イギリス料理を弁護する, ジョージ・オーウェル

イギリス料理を弁護する


外国の観光客をこの国に呼び込むことの重要性については近年、多くの議論がなされている。外国からの来訪者から見たイングランドの二つの最悪の欠点は有名だ。すなわち日曜日の陰鬱さと酒を買いづらいことである。

両方とも多くの抑制を求める狂信的な少数派が原因で、この抑制には幅広い法律も含まれている。しかし世論によってすみやかに改善できるものがひとつ存在する。料理だ。

イギリス料理は世界最悪である、という意見は広く知られるところでイギリス人自身でさえそう口にする。たんに出来が悪いというだけではなく、まがいものと考えられているのだ。私がつい最近読んだフランス人作家の本では「もちろんのことだが、最高のイギリス料理はフランス料理そのものである」とさえ言われていた。

さて、端的に言ってこれは真実ではない。国外で長く生活したことのある者であれば誰でも知るように英語圏の国々の外では手に入れることがまったく不可能なたくさんの美味がある。以下に挙げる他にも多くあることは疑いないが、ここでは私自身が外国にいた時に探し、見つけ出せなかったものをいくつか挙げよう。

まず何をおいてもキッパーキッパー:塩漬けにして乾燥させた燻製ニシンの開き、ヨークシャー・プディング、デボンシャー・クリーム、マフィン、クランペットだ。次に様々なプディングだが、これは全てを挙げていては紙面が尽きてしまうだろう。特に挙げるとしたらクリスマス・プディング、トリークル・タルト、アップル・ダンプリングズだ。ケーキについても同じくらい長いリストになってしまうが、例えばダーク・プラム・ケーキ(戦前のバザーズで手に入ったようなやつだ)、ショート・ブレッド、サフラン・バンズがある。そして数えきれないくらい多くの種類のビスケットもそうだ。もちろんビスケットはどこにでもあるが一般的にはイギリスのものの方がおいしく、さくさくとした食感をしている。

さらにさまざまなじゃがいもの調理法がある。私たちの国特有のものだ。肉の下に敷かれてローストされたじゃがいもをどこかで見たことがあるだろうか? これはじゃがいもの最高の調理法ではないだろうか? あるいはイングランド北部でおいしいポテト・ケーキを食べたことはあるだろうか? またイギリス流の新じゃがいもの調理方法……ミントと一緒に茹でてから、溶けかけたバターかマーガリンをつけて食べる……はよその多くの国でやられているように油で揚げるよりもずっといい。

またイングランド特有のさまざまなソースもある。例えばブレッド・ソース、ホースラディッシュホースラディッシュ:西洋わさび・ソース、ミント・ソース、アップル・ソースだ。レッドカラントレッドカラント:赤スグリのゼリーについては言うまでもないだろう。羊肉にも野うさぎの肉にもすばらしくよく合う。そしてさまざまな種類の甘いピクルスはほとんどの国よりもずっと豊かであるように思う。

他には何があるだろう? 缶詰のものを除くと私はブリテン諸島の外でハギスハギス:羊の内臓を羊の胃袋に詰めて茹でたスコットランド伝統料理を目にしたことはない。ダブリン海老も、オックスフォード・マーマレードも、何種類かのジャム(例えばマローのジャムやキイチゴのジャム)もないし、私たちのものとまったく同じようなソーセージもない。

それからイギリス・チーズだ。数は多くないが、私はスティルトンスティルトン:ブルーチーズの一種。ロックフォール、ゴルゴンゾーラと並び非常に有名なブルーチーズ。はこの種類のものとしては世界で最高のチーズだと思っているし、ウェンズレデールウェンズレデール:白色チーズの一種もそれに次ぐものだと思う。イギリスのリンゴもまた際立ってすばらしい。とりわけコックス・オレンジ・ピピン種だ。

そして最後にイギリスのパンについて言っておきたい。キャラウェイキャラウェイ:セリ科の草で種(実際は果実)が香辛料として使われる。の種で香りづけされた大きなユダヤ・パンから糖蜜で色づけされたロシアのライ麦パンまで、パンというものはどれもすばらしいものだ。しかしイギリスのコテージ・パンコテージ・パン:大小のパンを重ねたような形をしたパン(いつになったらまたコテージ・パンを目にするようになるだろう?いつになったらまたコテージ・パンを目にするようになるだろう?:エッセイが書かれた当時はまだ配給制が敷かれ、物資に乏しい時代だった。)の皮の柔らかい部分に匹敵するものがあるとは私は思わない。

私が先に名前を挙げたもののいくつかが大陸ヨーロッパでも手に入ることは間違いない。ロンドンでもウォッカや燕の巣のスープは手に入る。しかしこれらはどれも私たちの地域が原産で、他の広大な地域では文字通り耳にすることもないものなのだ。

例えばブリュッセル南部でスエット・プディングを手に入れられるなどとは考えることもできない。フランス語には「スエットスエット:牛や羊の腎臓、腰周りの脂肪を指す言葉」と正確に一致する訳語さえ存在しない。またフランス人は料理にミントを使うこともないし、酒の原料として以外はクロスグリも使わない。

その独自性においても、材料においても、イギリス料理を恥じる理由など無いということがわかるだろう。しかしそれでも外国からの来訪者の視点に立つと深刻な潜在的問題があることは認めざるを得ない。それは家庭の外では優れたイギリス料理にたどり着くことが実質的に不可能であるということだ。例えばおいしいヨークシャー・プディングの厚切りが欲しければ、レストランよりも最貧困のイギリス家庭でのほうが手に入る可能性は高い。そして来訪者は必然的にほとんどの食事をレストランでとるのだ。

明確にイギリス風で、同時にすばらしい食事を提供しているレストランを見つけ出すのが非常に困難であることは事実だ。パブは一般的にはポテト・チップスと味気ないサンドイッチの他には食べ物をまったく扱わない。高級なレストランとホテルのほとんどはまがいもののフランス料理を出し、メニューはフランス語で書かれている。おいしくて安い食事が欲しければ自然とギリシャ風レストラン、イタリア風レストラン、中華レストランへ足が向かうことになる。イングランドは料理がまずく、理解不能な法律の国であると思われている間は旅行客を呼び込むことなどできないだろう。今のところはどうしようもないが、遅かれ早かれ配給制配給制:イギリスでは1940年から1956年まで配給制度が敷かれていた。は終わってイギリス料理が復活する時が来るはずだ。イングランドの全てのレストランは外国料理かまずい料理を出さなければならないという自然法則などない。そして改善へ向かう第一歩はイギリスの人々自身が我慢するのをもう少し控えることだろう。

1945年12月15日
Evening Standard

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オーウェル評論集6: ライオンと一角獣 表紙画像
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