帰ってきたシャーロック・ホームズ アーサー・コナン・ドイル

踊る人形


ホームズは何時間も無言で、尋常ならぬ悪臭のある化合物を合成中の化学反応容器の上に長くやせた背中をかがめて座っていた。頭を胸の上に垂れ、私の目にはさえない灰色の羽と黒い冠毛を持つ、奇妙なひょろ長い鳥のように見えた。

「それで、ワトソン、」突然彼が言った、「南アフリカ公債に投資するつもりはないのかい?」

私ははっと驚いた。ホームズの不思議な能力に慣れているとはいえ、この、心の一番奥で考えていることへの突然の侵入はまったく説明のつかないことだった。

「いったいどうしてそれがわかった?」私は尋ねた。

湯気の立つ試験管を手に、スツールの上でくるりと向きを変えた彼の深く落ち窪んだ目はおかしそうにきらめいていた。

「さあ、ワトソン、すっかり驚いたと白状したまえ」と彼は言った。

「驚いた。」

「僕としてはそれを紙に書いて君に書名してもらうべきだな。」

「なぜ?」

「五分もすると君はまったくばかばかしいほど簡単なことだって言うだろうからさ。」

「そんなことを言うはずがないよ。」

「いいかい、ワトソン君」――彼は試験管を棚に立てかけ、クラスの生徒に授業をする教授のように講義を始めた――「複数の推論を連続したものに組み立てるとして、一つ一つが前項に依存し、一つ一つのこと自体が簡単なら、それはそれほど難しいことではない。そうした後で、途中の推論をすべて取っ払って出発点と結論のみを聴衆の前に示せば、見掛け倒しとはいえ、びっくりするような効果を生み出せるだろうさ。さて、君の左手の人差し指と親指の間のくぼみをよく見れば、君がわずかな資産を金鉱に投資するつもりがないとの確信を得るのはそれほど難しいことではなかった。」

「僕には関係がわからん。」

「おそらくそうだろうね。だがすぐに密接な関係を示すことができるよ。これが非常に簡単な鎖の失われた環だ。一、昨夜クラブから帰った時、君の左手の人差し指と親指の間にはチョークの跡があった。二、君がそこにチョークをつけるのはビリヤードをやる時にキューを滑らないようにするためだ。三、君はサーストン以外とビリヤードはやらない。四、四週間前に君は、サーストンが一月で満了となる南アフリカの土地の選択売買権を持っていて君との共有を望んでいる、と言った。五、君の小切手帳は僕の引き出しにしまいこんであるが、君は鍵を求めなかった。六、かくして君は金を投資するつもりはない。」

「なんとばかばかしいほど簡単な!」私は叫んだ。

「その通り!」と彼は、ちょっとむっとして言った。「ひとたび君に説明するとあらゆる問題が幼稚きわまるものになる。ここに説明のつかないことがある。見たまえ、それをどう考える、ワトソン君。」彼は一枚の紙をテーブルの上にほうり、もう一度化学分析に向かった。

私はその紙の上のばかげた絵文字を驚きあきれながら眺めた。

「なんだ、ホームズ、子供の絵だよ」と私は叫んだ。

「ああ、それが君の考えか!」

「ほかに何と考えたらいい?」

「それをノーフォークのリドリング・ソープ館のヒルトン・キュービット氏がひどく知りたがっている。このちょっとしたなぞなぞが第一便で来て、それから次の列車で彼が来るそうだ。ベルの音だ、ワトソン。彼だとしてもあまり驚くにあたらないな。」

階段に重々しい足音がしてすぐに背の高い、赤ら顔の、ひげをきれいにあたった紳士が現れた。その澄んだ目、血色のよい頬はベーカー街の霧から遠く離れての暮らしを物語っていた。彼は入ると同時に、強烈な、さわやかですがすがしい東海岸の風を運んできたようだった。我々二人と握手を交わし、腰を下ろそうとした彼の目が、私がちょうど吟味してテーブルの上に置いておいた、奇妙な符号を記した紙に留まった。

「それで、ホームズさん、これをどう思いますか?」と彼は叫んだ。「あなたは風変わりな謎を好むと伺ってますが、それより変わったものは見つからないと思いますが。私が来る前にじっくり考える時間があった方が、と思いその紙を先に送りました。」

「確かにかなり奇妙な作品ですね」とホームズが言った。「一見したところでは何か子供のいたずらのようにも見えますね。小さくてへんてこな踊る人の姿がたくさん、紙を横断して描かれているだけです。どうしてあなたはこんなこっけいなものに重要性があると思っていらっしゃるのでしょう?」

「私は決して、ホームズさん。しかし私の妻が。彼女は死ぬほど怖がっています。何も申しませんが、彼女の目に恐怖があるのです。それで私はこの問題を徹底的に調べたいと思うのです。」

ホームズは日がいっぱいに当たるよう、紙をかざした。それはメモ帳から一枚、破り取ったものだった。符号は鉛筆によってこんなふうに書かれていた。

AM HERE ABE SLANEY

ホームズはしばらくそれを調べ、それから注意深く折りたたみ、手帳にはさんだ。

「これはきわめておもしろい、異常な事件になりそうです」と彼は言った。「手紙でいくつか情報をいただきましたが、ヒルトン・キュービットさん、友人のワトソン博士のためにもう一度すべて繰り返していただけると大変ありがたいのです。」

「私はあまり話が上手ではありません」と訪問客は、その大きく力強い手を神経質に握りしめたり開いたりしながら言った。「はっきりしなかったらそのつど何でもお尋ねください。去年結婚したところから始めましょう。でもまず初めに申し上げておきたいのは、私は裕福ではありませんが、私の家がおよそ五世紀にわたってリドリング・ソープにおりまして、ノーフォーク州で最もよく知られた家柄だということです。去年の記念祭に私はロンドンに来まして、教区の牧師、パーカーの滞在するラッセルスクエアの下宿に泊まりました。そこにアメリカ人の若い女性がいたのです――名はパトリック――エルシー・パトリックです。私たちはどうにか友達になり、一月の滞在が終わる頃になると私は一世一代の恋をしていたのです。私たちは登記所で簡素に結婚し、夫婦としてノーフォークに戻りました。名門の旧家の男がこんなふうに彼女の過去も、彼女の親兄弟のことも知らずに結婚をするとは、ホームズさん、実に無分別だと思うでしょうね。しかし彼女に会って彼女を知れば、お分かりいただけることでしょう。

彼女はその点、非常に公明正大でした、エルシーは。私が望めばいつでも結婚をやめられるようにしていたと言ってもいいでしょう。『私の人生にはいくつかとても嫌な思い出があります』と彼女は言いました。『それはすべて忘れてしまいたいことです。過去には決して触れたくないほどです、非常につらいことですから。私を選ぶとしてもヒルトン、あなたは個人的には何も恥じるところのない女を選ぶことになります。でもあなたはこの私の言葉に満足して、あなたのものになるまでに過ぎ去ったことすべてに関しては私の沈黙を許してくださらなければなりません。この条件が受け入れがたいなら、ノーフォークにお帰りになって、私にはあなたが見つけた時の孤独な暮らしをさせておいてください。』彼女がこのままの言葉を私に言ったのは結婚のほんの前日でした。私は喜んで彼女自身の言葉に従って彼女を受け入れると言い、その言葉どおりにしてきました。

さて、私たちは結婚してもう一年になりますが、非常に幸福でした。ところが一月ほど前、六月の終わりのことです、初めて心配事の兆しがありました。ある日妻がアメリカから手紙を受け取りました。私にもアメリカの切手が見えました。妻は真っ青になり、手紙を読み、それを火に投じました。妻はその後、そのことは口にせず、私も何も言いません、約束は約束ですから。しかし彼女はその時からひと時も安心できないのです。顔にはいつも恐怖の色があります――何かを待ちうけ、予期するような様子です。私を信頼したらいいのに。私が一番の味方とわかるでしょうに。でも彼女が話すまで私は何も言えません。お聞きくださいホームズさん、彼女は信頼できる女性です、そして彼女の過去にどんな問題があるにせよ、彼女に落ち度はなかったのです。私はただのノーフォークの地主にすぎませんが、イングランドでも私より一家の名誉を重んじるものはありません。彼女はそれをよく知っていますし、結婚する前から知っていました。彼女は決してそこに汚点をつけたりしないでしょう――それは確かです。

さて、いよいよ奇妙なところに話が来ました。一週間ほど前――先週の火曜日のことです――私は窓敷居の一つにその紙にあるような、たくさんの、おかしな小さい踊っている人の絵姿を見つけました。チョークで殴り書きされたものです。私は馬丁の少年が描いたものと思いましたが少年は何も知らないと断言しました。とにかくそれが出現したのは夜の間です。私はそれを洗い落とさせ、妻にはそのことを後になって初めて何気なく言いました。驚いたことに妻はそれを非常に深刻に受け止め、また何か現れたら彼女に見せるよう懇願しました。一週間は何もなく、そして昨日の朝、私は庭の日時計の上に置かれたこの紙を見つけました。私がそれをエルシーに見せると、彼女は失神して倒れました。それからというもの彼女は夢うつつのような有様で、半ばぼうっとして、それなのに目には常に恐怖が潜んでいます。そこで私は手紙を書き、その紙をあなたに送ったのです、ホームズさん。警察に持っていけることでなし、だって彼らは私のことを笑うでしょうし、しかしあなたは私にどうすべきか言ってくださるでしょう。私は裕福ではありません。しかし私のかわいい女性の脅威となる危険があるなら、彼女を守るために最後の一ペニーまで使い果たすつもりです。」

彼は立派な人だった、この古いイングランドのいなかの男は、純真、率直、上品で、大きく真剣な青い目、幅広のよい顔立ちをしていた。妻への愛と信頼が顔に輝いていた。ホームズは細心の注意をはらって彼の話を聞いていたが、今は座ったまま長いこと黙って思案していた。

「こうはお考えになりませんか、キュービットさん、」やっと彼が言った、「一番よいやり方は率直に奥さんに問いかけ、秘密をあなたと分け合うように求めることであるとは?」

ヒルトン・キュービットは大きな頭を振った。

「約束は約束です、ホームズさん。エルシーが話したければそうするでしょう。そうでなければ、彼女に打ち明けるように強いるべきではありません。しかし私が自分の方針でやるのは正当なことです――で、そうするつもりです。」

「それでは喜んでお手伝いしましょう。まず、近くで見知らぬ人間を見たという話をお聞きになったことは?」

「いいえ。」

「非常に静かなところと思いますが。新しい顔はうわさになるでしょね?」

「すぐ近くなら、そうですね。しかしそう遠くないところにいくつか海水浴場があります。それで農家が客を泊めますんでね。」

「これらの絵文字には明らかに意味があります。まったく気まぐれなものなら解くのは不可能かもしれません。その反対に規則的なものなら、疑いなく意味を探り当てられましょう。しかしこのサンプルに限れば短すぎて僕には何もできませんし、あなたのもたらした事実は不明瞭で調査の基礎にはなりません。僕の提案は、ノーフォークにお帰りになり、鋭い警戒を怠らず、新しい踊る人間が現れたら正確な写しを取ることです。窓敷居の上にチョークで描かれたものの複写がないのは本当に残念です。慎重に近隣の見知らぬ人物に関する調査もすることです。いくつか新しい証拠を集めたらまたおいでください。それが差し上げられる最善の助言です、ヒルトン・キュービットさん。新たに緊急の展開があれば、いつでも喜んであなたに会いにノーフォークのお宅へ急行しますので。」

その会見はシャーロック・ホームズをすっかり考え込ませ、その後の数日、何度も、手帳から細長い紙片を取り出し、そこに記された奇妙な人の姿を長いこと真剣に眺める彼が見られた。しかし彼が事件のことを口にしたのは、二週間ほど過ぎたある午後のことだった。私が出かけるところを彼が呼び戻した。

「ここにいたほうがいいよ、ワトソン。」

「なぜ?」

「今朝ヒルトン・キュービットから電報があったからさ――ヒルトン・キュービットを覚えているね、踊る人間の?彼はリバプール街に一時二十分に着くことになっている。いつここに来るかもしれない。電報から何か新しい重要な出来事があったものと思うんだ。」

あまり長く待たぬうちに、駅からまっすぐに、辻馬車をできる限り急がせてノーフォークの地主が来た。彼は疲れた目で額にしわを寄せ、心配で憂鬱そうに見えた。

「参ってしまいますよ、この問題は、ホームズさん」と彼はすっかり疲れたというようにぐったりと肘掛け椅子に座り込みながら言った。「何かたくらんでいる、目に見えない未知の連中に取り囲まれている感じはまったくひどいもんです。でもその上、ねえ、妻がじわじわと殺されていくとなれば生身の人間には我慢の限界というものです。彼女は次第にやつれてゆきます――私の目の前で今やつれてゆくのです。」

「奥方はもう何かおっしゃいましたか?」

「いえ、ホームズさん、まだ何も。それでもかわいそうに何度か話したがることもありましたが、でも完全には思い切ってそうする気になれなかったのです。私も話しやすいようにとやってみたのですが、おそらく私が不器用なせいでしょう、彼女はおびえてやめてしまいました。彼女が私の古い家柄、州における一家の評判、汚れない名誉を当家が誇りにしていることについて話す、それでいつも私は核心に近づいているのを感じるのですが、なぜかそこに達する前にそれてしまうんです。」

「しかしご自身で何か発見されたのですね?」

「かなりたくさんあります、ホームズさん。あなたに調べていただく踊る人間の絵がいくつかありますし、それと、さらに重要なことは、私がその男を見たことです。」

「何ですって、それを描いた男を見た?」

「その最中を見ました。しかしすべて順を追って話しましょう。こちらを訪ねた後、帰った翌朝最初に見たものが踊る人間の新たな群像です。それは、正面の窓からよく見える芝生の横に立つ道具小屋の木でできた黒いドアにチョークで描かれていました。正確な複写を撮ったのがこれです。」

彼は紙を広げ、テーブルの上に置いた。これがその絵文字の写しである。

AT ELRIGES

「けっこう!」とホームズは言った。「けっこう!どうぞ続けて。」

「写しを取ってから私はこすり落としました。しかし二日後の朝、新しく書かれたものが現れました。その写しがここに」――

COME ELSIE

ホームズは大喜びで手をこすり、くすくす笑った。

「どんどん資料がたまっていきますね」と彼は言った。

「三日後、紙に殴り書きしたメッセージが残され、日時計の上の小石の下に置かれていました。こちらです。人型の並びは、ご覧のように最後のものとまったく同じです。それがあって私は待ち伏せをすることに決めました。そこで私はリボルバーを取り出し、芝生と庭が見渡せる書斎で不寝番をしました。朝の二時ごろ、私は窓辺に座っており、外は月明かりのほかはすべてが闇の中でした。すると後ろで足音がして、そこに部屋着姿の妻がいました。彼女は私も寝るよう懇願しました。私は率直に、私たちにこんなばかげたいたずらをするのは誰か見てやりたいと言いました。まったく意味のない悪ふざけか何かだから私は気にするべきではない、と彼女は答えました。

『本当にお悩みなら、ヒルトン、旅に行くのはどうかしら、あなたと私で、そうすればこの不愉快なことを避けられるわ。』

『何だって、悪ふざけで自分の家から追い出されるのかい?』と私は言いました。『なに、州全体の笑いものじゃないか。』

『まあ、おやすみになって』と彼女は言いました。『明日の朝、話し合えるわ。』

突然、話をする彼女の青ざめた顔がますます蒼白になるのが月明かりの下でもわかり、彼女は私の肩の上の手をきつく握りました。何かが道具小屋の陰を動いていました。黒っぽい人影が忍び寄り、這うように角を曲がり、ドアの前にしゃがむのが見えました。私がピストルをつかんで外へ駆け出そうとすると、妻が抱きつき、必死の力を振り絞って私を止めました。私は彼女を振りほどこうとしましたが、彼女はそれはもう死に物狂いでしがみついてきました。やっと自由になりましたが、私がドアを開け、小屋にたどり着いた時には男は去っていました。しかしやつはそこにいた跡を残しました。ドアの上にすでに二度現れ、私がその紙に写したものとまったく同じ配列の踊る人間があったのです。庭全体をざっと見ましたけれども、ほかにはどこにも男の痕跡はありませんでした。ですがなお驚いたことに、その間ずっと男はそこにいたにちがいないのです。というのは朝、再び私がドアを調べると、すでに見た行の下にいくつかの絵が殴り書きしてあったのです。」

「その新しい絵はお持ちですか?」

「ええ、非常に短いですが、写しましたのがこちらです。」

再び彼は紙を出して見せた。新しい踊りはこんな形だった――

NEVER

「それで」とホームズは言った――彼の目から彼がひどく興奮しているのが見て取れた――「これは単に最初のものに付け加えられたものでしょうか、それともまったく別のものに見えましたか?」

「ドアの別の板の上にありました。」

「けっこう!これは我々にとって何をおいてもきわめて重要なことです。これで行けそうですね。さあ、ヒルトン・キュービットさん、どうぞ実に興味深いお話を続けてください。」

「もう何も申し上げることはありません、ホームズさん、ただあの夜、こそこそしたごろつきを捕まえられたかもしれないのに私を引き止めたことで私は妻に腹を立てました。彼女は私がひどい目にあうのではないかと思ったと言いました。一瞬、ことによると妻が本当に恐れたのは彼がひどい目にあうことだという考えがよぎりました。というのも疑いなく彼女はこの男が何者か、そして男が奇妙な信号で何を言おうとしているのか知っていたからです。しかし妻の声の調子は、それとホームズさん、彼女の目つきは疑うことを許さないものですし、彼女の心にあったのが本当に私自身の安全だったのは確かです。これが事件のすべてです、さて私は何をすべきか、助言をいただきたいのですが。私自身の意向は農場の若者を六人ほど植え込みに配置することです、あの男がまた現れたらしたたかに鞭打つ、それで今後は私たちの邪魔をしないでしょう。」

「そんな単純な措置を取るにはあまりに重大な事件ではないかと思いますが」とホームズは言った。「ロンドンにはどのくらいいらっしゃいますか?」

「今日戻らなければなりません。どうしたって妻を一晩中一人にするわけにはいきません。彼女は非常に神経質になっていまして戻るようせがむのです。」

「おそらくそれが正しいでしょう。しかしあなたが泊まれるようならたぶん一日か二日のうちにはご帰宅に僕もご一緒できたかもしれないのですが。もっともこれらの紙をこちらに残していただけば、じきにそちらを訪問して事件に光明を投じられそうに思いますよ。」

シャーロック・ホームズは客が立ち去るまで冷静な職業上の態度を保っていたが、彼をよく知る私には、彼がひどく興奮していることは容易にわかった。ヒルトン・キュービットの幅広い背中がドアの向こうに消えるやいなや、友はテーブルに突進し、踊る人間の紙片をすべて目の前に広げ、複雑で手の込んだ計算に没頭した。二時間というもの私は彼が次から次へ紙の上を図形や文字でいっぱいにしていくのをじっと見ていたが、彼はすっかり仕事に夢中になるあまり、明らかに私の存在を忘れてしまっていた。時には進捗して口笛に鼻歌で仕事をし、時にはてこずり、長いこと座ったまま額にしわを寄せ空ろな目をしていた。最後に彼は満足の叫びとともに椅子から跳びあがり、両手をこすり合わせながら部屋を行ったり来たりした。それから彼は長文の電報を海外電報の用紙に書いた。「これに対する返事が僕の期待通りなら、君のコレクションに非常に見事な事例が加わるだろうね、ワトソン」と彼は言った。「明日はノーフォークに行って、僕らの友人にその厄介事の謎に関するきわめて確定的な知らせをいくつかもたらせると思うよ。」

実を言えば、私は好奇心でいっぱいだったが、ホームズが彼独特のタイミングに彼独特のやり方で事を明らかにするのを好むことは知っていた。それで私は、彼が秘密を明かすのに都合のよい時になるまで待っていた。

しかし電報の返事は遅れ、じりじりする日が二日続き、その間ホームズはベルがなるたびに耳をそばだてていた。二日目の夜にヒルトン・キュービットから手紙が来た。すべてが平穏無事だったが、ただし朝、日時計の台座の上に長い書き物が現れたのだ。彼が同封したその写しをここに再現する――

ELSIE PREPARE TO MEET THY GOD

ホームズはこのこっけいな細長い絵に数分間かがみこんでいたが、それから突然驚きと狼狽の叫び声とともにぱっと立ち上がった。彼の顔は心配にゆがんでいた。

「この事件を行き着く所まで行かせてしまった」と彼は言った。「今晩、ノースウォルシャム行きの列車はあるかい?」

私は時刻表をめくった。最終はちょうど出たところだった。

「それじゃあ朝食を早く食べて朝一番で行こう」とホームズは言った。「何をおいても至急行かなくては。ああ!ほら、待っていた海底電信だ。ちょっと待って、ハドソンさん。返事があるかもしれない。いや、まったく思った通りだ。この電報で一刻の猶予もなくヒルトン・キュービットにどういう事態になっているか知らせる事がますます肝要になったよ。だって僕らのあの純真なノーフォークの地主が巻き込まれたクモの巣は危険でまれにみるものだからだ。」

事実、結果はそうなり、ただ子供じみて異様なだけのものに見えた物語の暗い結末に至り、私の心をいっぱいにした落胆と恐怖の体験が蘇る。何かもっと明るい結末を読者にお伝えできたらと思うのだが、これは事実の記録であるから、数日の間リドリング・ソープ館の名をイングランド中に知れ渡らせた一連の奇妙な出来事を、暗い重大局面に至るまでたどらねばならない。

私たちがノースウォルシャムで降り、目的地の名を口にするやいなや、駅長があわててやってきた。「ロンドンから来た探偵さんたちでしょう?」と彼は言った。

ホームズの顔に苦悩の色が走った。

「どうしてそんなふうに思うんです?」

「ノリッジのマーティン警部がたった今、通って行かれたので。しかしあるいは外科の先生ですかな。女性は亡くなってはいません――というか最後に聞いたところではまだ。まだ間に合って彼女を救えるかもしれませんよ――もっともそれでも絞首刑でしょうが。」

ホームズの表情が心配に曇った。

「僕たちはリドリング・ソープ館に行くところです、」彼は言った、「しかし僕たちはそちらで起こったことを何も聞いてないのです。」

「恐ろしいことです」と駅長は言った。「二人は撃たれたのです、ヒルトン・キュービット氏も奥さんも二人とも。夫人が氏を撃ち、それから自分を――そう召使は言います。キュービット氏は亡くなり、夫人も絶望的です。なんと、なんと、ノーフォーク州でも指折りの旧家の一つ、指折りの名家の一つがねえ。」

言葉もなく、ホームズは急いで馬車に乗り、長い七マイルの道のりの間、一度も口を開かなかった。そのようにすっかり気落ちした彼を見たことはめったにない。彼が首都からの旅の間ずっと落ち着かず、不安から一心に朝刊をめくっていたのに私は気づいていた。そして今こうして突然、恐れていた最悪のことが現実となって彼は茫然としてふさぎ込んでしまった。陰鬱なもの思いにふけりながら、彼は座席の背にもたれていた。とはいえ周囲にはたくさん興味を引くものがあった。私たちが通りぬけているのはイングランド屈指の風変わりな地方であり、僅かに散在するいなか家が現在の住民数を表す一方、平坦な緑の景色の中の至る所に巨大な四角い塔の教会が直立し、かっての東アングリアの栄光と繁栄を物語っていた。ようやくノーフォーク沿岸地方の緑のヘリの向こうにドイツ海のスミレ色の水平線が現れ、御者が鞭で、木立から突き出た二つの古い、レンガと木材の切妻をさし示した。「あれがリドリング・ソープ館です」と彼は言った。

テニス用芝生コートのそばの、私たちにあの奇妙なものを連想させる黒い道具小屋、台座のある日時計を観察しながら、それらを前にした柱廊式玄関に私たちは乗りつけた。すばやく機敏な態度、口ひげを蝋で固めたこざっぱりした小柄な男がちょうど二輪馬車の高いところから降りたところだった。彼はノーフォーク警察のマーティン警部と名乗り、我が友の名を聞いてかなりびっくりした。

「なんと、ホームズさん、犯罪は今朝三時に起きたばかりというのに。どうやってそれをロンドンにいながら聞いていらして、私と同時に現場に到着できたのでしょう?」

「予期していたのです。それを防ぎたいと思って来たのですが。」

「それでは私たちの知らない重要な証拠をお持ちにちがいない、というのも彼らはとても仲睦まじい夫婦と言われていましたから。」

「僕は踊る人間の証拠を持っているだけです」とホームズは言った。「そのことは後で説明しましょう。その前に、この悲劇を防ぐのに間に合わなかったからには、ぜひとも僕の持つ知識を、確実に正義がなされる、そのために使いたいと思います。僕をあなたの捜査に加えていただけますか、それとも僕が独自に行動する方がよろしいですか?」

「もちろん協力してできるということを誇りに思います、ホームズさん」と警部は熱心に言った。

「それなら一瞬の遅滞も無用、証言を聞き、建物を調べたいですね。」

マーティン警部は我が友に自分の流儀でやらせておくだけの分別があり、注意深くその成果を書き留めることで満足した。ちょうど地元の外科医である年配で白髪の男がヒルトン・キュービット夫人の部屋から下りてきて、夫人は重傷だが、必ずしも致命的ではないと報告した。銃弾は彼女の前頭部を通過したもので、たぶん彼女が意識を回復するにはしばらくかかるだろう。彼女が撃たれたのかそれとも自分で撃ったのかという質問にはあえてはっきりした意見を言おうとしなかった。確かに銃弾は至近距離から発射されていた。部屋で発見されたピストルは一丁だけであり、二発分、空になっていた。ヒルトン・キュービット氏は心臓を撃ち抜かれていた。リボルバーは彼らの中間の床の上にあったので、彼が彼女を、それから自身を撃ったとも、あるいは彼女が犯罪者であったとも、等しく考えられた。

「彼を動かしてしまいましたか?」とホームズは尋ねた。

「奥方のほかは何も動かしていません。彼女を床の上に傷ついたままにしておくことはできませんので。」

「ここにはどのくらいいらっしゃいました、先生?」

「四時からです。」

「他には誰か?」

「ええ、こちらの巡査が。」

「それで何も触りませんでしたか?」

「何も。」

「きわめて慎重に行動されましたね。誰があなたを呼びに?」

「女中のサンダースです。」

「急を告げたのは彼女で?」

「彼女とコックのキング夫人です。」

「その人たちは今どこに?」

「台所、と思います。」

「それではすぐにその人たちの話を聞いた方がいいでしょう。」

オークの板張りで窓の高い、古い玄関の広間が取り調べの法廷に変じた。ホームズは大きく古風ないすにすわり、その容赦ない目は落ち窪んだ顔の中でかすかに光っていた。その目から、彼が救いそこなっった依頼人が最後に復讐を遂げるまで、この探求に命をささげる固い決意が読み取れた。すらっとしたマーチン警部、年取って白髪頭の地方の医師、私、無表情な村の警官がその奇妙な集まりの残りを構成していた。

二人の女の話は十分明瞭だった。彼らは爆発の音で眠りから起こされた。最初の音に続き一分後に二回目の音がした。二人は隣り合った部屋で寝ており、キング夫人がサンダースの部屋に駆け込んだ。二人は一緒に階段を下りた。書斎のドアは開き、ろうそくがテーブルの上で燃えていた。主人は部屋の中央でうつぶせになっていた。彼は完全に死んでいた。窓のそばには彼の妻が壁に頭をもたせかけ、うずくまっていた。彼女はひどい傷で、横顔は血で真っ赤だった。彼女の息遣いは激しかったが、何か言うことはできなかった。廊下も、部屋と同様、煙がいっぱいで火薬のにおいが立ち込めていた。窓は確かに閉まり、内側から鍵がかかっていた。どちらの女もその点はっきりしていた。二人は直ちに医者をそして巡査を呼びにやった。それから厩務員と少年の馬丁の助けを借りて怪我をした女主人を彼女の部屋に運んだ。彼女も夫もベッドを使っていた。彼女はちゃんと服を着ていた――夫は寝巻きの上に部屋着を着けていた。書斎は何も動かされていなかった。彼らの知る限り、夫婦の間に一度もけんかはなかった。彼らはいつも二人を仲睦まじい夫婦と思っていた。

これらが召使たちの証言の要点であった。マーティン警部の質問に二人は、すべてのドアが内側からしっかり閉められ、誰も家から逃げられないのは確かだと答えた。ホームズの質問には、二人とも最上階の彼らの部屋を走り出た瞬間から火薬のにおいに気づいたのを覚えていると答えた。「この事実には特に注意を払うよう、勧めます」とホームズは同僚に言った。「さて今度は部屋の徹底的な調査に取り掛かるべき時と思いますが。」

書斎は小さな部屋であり、三方に本が並べられ、庭に面した普通の窓に向かって書き物机があった。私たちは最初に、その巨体が部屋を横切るように大の字になった不幸な大地主に注意を向けた。その乱れた服は眠っているところをあわてて起きたことを示していた。弾丸は前方から発射され、心臓を貫いたが体内に残っていた。間違いなく即死で、痛みはなかったろう。彼の部屋着にも彼の手にも火薬の跡はなかった。地方の外科医によれば、夫人の顔にはしみがあったが、手にはなかった。

「後者になかったことは何の意味もないですね。もっともあればとても重要ですが」とホームズは言った。「装弾がまずくて火薬が後ろに噴出しない限り、たくさん発射しても痕跡は残らないかもしれない。ヒルトン・キュービット氏の遺体はもう移してもいいのではないですか。先生、夫人を傷つけた銃弾はまだ取り出してないでしょうね?」

「それには危険な手術が必要でしょう。しかしリボルバーにはまだ四つ弾があります。二発発射され、二つの傷を負わせた、ですからそれぞれの銃弾に説明がつきますが。」

「そう見えるでしょうがね」とホームズは言った。「もしかしたら明らかに窓の縁を一撃したと見られる銃弾の方も説明がつきますかな?」

彼が突然振り向き、長く細い指で指し示している穴は、窓の下側のサッシの下から一インチあたりをまっすぐに撃ち抜かれたものだった。

「なんと!」と警部が叫んだ。「いったいどうしてわかりました?」

「探したからですよ。」

「すばらしい!」と土地の医者が言った。「確かにあなたの言う通りです。それでは三発目が発射され、従って第三の人物がいたにちがいない。しかし誰かそんなものがありうるのでしょうか、またどうやって逃げおおせたのでしょう?」

「それが今しも解こうとしている問題です」とシャーロック・ホームズは言った。「覚えてますか、マーティン警部、召使たちが自分の部屋を出てすぐに火薬のにおいに気づいたと言った時に、その点が極めて重要だと言ったのを?」

「ええ。しかし実を言うとおっしゃることがよくわかりませんでした。」

「発射された時に部屋のドアばかりか窓も開いていたことを示唆するのです。さもなければ火薬の煙がそれほど速く家中に広がるはずがありません。そのためには部屋を通る風が必要ですから。しかしドアも窓もほんの短い時間、開いていただけです。」

「なぜそれがわかりますか?」

「ろうそくの蝋が垂れていないからです。」

「すばらしい!」と警部が叫んだ。「すばらしい!」

「悲劇の時刻に窓が開いていたと確信した僕は、事件には第三の人物がいて、この開いたところの外に立ち、そこから銃を撃ったかもしれないと思いました。この人物に向けて発射された弾はサッシに当たったかもしれない。見るとそこには、はたして、銃弾の痕がありました!」

「だがどうして窓は閉めて鍵をかけられることになったのでしょう?」

「女性の最初の本能は窓を閉め、鍵をかけることだったのでしょう。しかし、おや!何だこれは?」

それは書斎の机の上にあった婦人物のハンドバッグ――鰐皮と銀で作られたこぎれいな小型のハンドバッグだった。ホームズは開けて中身を出した。イングランド銀行の五十ポンド紙幣二十枚がゴムバンドで束ねられ――他には何もなかった。

「これは裁判で役に立つでしょうから保管して置かなくてはいけません」とホームズは言って、バッグと中身を警部に手渡した。「さて今度はこの第三の銃弾に光を投ずるべくやってみなければ。これは明らかに、木の部分を裂いていることから、室内から発射されたものです。もう一度コックののキングさんに会いたいのですが。キングさん、あなたは大きな爆発音で目が覚めたと言いましたね。そう言ったのはそれが二度目のものより大きな音だったようだという意味ですか?」

「さあ、それで眠りから目覚めたので、判断しかねますが。しかし非常に大きな音だったように思います。」

「ほとんど同時に二発発射されたとは思いませんか?」

「何とも申しかねます。」

「僕は確かにそうだと思うんだ。それより、マーティン警部、もうこの部屋が教えてくれることはすべて検討しつくしたと思います。一緒に回ってくださるなら、庭が提供するはずの新たな証拠を調べあげましょう。」

書斎の窓まで花壇が広がっていたが、そこに近づいた私たちは皆、あっと叫び声を上げた。花は踏みつけられ、柔らかい土のあちこちに足跡が残されていた。それらは大きな男の、つま先の異様に長く、とがった足だった。ホームズは傷ついた鳥を追うレトリバーのように草や葉の間を捜しまわった。そして、満足の叫びを上げ、かがんで小さな真鍮の薬莢を拾い上げた。

「そう思ったんだ」と彼は言った。「そのリボルバーにはエジェクターがあり、これが第三の薬莢です。実のところ、マーティン警部、我々の事件はほとんど終わりです。」

地方の警部の顔は、迅速で達人技のホームズの調査の進捗ぶりに激しい驚きを示していた。はじめは彼もいくらか自分の立場を主張する向きも見せたが、今では感嘆するばかりで、喜んでホームズの導くまま、疑いも持たずに従っていた。

「誰を疑ってるので?」と彼は尋ねた。

「それを論じるのは後にしましょう。この問題にはまだあなたに説明できない点がいくつかあります。ここまできたからには、僕自身の方針に沿って続け、最後にきちっと事の全貌を明らかにするのがいちばんいいでしょう。」

「あなたの思うとおりに、ホームズさん、求める男を捕まえさえすれば。」

「謎めかしたいわけではないのですが、行動の時に長く、複雑な説明を始めるのは不可能ですので。この事件の糸はすべて僕の手中にあります。たとえ夫人が意識を回復しなくても僕たちは昨夜の出来事を再構成し、確実に正義を実現させられます。まず第一に知りたいのですがこの近くに『エルリッジ』という宿はありますか?」

召使たちに尋ねたものの、そのような場所を知る者はいなかった。その問題に光明を投じたのは厩舎の少年で、数マイル離れたイースト・ラストンの方角にその名の農場主が住んでいることを思い出した。

「人里はなれた農場かな?」

「非常に寂しいところです。」

「ことによると夜ここで起きたことがまだ何も伝わってないかな?」

「おそらくそうでしょう。」

ホームズは少し考えていたが、奇妙な笑みに彼の顔がほころんだ。

「馬に鞍をつけるんだ、君」と彼は言った。「エルリッジ農場に手紙を持っていってほしいんだ。」

彼はポケットから種々の踊る人間の紙片を取り出した。彼は書斎机でこれらを前にしばらく作業をしていた。最後に彼は手紙を少年に渡し、宛名の人物に手渡すように、特に、どのような質問をされても答えないようにと指示をした。手紙の表面を見ると、いつものホームズの几帳面な筆跡とまったく違う、だらしなくふぞろいな文字で宛名が書かれていた。それはノーフォーク、イースト・ラストン、エルリッジ農場のエイブ・スレイニーに宛てられていた。

「それでね、警部、」ホームズが言った、「護送に備えて電報を打つのが賢明でしょう、というのも、僕の推定が正しいとなれば、あなたは特別危険な犯人を州の拘置所まで運ばなければならないかもしれませんから。この手紙を持っていく少年がたぶん電報も送れるでしょう。午後のロンドン行きの列車があれば、それに乗った方がいいと思うんだ、ワトソン、ちょっと面白い科学分析がやりかけだし、この調査も急速に終わりに近づいたから。」

手紙を持った少年が使いに出されると、シャーロック・ホームズは召使たちに指示を与えた。誰かがヒルトン・キュービット夫人に会いたいと言って訪れても、彼女の状態については何も知らせずに、直ちに客間に案内しなければならなかった。彼はきわめて熱心にこの点を彼らに銘記させた。最後に彼は先に立って客間に入り、今のところ、事は我々にはどうにもならないし、できるだけのんびり時を過ごすのがいい、そうしているうちに何が我々を待ち構えているかわかるだろう、と言った。医者は患者のところへ行き、警部と私だけが残った。

「一時間を興味深く有益に過ごすお手伝いができると思います」とホームズは言って、椅子をテーブルに引き寄せ、踊る人間の滑稽なしぐさが書き留められた種々の紙を目の前に広げた。君には、ワトソン君、君の当然の好奇心を長いこと満足させないままにしておいた償いを十分にしなければなるまい。あなたには、警部、事件全体が珍しい専門的研究対象として魅力があるかもしれませんね。まずはじめに事件に先立ちヒルトン・キュービット氏がベーカー街の僕のところに持ち込んだ相談に関する興味ある状況からお話ししなければなりますまい。」それから彼はすでに述べた事実を短く要約した。「ここに、目の前にあるこれらの風変わりな作品ですが、このような恐ろしい悲劇の前触れと判明していなかったら、人は笑うかもしれません。僕はあらゆる形式の秘密の書式にかなり精通していて、このテーマのつまらん研究論文を一つ書いてもいるんですが、その中で僕は百六十種の暗号を分析しています。しかし実のところこれはまったく初めてのものです。どうやらこの方式を創案した人たちの目的は、これらの記号が通信手段であることを隠し、単に子供のいたずら書きと思わせることのようです。

しかし符号が文字を表すと知ってしまえば、そしてあらゆる形式の秘密の書式への手引きとなる規則を適用すれば、解くのはまったく簡単でした。僕に託された最初の通信は短すぎていくらか自信を持って言えるのは一つの符号がEを表すことだけでそれ以上は不可能でした。お気づきのようにEは英語のアルファベットで最も頻出する文字であり、著しく他に抜きん出ているので短い文の中でも最も多く見られると思ってもいいでしょう。最初の通信の十五の記号のうち四つが同じですから、これをEと考えるのが合理的です。人型が旗を持つ場合と持たない場合があるのも事実ですが、旗の配置の仕方から、たぶんそれらは文章を単語に分けるために用いられたのでしょう。僕はこれを仮説として受け入れ、Eは次のように表されると書き留めました。E

しかしここからこの探求が本当に難しくなりました。Eに続く英語の文字の順位は決して明白ではなく、印刷物の平均値に何らかの優位が見られたとしても、短い文章一つではそれが逆になるかもしれません。大雑把に言うと、T、A、O、I、N、S、H、R、D、Lが文字の現れる順位です。しかしT、A、O、Iは互いに非常に接近した横並びですから、意味が見つかるまでそれぞれの組み合わせを試すのは果てしない作業になるでしょう。それで僕は新しい材料を待ちました。二回目の会見でヒルトン・キュービット氏が僕に提供することができたのは二つの新たな文章と、一つの単語――旗がなかったので――と思われる通信が一つでした。これらがその記号です。

NEVER

さてその単語において五文字の言葉の二番目と四番目にくる二つのEを既に手にいれています。これはおそらく『sever』(切断する)か『lever』(てこ)か『never』(決して・・・ない)でしょう。疑いの余地なく、懇願に対する返事として最後のものが断然可能性の高そうなものであり、状況はそれが夫人によって書かれた返事であることを示していました。それを正しいものとみなすと、僕たちに今言えるのは、これらの記号がそれぞれN、V、Rを表すことです。

N.V.R

それでもまだ相当難しい状況でしたが、うまい思いつきによりいくつか別の文字を手に入れました。この懇願が僕の予想通り、夫人が若い頃に親密だった誰かから来たものなら、三つの文字を間にした二つのEを含む組み合わせで『ELSIE』(エルシー)と言う名前を表すことになるだろうと考えついたのです。調べてみると、そういう組み合わせがあることがわかりました。三度繰り返された通信文の末尾です。これは間違いなく『Elsie』に対して何か懇願しているものです。このようにしてL、S、Iを手に入れました。しかしどんな懇願でしょう?『Elsie』に先立つ文字は四つだけであり、Eで終わっています。確かにこの単語は『COME』(来い)にちがいありません。Eで終わるほかの四文字をすべて試しましたがこの場合に合うものは見つけられませんでした。こうしていまやC、O、Mを手にしたので、最初の通信にもう一度着手すべき時であり、それを単語に分割し、まだ未知の記号には点をあてました。そうすると結局このようになります。――

・M ・ERE ・・E SL・NE・

さて初めの文字はAでしかありえず、これはこの短い文の中に三度も現れるのですから、極めて役に立つ発見ですし、また二番目の単語のHもまた明らかです。さてそうすると。――

AM HERE A・E SLANE・

あるいは、明白な名前の虫食いを埋めると

AM HERE ABE SLANEY(来たぞ、エイブ・スレイニー)

今ではたくさんの文字があるのでかなり自信を持って第二の通信に進めるわけで、それはこのようになります。――

A・ ELRI・ES

ここでは不明の文字にTとGをあて、その名前は書き手が泊まっている家か宿のそれと考えるしか意味を成しえません。」

私たちの難題にこのように完璧な展望をもたらした成果を我が友が生み出した方法について、彼が完全、明快に説明するのを、マーチン警部と私はこれ以上はない興味を持って聞いていた。

「それからどうなさいました?」と警部は尋ねた。

「エイブがアメリカ式の短縮形であることから、そしてアメリカからの手紙がすべての問題の始まりだったことから、エイブ・スレイニーをアメリカ人と考える根拠は十分でした。またこの事には犯罪的な秘密があると考える理由も十分にありました。夫人の過去に関する暗示、そして夫に秘密を打ち明けることの拒否、その両方がそちらの方を示していました。それゆえ僕は、友人で、一度ならずロンドンの犯罪に関する僕の知識を役立てたことのある、ニューヨーク警察局のウィルソン・ハーグリーブに外電を打ちました。僕は彼にエイブ・スレイニーという名が知られているか尋ねました。これが返事です。『シカゴで最も危険な悪人。』その答えを手にしたまさにその晩、ヒルトン・キュービットがスレイニーからの最後の通信を送ってきました。既知の文字で解くと、こうなります。――

ELSIE ・RE・ARE TO MEET THY GO・

PとDを加えて完成した通信文、『エルシー、神に召される準備をせよ』はならず者が説得から脅しに転じたことを示し、シカゴの悪人どもに関する知識から、この男はその言葉をすぐさま行動に移すことになる、と覚悟しました。僕はただちに友人で同僚であるワトソン博士とノーフォークに来ました、しかし、不幸にも間に合わず、最悪のことがすでに起こったのを知っただけでした。」

「あなたと共に事件を扱えるのは名誉なことです」と警部が熱心に言った。「しかしですね、率直に申しますのでお許しください。あなたはただご自身に対して責任を負うだけですが、私は上司に責任を負わねばなりません。この、エルリッジに寄宿するエイブ・スレイニーが事実殺人犯とすると、そして私がここに座っている間に彼が逃げてしまったとなると、間違いなく私は容易ならぬ立場になるでしょう。」

「ご心配にはおよびません。彼は逃げようとはしないでしょう。」

「どうしてわかります?」

「逃げるのは犯罪を自白することになりますから。」

「それではその男を逮捕しに行きましょう。」

「彼は今にもここに来るでしょうよ。」

「しかしなぜその男が来なければならないので?」

「僕が手紙を書いて呼んだからです。」

「しかしこれは信じられんですよ、ホームズさん!あなたが呼んだからって、なぜその男が来なければならんのです?そんな頼みはむしろ疑いを招いてその男が逃げることになりませんか?」

「手紙の書き方は知っていると思ってます」とシャーロック・ホームズは言った。「実際、僕がとんでもない思い違いをしているのでなければ、ほら、その紳士本人が道を近づいてきますよ。」

男が玄関に至る小道を大またに近づいていた。背が高く、ハンサムな、日に焼けた男で、グレーのフランネルのスーツとパナマ帽を身につけ、逆立つ黒いあごひげに大きくて攻撃的な鉤鼻、そして歩きながら籐製のステッキを振り回していた。その男が自分の住まいででもあるかのようにふんぞり返って小道を歩いてきて、大きく、自信に満ちたベルの響きが聞こえた。

「ねえ、諸君、」ホームズが静かに言った、「ドアの後ろの位置につくのがいいでしょう。このような男を扱う時はあらゆる警戒が必要です。あなたの手錠が必要になるでしょう、警部。話は僕に任せてください。」

私たちは無言で一分ほど待った――決して忘れることのできない、そういう時間だ。そしてドアが開き、男が入った。すぐさまホームズが彼の頭にさっとピストルを向け、マーティンが彼の手首にするりと手錠をかけた。すべてがすばやく巧みに行われたので、男は襲われたと知った時にはどうしようもなかった。彼はぎらぎらした黒い目で私たちを順ににらみつけた。それから彼は突然苦々しげに笑い声を立てた。

「おやおや、みなさん、今回は先にピストルを抜かれたね。どうやら何か酷い目に会っちまったようだな。だがここにはヒルトン・キュービット夫人の手紙に応じて来たんだからな。彼女がこれにかんでるなんて言わないよな?彼女がわなを仕掛けるのを助けたなんて言わないよな?」

「ヒルトン・キュービット夫人は瀕死の重傷だ。」

男の悲痛なかすれた叫び声が家中に響いた。

「気は確かか!」彼は狂暴に叫んだ。「怪我をしたのはあいつだ、彼女じゃない。誰がかわいいエルシーに怪我をさせたりするものか?そりゃあ脅したかもしれない、神よ許したまえ、だがかわいい彼女の髪の毛一本、触れようとしなかったんだ。取り消せ――おい!彼女は怪我をしてないと言え!」

「彼女は亡くなった夫の傍らでひどい傷を負って発見されたのだ。」

彼は低いうめき声をあげて長いすに倒れ、手錠をかけられた手で顔を覆った。五分間、彼は無言だった。それから彼はもう一度顔を上げ、絶望から、冷静な落ち着きを取り戻して話をした。

「何も隠すことはないぜ、みなさん」と彼は言った。「俺があの人を撃ったのはあの人が俺に撃ってきたからで、これは殺人じゃあないんだ。だが俺にあの女を傷つけることができたなんて思うなら、それは俺のことも彼女のことも知らないってもんだ。いいかい、この俺が彼女を愛したように女を愛した男はこの世にいないんだ。俺には権利があった。何年も前に彼女は俺に固く誓ったんだ。俺たちの邪魔をしたこのイギリス人は何者だ?いいかい、俺には先に権利があったわけで、ただ自分の権利を主張していただけだ。」

「あの人は君がどんな男か知って、君の手を逃れたんだ」ホームズが厳しく言った。「彼女は君を避けてアメリカから逃げ、イングランドで尊敬すべき紳士と結婚した。君は彼女に付きまとい、彼女を追いかけ、彼女が愛し、尊敬する夫を捨てるよう、彼女が恐れ、嫌悪する君とともに逃げるよう迫り、彼女の生活を不幸なものにした。最後には高潔な人の死をもたらし、その妻を自殺に追いやった。それがこの事件における君の記録だ、エイブ・スレイニーさん、君はそのために法的責任を負うだろう。」

「エルシーが死ぬなら俺はどうなってもかまわないさ」とアメリカ人は言った。彼は片方の手を開き、掌のくしゃくしゃになった手紙を見た。「これを見ろよ、だんな、」と彼は、目に疑いをきらめかせて叫んだ。「このことで俺を脅かそうとしてるんじゃないだろうね?夫人があんたの言うようにひどい傷なら誰がこの手紙を書いたんだ?」彼はそれを前のテーブルにほうった。

「君をここに来させるために僕が書いたんだ。」

「あんたが書いた?『ジョイント』以外にこの踊る人間の秘密を知るものはまったくいなかった。どうやって書くようになったんだ?」

「人に考え出せたものだ、他のものにもわかるさ」とホームズは言った。「君をノリッジに運ぶ馬車が来るところだ、スレイニーさん。しかし待つ間、君には君がもたらした危害に対する小さな償いをする時間がある。ご存知かな、ヒルトン・キュービット夫人自身に夫を殺したという重大な疑いがかけられたこと、彼女を告発から救っているのは僕がここにいたことと僕がたまたま持っていた知識だけだということを?彼女が直接にも間接にも彼の悲惨な最期にまったく責任のないことを全世界にはっきりさせるのが君の彼女に対する最低限の義務だ。」

「望むところだ」とアメリカ人は言った。「自分にできる最善の弁護はまったくの真実をありのままにすることだと思うよ。」

「義務として警告するが、それは君の不利に使われることがある」と、イギリスの刑法の崇高な公正さを示して警部は叫んだ。

スレイニーは肩をすくめた。

「運に任せよう」と彼は言った。「まず第一に、俺がこの婦人を子供の頃から知っていたことを皆さんに理解して欲しい。シカゴの俺たちの仲間は七人、『ジョイント』のボスはエルシーの親父だった。あの人は利口な男だった、老パトリックはな。あの書式を考え出したのもあの人で、まったくたまたまあんたが解答をつかまなかったら子供の落書きで通ったろう。ま、エルシーもちょっとばかり俺たちのやり方を身につけたわけだ。だが彼女は俺たちの仕事が我慢できず、少しばかり自分のまっとうな金を持っていたので、俺たちみんなをまいて逃げ、ロンドンへ出たのさ。彼女は俺と婚約していたし、俺と結婚しただろうと思うよ、もし俺が別の職業に就けばな。だが彼女は何にしろ不正なことに関係するのはいやだったんだ。彼女がここのイギリス人と結婚した後になって初めて俺は彼女の居場所を見つけ出すことができた。俺は彼女に手紙を出したが返事はなかった。俺は渡ってきて、で、手紙は役に立たないから、彼女が読みそうなところへメッセージを置いた。

それで、ここにはもう一月になる。俺はあの農場で暮らし、あそこでは地下に一部屋持って、毎晩出たり入ったりできたし、誰にも気づかれなかった。エルシーをなだめすかして連れ出すために俺はできることは何でも試みた。彼女がメッセージを読んだのはわかった、一度その下に返事があったからな。それから俺は短気に負けて彼女を脅し始めた。すると彼女は手紙をよこし、俺に立ち去るように懇願し、だんなに何か醜聞でも降りかかったらこんなに悲しいことはないと言ってきた。彼女の言うには、だんなは朝の三時には寝ているからそのころ下りてきて、端っこの窓で話をする、ただその後俺が立ち去り彼女をそっとしておくなら、ということだった。彼女は下りてきたが、金を持ってきていて、それで話をつけようとした。これに逆上した俺は、彼女の腕をつかみ窓越しに引き寄せようとした。その時だんながリボルバーを手に飛び込んできた。エルシーは床にへたり込み、俺たちは向かい合った。俺もピストルを持っていたので、だんなを脅して追い払いこちらも逃げようとそいつを構えた。あっちは発砲したが俺に当て損ねた。ほとんど同時に俺は引き金を引き、だんなは倒れた。俺は庭を横切って急いで逃げたが、行く時に後ろで窓の閉まるのが聞こえた。誓って言うが皆さん、言葉一つ一つ全部が真実だし、あの若いのが馬で乗り付けて持ってきた手紙を見て、ここにやってきて、ひよっこみたいになあ、自分の身をあんたがたに引き渡すまで、ほかには何も知らなかったんだ。」

アメリカ人が話している間に馬車が乗りつけていた。二人の制服の警官が中に座っていた。マーティン警部は立ち上がり、虜囚の肩に触れた。

「もう行く時間だ。」

「まず彼女に会えないか?」

「いや、彼女は意識がない。シャーロック・ホームズさん、いつかまた私が重大事件に出会ったらあなたがいてくださればありがたいと思うのみです。」

私たちは窓辺に立ち馬車が走り去るのを見ていた。引き返す時、男が丸めてテーブルの上に放り投げた紙が私の目に留まった。ホームズが彼をおびき寄せた手紙である。

「それが読めるかな、ワトソン」と彼が微笑みながら言った。

言葉は一つもなく、このような短い踊る人間の列があった――

COMEHEREATONCE

「僕が説明した符号の規則を用いれば、」ホームズは言った、「実際『すぐにここに来い』と言う意味だとわかるだろう。この招待は彼も断らないだろうと僕は確信していた。夫人以外の誰かから来るだろうとは決して思わないだろうからね。そういうわけだからね、ワトソン君、何度も悪の密使となった踊る人間たちを最後は善いことに役立てたわけだし、君の記録に珍しいものを提供する約束も果たしたと思うし。三時四十分の列車があるから、ベーカー街での夕食には戻れるだろう。」

結びにただ一言。アメリカ人、エイブ・スレイニーはノリッジの冬の巡回裁判で死刑を宣告された。しかし彼の刑は、酌量すべき情状およびヒルトン・キュービットが初めに発砲したのが確かなことを考慮して、懲役刑に変更された。ヒルトン・キュービット夫人については、すっかり回復したと聞いたこと、いまだに未亡人まま、全生涯を貧しい人々の世話と夫の財産の管理にささげていることを知るのみである。


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