カーミラ ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ

嘆願


「『私たちは伯爵夫人とお別れすることになっています。しかし、それがほんの数時間であることを願っています』と私は低いお辞儀と共に言った。

「『ほんのそれだけかもしれませんし、数週間になるかもしれません。彼がたった今話したように、彼が私に話したことは私にとって非常に不幸なことでした。私のことお分かりになりまして?』

「私は、彼女に、分からないと答えた。

「『いずれお分かりになりますわ、』と彼女は言った。『でも、今すぐではありません。たぶん、貴方が思ってらっしゃるよりももっと、私たちは古くからの良き友人なのです。いまだ私自身のことを明らかにすることは出来ません。三週間の内に尋ねておきました貴方の美しいお城を通るでしょう。それで、私は一時間か二時間貴方を訪問し、そして千もの楽しかった記憶無しでは考えることの無い友好関係を取り戻すつもりです。この瞬間、一つの 新しい)知らせが稲妻の矢のように私に届きました。私は、今出発して、私に出来る限りの迅速さをもって、ほとんど百マイルに達する、遠回りの道筋で旅行しなければなりません。私の厄介ごとは増えるばかりです。私は単に、私の名前について遵守している強制的な制限ゆえに、あなたにとても並外れた依頼をすることが、憚られるのです。私の可哀相な子供は体力をまったく回復しているわけではないのです。彼女の馬は、彼女が見物するために乗って向かっていた狩りのときに、彼女もろとも倒れました。その衝撃から彼女の神経はまだ回復していません。そして私たちの医師は、彼女はここしばらく決して精を出してはいけないと言っています。ですから、私たちはここへは、とても楽な旅程――ほとんど一日に六リーグにもなりません――でやって来ました。いまや私は、夜に日を継いで、生死をかけた任務で旅行しなくてはなりません――極めて重要で重大な性質の任務で、数週間の内に私たちが会う、私はそうしたいと願っているのですが、そのときにはなんら隠し事の必要なく説明できると思います』

「彼女は嘆願を続けた。そしてその嘆願は、好意を求めるというより、談判すると同然の要求をする人の口調だった。

「これは、まったく意図的ではないように見えたが、単に作法どおりに礼儀正しいだけだった。表明された言葉よりも、より非難されるべきものは何もないほどだった。それは単に、彼女の不在の間彼女の娘の世話をすることを私が同意するだろうと決めてかかっているものに過ぎなかった。

「これは、すべてを考えあわせても、厚かましいとは言わないまでも、奇妙な要求だった。それに反対して主張され得る全てのことをはっきり口にしてそれを認めつつも、まったく私の騎士道的精神にすがることによって、ある意味彼女は私を武装解除した。これと同時に、すべての出来事が予め決まっていたかのように見える宿命によって、私の可哀相な子供が私の傍にやってきて、低い口調で、私たちを訪問するべく彼女の新しい友達、ミラルカを招待するように私に懇願した。彼女はすでに新しい友人に打診しており、その友人は彼女の母親が許すならとても訪問したいと思っている、と考えているのだった。

「他のときだったら、少なくとも彼女らのことを良く知るまで、少し待つように彼女に言っていただろう。しかし考え込んでいる暇はなかった。二人の女性が一緒になって私に懇請を浴びせて苦しめ、そして白状すると、なにかとても人を引きつけるものがある上品で美しい若い女性の顔が私に決心させたのだ。そして、完全に圧倒されて、私は、母親がミラルカと呼んだその若い娘の世話をすることを、具申すると共にあまりにも簡単に引き受けた。

「伯爵夫人は彼女の娘を招き寄せ、総括すれば、いかに突然かつ有無を言わさず彼女が召還されたのかということとまた、彼女が私の世話を受けるよう手配したこととを語り、その間、その娘は真剣に注意深く聞いていた。そして、伯爵夫人は私が彼女の最も古くからの最も大事な友人であることを付け加えた。「もちろん、私はその場面で求められていることにふさわしいことを話したのだが、その反面、私がその半分も好ましくないと思っている立場にいることに気が付いた。

「黒服の紳士が戻って、ひどく儀式ばった様子で貴夫人を部屋から案内した。

「この紳士の振る舞いは、伯爵夫人は、彼女の控えめな爵位がそれ単独で私に仮定させたかもしれないより、もっととても重要な地位の貴婦人なのだという確信を私に印象付けた。

「彼女の最後の私に対する要求は、私が既に憶測した以上に彼女についてより多くを知ろうとする企ては一切してはならないというものだった。彼女がその客である私たちの高貴な主催者は彼女の理由を知っていた。

「『しかし、ここに、私も私の娘も一日以上差し支えなく留まることは出来ません。私は軽率にも約一時間前に一瞬私の仮面をはずしました。そして、遅すぎたのですが、貴方が私を見たのかもしれないと思ったのです。ですから私は、少しあなたと話す機会を求めようと決心しました。もし私が、あなたが私を見てしまったのがわかっていたなら、数週間私の秘密を守るために、私は貴方の高い名誉を重んじる心にすがろうとしたでしょう。ところが実際には貴方が私を見なかったと納得しています。しかし、私が誰であるか、いま貴方がうすうす分かっているか、よく考えてみると分かるというのであれば、私は、礼儀にしたがって、貴方の示した敬意に対して完全に私のことを委ねます。私の娘は同じ機密を守るでしょう、そして、私には良く分かっているのですが、彼女が軽率にそれを明らかにしないように、貴方は時々彼女に思い起こさせるでしょう』

「彼女は自分の娘に二三囁き、あわただしく娘に二回接吻し、そして顔色の悪い黒服の紳士に付き添われて立ち去り、人込みの中に溶け込んで見えなくなった。

「『隣の部屋に、』とミラルカが言った。『広間のドアを見渡す窓があるの。ママを見納めして、彼女に向かって私の手にキスしたいわ』

「もちろん私たちは同意して、窓まで彼女に付き添った。私たちは外を眺め、一群の旅行の従者たちや従僕たちと一緒の古めかしいが素敵な馬車を見た。私たちは、黒服を着た顔色の悪い紳士の細い姿を見た。彼は厚いベルベットのクロークを手に持って、それを彼女の肩のまわりに掛け、フードを彼女の頭にかけるところだった。彼女は彼に向かってうなずき、ちょっと彼女の手で彼の手に触れた。ドアが閉じられたとき、彼は繰り返しお辞儀し、そして馬車は動き始めた。

「『彼女は行ってしまった』とミラルカがため息をついて言った。

「『彼女は行ってしまった』と、そのとき初めて――私が同意してから経過した慌しい時間のなかで――私の行為の愚かさを反省しながら、私は繰り返した。

「『彼女は、見上げなかったわ』と、悲しげに、若い女性が言った。

「『伯爵夫人は仮面を取っていて、たぶん、顔を見せたくはなかったのだよ』と、私は言った。『そして、貴女が窓のところにいるのを知ることができなかったのだよ』

「彼女はため息をついて、私の顔を見た。彼女は非常に美しかったので私は優しい気持ちになった。私は一瞬でも彼女に対する厚遇を後悔していたことを遺憾に思った。そして私は、私の不注意な待遇の無作法さについて、彼女に償いをしようと決心した。

「その若い女性は、再び仮面を付けながら、演奏会がすぐに再会されることになっている庭園に戻るよう私を説得するのに私の養女に加勢した。

ミラルカは私たちととても親密になり、私たちがテラスで会ったすばらしい人々の大部分についての生き生きとした描写と物語とで私たちを楽しませた。私はますます彼女が好きになった。彼女の悪気の無い噂話は、長い間上流階級の世界の外にいた私をとても楽しませた。私は、彼女が家で私たちの時々寂しい思いをする夕べに、どんな活気を与えるかを考えた。

「この舞踏会は朝の太陽が地平線に到達するまで終わらなかった。それまで踊ることが大公の意にかなった、だから、高貴な人々は立ち去ることも、ベッドのことを考えることもできなかった。

「私たちがちょうど人で一杯のサロンを通り抜けるとき、私の養女がミラルカはどうしたのかと私に尋ねた。私はミラルカが彼女の横にいるものだと思っていて、彼女はミラルカが私の横にいるものだと思っていた。実際は、彼女ミラルカを見失っていたのだった。

「彼女を見つけようとするすべての私の努力は虚しかった。彼女は、一瞬私たちから離れたときの混雑で、彼女の新しい友人と他の人々とを間違えたのではないか、そして、たぶん、私たちに開放された広大な庭園で、彼らを追って見失っているのではないかと心配した。

「いまや、自分がその名前すら知らない若い女性の保護を引き受けてしまっていることが、愚かな行為であったと新たに認め、後悔で頭が一杯になった。そして、私は、押し付けられている理由について何も知らない約束にとらわれていた。行方不明の若い女性が数時間前に出発してしまった伯爵夫人の娘であると言って、私の質問に人の注意を向けさせることさえ出来なかった。

「夜が明けた。私が探索をあきらめる前に、くっきりした昼の光になった。翌日の午後二時近くまで私の行方不明の預り人について何も聞くことはなかった。

「その時間頃になって、一人の召使が私の姪の部屋のドアを叩き、彼は、どこに行ったら、彼女が母親からその人に託された将軍のシュピールスドルフ男爵と彼の娘の若い女性を見つけられるのかを調べるように、非常に困っているらしい若い婦人によって、熱心に頼まれている、と言った。

「わずかに曖昧な点はあったが、私達の若い友人は思いがけなく現われたのに疑いなかった。そして実際に彼女は姿を現した。彼女を失ったままなら私たちは天へ召された事だったろう!

「彼女は私の気の毒な子供に、そんなに長く私たちと再び一緒になることが出来なかったことを説明する話をした。彼女が言うには、彼女は、遅い時間になって私たちを探すのをあきらめて、女中頭の寝室へ行って、そして長い時間、舞踏会という疲れる事の後では彼女の元気を取り戻すのにほとんど足りないほどの深い眠りに落ちていたのだった。

「その日ミラルカは私たちと家にやって来た。結局のところ、私の愛しい少女のためにとても美しいお相手を確保したことで、私はこの上なく喜んでいただけだった」


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©2008 山本雅史. この版権表示を残す限りにおいてこの翻訳は商業利用を含む複製、再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白 (http://www.genpaku.org/) 正式参加作品。