ジョージ・オーウェル

ウェルズ、ヒトラー、世界国家


「事情通の言うところでは三月ないし四月にイギリスにとてつもない一撃が加えられるだろうということだ……ヒトラーがそこで何をおこなうか、私には想像もつかない。今や彼の衰えて分散された軍事的資源は以前にギリシャやアフリカでその真価を問われたイタリアのそれと大差ないだろう」

「ドイツ空軍の損耗は甚だしい。組織は時代遅れだし、一級の人員のほとんどは死亡し、戦意を喪失し、疲弊している」

「一九一四年当時、ホーエンツォレルンホーエンツォレルン:南ドイツのシュヴァーベン地方を発祥とした貴族の家系の軍は世界で最も優れたものだった。その後に金切り声を上げる小さなできそこないがベルリンに現れたがそれは似ても似つかないものである……しかし我が軍の『専門家たち』は待ち受ける幻影について議論を重ねた。彼らが想像したのは訓練を積み完璧な装備を身につけた無敵の軍隊だった。それがスペインや北アフリカなどで決定的な『一撃』を加えるだろうと語られることもあった。あるいはバルカンの行軍や、ドナウからアンカラ、ペルシア、インドへの進軍、『ロシアの壊滅』やブレンナー峠を越えてのイタリアへの『侵入』も語られた。数週間が過ぎ、幻影は何一つとして行わなかった……考えられる理由は一つだ。そのようなものは存在しないのだ。このような銃や軍需物資が存在するという我々に取り憑いた不正確な考えの多くは取り払われなければならないし、イギリスへ侵攻を行うというヒトラーの馬鹿げたこけおどしに付き合うことは時間の浪費だ。そしてその生焼けでずさんな規律は電撃戦が無駄に終わったという不快な現実の元で今まさにしなびてゆき、この戦争も本来あるべきところへと落ち着こうとしている」

これらの引用は騎兵隊季報からのものではない。H・G・ウェルズ氏による新聞連載記事からとったもので、今年今年:1941年のはじめに執筆され今また新世界への導きというタイトルの書籍に転載されたものだ。これらが執筆された後、ドイツ軍はバルカンを蹂躙し、キレナイカを再征服した。トルコやスペインについても適切なタイミングが来れば進軍が行われるだろうし、ロシアへの侵入も着手されている。この軍事作戦がどのように進むのか私にはわからないが少なくともその意見が何がしかの意味を持つドイツの幕僚たちは三ヶ月以内にそれが終了するという確信を得るまでは事を開始しようとはしないだろうということは注目すべき点だろう。ドイツ軍が取るに足りない存在であり、装備は貧弱、士気は低いなどといった考えはもはや捨てたほうが賢明だ。

何がウェルズを「金切り声を上げる小さなできそこない」に反発させたのだろう? 世界国家についてのいつものご高説と基本的な人間の権利を定義しようと試み反全体主義的傾向を持ったサンキー宣言サンキー宣言:1940年にウェルズを中心とした委員会によって作成された人権宣言で世界人権宣言などに影響を与えたとされる。この委員会の議長を務めたイギリス人の法律家ジョン・サンキーにちなんでサンキー宣言と呼ばれる。だ。彼が現在は空軍力の世界連邦的な統制に特に関心を寄せていることを除けばこれは彼が過去四十年間に渡って不断に説いてきたものと同じ教義である。それを説く時、これほどに明白なものを理解しようとしない人類に対して彼は常に驚きと怒りの念を露わにしていた。

しかし私たちが世界連邦的な航空の統制を必要としているという発言に何の益があるというのか? 一番の問題はどうすればそれを実現できるかということなのだ。世界国家が好ましいと指摘して何になろう? 重要なのは五つの強大な軍事大国のどれ一つとしてそのようなものに従おうなどとは考えていないだろうということだ。ここ数十年の間、思慮深い人であれば誰しも大筋においてはウェルズ氏の提案に賛同してきた。しかし思慮深い人々というものは権力を持っていないものだし、うんざりするほど多くの場合、自分自身を犠牲に捧げようなどという気性は持ち合わせていないのだ。ヒトラーはとんでもない狂人だ。そして同時にヒトラーは数百万人からなる軍を持ち、数千機の航空機、数万台の戦車を持っている。彼のために一つの大国が六年間の過酷な労働を自ら欲し、さらにもう二年間戦おうとしている。一方で一般論として言えば本質的に享楽主義的であるウェルズ氏の提案する世界観のために人類が一パイントの血液でも流そうと欲することは考えにくい。世界の再構築や平和を語るためにはその前にヒトラーを取り除かなければならない。それはつまりナチスと同程度とは言わないまでも相応に活動的にならなければならないということを意味する。しかし「思慮深く」享楽主義的な人々にしてみれば恐らくそれは受け入れがたいことだろう。過去一年間、イングランドの独立を保たせたものは何なのか? より良い未来という漠然とした理念がその一部にあったことは疑いないが主には先祖返り的な愛国心であり、心に深く染み込んだ英語を話す人々は他の国の人間よりも優れているという感情であろう。過去二十年間、英語圏における左翼知識人の主要な焦点はこの感情を打ち崩すことだった。もし彼らがそれに成功していれば私たちは今この瞬間、ロンドンの通りをパトロールするSSSS:ナチス親衛隊。Schutzstaffelでの2文字のSに由来する。隊員を目にしていたことだろう。同様に、なぜロシア人はドイツの侵攻に対して虎のごとく戦っているのか? ユートピア的社会主義の理想のおぼろげな記憶が一部にはあっただろうが主にはスターリンがわずかにその形を変えてよみがえらせた聖なるロシア(「祖国の神聖なる土」などなど)の防衛のためだろう。実際に世界を形作るエネルギーは民族自尊の感情、指導者に対する崇拝、宗教的信念、戦争への愛から湧き出すのだ……これはリベラルな知識人たちが時代遅れだと機械的に切り捨てたものであり、通常は彼ら自身の手で完膚なきまでに破壊したものであり、そのために彼らは全ての行動のための力を失ったのだ。

ヒトラーは反キリストであるだとか、あるいは聖霊であるだとか言う人々はこの恐るべき十年の間、彼は単なる喜劇の役者に過ぎず真面目に取り上げる価値もないという態度を崩さなかった知識人よりも現実をずっとよく理解している。こういった考えが反映されたものこそがイギリスの命運を保つ条件なのだ。レフトブッククラブレフトブッククラブ:1936年にイギリスで設立された組織。イギリス左派の振興と教育を目的としている。は基本的にスコットランドヤードスコットランドヤード:一般にはロンドン警視庁を指す言葉によって生み出されたものだった。ちょうどピースプレッジユニオンピースプレッジユニオン:1934年にイギリスで設立された平和主義系の非政府組織。戦争の廃絶を目的としている。が海軍によって生み出されたのと同じことだ。過去十年間での目覚しい発展の一つは「政治書」の出現である。それは政治批評と歴史物語を組み合わせたパンフレットを厚くしたようなもので、ちょうど貴重な文学書のような体裁をとっている。しかしその著者たち……トロツキートロツキー:レフ・トロツキー。ソビエトの政治家、革命家、マルクス主義思想家。1929年に国外追放された。、 ラウシュニングラウシュニング:ヘルマン・ラウシュニング。元ナチス党員でダンツィヒ市の長官職を務めたが1936年にイギリスに亡命した。「ニヒリズム革命」、「ヒトラーとの対話」などの著作がある。、ローゼンベルクローゼンベルク:(恐らく)アルフレート・ローゼンベルク。ナチス党員。ナチス綱領解説書「国家社会主義ドイツ労働者党の本質、原則および目的」を執筆しナチスの思想背景に大きな影響を与えたと言われる。、シローネシローネ:イニャツィオ・シローネ。元イタリア共産党員。ファシズムによる弾圧、スターリニズム批判によるイタリア共産党除名を経て1930年より亡命生活を送る。「葡萄酒とパン」、「あるつつましいキリスト者の運命」などの著作がある。、ボルケナウボルケナウ:フランツ・ボルケナウ。オーストリア系の作家、評論家。元ドイツ共産党員。1933年にイギリスに亡命。「スペインの戦場」、「封建的世界像から市民的世界像へ」などの著作がある。、ケストラーケストラー:アーサー・ケストラー。ユダヤ系のジャーナリスト、小説家、政治活動家。「真昼の暗黒」、「機械の中の幽霊」などの著作がある。といった人々……の中には一人としてイギリス人はおらず、ほとんどの者は一つないしは複数の過激主義的な政党からの脱党者だ。彼らは全体主義を間近で目撃し、追放や迫害が何を意味するのかを知っている。ヒトラーは取るに足らない狂人であり、ドイツの戦車はボール紙でできているなどという考えが戦争勃発の直前まで流行していたのは英語圏の国だけだ。私が上でおこなった引用を見る限りではウェルズ氏はいまだにそういったたぐいのことを信じている。爆撃やドイツによるギリシャでの軍事行動によって彼の意見が変わるとは私には思えない。生涯をかけて培われた思考習慣が立ちふさがってヒトラーの力の理解に彼が到達するのを妨げているのだ。

ディケンズディケンズ:チャールズ・ディケンズ。ヴィクトリア朝時代を代表するイギリスの小説家。「クリスマス・キャロル」、「荒涼館」などの著作で知られる。同様、ウェルズ氏は軍とは縁のない中流階級に属している。銃の轟音、拍車の鳴る音、古びた旗がそばを通り過ぎる時にこみ上げる気持ち、そういったものに彼が共感をよせることは決してないだろう。戦闘や狩猟、虚勢を張ってしまうという人間の側面にたいして彼は揺らぐことのない憎しみを持っている。それは騎兵に対する暴力的なプロパガンダという形で彼の初期の著作全てに現れている。彼が世界文化史大系で描いた最たる悪役は軍事的冒険家であるナポレオンなのだ。もし過去四十年間にわたって彼が著した作品のほとんどを概観する者がいれば常に繰り返される同じモチーフに気がつくだろう。計画された世界国家に向かって努力を続ける科学者と無秩序な過去の復活を企む反動主義者との対立という構図だ。小説で、ユートピア的社会改良計画で、エッセーで、パンフレットでこの対立がその多寡はあれ常に繰り返されるのだ。一方は科学、秩序、進歩、国際主義、航空機、鋼鉄、コンクリート、清潔さであり、他方は戦争、ナショナリズム、宗教、君主制、小作農、ギリシャの教授陣、詩人、騎兵といったものだ。彼の見るところでは歴史とは科学者によってロマン主義者から勝ち取られた勝利の連続なのだ。そして科学者による「理性的で」計画的な社会の改良は祈祷師による支配に遅かれ早かれ打ち勝つだろうという彼の見方は恐らく正しいだろう。しかしそれが目前に迫っているかどうかはまた別の問題だ。ロシア革命の際にどこだったかでおこなわれたウェルズとチャーチルの間の興味深い論争を今でも私は憶えている。ボリシェヴィキボリシェヴィキ:ロシア社会民主労働党から分派したレーニンが率いる一派。後のソビエト連邦共産党。は血を滴らせた怪物であるというチャーチル自身のプロパガンダをチャーチルは実際のところ信じてはいない、ただ彼らによって良識と科学の支配する時代が到来するのを恐れているのだ、そうなればチャーチルのような愛国心の旗振り役の居場所はなくなるのだから、そう言ってウェルズはチャーチルを非難したのだ。しかしチャーチルのボリシェヴィキに対する評価はウェルズのものよりずっと的を射ていた。初期のボリシェヴィキが天使だったのか悪魔だったのかは見る者によって変わるだろうが少なくとも彼らは思慮深い者たちではなかった。彼らによってもたらされたものはウェルズ的なユートピアではなく聖人統治だったのだ。それはちょうどイギリスでの聖人統治と同様に魔女裁判によって活気づけられた軍事独裁だった。ナチスに対するウェルズの態度にはそれをちょうど反転させた形で同じ思い違いが再び現れている。ヒトラーは歴史の上の戦争の王と祈祷師をひとまとめにしたような存在だ。従ってウェルズに言わせれば彼は不条理な存在であり、過去の亡霊であり、すぐに消え去る運命にある人間なのだ。しかし残念ながら科学と良識を方程式によって結びつけることはできない。啓蒙的な影響が期待されたにも関わらず実際は爆撃以外にはほとんど使われていない航空機はその現実の象徴である。近代ドイツはイングランドよりはるかに科学的であり、同時にはるかに野蛮なのだ。ウェルズが心に描き、そのために努力してきたもののほとんどをナチスドイツは現実のものとして手に入れている。規律、計画、国をあげた科学の奨励、鋼鉄、コンクリート、航空機、全て存在するが全て石器時代がお似合いの思想のために使われている。科学が不合理な迷信の側について戦っているのだ。しかしウェルズがそのことを受け入れられないのは明らかである。それは彼の作品がよって立つ世界観と矛盾するだろう。戦争の王と祈祷師は必ず敗北し、進軍ラッパの音にも心を動かされない十九世紀の進歩主義者によって予見された良識ある世界国家は必ず勝利するのだ。裏切りや敗北主義でもなければヒトラーが危険であるなどということはあり得ない。最終的に彼が勝利するなどということはジャコバイト運動ジャコバイト運動:1688年のイギリス名誉革命に対する反革命運動の通称。ジェームズ2世の復位を主張したためジェームズのラテン名「Jacobus」にちなんでジャコバイトと呼ばれる。のような実現不可能な歴史の反転なのだ。

しかしH・G・ウェルズの過ちを指摘するのは私くらいの年齢(三十八歳だ)の人間にとっては親殺しのようなものではないだろうか? 今世紀初頭に生まれた思慮深い人々はある意味でウェルズの申し子だ。一介の作家、とりわけ流行作品を生み出すような「大衆」作家がどれだけの影響力を持っているのかは疑問だが、少なくとも英語圏で一九〇〇年から一九二〇年の間に書籍を著した者であれほど若者に影響を与えた者が他にいたかどうかもまた疑わしい。もしウェルズがいなければ私たち全ての精神は、そしてその帰結である現実世界はかなり異なったものになっただろう。ひとつの精神が、一方で彼をエドワード朝時代エドワード朝時代:イギリス史での1901年から1910年までの時代のすばらしい預言者に見せたその想像力が、今まさに彼を浅薄で無力な考えの人物にさせているのだ。ウェルズが若かった頃には科学と反動主義の対立は間違いではなかった。社会は偏狭で好奇心を微塵も持ち合わせない人々、略奪的な実業家、頭の回転の遅い大地主、司教、ホラティウスホラティウス:古代ローマ時代の南イタリアの詩人を引用することはできても代数学など聞いたこともない政治家によって支配されていた。科学にはいかがわしさとお決まりの宗教的信念はほとんどなかった。伝統主義、愚行、俗物根性、愛国心、迷信、そして戦争への愛は全て同じ側にあるように見えた。反対の観点からの主張をおこなえる人物が必要だったのだ。一九〇〇年代を振り返れば一人の少年にとってH・G・ウェルズとの出会いすばらしい経験だった。少年がいるのは杓子定規な人間、聖職者、ゴルファーばかりの世界だ。そこで彼は「働け、さもなければ去れ」と言い募る将来の雇用主や計画的なやり方で彼の性生活を歪める両親、ありふれたラテン語の句を引用しながらせせら笑う頭の鈍い教師と一緒にいる。しかしここに他の星々や海底の住人について彼に話すことができ、未来はお行儀の良い人々が想像しているようなものではないと知るすばらしい人間が存在したのだ。飛行機が技術的に実現可能であることがわかる十年以上前からウェルズはほどなく人類は空を飛ぶことができるようになると予見していた。それは彼自身が空を飛べるようになることを欲していたからであり、それ故にその方向に向かって研究が続けられるであろうことを確信していたからだ。他方でライト兄弟が実際に彼らの機体を五十九秒間地上から浮き上がらせた時に、あるいは私が子供の頃でさえなお、一般に広く受け入れられた意見はもし神が私たちに空を飛ばせるつもりがあったのなら私たちに翼を与えただろう、というものだったのだ。一九一四年までのウェルズは大筋においては正真正銘の預言者だった。彼の描いた新世界の科学的詳細は驚くほどよく当たっていた。

しかし一九世紀に属していたために、また非軍事的な国家と社会階級に属していたためにその頭の中で狐狩りのトーリー党トーリー党:現在のイギリス保守党の前身にあたる政党。現在では保守主義者の意味で使われることもある。に象徴されていた古い世界の持つ強大な力を理解することが彼にはできなかった。彼自身が正気として思い描くものよりもナショナリズム、宗教的偏狭、封建主義的忠誠心がずっと強力な力を持つということを彼はまったく理解することができなかったし、今も理解できていない。怪物は暗黒時代から抜け出して現在まで前進を続けてきたのだ。もし彼らが亡霊だと言うのならば少なくとも自らにかける強力な魔法を必要としている亡霊だ。ファシズムを最もよく理解する者はそれに苦しめられた者か自身の内面にその一面を持つ者だ。三十年近く前に書かれた鉄の踵鉄の踵:ジャック・ロンドンが1908年に出版した小説。富裕層に富と権力が集中した近未来での階級闘争を描いている。のような粗雑な書籍はすばらしい新世界すばらしい新世界:オルダス・ハクスリーが1932年に発表した小説。科学が極度に発達した世界を舞台にしたディストピア小説。世界はこうなる世界はこうなる:ウェルズが1933年に発表した未来をテーマにした架空年代記よりもずっと的確に未来を予言している。もしウェルズの同時代人から彼の犯した過ちを正せる作家を一人選ばなければならないとしたら、おそらく選ばれるのはキップリングキップリング:ラドヤード・キップリング。イギリスの作家、詩人。「ジャングル・ブック」、「少年キム」などの著作がある。だろう。彼は権力と軍事的「栄光」の邪悪な声を聞き取ることのできる人物だった。それに対する彼の態度がどの様なものになったかはともかくキップリングはヒトラーの求心力を理解できただろうし、スターリンについてもそれは同じことだ。ウェルズは現代世界を理解するにはあまりに良識的過ぎたのだ。彼の最大の業績である一連の中流下層階級向け小説の出版は先の戦争先の戦争:第一次世界大戦で一時途絶え、それ以降、決して以前の状態に戻ることはなかった。一九二〇年から彼はその才能を紙のドラゴン退治に浪費してきたのだ。しかし結局のところ浪費できるだけの才能がどれほど彼に残されていたというのだろうか。

1941年8月
Horizon

関連

目次