帰ってきたシャーロック・ホームズ アーサー・コナン・ドイル

アビ屋敷


1897年の冬も終わりに近い、身を切るような寒い夜の明け、霜の降りる朝のこと、私は肩をぐいと引かれて起こされた。ホームズだった。彼が手に持つろうそくがその興奮してかがみこむ顔を照らし、一目見て私は何かよくないことがあったのを知った。

「さあ、ワトソン、さあ!」彼は叫んだ。「ゲームは始まってる。黙って服を着て来るんだ!」

十分後私たちは二人とも馬車に乗り、静かな街路をチャリング・クロスに向かってガタガタ揺られていた。ほのかな冬の曙の先駆けが現れ始め、時折早出の労働者がロンドンのオパールの煙霧の中を通り行く、にじんでぼやけた姿がかすかに見えた。ホームズは黙って厚いコートにくるまり、私も喜んで同じようにしていた。というのも空気は冷たく、私たちは二人とも食事をしていなかったからだ。

駅で熱い茶を飲み干し、ケント行き列車に席を占めて十分温まってからやっとホームズが口を開き、私も聞き耳を立てた。彼はポケットから手紙を引っ張り出し、音読した。

ケント州、マーシャム、大修道院跡、アビ屋敷、午前3時30分

シャーロック・ホームズ様

きわめて驚くべき事件になりそうですのですぐに助力をいただけるとありがたいのですが。まったくあなたの好みに合いそうです。奥方を解放したほかは、すべて私が発見したそのままに保たれていると思いますが、サー・ユースタスをそのまま置いておけないので、一刻も失わぬようお願いします。

敬具

スタンリイ・ホプキンズ

ホプキンズに呼ばれたことは七回あるが、どの場合も彼の呼び出しは正しかった」とホームズは言った。「彼の事件はみんな君のコレクションに入れられちまったんじゃなかったかな。僕は認めるがね、ワトソン、君には選択眼のようなものがあって、それがずいぶん償ってはいるが、君の記述はまったくいただけないね。すべてを科学的課題として見る代わりに物語の観点から見る君の致命的な習慣が、啓蒙的で、その上模範的な一連の実地教育となりえたはずのものをだめにしてしまった。君は興味本位の枝葉をくどくど書かんがために、最高に巧妙で精緻な仕事をあいまいにした。それで読者は興奮するかもしれないが、到底読者に教えるところはない。」

「なぜ自分で書かないんだ?」私はいささか皮肉をこめて言った。

「書くよ、ワトソン君、今に。目下僕は、君も知ってるようにかなり忙しいが、晩年は教科書を書くことにささげるつもりなんだ。探偵技術のすべてを一冊に集約することになろう。僕たちの今日の研究は殺人事件らしいね。」

「ではこのサー・ユースタスが死んだと考えるんだね?」

「そうだと思う。ホプキンズの書きっぷりにはかなり動揺が見られるが、彼は感情的な男ではないからね。そう、暴力行為があって、死体は僕たちの検査のために残されているんだと思う。単なる自殺では彼が僕に使いを出すことにはならないだろう。奥方の解放、ということは、彼女は惨事の間部屋に監禁されていたと思われる。僕たちが入っていくのは、ワトソン、上流の生活であり、パリパリの紙幣、『E.B.』のモノグラム、紋章、大時代な所書きだ。友ホプキンズが評判にこたえれば、僕たちの朝はおもしろくなるだろうよ。犯行があったのは昨日の夜十二時前だ。」

「どうしてわかるんだ?」

「列車を詳しく調べて時間を計算したからさ。地元の警察を呼ばなければならない、次にスコットランドヤードに連絡しなければならない、ホプキンズが出かけなければならない、今度は彼が僕を呼びに使いを出さなければならない。それをすべて済ますにはまずまず一晩かかるよ。あ、さあチズルハースト駅に着いたし、僕たちの疑いもすぐに解決するだろう。」

狭いいなか道を数マイル走らせると私たちは庭園の門に着き、それを門番小屋の老人が開けてくれたが、そのやつれた顔は何か大きな惨事のあったことを反映していた。見事な庭園の中を老いた楡の並木道が走り、その果てに低い、翼を広げた、パラディオ風に正面の柱のある家があった。中央部は明らかに時代物でツタに覆われていたが、大きな窓々は近代的な改修が行われたことを示し、また建物の一方の翼はまったく新しいように見えた。スタンリイ・ホプキンズの若々しい姿、油断ない、熱心な顔が開いた玄関口で私たちを迎えた。

「来てくださって大変嬉しいですよ、ホームズさん。それからあなたも、ワトソン博士。しかし、実を言うと、時間を元に戻せるならあなた方にお手数をかけなかったのですが。いや、奥方が意識を回復してから事の顛末をはっきりと話されたので、我々のすることはあまり残っていないものですから。例のルイシャムの夜盗団を覚えてますか?」

「ん、ランダル三人組かい?」

「そうです。親父と息子二人の。奴らの仕事ですよ。間違いありません。二週間前シドナムで一仕事したのを見られて人相書きが出ています。こんなにすぐにこんなに近くでまたやるとはかなりずうずうしいですが、でも奴らです、まったく疑いなく。今度は絞首刑ものです。」

「ではサー・ユースタスは死んだんだね?」

「ええ、ご自分のとこの火かき棒で頭を強打されて。」

「サー・ユースタス・ブラックンストール、と御者は言ったが。」

「その通りです――ケントでも指折りの資産家です――レディー・ブラックンストールは居間におられます。お気の毒に、大変恐ろしい経験をされました。私が最初に見た時には半死半生のように見えました。ご自分で彼女をご覧になって彼女の話す事実をお聞きになるのがいちばんだと思います。それから一緒にダイニングルームを調べましょう。」

レディー・ブラックンストールは決して平凡な人ではなかった。私はあのように優美な姿、あのように女性らしい物腰、あのように美しい顔をめったに見たことがない。色白で金髪、目は青く、直前の経験により引きつり、やつれていなければ、きっとそうした彩りにふさわしい理想的な顔色だったにちがいない。彼女の苦しみは肉体、精神の両面にわたり、片方の目の上がひどく醜く紫色にはれ上がり、それを彼女のメイド、背の高い、厳格な女が一生懸命酢と水で冷やしていた。レディーは疲れきって寝椅子に仰向けになっていたが、私たちが部屋に入った時の彼女の鋭く、注意深い視線、美しい顔に浮かんだ警戒の表情はその判断力、勇気が恐ろしい経験によって揺るがされていないことを示していた。彼女は青と銀のゆったりした部屋着にくるまっていたが、黒のスパンコールのついたディナードレスが寝椅子の彼女のそばに置かれていた。

「起こったことはすべてあなたに申し上げましたが、ホプキンズさん」と彼女は疲れをにじませて言った。「あなたが私の代わりに繰り返してくださらない?まあ、それが必要とお思いなら、私がこちらの紳士方に何が起こったかお話ししましょう。もうダイニングルームにはいらしたのかしら?」

「先に奥様のお話を伺う方がよいと思いまして。」

「事を運んでいただけると嬉しいんですけど。あの人があそこに倒れていると思うとぞっとしますの。」彼女は震え、両手で顔を覆った。その時、ゆるいガウンが彼女の前腕から滑り落ちた。ホームズが叫び声を発した。

「ほかにも傷がありますね、奥様!これは何です?」鮮明な赤い点が二つ、白く丸い上肢の一方の上にくっきりと見えていた。彼女は急いでそれを隠した。

「何でもありません。昨夜のあの醜悪な事件とは何の関係もありません。どうぞあなたもお友達もお座りになって、できる限りお話ししますわ。」

「私はサー・ユースタス・ブラックンストールの妻です。結婚して一年ほどになります。私たちの結婚が幸せなものではなかったことを隠そうとしても何にもならないでしょうね。私が否定してみたところで、ご近所の皆さんがそうおっしゃるんじゃないかと思います。ことによると責任の一部は私にあるのでしょう。私は南オーストラリアのより自由で慣習にとらわれない環境で育てられて、このイギリス生活は堅苦しい礼儀作法が私の性に合わないのです。でも主な理由は、誰もが知っているある事実、つまりサー・ユースタスが常習的な大酒飲みだということにあるのです。そんな男とは一時間一緒にいるのも不愉快です。昼も夜も彼に縛り付けられることが感じやすい、気概のある女にとってどんな意味を持つか想像していただけます?そんな結婚を義務と考えるのは冒涜、犯罪、不道徳ですわ。言っておきますがあなた方のこのひどい法律は国に呪いをもたらしますよ――神がこんな邪悪なことを存続させておくものですか。」束の間、彼女は起き直り、その頬は紅潮し、額のものすごい傷跡の下の目は燃え立った。その時厳しいメイドの力強い、慰撫する手が彼女の頭をクッションの上に引き下ろすと、荒々しい怒りは静まって激しいすすり泣きに変わった。ようやく彼女が続けた。

「昨夜のことを話しましょう。あるいはお気づきでしょうが、この家では召使は皆新しい翼で休みます。この中央の建物はそれぞれ住まいとなる部屋部屋から成っていて、後ろに調理場があり、私たちの寝室は二階です。メイドのテリーサは私の部屋の上で休みます。ほかには誰もいませんし、音がしても向こうの翼にいる者に危険が伝わるはずがありません。これが泥棒たちによく知られていたにちがいありません、さもなければあのようなふるまいはしなかったでしょう。

サー・ユースタスは十時半頃引き取りました。召使たちはもう自分たちの部屋へ下がっていました。私のメイドだけが起きていて、私の用があるのを待って建物の最上階の彼女の部屋に残っていました。私は本に夢中になって十一時過ぎまでこの部屋に座っていました。それから私は二階へ上がる前に何も問題ないか見て回りました。自分でそうするのが私の習慣で、というのも、申しましたように、サー・ユースタスをいつも信用するわけにいきませんので。私は調理場、食器室、銃器室、ビリヤードルーム、客間、そして最後にダイニングルームに入りました。厚いカーテンのかかった窓に近づいた時です、不意に私は顔に当たる風を感じ、窓が開いていることに気づきました。さっとカーテンをわきに寄せると、私は、ちょうど部屋に踏み入ったばかりの、肩幅の広い年配の男と向かい合っていました。それは長いフランス窓で、実際には芝生へ通じるドアになっていました。私は寝室のろうそくを灯して手に持っていましたが、その明かりで初めの男の後ろにほかにも、まさに入ろうとしている二人が見えました。私は後ずさりしましたが、男はたちまち私に向かってきました。まず私の手首を、それからのどをつかみました。私は口を開け、叫びましたが、こぶしで目の上をひどく殴られ、床に打ち倒されました。私は数分間意識を失っていたにちがいありません、正気に返ってみますと、彼らはベルの紐を引きちぎり、私をダイニングテーブルの上座にあったオーク製の椅子にしっかりと縛り付けていました。固く縛られていた私は動くこともできず、口のまわりのハンカチのため声も立てられませんでした。ちょうどこの時です、不運にも夫が部屋に入ってきたのは。明らかに彼は怪しい物音を聞き、目にしたような状況に対する心構えをして来たのです。寝巻きにズボンを着け、お気に入りのリンボクのステッキを手にしていました。彼は泥棒たちの方へ突進しましたが、一人が――年配の男でした――かがんで、暖炉から火かき棒を取り、横から彼に恐ろしい一撃を加えました。彼はうめき声を上げて倒れ、そのまま動かなくなりました。私はもう一度卒倒しましたが、それも意識を失っていたのはほんの数分間だけだったはずです。目を開けると彼らはサイドボードから銀製品を集め、そこにあったワインの瓶を出していました。それぞれがグラスを手にしていました。もう申しましたかしら、一人は年配であごひげがあり、あとは若く、ひげのない若者でした。父親と息子二人だったかもしれません。彼らはひそひそ話し合っていました。それから彼らはやってきて、私をしっかり縛ってあるか確かめました。最後に彼らは窓を後ろ手に閉めて引き上げました。十五分大変な思いをしてやっと口が自由になりました。そうして、私の叫び声でメイドが助けに来ました。ほかの召使たちにもすぐに急が告げられ、地元の警察に使いを出し、すぐにロンドンにも伝えられました。私に話せるのは本当にこれで全部です、皆さん、こんなつらい話を繰り返すことはもう二度と必要ないと思うのですが。」

「何か質問は、ホームズさん?」とホプキンズが尋ねた。

「僕はもうこれ以上レディー・ブラックンストールに辛抱していただき、長時間の負担をおかけするつもりはありません」とホームズは言った。「ダイニングルームを調べる前に君の見聞きしたことを聞かせて欲しいのだが。」彼はメイドを見た。

「私は家に入る前の男たちを見ました」と彼女は言った。「寝室の窓際に座っていた時、月明かりの下、向こうの門番小屋の門のそばに三人の男が見えましたが、その時は何とも思いませんでした。一時間以上たって奥様の叫び声を聞き、駆け下りて、見つけましたのが、かわいそうにお嬢様が、おっしゃる通りのご様子で、それと旦那様は床に、部屋中血と脳みそで。女なら正気を失って当然でございます、そこに縛りつけられて、ドレスにまであの汚れがついて、でもアデレイドのメアリー・フレイザーお嬢様、アビ屋敷のレディー・ブラックンストールは新しいやり方は身につけていなくても、勇気が足りないなんてことは決してありませんでした。もうずいぶん長く質問をなさったのですから、皆さん、奥様はご自分の部屋へ行くことにしますよ、この老いたテリーサと一緒にね、どうしてもお休みを取らなくてはいけませんから。」

母親のように優しく、やせた婦人はその手を女主人の腰に回し、部屋から連れ出した。

「彼女は生涯付き添ってきたんです」とホプキンズは言った。「赤ん坊の時は乳母として、そして十八ヶ月前、初めてオーストラリアを離れてイングランドに来る時も一緒に。テリーサ・ライトという名で、今時ちょっと見つからないタイプのメイドですよ。こっちです、ホームズさん、よかったら。」

強い関心はホームズの表情豊かな顔から消え、事件の魅力はすべて謎とともに去ったことが私にはわかった。まだ逮捕すると言うことが残っていたが、なぜこんな平凡な悪党に関係して彼が手を汚す必要があるのか?高度な学識ある専門医が往診を頼まれて行ってみるとはしかの患者だった時に経験する、ちょっとした腹立たしさのようなものを私は友の目に読み取った。それでも現場のアビ屋敷のダイニングルームはかなり変わっていて彼の注意を捕らえ、衰えていた興味を呼び戻した。

それは非常に大きな、天井の高い部屋で、オークの木彫りの天井、オークの羽目板、そしてまわりの壁には鹿の頭や昔の武器が見事に並んでいた。ドアの反対側の端に私たちの聞いていた高いフランス窓があった。右側にあるやや小さい三つの窓が広間を冬の冷たい陽射しで満たしていた。左側には大きな、奥行きのある暖炉、どっしりと張り出したマントルピースがあった。暖炉のそばには肘掛と底部に筋交いのある重いオークの椅子があった。その木製品のすき間から出たり入ったりして真紅の紐が編まれ、その両端は下の斜めの棒に固定されてた。レディーを解放して体は紐をすべり抜けていたが、紐を固定していた結び目はまだ残っていた。こうした細かいことはあとになって初めて私たちの注意を引いたものだ。なぜなら、私たちは暖炉の前の敷物の上に横たわる恐ろしいものにすっかり思いを奪われていたからである。

それは四十歳ほどの、長身のがっしりした男の死体だった。仰向けに倒れ、顔を上に向け、短く黒いあごひげの間から白い歯をむき出していた。こぶしを固めた両手は頭の上に上げられ、重いリンボクのステッキがまたがっていた。その浅黒くハンサムな、鷲のような顔立ちはゆがんで、敵意あらわな憎悪に引きつり、それが死に顔を恐ろしい鬼のような表情にしていた。突然警鐘が鳴らされた時、明らかに彼は寝ていたので、おしゃれな刺繍入りの寝巻きを身に着け、素足がズボンから突き出ていた。頭にひどい怪我をしており、部屋全体が彼を打ち倒した一撃の残忍きわまる性格を証言していた。彼のそばにはその打撃で湾曲した重い火かき棒がころがっていた。ホームズはそれと、それがもたらした無残な姿の両方を調べた。

「力の強い男らしいね、ランダル老人は」と彼は言った。

「ええ」とホプキンズが言った。「前歴を見ると荒っぽいやつです。」

「捕まえるのは難しくないだろうね。」

「ええ、少しも。我々は奴を警戒していたんですが、アメリカへ行ってしまったかとも考えていました。今や一味がここにいるとわかったからには、どうしたって逃げられっこありません。あらゆる港から常に情報を得てますし、夕方前には朗報が来るでしょう。わからないのはどうして奴らがこんな無謀なことをしてしまったのか、レディーは人相を言うはずだし、その人相が我々にわからないはずは絶対にないとわかってたでしょうにね。」

「その通りだね。レディー・ブラックンストールも同じように黙らせるだろうと思うところだが。」

「気がつかなかったのかもしれないね、」私は言ってみた、「彼女が気絶から回復したと。」

「ありそうなことだ。意識がないように見えたなら、命はとらなかったろう。この気の毒な男についてはどうなんだ、ホプキンズ?いささか変な話を聞かされたようだが。」

「しらふの時は優しい人なんですが、酔っ払った時、というよりむしろ、いやとことんやることはめったになかったんで酔っ払い加減の時はですね、まったく鬼のようでした。そういう時は悪魔が中にいるようにどんなことでもしでかしました。聞くところでは、あんな富や称号があるにもかかわらず、一、二度危うく我々の世話になるところだったそうです。犬を石油でずぶぬれにして火をつけたというスキャンダルがありまして――さらに悪いことには奥方の犬でして――やっとのこと、かろうじてもみ消されました。それからメイドのテリーサ・ライトにデカンターを投げつけ――それもやっかいなことになりました。概して、ここだけの話、彼がいなければ明るい家になるでしょう。おや何をご覧になってるんです?」

ホームズはひざまずき、レディーがくくりつけられていた赤い紐の結び目を非常に注意深く調べていた。それから彼は、強盗が引きずり下ろした時にぷっつり切れたそのちぎれほつれた端を慎重に検査した。

「これが引き下ろされた時、調理場のベルが激しく鳴ったにちがいない」と彼は言った。

「誰にも聞こえませんでした。調理場は建物の真後ろにありますから。」

「どうして強盗に誰にも聞こえないとわかったんだ?どうしてそんな無謀なやり方でベルの紐を引っ張るなんてことを思い切ってしたんだ?」

「その通りです、ホームズさん、その通りです。あなたのした質問はまさに私が繰り返し自分に尋ねていたものです。疑いの余地なくこいつはこの家とその習慣を知っていたにちがいありません。召使たちが皆、比較的早い時間に休むこと、調理場のベルが鳴っても誰にも聞こえるはずのないことを完全に承知していたにちがいありません。従って、奴は召使の一人に近寄り、結託していたにちがいありません。間違いなく明白なことです。ところが八人いる召使はみんな申し分のない連中です。」

「ほかの条件が同じなら、」ホームズが言った、「主人から頭にデカンターを投げつけられた者が疑わしくなるね。とはいえそれはこの女が献身しているらしい女主人への裏切りを伴うことになる。まあ、まあ、大した問題じゃないね、ランダルを捕まえれば、たぶん共犯者を確保するにも造作なかろう。レディーの話も、ま、裏づけが必要だったとすれば、目の前のあらゆる細部によって間違いなく裏づけられるようだね。」彼はフランス窓に歩み寄り、さっと開けた。「ここには何の痕跡もないが、地面は鉄のように固いし、期待するがものはないからね。なるほど、このマントルピースのろうそくがついていたんだね。」

「ええ、その明かりと、レディーの寝室用のろうそくの明かりで、強盗は勝手がわかったんです。」

「それで連中は何を盗った?」

「そうですね、あまりたくさんは盗ってません――サイドボードから皿をほんの六点です。レディー・ブラックンストールは連中自身がサー・ユースタスの死に動揺してしまって家をあさり回らなかった、さもなければそうしたろう、とお考えです。」

「おそらくその通りだろう、それでもワインをいくらか飲んだんだったね、うん。」

「神経を落ち着かせるために。」

「その通り。このサイドボードの上の三つのグラスは触ってないだろうね?」

「ええ、瓶も残していったそのままです。」

「ちょっと見てみようか。おや、おや!何だこれは?」

三つのグラスがかたまって置かれ、そのすべてにワインの色がついていたが、一つにはオリのカスがいくらか入っていた。近くに三分の二ほど入った瓶が立ち、そのそばに長い、濃く染まったコルクがあった。その外観と瓶の上のほこりから、殺人者たちの楽しんだのは並のヴィンテージではないことがわかった。

ホームズの様子に変化が生じた。気のない表情が消え、再び彼の鋭い、深くくぼんだ目に興味を示す油断ない輝きが見えた。彼はコルクを持ち上げ、詳細に調べた。

「どうやって抜いたのかな?」と彼は尋ねた。

ホプキンズは半開きの引き出しを指さした。中には食卓用リネンと大きなコルク抜きがあった。

「レディー・ブラックンストールはそのコルク抜きが使われたと言ってるのかね?」

「いいえ、ご記憶でしょう、瓶が開けられた時、彼女は意識を失っていたんです。」

「まったくそうだ。実際のところ、そのコルク抜きは使われなかった。瓶を開けたのは携帯用の栓抜きで、おそらくナイフについていて、長さ一インチ半以上ではない。コルクのてっぺんを調べてみれば、コルクを抜き取るまでに栓抜きが三回打ち込まれているのに気づくはずだ。突き通せなかったんだ。この長い栓抜きなら突き抜けて、一度引けば引き抜けただろう。その男を捕まえたら、そういう万能ナイフを持っていることがわかるだろう。」

「すばらしい!」とホプキンズが言った。

「しかしこの三つのグラスはどうにもふに落ちないんだ、実を言うと。レディー・ブラックンストールは実際に三人が飲むところを見たのかねえ?」

「ええ。その点確かでした。」

「それならそれで終わりだ。それ以上何を言うことがある?でもねえ、この三つのグラスはまったく驚きじゃないか、そうだろ、ホプキンズ。え?何も驚くべきことはないって?まあ、まあ、いいとしよう。たぶん、僕のように特別の知識、特別の能力を持っていると、単純な解釈が手近にあるのに、かえって複雑なものを探し求める気になるんだな。もちろん、そのグラスについては単なる偶然にちがいない。さて、ごきげんよう、ホプキンズ。僕が何か君の役に立つとは思わないし、君が事件をすっかり明らかにしそうだし。ランダルが逮捕されたら、それから何か新事実が生じたら知らせてくれるね。上首尾のお祝いをまもなく言えるものと思ってるよ。さあ、ワトソン、帰ってもっと有益なことに取り掛かれるんじゃないかな。」

帰途につき、ホームズの顔を見ると彼が何か観察したことについてひどく悩んでいるのがわかった。時々、努力して、彼はその印象を振り捨て、あの件は明白であるかのように話そうとするのだが、そこで再び疑惑が彼にのしかかり、ひそめた眉、ぼんやりした目から、彼の思いがもう一度、あの真夜中の悲劇が演じられたアビ屋敷の大きなダイニングルームへ戻っていることがわかった。とうとう、突然衝動的に、ちょうど私たちの列車がある郊外の駅をのろのろと出ようとした時、彼はホームに飛び降り、あとから私を引っ張り出した。

「申し訳ない、君、」カーブを曲がって消えていく私たちの列車の後部の客車をじっと見ながら、彼は言った、「君をほんの気まぐれのように見えるかもしれないことの犠牲にしてすまない、しかしどうしてもね、ワトソン、僕にはあの事件をこのままにしておくことはとてもできないんだ。僕の持てるあらゆる本能が反対の声をあげる。あれは間違ってる――あれはみんな間違っている――誓ってもいい、あれは間違っている。とは言っても、レディーの話は完璧だし、メイドの裏書は十分だし、細部はまったく正確だ。それに対して何を持って僕は反論せねばならないか?三つのワイングラス、それだけだ。しかし僕が事態を考えなしに信じなかったら、僕たちが事件に初めから取り掛かり、型にはまった話に心を歪められていなければ当然示したはずの注意を傾けてすべてのものを調べていたら、僕はもっと明確な判断の材料を見つけていたのではなかろうか?もちろん見つけていたろう。このベンチに腰を下ろそうよ、ワトソン、チズルハースト行きの列車が着くまで。ひとつ君に証拠を提示させてもらうとして、まず第一に、メイドなり女主人なりの言うことは何でも必然的に真実であるという考えを頭から払いのけるようお願いするよ。レディーのうっとりするような魅力に僕たちの判断が歪められるのを許してはならない。

確かに彼女の話の細部には、冷静に見ると、疑惑をかき立てるものがある。あの夜盗団は二週間前シドナムで相当の獲物を獲た。彼らやその風体についての記事は多少新聞に載ったし、架空の泥棒が役割を演じる話をでっちあげたいとすれば誰にも当然思い浮かぶものだろう。実際のところ、夜盗団はうまく一働きやってのけたら、普通、また別の危険な仕事に乗り出したりせずに、喜んで静かに上がりを楽しむものだ。そのうえ、夜盗がそんなに早い時間に仕事をするのも異常なら、レディーが叫び声を上げるのを防ぐために殴るのも異常だ、だってそんなことをすれば確実に叫び声を立てるのは想像がつくじゃないか。また彼らが男一人押さえ込むのに十分な人数がいるのに人を殺すのも異常なら、まだたくさんのものに手が届くのにわずかな略奪に甘んじるのも異常だし、そして最後に、そういう男たちがボトルの半分残すというのはきわめて異常なことじゃないかねえ。こういう異常なことに君はどんな感じがするかい、ワトソン?」

「その累積効果は確かに相当なものだが、とはいえそれぞれ自体はまったくありうることだね。何より異常なのは、レディーが椅子に縛りつけられたことだと私には思えるがね。」

「さあて、僕のはそこのところはそうはっきりしないねえ、ワトソン、だって彼らが彼女を殺すか、そうやって動けなくするかして、彼女がすぐに彼らの逃亡を通報できないようにしなければならなかったのは明らかだからね。しかしとにかく、レディーの話にはいささか本当らしくない要素があることを僕は明らかにしたんじゃないかな?さてそこで、この上に登場するのがワイングラスの問題だ。」

「ワイングラスがどうしたね?」

「あれを思い浮かべてみてくれないか?」

「はっきりと見えるよ。」

「三人の男がそれぞれから飲んだと聞かされた。本当のことと思えるかい?」

「なぜだね?ワインはどのグラスにも入っていたよ。」

「その通り、だがオリが入っていたグラスは一つだけだ。その事実に気づいてなければいけない。そのことから君には何が思い浮かぶ?」

「最後に満たされたグラスにオリが入るのが最もありそうなことじゃないかな。」

「とんでもない。瓶はいっぱいだったんだし、最初の二つがきれいで三つ目にどっさり入ってるというのは想像もつかないよ。二つの解釈が可能であり、しかも二つだけだ。解釈一、二つ目のグラスを満たしてから瓶を激しく振った、それで三つ目のグラスにオリが入った。これはありそうにないなあ。いや、いや、確かだ、僕は間違ってない。」

「それで、君はどう考えるんだね?」

「グラスは二つだけ使われた、それぞれのカスが三つ目のグラスに注がれた、それは三人の人物がそこにいたという誤った印象を与えるためだった。そういうわけでオリがすべて最後のグラスに入ったんじゃないかな?そうとも、僕はそうだと確信するね。しかし僕の解釈がこの一つの小さな現象の真実を射止めたとすると、事件はたちまちありふれたものからきわめて驚くべきものに出世する。なぜなら、それが意味するのはただ、レディー・ブラックンストールとメイドが故意に僕たちに嘘をついたこと、彼らの話は一言として信じられないこと、彼らには真の犯人を隠す、何か非常に強い理由があること、僕たちは彼らの助けを借りずに自分で事件を構成しなければならないこと、だからだ。それが今僕たちの前にある使命だが、ほら、ワトソン、シドナムの列車だ。」

アビ屋敷の住人は私たちが戻ったことにひどく驚いたが、シャーロック・ホームズはスタンリイ・ホプキンズが本部へ報告に行って不在なのを知ると、ダイニングルームを占領し、内側からドアに鍵をかけ、二時間というもの、彼の輝かしい推理体系を築く固い基礎となる、例の綿密で骨の折れる調査に専心した。教授の実地研究を観察する興味津々の学生よろしく隅に座り、私はそのすばらしい調査の一つ一つを追っていった。窓、カーテン、じゅうたん、椅子、紐――それぞれが順に、綿密に調査され、十分に考察された。不運な准男爵の死体は移されていたが、ほかはすべて朝見た時のまま残っていた。最後に、ホームズはがっしりしたマントルピースの上に登って私をびっくりさせた。彼の頭のはるか上にまだ針金にくっついている赤い紐が数インチぶら下がっていた。長い間彼はそれをじっと見上げていたが、それからもっと近寄ろうとしてランプを取り付ける壁の木製のブラケットにひざをのせた。これで彼の手は引きちぎれた紐の端から数インチのところまで行ったが、彼の注意を引いたのはそれよりもブラケットそのものらしかった。最後に彼は満足の叫びを上げて飛び降りた。

「申し分なしだ、ワトソン」と彼は言った。「僕たちは事件を――きわめて驚くべきものを一つ、コレクションに加えたね。それにしても、いやはや、何とばかだったんだ僕は、何とまあ、危うく一生ものの失敗をするところだった!今や、二、三の欠けている環があれば、僕の鎖もほとんど完成だと思うよ。」

「やった男たちのことがわかったのか?」

「男だ、ワトソン、たちじゃなく。たった一人だが、きわめて手ごわい人物だ。ライオンのような力――あの火かき棒を曲げた一撃が証拠だ!身長六フィート三インチ、リスのように機敏、手先が器用、最後に、驚くほど頭の回転が速い、なぜならこの独創的な話全体はその男がでっちあげたものだ。そうとも、ワトソン、僕たちはきわめて非凡な人間の作品に出くわしたんだ。それでも、あのベルの紐に、彼は僕たちにとって疑いの余地のないものとなる手がかりを残してしまったのだ。」

「どこに手がかりがあるんだ?」

「そうだね、もし君がベルの紐を引き下ろしたら、ワトソン、どこでそれが切れると思う?間違いなくそれが針金にくっついている箇所だ。どうして上から三インチのところで、これがそうだったようにさ、ちぎれなければならなかったのか?」

「そこでほつれていたから?」

「その通り。こっちの端は、調べることができるが、ほつれている。実に狡猾な男でナイフでそうしたんだ。ところが反対側の端はほつれていない。ここからではよく見えないだろうが、マントルピースにのれば一切ほつれた跡などなくきれいに切断されているのが見えるはずだ。君にも起こったことを再構成できる。男は紐を必要とした。ベルが鳴れば急を知らせる恐れがあるからそれを引きちぎることはしたくなかった。彼はどうしたか?彼はマントルピースに飛びのり、完全には届かなかったので、ブラケットにひざをのせ――ほこりの中に痕跡が見えるよ――それでナイフを紐に当てた。僕はその場所に少なくとも三インチ届かなかった――そこから僕は彼が僕より少なくとも三インチ大きいと推測するんだ。オークの椅子の座部の上の痕を見たまえ!何だね?」

「血だ」

「間違いなく血だ。これ一つだけでもレディーの話は問題外だ。犯行のあった時彼女が椅子に座っていたならどうしてそんな痕がつく?いやいや、彼女は夫の死んだ後で椅子につかされたんだ。あの黒いドレスにはこれに対応する痕があるにちがいない。僕たちはまだワーテルローの大敗を喫してはいないんだ、ワトソン、これは僕たちのマレンゴさ、なぜならこれは敗北に始まり勝利に終わるのだから。すぐに乳母のテリーサとちょっと話をしたいね。必要な情報を得るためにはしばらく慎重にやらなくてはいけないよ。」

彼女、この厳格なオーストラリア人の乳母はおもしろい人物で――無口で、疑り深く、無愛想であり、ホームズが感じよくふるまい、彼女の言うことをすべて率直に受け取ることで、彼女が打ち解けて同じように愛想よくなるまでにはしばらくかかった。彼女は死んだ雇い主に対する憎悪を隠そうとしなかった。

「はい、本当ですとも、私にデカンターを投げつけたのです。あの人が奥様の悪口を言うのを聞きまして、私は奥様のご兄弟がいらしたらそんな口は利けなかろうと言ったのです。その時です、投げつけられたのは。ただ美しいお嬢様への意地悪をあきらめるほかなかったら一ダースでも投げたかもしれません。いつも奥様を虐待していましたが、誇り高い奥様は不平を言いませんでした。あの人のしたことを私にさえ話そうとしないんです。今朝ご覧になったあの腕の傷跡のことも私は聞かされてませんでしたが、私にはあれが帽子のピンで刺されたものだとよくわかっています。悪賢い悪魔――私があの人をそう呼んだって神様はお許しくださいます。今は死んでしまって!でも悪魔が地上にいるならあの人こそそうです。初めて会った時にはとても素敵だったのに――ほんの十八ヶ月前ですけど、私たち二人には十八年前のような気がします。奥様はちょうどロンドンに着いたばかりでした。ええ、初めての旅で――その前は一度も家を離れたことがないんです。あの人は肩書きと財産と偽りのロンドン式のやり方で彼女を射止めました。彼女が誤りを犯したとしたら、もう十分罰を受けています。あの人に会ったのは何月ですって?そうですね、ちょうどこちらへ着いた翌月です。六月について七月でした。去年の一月に結婚しました。ええ、奥様はまた居間におりていらっしゃいますし、間違いなくお会いになるでしょうが、あまりいろいろ質問をしてはいけませんよ、なにしろ人間の我慢の限界まで耐え抜いてきたんですから。」

レディー・ブラックンストールは同じ寝椅子に横になっていたが、さっきより晴れやかに見えた。メイドは私たちとともに入室し、もう一度女主人の額の打撲傷に湿布を始めた。

「また尋問にいらしたんじゃないでしょうね?」とレディーは言った。

「いいえ、」ホームズは優しい声で答えた、「あなたに無用な迷惑をかけるつもりはありませんし、レディー・ブラックンストール、僕の願いはあなたの気持ちを楽にしたいだけです。というのもあなたを大変信頼できる女性と確信しているからです。僕を友達と思って信用してくだされば、信用してよかったとおわかりになるでしょう。」

「私にどうして欲しいんですの?」

「本当のことを話してください。」

「ホームズさん!」

「いやいや、レディー・ブラックンストール――むだなことです。僕の評判を少しはお聞きになったことがあるでしょうか。僕はそのすべてを賭してあなたの話はまったくの作り事だと申しましょう。」

女主人とメイドはともに青ざめ、おびえた目でホームズを見つめていた。

「何て厚かましい人でしょう!」テリーサが叫んだ。「奥様が嘘をついていると言うつもりですか?」

ホームズは椅子から立ち上がった。

「何もおっしゃることはありませんか?」

「もうすべてを申し上げました。」

「考え直してください、レディー・ブラックンストール。率直な方がよくありませんか?」

一瞬彼女の美しい顔にためらいが見られた。その時何か強い考えが生じ、それは仮面のように固くなった。

「知っていることはみんな申し上げました。」

ホームズは帽子を取り、肩をすくめた。「残念です」と彼は言い、それ以上何も言わずに私たちは部屋を、そして家を後にした。庭園には池が一つあり、我が友は先に立ってそこへ向かった。一面に凍っていたが、群れから離れた白鳥のために一つだけ穴が残されていた。ホームズはそれをじっと見つめ、それから番小屋のある門へ向かった。そこで彼はホプキンズ宛に短い手紙を走り書きし、それを小屋番に託した。

「当たりにせよ、はずれにせよ、友ホプキンズに何かしてやるのが僕たちの義務だからね、この二回目の訪問を正当化するためにも」と彼は言った。「まだ完全には彼に秘密を明かすつもりはないんだ。僕たちの次なる活動の現場はアデレイド―サザンプトン航路の海運事務所ということになるかな、僕の記憶が正しければペルメルのはずれにあると思うんだが。南オーストラリアとイングランドを結ぶ汽船には第二の航路もあるが、大きな方から先に片付けよう。」

支配人に取り次がれたホームズの名刺のおかげですぐさま配慮が得られ、必要な情報をすべて入手するのに長くはかからなかった。1895年にはこの航路で母港に着いたのはただ一つだけだった。それはロック・オブ・ジブラルタルという最大、最上の船だった。乗船名簿を参照してアデレイドのミス・フレイザーがメイドとそれに乗って航海したことがわかった。船は今、オーストラリアへの途中でスエズ運河のあたりだった。乗務員は一人を除いて1895年と同じだった。一等航海士のジャック・クロッカー氏は船長になっており、二日後にサザンプトンから出港するベイス・ロックという新しい船の指揮を執ることになった。彼はシドナムに住んでいるが、私たちが待つ気なら、その朝は指示に現れそうだった。

いや、ホームズ氏は彼に会いたいとは思わないが、彼の経歴や性格をもっと聞ければ嬉しいのだった。

彼の経歴はすばらしかった。彼に匹敵する航海士はどの船にもいなかった。性格について言えば、職務の上では頼もしいが、船のデッキを離れると荒々しく無鉄砲だ――短気で興奮しやすい、しかし忠実で正直で心優しい。これがアデレイド―サザンプトンの会社の事務所を後にするホームズが得た情報の要点だった。そこから彼はスコットランドヤードに走らせた、が、中に入らずに、馬車の中に座って眉を引き寄せ、深いもの思いにふけっていた。結局彼は馬車をチャリング・クロスの電信局へ回し、一つ電報を打ち、それから、最後に、もう一度私たちはベーカー街へ向かった。

「いや、僕にはできないよ、ワトソン」と彼は、再び私たちの部屋に入る時に言った。「一度礼状が発行されたら、どうあっても彼は救えない。僕はこれまでに一、二度、犯人を見つけたことで行われた犯罪よりも大きな害をもたらしたことがある気がするんだ。今や僕は教訓から学んでいるから、自分の良心よりもむしろイングランドの法をごまかしたいんだ。動く前にもう少し知るとしよう。」

夕刻前、私たちはスタンリイ・ホプキンズ警部の訪問を受けた。事態は彼にとってあまりうまくいってなかった。

「ホームズさんは魔法使いじゃないんですか。ほんとに時々思うんですが人間業じゃない能力をお持ちだ。さあ、いったいどうやってあの盗まれた銀製品が池の底にあるとわかったのですか?」

「わからなかったよ。」

「でも私に調べろとおっしゃったでしょう。」

「それで、あったかい?」

「ええ、ありました。」

「助けになったなら非常に嬉しいよ。」

「でも助けになってないんです。事件をはるかに難しくしてしまったんです。盗んでからその銀製品をいちばん近い池に放り込んでしまうとはどういう夜盗でしょう?」

「確かにかなり常軌を逸した行動だね。僕は単にね、それが銀製品など欲しくない――言わば、単に目をくらますために盗るような――連中に盗られたとすると、その後彼らは当然それをどうしても厄介払いしたくなるだろう、という考えを基にしていたんだ。」

「しかしなぜそのような考えが頭に浮かんだんで?」

「まあ、可能性があると思ったのさ。フランス窓から出たとすると、池がすぐ鼻先にあって氷には心をそそられる小さな穴が一つあいているじゃないか。結構な隠し場所にならないかな?」

「ああ、隠し場所――それならいい!」とスタンリイ・ホプキンズは叫んだ。「そうです、そうです、やっとすべてわかった!早朝です、道には人がいる、奴らは銀製品を持っているのを見られるのを恐れた、それで池に沈め、危険がなくなったら取りに戻るつもりだった。すばらしい、ホームズさん――目くらましの考えよりいいですよ。」

「まったくそうだ、君は見事な仮説を立てたね。確かに僕自身の考えはまったく見当違いだったが、その結果銀製品が発見されたことは認めてくれるだろ。」

「ええ――そうですとも。全部あなたのなさったことです。しかし私はひどい頓挫ですよ。」

「頓挫?」

「ええ、ホームズさん。ランダル一味は今朝ニューヨークで逮捕されました。」

「おやおや、ホプキンズ!それは確かにゆうべケントで人を殺したという君の説にはかなり不利だね。」

「致命的です、ホームズさん――完全に致命的です。それでも、ランダル一家のほかにも三人組のギャングはいますし、でなければ、警察がまだつかんでいない新たな一味かもしれません。」

「ほんとにそうだね、まったくありそうなことだ。え、もう行くのかい?」

「ええ、ホームズさん、事件の真相をつかむまで私は休みなしです。何かヒントはないでしょうね。」

「一つやったろう。」

「どんな?」

「ほらあれさ、目くらまし。」

「でもなぜ、ホームズさん、なぜです?」

「ああ、それが問題だよ、もちろん。だが僕は君にそれを考えてみるよう勧める。あるいはそれで何か見つかるかもしれないよ。夕飯を食べていかないかい?そうか、ごきげんよう、どのくらい進展したか知らせてくれたまえ。」

夕食が終わり、テーブルが片付けられると、ホームズが再び事件のことを口にした。彼はパイプに火をつけ、室内履きをつけた足を暖炉の明るい炎の方へ伸ばした。不意に彼は時計を見た。

「新たな動きを待っているんだよ、ワトソン。」

「いつだね?」

「今さ――数分以内。たぶん君は今しがた僕がスタンリイ・ホプキンズにしたことはちょっとひどいと思ってるだろうね?」

「君の判断を信じてるよ。」

「実に賢明な答えだねえ、ワトソン。君にはこんなふうに考えてもらいたい。僕の知ることは非公式であり、彼の知ることは公式だ。僕には私的な判断の権利があるが、彼にはない。彼はすべてを公開しなければならず、さもなければ公務に対する裏切りになる。はっきりしていないのに彼をそんな辛い立場に立たせるのはいやだから、僕自身が事件に確信が持てるまで、僕は情報を留保しておく。」

「しかしいつそうなるんだ?」

「時は来たれりだ。今君は卓越した小劇の終幕に立ち会うんだ。」

階段に音がして部屋のドアが開き、入ってきたのは実に見事な男らしさの典型であった。彼は非常に背の高い、金色の口ひげ、青い目、熱帯の日に肌を焼かれた若い男で、そして軽快な足どりはその大きな体が強靭なだけでなく機敏であることを示していた。彼は後ろ手にドアを閉め、そのまま両手のこぶしを固め、胸を波打たせ、何か激しい感情を抑えていた。

「お座りください、クロッカー船長。僕の電報を受け取ったんですね?」

訪問者は肘掛け椅子に腰を下ろし、いぶかしそうな目で私たちを順に眺めた。

「電報を受け取って、言われた時間に来ました。聞くところではあなたは事務所にまで来たそうですね。あなたから逃げはしませんぜ。最悪のことを聞こうじゃないですか。私をどうするつもりです?逮捕する?遠慮なく言ってくれ、おい!そこに座って猫がネズミをなぶるようなまねはさせないぞ。」

「彼に葉巻を」とホームズは言った。「それをくわえて、クロッカー船長、我を忘れるほど興奮しちゃいけない。君を普通の犯罪人と思ったらここに座って煙草なんか吸ってはいない、それはわかるだろう。正直にすれば、よい結果を生むかもしれない。ごまかしてみたまえ、君をぺしゃんこにするからな。」

「私はどうすればいいんです?」

「ゆうべアビ屋敷で起こったことについてすべて本当のことを話してもらいたい――本当のことだ、いいかね、何も付け足さず、何も省かず。僕は既に多くを知っているからね、もし少しでも真の道を外れたら、窓からこの警笛を吹く、すると事は永久に僕の手を離れることになる。」

船乗りは少し考えていた。それから彼は大きな日焼けした手で自分のももを打った。

「運を天にまかせよう」と彼は叫んだ。「あなたを信頼できる人、公明正大な人と信じてすべてを話しましょう。しかし一つだけ先に言わせてください。私のことなら、何も後悔しないし何も恐れない、もう一度やるかと言われればやるし、やったことを誇りに思います。あの畜生、何度生き返ったって同じ目に合わせてやる!しかしあの人です、メアリー・・メアリー・フレイザー・・二度とあの呪われた名で呼ぶものですか。彼女を厄介な立場に巻き込むと考えると、あのいとしい顔に笑みが浮かぶなら命をささげてもいい私としては、この魂がどうにかなりそうです。でも――でも――どうしてこらえられたでしょう?私の話を聞いてください、それから、尋ねてください、率直なところを、私があれをやらずにすんだかどうか?

少し話を戻さなければなりません。すべてご存知のようですから、私がロック・オブ・ジブラルタルの一等航海士として乗客である彼女に出会ったこともご存知のことでしょう。出会った最初の日から彼女は私にとってただ一人の女性となりました。船旅の日を重ねるほど私は彼女を愛し、以来何度も夜の当番の闇の中で私はひざまずき、船のデッキにキスをしました。彼女のかわいい足が歩いたところだからです。彼女は決して私に約束などしませんでした。彼女は女性として公正に私に接しました。私は不平など言いません。恋心は私の方ばかり、彼女の側にはよき友愛、友情があるだけでした。別れる時、彼女は自由な女でしたが、私は二度と自由な男には戻れませんでした。

次の航海から帰った時、私は彼女の結婚を知りました。いや、どうして彼女が好きな男と結婚してはいけないんです?肩書きに金――彼女よりそれにふさわしい人がいるでしょうか?彼女は美しいもの、上品なものすべてのために生まれたのです。私は彼女の結婚を悲しんだりしませんでした。私はそんな身勝手な奴じゃありません。私はただ彼女に幸運が訪れ、一文無しの船乗りのために彼女が身を滅ぼさないですんだのを喜んだだけです。それが私のメアリー・フレイザーへの愛です。

さて、私は二度と彼女に会えるとは思っていませんでしたが、この間の航海で私は昇進し、また新しい船はまだ進水前ということで、私はシドナムの家族のところで数ヶ月待たねばなりませんでした。ある日、いなか道に出た私はテリーサ・ライト、彼女の年取ったメイドに会いました。私は彼女のこと、彼のこと、すべてのことを聞かされました。ねえ皆さん、私はもう気が狂いそうになりましたよ。あの酔っ払いの畜生め、彼女の靴をなめるにも値しないくせに、よくもまあ、彼女に手を上げるとは!私はもう一度テリーサに会いました。それからメアリー本人に会い――そしてもう一度会いました。その時彼女はもう私に会わないつもりでした。しかし先日、一週間以内に船旅に出発するという通知を受け、私は出発前にもう一回彼女に会おうと決意しました。テリーサはいつも私の味方でした。ほとんど私同様にメアリーを愛し、あの悪党を憎んでいたからです。彼女からあの家の慣わしを聞きました。メアリーはいつも階下の彼女の小さな部屋で起きて本を読んでいます。ゆうべ私はそこへそっと近寄り、窓をひっかきました。最初彼女は私にはあけようとしませんでしたが、彼女も今では心のうちで私を愛しているのを私は知ってましたし、彼女も凍える夜に私を放っておくことはできませんでした。彼女が私に正面の大きな窓へ回るようささやき、それでその前に立つとそれが開いて私はダイニングルームに招じ入れられました。再び私は彼女自身の口から事情を聞いて血が煮えくり返るようになり、再び私は愛する女性を虐待するあのけだものをののしりました。さて、お二方、私が彼女と一緒に、神に誓ってまったく後ろ暗いことなく、窓のすぐ内側に立っていた時です、あの男が狂ったように部屋に駆け込んできて、およそ女性に対して使うには最も下品な名で彼女を呼び、手に持ったステッキで彼女の顔を横から殴ったのです。私は火かき棒に飛びついて、二人の間で正々堂々の戦いです。ここ、私の腕を見てください、彼の最初の一撃が当たったところです。次は私の番で、奴を腐ったかぼちゃのようにやっつけてやった。私がすまないことをしたと思ってると思いますか?とんでもない!あの男の命か私のかだったし、それにもまして、あの男の命か彼女のかだったんです。だって、どうしてあの狂った男の手に彼女を残していけますか?だから私は彼を殺したんです。私が間違ってましたか?では、それならあなた方お二人ならどうしました、もし私の立場だったら。

彼女は殴られた時に叫び声を上げ、それでテリーサが上の部屋から下りてきました。サイドボードにワインの瓶があったので、私はそれをあけ、ショックで死んだようになっているメアリーの唇の間に少し注ぎました。それから私自身も一杯飲みました。テリーサは氷のように冷静で、策略は彼女と私の合作でした。私たちはそれを夜盗のやったことに見えるようにしなければなりません。テリーサは我々の作り話を繰り返し繰り返し彼女に聞かせ、一方私はよじ登ってベルの紐を切りました。それから私は彼女を椅子に縛りつけ、紐の端を自然に見えるようにほつれさせました。そうしないといったいどうやって夜盗があそこに上がって切ったのかと怪しまれますから。それから私は泥棒というアイディアを貫徹するために銀の皿やポットをいくつかかき集め、私が出て十五分したら非常を知らせるよう指図してそこを離れました。銀製品は池の中に落とし、生涯のうちで今度だけは本当によいことをしたと思いながらシドナムへ向かいました。これが真実です、余すところない真実です、ホームズさん、私の首がかかっているとしても。」

ホームズはしばらく黙って煙を吐いていた。それから彼は部屋を横切り、訪問者の手を握った。

「その通りと思います」と彼は言った。「一言一言が真実であるとわかります。君は僕の知らないことはほとんど言わなかったから。軽業師か船乗りでなければブラケットからあのベルの紐までは届かないし、船乗りでなければ椅子にくくりつけられていた紐のあの結び目は作れない。たった一度だけあの婦人は船員たちと接触しており、それは彼女の船旅でのことで、それに彼女と同じ階級の誰かだった。なぜなら彼女は懸命にその男をかばおうとしていて、つまり彼女が彼を愛していることを示しているからです。ひとたび正しい手がかりから出発したからには、君を捕まえることが僕にとってどんなに容易だったかわかるでしょう。」

「警察には我々の手口は絶対に見抜けまいと思ってました。」

「警察は見抜いてもいないし、見抜けまいよ、僕の信ずる限り。さあ、いいかな、クロッカー船長、君がどんな人間をもとらえうる極度の憤激のもとに行動したことを認めるにやぶさかではないとはいえ、これはきわめて重大な問題です。君の行動が正当防衛と断定されるかどうか、僕にはわからない。しかし、それは英国陪審の決めることです。一方僕は君に大いに同情しているから、もし君が二十四時間以内に姿を隠す気なら、誰も君を妨げる者はないと約束しよう。」

「その後すべてが明るみに出るんですか?」

「間違いなく明らかになるでしょう。」

船乗りは怒って赤くなった。

「何たる提案、それで男になれますか?私だって法は知ってる、メアリーが共犯者として拘束されることぐらいわかります。私が非難を受ける彼女を残してこそこそ逃げ出していかれると思いますか?いや、私にはどんなことでもするがいい、しかしお願いですからホームズさん、かわいそうなメアリーを法廷に立たせない方法を見つけてください。」

ホームズはもう一度船乗りに手を差し出した。

「僕は君を試していただけであり、君は常に誠実なようだ。さて、僕は大変な責任を引き受けることになるが、ホプキンズにはすばらしいヒントをやったんだし、彼がそれを生かせないなら僕だってそれ以上のことはできないね。いいかね、クロッカー船長、僕たちはこれを正式に法にのっとってやろう。君は被告人だ。ワトソン、君は英国陪審員だ、僕は代表者としてこんなにふさわしい人はほかに会ったことがない。僕は裁判官だ。さて、陪審員諸君、諸君は今、証言を聞きました。被告人は有罪ですか、無罪ですか?」

「無罪です、裁判長閣下」と私は言った。

「民の声は神の声だ。君は無罪放免です、クロッカー船長。法が誰かほかの犠牲者を見出さない限り、君は僕のことを心配しなくていい。一年もしたらあの婦人のところへ戻りたまえ、そして彼女と君の未来によって、今夜僕たちが申し渡した判決が正しかったことになりますように!」


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