カーミラ, ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ

客人


私の話を信じるためには私の(真実を述べる)正直さへのあらゆる忠誠を必要とするほどあまりにも奇妙なことを、私はこれから話そうとしています。それは単に本当だというばかりでなく、私がそれの目撃証人たる真実なのです。

それはある気持ちのよい夏の夕方のことでした。私の父は、彼が時々そうするように、私が城の前に拡がっていると申したあの美しい森(の景色)を少し散歩しないかと私に申しました。

「シュピールスドルフ将軍は、私が期待していたほどにはすぐにやって来れない」と、私たちが歩いているときに父は言いました。

彼(将軍)は数週間私達を訪問をすることになっており、私たちはその翌日彼が到着するものだと思っていました。彼は、その姪で養女にして(彼が後見して)いるラインフェルト嬢を一緒に連れてくることになっていました。私はまだお会いしたことは無かったのですが、とても魅力的な少女だと説明されるのを聞いており、彼女と交際する多くの幸福な日々を私は期待していました。町や騒がしい地域に住んでいる若い女性には想像できないほど私はひどく落胆しました。この訪問とそれが約束する新しい交友関係を、私は何週間ものあいだ夢見てきたのです。

「それで、どれくらいすぐになら彼は来れるの?」と私は訊ねました。

「秋までは駄目だな。二ヶ月より先になると私は思うよ」と父は答えました。「でもね、おまえ、ラインフェルト嬢と知り合いにならなくてよかったと今は思っているよ」

「あら、何故なの」と私は幾分腹立ちまぎれにまた奇妙にも思って尋ねました。

「なぜなら可哀想なことにその若い女性は亡くなったのだよ」と父は答えました。「今日の夕方に将軍の手紙を受け取ったときはお前は部屋にいなかったので、お前に言っておくのをすっかり忘れていたよ」

私はとてもショックでした。六、七週前のシュピールスドルフ将軍の最初の手紙では、彼が望むほどには彼女は健康ではないとは言っていたものの、少しでも危険だと思わせるようなことは一切なかったからです。

「さあ、これが将軍の手紙だ」と父は言って私に手紙を手渡しました。「残念なことに、彼は相当精神的に参っているようだ。その手紙はほとんど錯乱状態で書かれたように見えるよ」

私達は大きな菩提樹の一群の下にある素朴なベンチに座りました。太陽はすべてのその陰鬱な輝きを森の地平の向こうに沈ませようとしていました。そして、私たちの家の脇を流れ急勾配の古い橋の下をくぐると私が既に述べた小川は、私たちの足元ではその流れに空の色褪せつつある深い赤色を反射させながら、たくさんの立派な木々の間を曲がりくねっていました。

シュピールスドルフ将軍の手紙はあまりにも異常で、あまりにも怒りに燃え、所々では矛盾に満ちていましたので、私はそれを二度読み通しました――二度目は父に向かって声を出して――がそれでも、深い悲しみが彼の心を乱していることが分かっただけで、依然として説明のつかないものでした。

手紙は以下のように書かれていました。

「私は最愛の娘を失った、それだけ、私は彼女を深く愛していたからだ。愛しいベルタが病に倒れた最後の日々には、私はとても君に手紙を書くことが出来なかった。

その前には彼女が危険だなどとまったく思わなかった。私は彼女を失った。そして、今こそ『全て』を知った、遅すぎたのだが。彼女は何も知らず安らかに、祝福された未来への輝かしい望みを抱いたまま死んだ。私たちの夢中になったもてなしを裏切った悪魔がそれをすべてやってのけたのだ。私の亡くしたベルタにとって純真、陽気、魅力的な友人を我が家に招き入れていると私は考えていた。ああ、なんてことだ! 何と私は愚かだったのだろう!

私は、私の子供が彼女の苦痛の原因の疑いなしで死んだことを神に感謝する。彼女は、彼女の病気の性質や、そしてこのすべての悲劇をもたらした下手人の呪われた情熱を推測しさえせず、逝ってしまった。

私は私の残された日々を怪物の追跡と根絶に捧げる。私の正義感に溢れ慈悲深い目的を遂行したいと私が望むようにと(人から)私は言われている。

今のところ私を導いてくれるようなキラリと輝く光(手掛かり)はほとんどない。今更遅すぎるのだが、私の慢心した不信、私の見下げ果てた見せかけだけの優越感、私の無知、私の頑固さ、すべてを私は呪う。今は落ち着いて書いたり語ったりすることは出来ない。私は取り乱している。

しかし、少し回復したらできるだけ早く、しばらくの間私は調査に専念するつもりだ。ウィーンまで調査に出かけるつもりにしている。

いつか秋に、今から二ヶ月後またはそれより早く、私が生きていれば、お目にかかりましょう――貴殿のお許しあればのことだが。その時には、今紙の上ではほとんど書けないことも全てお話できよう。

では、さようなら。私のために祈ってくれ、親愛なる友よ」

この奇妙な手紙は、これらの言葉で終わっていました。ベルタ・ラインフェルトには会ったことは無かったのですが、突然の知らせに私は涙ぐんでしまいました。私は愕然とすると同時に深く失望しました。

太陽はいまや沈んでおり、将軍の手紙を父に返した時には、もう黄昏となっていました。

穏やかに晴れた夕方でした。私がたった今読んだばかりの激しく支離滅裂な文章の意味(可能な解釈)について思いめぐらしつつ、私たちは彷徨いました。城の前を通る街道に達するまでに私たちは一マイル近く歩きました。その時には月が明るく輝いていました。跳ね橋では、ペロドン夫人とド・ラフォンテーヌ嬢とに会いました。彼女らは(婦人用の)帽子も被らずに非常に美しい月明かりを楽しみに外へ出てきておりました。

私たちが近づくと生き生きと会話する彼女らのおしゃべりする声が聞こえました。私たちは跳ね橋のところで彼女らと合流すると、彼女らと一緒に美しい光景に見とれるために振り返りました。

私たちがちょうど歩いてきた森の空き地が私たちの目の前に横たわっていました。私たちの左手には、細い街道が壮麗な木立の下を曲がりくねって通り、厚い森の真っ只中で見えなくなっていました。右手にはその同じ街道が急なまた絵のように美しい橋と交差しており、その近くには、かつて通る人々を警備した、朽ちた塔が立っています。そして、橋の向こうには木々に覆われた険しい高台が立ち上がり、その影には、灰色の蔦が群生している岩を見せています。

草地と低地の上に、薄い霧の幕が煙のように流れ漂い、透明なベールで遠くはなれた場所に印をつけています。そしてあちらこちらで月明かりのなかで川が微かに光を放つのが見えました。

それ以上に柔らかく心地よい光景を想像することは出来ません。私は先ほど聞いたばかりの知らせによって憂鬱になっていましたが、しかし、何ものも、深遠な平穏さの様子や眺望の魅惑的な壮観さや曖昧さを乱すことは出来ませんでした。

私の父、そして私は、絵のような美しさを楽しみ、黙って眼前の広がりを眺めながら立っていました。二人の善良な女家庭教師は少し私たちより後ろに立っており、景色について議論し、そして、雄弁に月について語っていました。

ペロドン夫人は太っていて中年であり、ロマンチックです、そして 詩的に語りため息をつきました。ド・ラフォンテーヌ嬢――彼女の父がドイツ人であるからでしょうか、心理学的で、形而上学的で、そして、いくぶんか神秘的であると思われます――は今、月が強く輝くときは、良く知られているように、ある特別な精神的作用を示すのだと断言しました。そのように強く光輝く状態の満月の力は多様であります。人に夢をみさせたり、精神錯乱を引き起こしたり、神経質な人々に作用し、生活に結びついた不思議な身体的な影響を持っています。ド・ラフォンテーヌ嬢は商船の船員をしている彼女の従兄について言及しました。彼女の従兄は、そのような(月明かりの強い)ある夜に甲板で仰向けに横たわって月明かりに彼の顔をさらしてうたた寝をしていました。ある老女がかれの頬を掻き毟る夢を見て彼が目覚めたとき、彼の顔は片方へひどくよじれていたのです。そして、彼の顔つきは、その釣り合いがまったく完全には直らないままなのです。

「今夜のような月は、」と彼女は言いました、

「田園詩風の美しさと磁気の影響に満ちているわ――見てご覧なさい、振り向いてお城の前を見れば、何とお城のすべての窓が銀色の華麗な輝きで煌めいていることか? まるで(神の)見えない手が、妖精のお客さまを迎えるために部屋に明かりを灯しているようだわ」

そこには、私達自身が話をする気を失わせる、怠惰な心の動きがあり、その中では、他人の会話が、私たちのものうげな耳に心地よく響きます。そして、女性達の会話のさざめきを楽しみながら、私は(眼前の光景を)じっと見つめていました。

「私は今夜気分が塞ぎ込んでしまっている」と少しの沈黙ののち父が言いました。そして、英語を維持するために彼が良く朗読しているシェークスピアを引用して、こう言いました、

「『実のところ、何故私がそんなに悲しいのか私には分からない。それは私をうんざりさせる。あなたはそれがあなたをうんざりさせるという。しかし、一体どのように私はそれを手にいれ、どのようにそれが私の元へ来たのか』

後は忘れてしまった。どうも私はある多大な不幸が私たちの目の前にぶら下がっているような気がしてならない。哀れな将軍の苦悩に満ちた手紙が何かをしたのかもしれない」

この時、街道の上の馬車の車輪とたくさんの蹄との異常な音が私たちの注意を引きました。

それらは、橋を見渡す高台から近づいてくるようでした。そして、すぐに立派な従者付きの馬車が、その場所から現れました。二人の騎手が最初に橋を渡り、それから、四頭の馬に引かれ後ろに二人の男が乗った馬車がやって来ました。すぐに、とてもより面白くなり、そしてちょうど馬車が急な橋の頂上を通りかかった時です、先導のうちの一頭がなにかに驚いたのでしょう、そしてその狼狽が残りの馬にも伝わりました。一つか二つの突進の後、すべての引き馬が一緒に乱暴な駆け足になり、前を走っていた二人の騎手の間を駆け抜け、疾風のような速度で私たちの方へ向かって街道を地響きを立てながらやって来ました。

興奮した場面は、馬車の窓から聞こえるはっきりした、長く尾を引く女性のけたたましい悲鳴によってより痛ましい物になりました。

私達皆の好奇心と恐怖心はますます昂じました。私はむしろ沈黙していましたが、その他の人は、様々に恐怖の叫び声を上げていました。

私達の不安は長い間続きはしませんでした。ちょうど城の跳ね橋に到着する前、馬車がやってきた道筋に、路傍に立派な菩提樹が立っており、その反対側には、古代の石造りの十字架が立っています。そしてそこをいまやまったく恐ろしいほどの速度で進んでいる馬は、突き出ている木の根の上を車輪が通るように急に向きを変えました。

私は何が起きるか分かりました。それを見ないように私は目を閉じ顔をそむけました。それと同時に、私の女性の友人達(ペロドン夫人とド・ラフォンテーヌ嬢)からの悲鳴が聞こえ、彼女らはすこしの間叫び続けていました。

恐々目を開けたとき、私は完全な混乱の場面を見ました。二頭の馬が地面に倒れ、二つの車輪を宙に浮かせて馬車は横倒しになっており、男たちは引き綱を取り除こうと懸命になっていました。そして、堂々とした雰囲気と風采を帯びた貴婦人が降りてきて、手を握りしめて立ち、その手に握ったハンカチーフを時々目に当てていました。

馬車のドアを通して(いま、)一人の若い女性が抱え上げられました。彼女は気絶しているようでした。私の親愛なる老父は既にその年嵩の貴婦人の横にいて、帽子を取って、明らかに彼の援助と彼の城の設備を提供しようと申し出ていました。貴婦人には彼の言うことは聞こえていないようでした。土手の斜面に横たえられている細身の少女の他は目に入らないようでした。

私は近寄って見ました。若い女性(その少女)は一見したところ気絶しておりますが、命に別状はなさそうでした。私の父は、多少医師の心得があるのだと申し出て、彼女の手首に指を当て、彼女の脈は微かで不規則だが疑いなくまだはっきりしていると、彼女の母親だと名乗った貴婦人に請合いました。貴婦人は手を握りしめ、そしてまるで一瞬感謝の気持ちで一杯のように顔を上げました。しかしすぐさま彼女は再び、ある人々には当然であると私は思っているあの芝居がかった態度になりました。

彼女は、いわゆる彼女の年齢にしては整った顔立ちの女性で、若かったころには美人だったに違いありませんでした。彼女は背が高く、しかし、痩せているわけではなく、黒のビロードの服を着ていました。そして、やや青ざめて見えましたが、いまは心乱れているにせよ尊大で威厳のある顔つきをしていました。

「ああ、誰か(この様な)災難に遭うべく生まれついたひとが嘗ていたでしょうか?」私が近づくと、胸の前で両手を組み合わせて彼女がそういうのが聞こえました。

「それはまさに私です。私は生死をかけた旅路にあり、一時間を失うことはすべてを失うことになる旅をしているのです。私の子供は彼女の長い旅を再開するには十分なほど回復することはないでしょう。私は彼女を残していかなければなりません。私は、けっして遅れることは出来ないのです。

ご主人、教えてください、もっとも近隣の村まではどれくらいなのですか? そこへ彼女を置き去りにしなればなりません。そして三ヶ月後に私が戻るまで、私の娘と会うことも話すことも出来ないでしょう」

私はコートを掴んで父を引っぱり、熱心に父の耳へ囁きました。

「ねえ、お父さん! 私たちと一緒に彼女をここに滞在させるよう奥様に頼んでみて下さい――きっと素敵だわ。ねえ、お願いして」

「もし奥様が貴女の子供を私の娘と娘の家庭教師のペロドン夫人の世話に任せ、私の保護の下に奥様が戻るまで、私達の客人として残ることを彼女にお許しになるなら、それは私達に栄誉と恩義とを授けるでしょう。そして、私達は信頼に値するにふさわしいほどの厳粛なあらゆる注意と献身をもって彼女を世話するでしょう。」

「そんなことはできませんわ、ご主人、それはあまりにひどくこちら様の親切と騎士道的態度に重荷を課すことになってしまいます。」

「それは、それどころか、私たちがそれを最も必要とするまさにその時に私たちにとても重大な親切を与えてくださることになるのです。私の娘は、長い間たくさんの幸福を予期していた訪問が、残酷な不幸な出来事のために取り止めになったので、たった今失望しているところだったのです。もしこの若い婦人を私達の世話に任せていただけるなら、それは彼女にとって最もよい慰めになるでしょう。あなたの途上の最寄りの村は離れていますし、その村にはあなたの娘を置いてゆけるような宿屋は一切ありません。

危険なしということであれば、どんな距離であっても彼女が旅行を続けることを許すことはできませんよ。もし、奥様がおっしゃるように、旅行を一時中断することが出来ないのであれば、今夜娘さんと別れなければなりません。そして、ここよりも誠実な世話と看護についての保証つきで、娘さんを置いてゆけるところは、どこにもありません。」

この婦人が身にまとう雰囲気には何かあり、その容姿にはかなり気品があり、人目を引くものでさえありました。彼女の装備(馬車と供回り)の尊大さはまったく別としても、彼女が重要人物であるというという確信を人に抱かせるほど彼女の態度は魅力的でした。

この時までには、馬車は上を向いて戻されており、馬はとてもおとなしく再び引き革につながれていました。

その貴婦人は、彼女の娘を一瞥しました(チラリと見やりました)が、それは、最初の場面から人が予期するほど愛情のこもった物ではないのではないかと私は不審に思いました。それから、彼女は私の父に軽く合図すると彼を伴って聞こえないところへ二、三歩引き下がりました。そして、彼女がそれまで話していた時とはまったく異なる固く厳しい表情で父へ語りかけました。

私は私の父がその変化に気づくように思えなかったのでいささか不思議に思いました。そしてまた、とても熱心かつ早口で父の耳へ彼女が語りかけているのが、どうしてそうさせているのか知りたいという、なんとも言いようのない好奇心をそそられました。

彼女が父に語りかけていたのは高々二、三分だと思います。それから彼女は踵を返し、ペロドン夫人が介抱している彼女の娘が横たわっているところへ数歩歩み寄りました。彼女はちょっとの間娘の傍らへ跪き、耳へ、ペロドン夫人が想像した所では、ささやかな祝福を囁きかけました。それから彼女にせわしなく接吻すると、彼女は馬車に乗り込み、馬車のドアは閉じられ、荘厳な制服の従者たちは馬車の後ろに飛び乗り、先導者が馬に拍車をかけ、先頭左馬御者はピシリと鞭を鳴らし、馬達は突然猛烈な並駆け足となり、ギャロップになるようにそれはすぐさま再び鞭を入れられ、そして、後から同じくらいの速度で着いて行く二人の騎手を従え、馬車は走り去りました。


©2008 山本雅史. この版権表示を残す限りにおいてこの翻訳は商業利用を含む複製、再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白 (http://www.genpaku.org/) 正式参加作品。