カーミラ ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ

審判と処刑


老将軍が話しているときに、私が見たことの無い風変わりな風采の男の人が、カーミラが通り抜けて入りそして出ていったドアから礼拝堂に入ってきました。彼は背が高くて胸が薄く、猫背で、肩をそびやかせ、そして、黒い服を着ていました。彼の顔は日焼けして、深い皺でしなびていました。彼はへんてこな形のつばの広い帽子を被っていました。彼の髪は長くて白髪交じりであり、肩へ垂れていました。金縁のめがねをかけており、奇妙なよろよろした足取りで、時々空を見上げたり時々地面へ向かってうつむいたりしながら、ゆっくり歩き、絶え間なく微笑んでいるように見えました。彼の長く細い腕は揺れていて、大きすぎると思われる古い黒い手袋をはめていると思われる彼のやせ細った手は振られていて、そして完全に何かに没頭していることを身振りで示していました。

「これはこれは!」と将軍が叫び、明らかな歓喜をもって進み出でました。「やあ、男爵。貴方に会えてなんとうれしいことか。こんなに早く会えるとは思っていなかったよ」このときまでに戻っていた父に将軍は合図し、男爵と呼ばれた奇怪な老紳士を父に引き合わせました。彼は堅苦しく自己紹介し、それから直ぐに彼らは熱心な会話に入りました。その一風変わった人は、ポケットから紙の巻物を取り出し、横に立っている苔むした墓の表面の上にそれを拡げました。私はその礼拝堂の設計図面だと推測したのですが、彼は手に鉛筆入れを持っていて、それで紙の上の場所から場所への仮想的な線を辿り、それと同時に、彼らはしばしばそれから目を上げて建物のある場所をちらりと見やりました。彼は続けて、時折その黄ばんだ頁にはぎっしりと文字が書かれている薄汚い小さな本から読み上げながら、いわば私が名付けたところの講義を始めました。

彼らは一緒に礼拝堂の側廊の私が立っている場所の反対側をぶらぶら歩き、歩きながら意見を交わしました。それから、彼らは距離を歩測で測り始め、最後には一区画の側壁に顔を向けて一緒に立って、非常に詳細にそれを調べ始めました。その上に張り付いた蔦を引き抜き、そして杖の先で漆喰をこつこつと叩き、あちらこちらで引掻いたり叩いたりしました。とうとう、彼らは、その上の彫刻に文字が彫られている幅広い大理石の銘板の存在を突き止めました。

じきに戻ってきた木樵りの手助けを得て、碑の銘文と紋章が描かれた盾形とが顕わにされました。それらは、長い間行方不明だったカルンシュタイン女伯爵マーカラの碑のものであることを証明していました。

老将軍は、疑いなく祈る心持ちになったのでしょう、束の間黙って感謝の祈りを奉げ、手と目とを天へ向けて上げました。「明日、」と私は彼が言うのを聞きました。「委員会の委員が当地へやって来る。そして、法律に従って公式の審理が持たれる」

それから、私が既に述べておいた金縁眼鏡の老人のほうへ向き直って、彼は、両手で暖かく彼を揺さぶって、言いました。「男爵、どんなに私が貴方に感謝していることか? どんなに私たち皆が貴方に感謝していることか? 一世紀以上に亘ってその住民を苦しめた疫病から、貴方はこの地域を解放しようとしているのです。

ああ、有り難い。恐ろしい敵はとうとう突き止められたのです」

私の父はその風変わりな人を脇へ導き、そして将軍がその後をついて行った。私は、私の身に起こったことを話すために、聞こえないところへ彼らを連れて行ったのだと分かっています。そして、議論を進めるに際して、彼らがしばしば私のほうを素早く一瞥するのが見えました。

私の父が私のところにやってきて、繰り返し私に接吻し、そして、私を礼拝堂から連れ出しながら言いました。「戻る時間だよ、しかし家に帰る前に、私たちの一団に、ここから少しのところに住んでいる善良な牧師様を加えなくてはならないのだ。そして、彼を説得して私たちと一緒に城へ行って貰わなくてはならない」

この遠征は成功しました。そして私は口もきけないほど疲れていたので、家に着いたときほっとしました。しかし、カーミラの消息が全く無い事がわかって、私の満足は意気阻喪に変わりました。廃墟となった礼拝堂で起きた出来事について、一切の説明が私には与えられませんでした。そして、明らかにそれは、今のところ私の父が私から遠ざけておこうと決心した秘密であったのでした。

不吉にもカーミラがいないことは、その出来事の記憶を私にとってより恐ろしいものにしました。その夜のための手配は並外れていました。二人の召使と、そしてペロドン夫人がその夜は私の部屋で不寝の番をすることになりました。そして牧師様は私の父と一緒に隣接する衣裳部屋で見張りました。

眠っている間の私の安全のために行われているこの異常な警戒措置の理由を私が理解していた以上にはその意図はわからなかったのですが、牧師様はその夜、ある厳粛な儀式を執り行っていました。

数日の後、私には全てがはっきり分かりました。

カーミラの失踪の後、私の夜な夜なの苦しみは絶えて無くなりました。

あなたは、きっと、上スティリアと下スティリア、モラビア、シレジア、トルコ領セルビア、ポーランド、ロシアにさえに広まっているぞっとするような迷信をお聞きになったことがあるでしょう。私たちはそれを、吸血鬼(ヴァンパイア)の迷信、と呼ばなくてはなりません。

もし、注意深く厳粛に得られた人間の証言が、それぞれが全て高潔さと知性とで選ばれた多くのメンバーで構成され、どんな他の分類の事件に存在するよりも多くの分量のレポートを作成する、数多くの委員会の前で司法的に何らかの価値があるのだとしたら、吸血鬼のような現象の存在を否定することや疑うことさえ困難です。

私に関して言えば、私は私自身が目撃し体験したことを説明してくれる理屈は、古い言い伝えと十分な証拠の裏づけがある田舎の信仰のほかには聞いたことがありません。

次の日、カルンシュタイン家の礼拝堂で正式な手続きが執り行われました。

女伯爵マーカラのお墓が開けられました。そして、将軍と私の父とは、今や見えるように顕わにされたその顔を見て、人を欺く美しい彼らの客人を各々が確認しました。彼女が埋葬されてから百五十年が経っているにも拘わらず、その容貌は生きている暖かさを持って色づいていました。彼女の目は開いていました。棺からは全く死臭は漂っていませんでした。二人の医師が、一人は公式な立会い、他の一人は調査の主催者の一員でしたが、弱々しいながらはっきりした呼吸と、それに付随した心臓の動きとがあるという驚くべき事実を認証しました。手足は完全にしなやかに曲げることができ、肌は弾力を持っていました。そして、鉛製の棺は血で濡れており、その身体はその血のなかで七インチほどの深さに浸って横たわっていました。

つまりここには、吸血鬼の所業の全ての認められた印と証拠とがありました。それゆえ、古くからの慣わしに従って、身体が引き起され、吸血鬼の心臓めがけて尖った杭が打ち込まれました。吸血鬼はちょうどその瞬間、生きている人間が断末魔の苦しみの中であげるのとあらゆる点において同じような、甲高い叫び声を発しました。それから、頭は切り落とされ、切断された首から血が迸りました。次いで身体と頭とは次に積まれた木の上に置かれ、そして、焼かれて灰となりました。灰は川に投げ込まれ、流れに運び去られました。そしてそれからというもの、その地域はヴァンパイアの訪れに悩まされることは無くなりました。

私の父は、これらの手続きに立ち会った全ての人の署名が付され、宣誓証明が付いた帝國委員会の報告書の写しを持っています。私がこの最後のぞっとするような光景の談話をかいつまんで述べたのは、この公式の書類からです。


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©2008 山本雅史. この版権表示を残す限りにおいてこの翻訳は商業利用を含む複製、再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白 (http://www.genpaku.org/) 正式参加作品。