすてきなんだ、すてきなんだ」ピーターはまた礼儀正しくするのを忘れて、そういってます。

飛ぶのは、楽しくなるほど簡単にみえました。コドモたちが床からベッドまで飛ぼうと最初に試してみたんですが、どうしても飛ぶどころか床に落ちてしまいます。

「ねぇ、どうやって飛ぶの?」ジョンが、ひざをさすりながら尋ねました。ジョンはなかなか賢い子ですから。

「ただ、すてきですばらしいことを考えるだけだよ」ピーターは、そう説明しました。「そうすると空中に浮くんだ」

ピーターは、ふたたび飛ぶのを見せてあげました。

「君は速すぎるよ」とジョンは言いました。「もっとゆっくり飛んでくれない?」

ピーターは、ゆっくりとすばやくの両方飛んで見せました。「わかったよ、ウェンディ」ジョンはいいました。でもすぐに飛べないことがわかりました。3人のうち、だれ一人として少しも飛べませんでした。マイケルでさえ2音節の言葉を知ってて、ピーターときたらAからZさえも知らなかったにもかかわらずです。

もちろん、ピーターはみんなをからかって遊んでいたのでした。妖精の粉をふりかけられずに、飛べる人なんていません。幸運なことに、前にもお話しした通り、ピーターの片手には粉がついてたので、めいめいに粉をすこしずつふりかけてあげました、すると素晴らしいことに、

「さて肩をこういうふうに震わせてごらん、そして飛ぶんだ」とピーターは言いました。

みんなベッドの上にいて、勇敢なマイケルが最初に飛びました。正確にはマイケルは飛ぶつもりはなかったのですが、飛んじゃったのでした。そして、すぐさま部屋をよこぎりました。

「飛んだよ」まだ空中にいる間から、マイケルは叫びました。

ジョンも飛びあがり、浴室のそばでウェンディと顔を見合わせました。

「なんてすてきなの」

「すごいや」

「みてよ」

「みろよ」

「みて」

みんなは、ピーターほど優雅というわけではありません。少し足でけらなければならなかったのです。一方頭は天井にぶつかってふらふらしました。ただ、これほど愉快なことはありません。ピーターは、最初ウェンディに手を貸してあげましたが、やめなければなりませんでした。ティンクがカンカンに怒るのです。

3人は上下にくるくる飛びまわりました。天国にいるみたいとウェンディはいいました。

「さあ、」ジョンはいいました。「外にいこうよ」

もちろんピーターがコドモ達を誘惑してたのは、このことです。

マイケルは、今にも行きそうです。1兆マイルをどれくらいでいけるのか、知りたくて知りたくてたまらなかったのでした。でもウェンディは躊躇していました。

「人魚だよ」ピーターは再び言いました。

「まぁ」

「海賊もいるよ」

「海賊だって」ジョンは、お出かけ用の帽子をつかみながら叫びました。「すぐいかないと」

パパとママがナナと一緒に27番地をでたのは、ちょうどそのときでした。通りの真ん中まで駆け出して、コドモ部屋の窓を見上げました。そうです、まだ閉まっています。でも部屋は明かりでこうこうと照らされていました。それはとにかく心臓をわしづかみにされたようなびっくりさせる光景でした。カーテンに映った影で、3人の寝巻きをきた小さな姿がくるくる回っているのが見えたのでした。しかも床の上ではなく空中を。

3人の姿ではありません、4人です。

ぶるぶる震えて、パパとママは通りに面したドアを開けました。パパは階段を駆け上がりました、でもママはパパに落ち着いていくように身振りでしらせ、自分も落ち着くようにしていました。

コドモ部屋には間に合ったのでしょうか。間に合ったのなら、どんなにパパとママは喜んだことでしょう。わたしたちみんなも安堵のため息をつくことでしょう。でも、それじゃあお話にならないんです。とはいっても、間に合わなくても私は神にちかって、オシマイにはなにもかも上手くいくことは約束します。

もしあの小さな星達がパパとママを見張っていなければ、コドモ部屋に間に合ったかもしれません。もう一度星達が窓を息で開けて、あの一番小さい星が大声で叫びました。

「逃げて、ピーター」

それでピーターは一刻の猶予もないことを知り、「来いっ」と命令すると、すぐに夜の闇へ飛び出して行き、ジョンとマイケルとウェンディが続きました。

パパとママとナナが、コドモ部屋に駆け込んだのは遅すぎました。小鳥たちは飛び去ってしまいました。


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