宝島 ロバート・ルイス・スティーヴンソン 第五部

八分銀貨


船が傾いているために、マストは海の上に大きく飛び出していた。そしてマストの横木の止まり木に座っていた僕の下には、湾の水面以外は何もなかった。ハンズは、それほど高い位置までは登っていなかった、したがってより船に近いところ、つまり僕と船べりの間に落下した。ハンズは一度、白いあわと血にそまった水面に浮かんできたが、それから再びしずんで、永遠にそのままだった。水面がおさまると、舷側の影のなかの、すきとおるような明るい砂の上にハンズが体をまるめて横たわっているのが見えた。魚が一匹、二匹、体の側を通り過ぎていった。ときどき水がゆらいで、ハンズがまるで起き上がろうとでもしているように少し動いたようにみえた。しかしハンズは、完全に死んでいた、というのも、撃たれた上におぼれていたわけだから。そして僕を殺そうとしたまさにその場所で、ハンズは魚のえさになっていたわけだ。

僕はそのことに気づくと気持ち悪くなりはじめ、ふらふらになり、恐怖に襲われた。熱い血が背中と胸に流れていた。短剣が僕の肩をマストに打ちつけていて、熱い鉄で焼けるように思われた。しかし僕を苦しめていたのは、こういう現実に僕を苦しめていたものではなく、それなら僕には苦痛の声を出すこともなく耐えられるように思われた。むしろ僕を苦しめたのは、あの緑の色をした海水の中に、あのハンズの死体の側に落ちやしないかという恐怖だった。

僕は両手で爪が痛くなるまでマストにしがみつき、危険をさけようとでもするかのように目をぎゅっと閉じた。そしてだんだん僕の心は落ち着きをとりもどし、脈もだんだんふつうの速度に落ち着いてきた。そして再び自分を取り戻した。

最初に思いついたのは、短剣を引き抜こうということだった。しかしあまりに強くささっているのか、僕がおじけついたせいなのか、僕は激しく身震いして手をとめてしまった。不思議なことに、そうして身震いしたせいで、事がかたづいたのだ。ナイフは、実際、ぎりぎりのところで僕を外れていた。それは僕をほんの皮のところでマストにつきさしており、そして身震いのせいで皮が引きちぎれたのだ。、確かに血はもっと勢いよく流れたが、僕はまた自由になり、上着とシャツがマストに留められているだけになった。

最後にぐいっと引っ張って上着とシャツを引きちぎり、右舷の横静索をつたって、甲板までもどった。特になんらかの理由があるわけではないが、すっかり怖気づいていたので、僕はあえてハンズが先ほど落ちた左舷の横静索をつたって降りる気にはならなかったのだ。

下に降りていって、僕は傷の手当てをした。けがはひどく痛んだし、血もずいぶん出ていた。ただ深い傷でもなかったし、危険な傷でもなかった。また腕を使うときも、格別痛むといったわけでもなかった。それからあたりを見回して、船がある意味では自分のものになったので、最後の乗客を片付けてやろうと考えた。もちろん最後の乗客とは、死体のオブライエンのことだ。

前にもいったように、オブライエンは船べりに投げ出されていて、そこでは恐ろしい、ぶざまな人形のように横たわっていた。それは確かに実物大だが、人間らしい色つやや美しさとは似ても似つかないものだった! その位置だったので、僕は簡単に始末できた。そして悲惨な冒険になれて、ほとんど死体への恐怖もなくなっていたので、まるでもみがらの袋か何かのようにオブライエンの腰をかかえて、ぐいっと持ち上げると船外に投げ出した。ざぶんと音がして海中へ沈んでいき、赤い帽子が脱げて海面にただよっていた。そして水しぶきがおさまると、僕にはオブライエンとハンズがならんで横たわっているのが見てとれた。2人とも水の動きにあわせてゆらゆら揺れていた。オブライエンはまだ非常に若い男だったが、頭は禿げ上がっていて、その禿げ頭を自分を殺した男のひざにのせて横たわっていたわけだ。そして2人の上を小魚が行ったり来たりしていた。

僕は船にたった一人で、潮がちょうど変わり目だった。日はまさに沈もうとしているところで、西岸の松の木の影がまっすぐ停泊所まで伸びていて、甲板にいろいろな模様を投げかけていた。夕方のそよ風がふき、東の2つの山ですっかりさえぎられていたが、船の索具はがたがたと音をたて、垂れていた帆もばだばたとはばたきはじめた。

船が危なそうだと思ったので、三角帆を急いで下ろし、甲板へとなげだした。ただメイン帆はもっとやっかいだった。もちろん、スクーナー船が傾いていたので、下げたはぐるりとまわって、その先端と帆の1、2フィートは水に浸かっていた。僕はこれはいよいよ危ないぞと思ったが、強く帆は張られていたので、手をだすのが怖いようにも思われた。とうとう僕はナイフをとりだして、帆をあげる索を切った。斜桁の外端がすぐに落ちて、ふくらんでゆるんだ帆が海面の上に浮かんだ。それからどんなにやっても、おろし綱を少しも動かすことはできなかった。そしてそれが、僕ができるせいぜいのことだった。後は、ヒスパニオーラ号も僕と同じように運を天にまかすよりほか仕方がなかった。

このときまでには、停泊所全体はすっかり日が暮れていて、最後の光が、僕は今でも覚えているが、木々のあいだから差しこんできて、あの難破船を覆っている花を照らし出し、宝石のように光っていた。寒くなりかけていて、潮は急速に外海の方へと流れていて、スクーナー船はいよいよ傾いて真横になるくらいだった。

僕は急いで前の方に行って、下をのぞいてみた。浅いように思えたので、念には念をいれて両手で切れてる錨綱をにぎりしめると、船外に飛び降りた。水は僕の腰ほどくらいまでしかなかった。砂は固くて、さざなみの模様がついていた。そして僕ははりきって、ヒスパニオーラ号をメインセイルが湾内に漂っているままでその場所に残して、岸までゆっくり歩いていった。それと同時に、太陽は完全に沈み、夜風が松の木をゆらし、低い音をたてていた。

とにかく、そしてようやく、僕は陸地にたどりついた。それも何の収穫もなくもどったわけではない。スクーナー船があり、ついに海賊たちの手を離れて、僕らの味方がいつでも乗船して海へでていけるようになったわけだ。僕はすぐにでも柵のところにもどって、手柄を自慢したくてたまらなかった。たぶん少しは抜け出したことを怒られるかもしれないが、ヒスパニオーラ号をとりもどしたことは、それを補って余りある答えではないだろうか。そして僕はスモレット船長でさえ、時間を無駄にしたわけではなさそうだな、といってくれるのではと夢想した。

そんなことを考えながら、意気揚揚と丸太小屋の、味方がいるほうへと向かいはじめた。僕はキッド船長の停泊所に注いでいる川の一番東のものが、僕の左手の2つの頂がある山から流れていることを思い出して、その川幅が狭いあいだに渡るほうがよいだろうと思ってその方向へ針路をかえた。森はかなり開けていて、低い尾根をつたっていくと、僕は山の角をすぐにまがって、それからすぐにふくらはぎの真ん中くらいまで水につかってその川を渡った。

そこで僕は、置き去りにされたベン・ガンと出会った場所のそばへやってきた。そして僕はより注意をはらいながら、四方へと目を配りながら歩いていった。暗闇がせまってきて、2つの頂の間の割れ目が見えるところまでくると、僕は空にゆらゆらと光が映し出されているのに気がついた。そこで、島の男が火をたいて食事の用意をしているのだろうと僕は思った。でも僕は、心の中で不思議に思った。やつはずいぶん不注意だなぁと。なぜならもし僕がその光を目にするくらいだから、どうしてそれが海岸の沼地でキャンプしているシルバーの目に届かないと思えるのだろう?

だんだんあたりは暗くなってきた。僕にできるのは、とにかく目指す方向へと歩みをとめないことだった。背後の2つの頂の山も右手の望遠鏡山もだんだんかすんできた。星も少なく、うす暗かった。僕がうろついている低地では、藪につまづいたり、砂のくぼみに足をとられたりした。

とつぜん辺りが明るくなった。僕が見上げると、青白いかすかな月光が望遠鏡山の頂上を照らし出していた。そしてまもなく大きな銀色のものが、木々のあいだを低く動いているのがみえ、月が昇ってきた。

月の明かりが助けになり、僕は残りの道のりを急ぎ、そして時々歩いたり、走ったり、急いで防護柵まで近づいていった。でも僕は柵の前の森に入ろうとするときには、ペースを落として細心の注意を払ってすすむように注意した。味方に間違って撃たれるようなことになっては、せっかくの僕の冒険も惨めな結末になってしまう。

月はだんだん高くまで登り、その明かりは森の開けた場所を通してあちこちを照らし出した。そしてすぐ真正面にはさまざまな色の明かりが木々のあいだから見えてきた。赤や暖かそうな明かりで、ときどき少し暗くなった、いわば、くすぶっているたきびの残火のようだった。

どうしても、僕にはそれが何なのかはわからなかった。

とうとう僕は開けた場所の境目の所までやってきた。西の端は、すでに月光で照らされていた。残りの部分は丸太小屋もふくめてまだ暗い影の中にあり、長い銀色の光の筋で明暗の模様を作っていた。丸太小屋の反対側では、大きなたきびが燃えきって、たえず赤い残り火が月の青白い明かりとまったく対照的だった。人の気配はまったくなく、かすかなそよ風の音以外に物音一つしなかった。

僕は立ち止まって、心の中で不思議に思った、と同時に少し怖くなった。というのも、こんなに大きなたきびをするのは僕らの味方のやり方ではなかったからだ。僕らは、特に船長の命令で、たきぎにはけちといってもいいくらいだったからだ。そして僕がいないあいだに、なにか悪いことがおこったのではないかと恐れを抱きはじめた。

僕はこっそり東側にまわっていって、影になるところを選んで適当な場所で、そこはもっとも暗い場所だったが、柵を越えた。

念には念をいれて、僕は四つんばいになり、物音一つ立てずに、丸太小屋の隅のほうへと行った。近づくにつれて、僕の心はとつぜん、いきなり軽やかになった。その音は本来あんまり心地いい音ではない。それに僕は他の場合だったら、その音にしばしば文句をつけたことだろう。でも今になっては、寝ているときの味方のいびきの音が、これほど大きく幸せそうにひびくのはまるで音楽のようだった。見張りの声、あの美しい“異常なし”という声も、これほど僕の耳に安心させるように響いたことはなかった。

そのあいだにも、一つのことは疑いようもなかった。見張りのやり方が非常にまずいということだった。もしシルバーとその手下がこうして忍び寄っているのなら、夜明けに生き残っているものは一人としているまい。僕が考えるには、これは船長がけがをしているからだと思われた。そして再び僕は、見張りにさえ事欠くようなこんな危険な立場に味方をほっぽりだしたことに、激しく自分を責めた。

このときには、僕はドアのところまできて立ち上がっていた。中は真っ暗で何ひとつ見分けがつかなかった。物音といえば、単調ないびきの音と、かすかな音が、僕には何の音かわからないが、はばたいたりつついたりする音がときどきした。

両手で手さぐりをしながら、僕はしっかりした足取りで中に入った。僕は自分の場所で寝よう(そう考えると笑いがこらえられなかった)そして朝に僕をみつけたときのみんなの顔を楽しもうと思った。

僕の足が、何かやわらかいものに当たった。寝ている人の足だった。ただ寝返りをうち、ごにょごにょとなにかをつぶやいたが目はさまさなかった。

そのとき、とつぜん、鋭い声が闇のなかに響き渡った。

「八分銀貨! 八分銀貨! 八分銀貨! 八分銀貨! 八分銀貨!」息もきらさず、小さい水車がくるくるまわるみたいに。

シルバーの緑の鸚鵡、フリント船長だ! 木の皮をつついたりする音が聞こえたのは、この鸚鵡のものだったのだ。どんな人間よりも注意深く見張りをして、僕が来たのをしつこくくり返して知らせたのは、この鸚鵡だった。

僕にはたちなおる暇さえなかった。鸚鵡のするどい早い調子の声で、眠っている者たちも目をさまし飛び起きた。そして悪態とともに、シルバーの声が響き渡った。「だれだ?」

僕は逃げ出そうとしたが、ある男にひどくぶつかってはねかえされ、全速力で走り出し別の男の腕の中にとびこんだ。そいつが僕をしっかりつかんで、強くしめつけた。

「たいまつだ、ディック」シルバーは、僕が捕まえられるとそう言った。

そして男の一人が丸太小屋から出て行って、すぐに燃えさしをもって戻ってきた。


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