カーミラ ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ

不思議な肖像


ある夕方、まじめでむっつりとした顔をした絵の修復家の息子がグラーツから馬車にたくさんの絵が入っている二つの大きな荷物箱を乗せて到着しました。それは、十リーグの旅程であり、私たち(スティリア州)の小さな首都であるグラーツから使者がお城に到着した時はいつも、私たちは玄関でニュースを聞くためにその使者に群がるのです。

この到着は私たちの人里離れた場所に大した騒ぎを引き起こしました。荷箱は玄関に置かれ、夕食を食べてしまうまでその使者は召使たちのもてなしを受けました。それから助手と共に、金槌かなづちたがねとねじ回しを携えて、彼は私たちと玄関で会いました。私たちはそこで荷解にほどきに立ち会うために集まっていたのです。

次から次へと古い絵、ほとんど全てが修復の処理が施された肖像画ですが、それらが白日の下に晒される間、カーミラは無関心な風に見物しながら座っていました。私の母は古いハンガリーの一族の出身でした。そして、元あった場所に戻されようとしているこれらの絵のほとんどは、彼女を通じて私たちのところへもたらされたものでした。

私の父は手に目録を持っており、そこから父が番号を読み上げ、修復家は番号に応じた絵を探し出しました。私には絵がとても良いものだとは思わなかったのですが、それらは疑いなく非常に古く、それらの内いくつかはとても奇抜なものでした。大部分は初めて見るものでしたが、それらはいまや一見の価値がありました。煙にいぶられて真っ黒で埃まみれであったので、それらは全く消し去られていたも同然だったのです。

「見たことの無い絵があるぞ」と父が言いました。「上の隅のところに名前が、読めたところでは『マルシア・カルンシュタイン』とあり、日付は『一六九八年』だ。いったいどんなふうになったのかぜひ見てみたいものだ」

私はそれに覚えがありました。それは高さが約一フィート半でほとんど真四角の額縁の無い小さな絵でした。それはひどく年代を重ねて黒ずんでいたので、私にはそれに何が描かれているのか判らなかったのでした。

いまや美術家が見るからに誇らしげにそれを取り出しました。その絵は全く美しかったのです。衝撃的なほどでした。まるで生きているように見えました。それはカーミラの肖像なのでした!

「カーミラ、ねえ、全くの奇跡だわ。この絵の中にあなたがいるわ、生きていて、笑っていて、話し出しそうよ。美しいと思わない、お父さん? それに見て、喉に小さなほくろさえあるわ」

私の父は笑い、そして「確かにすばらしい肖像画だ」と言いましたが、彼は顔をそらし、驚いたことにあまり心を打たれているようには見えませんでした。そして、絵の修復家へ話し掛けようとしました。彼もまた、幾許かの芸術家であり、彼の技術によって明るく色鮮やかに修復された肖像画や他の作品について、豊富な知識を披露しつつ話をしました。その一方、私はその絵を見れば見るほどますます惚れ惚れとして、我を忘れていました。

「この絵を私の部屋に掛けてもいい? お父さん」と私は尋ねました。

「もちろんだとも、お前」と父は微笑みながら言いました、「お前がそれをそんな風に考えてくれて良かったと思うよ。そうだとすると、私が思っていたよりもこの絵はもっと素晴らしいものらしいな」

若い令嬢はこのほほえましい会話に気付いているようになく、話しを聞いていないように見えました。彼女は長いまつげの下のきれいな目で私をじっと見つめながら、椅子の背にもたれていました。そしてうっとりとしたような感じで微笑みました。

「隅に書かれた名前は、完全にはっきりと読むことが出来るわ。それはマルシアではないわ、以前は金文字で書かれていたらしいわね。その名前は、カルンシュタイン女伯爵マーカラだわ。そしてうえに小さな冠が描かれ、下に、西暦一六九八とあるわ。私はカルンシュタインの血筋を引いているの、それはお母様の名前だったの。」

「ああ!」とけだるげに令嬢は言いました。「私もなのよ(私もその血筋を引いているのよ)、それは長い間受け継がれたとても由緒ある家系なのだと思うわ。どなたかカルンシュタイン家の人はいらっしゃるの?」

「誰もその名を継いでいる人はいないと私は思うわ。ずいぶん以前に、ある内乱でその一族は絶えてしまったのよ、そして、お城の残骸がほんの三マイルのところにあるわ」

「なんと興味深いことでしょう!」と彼女は物憂げに言いました。「けど、見て、なんと美しい月光でしょう」彼女は少し開いていた玄関のドアを見やりました。「少し中庭を散歩してみない、そして街道と川の様子を見下ろしてみましょう」

「貴女が私たちのところへやって来た夜のようだわ」と私は言った。

彼女は微笑みながらため息をつきました。

彼女は起き上がり、私たちは各々相手の腰に手を回して石畳の舗道へ出ました。

黙ったまま、ゆっくりと私たちは跳ね橋まで歩いて下りました。するとそこには美しい眺望が私たちの前に開けていました。「それで、貴女は私がやってきた夜のことを考えていたの?」彼女はほとんど囁くように言いました。

「貴女は私が来て嬉しい?」

「喜んでるわよ、親愛なるカーミラ」と私は答えました。

「そして、貴女は、貴女が私そっくりだと思ってる肖像画を貴女のお部屋に掛けていいかとお聞きになったわ」と彼女は、私の腰に回した手を引いて身を寄せ、彼女のかわいらしい頭を私の肩へ預けつつ、ため息混じりにつぶやきました。

「貴女はなんてロマンチックなんでしょう、カーミラ」と私は言いました、「貴女がいつか身の上話をしてくれるときは、それは何よりもまず素敵な恋愛物語なのでしょうね」

彼女はそっと黙ったまま私に接吻しました。「カーミラ、貴女は、恋に落ちたことがあるのね。そして恋愛事件はいまでも続いているんだわ」

「私は誰とも恋なぞしたこと無いわ、これからもよ」と彼女は囁きました、「貴女との恋を除いてね」

月明かりの中で彼女はなんと美しかったことでしょう。

彼女が、ほとんどすすり泣くように見える昂ぶった溜息と共に、突然顔を私の首と髪の毛のなかへと包み隠したときの表情は恥ずかしそうで不安げでした。そして、震える手を私の手のなかへ押し付けたのでした。

彼女の柔らかい頬は私の頬に押し付けられて紅く染まっていました。「あなた、ねえあなた」と彼女は低い声で呟きました、「私は貴女の中に生きている、そして貴女は私のために死ぬの、それほど貴女に恋しているのよ」

私はぎくりとして彼女から離れました。

彼女は、青白く冷淡な顔をし、全ての焔と全ての意志が失せた醒めた目で私をじっと見つめていました。

「空気が冷たくありませんこと、あなた?」彼女は物憂げに言いました。「私はなんだか寒気がしてぞくぞくするわ。夢を見ていたのかしら? 家に帰りましょう。さあ、さあ、帰るのよ」

「貴女は具合が悪そうだわ、カーミラ。少し気を失いそうに見えるわ。ワインでも飲まなくてはいけないわ」

「ええ、そうするわ。今は良くなってきたわ。ニ、三分すればすっかり良くなるわ。そうね、少しワインをちょうだい」とカーミラは答え、その時私たちはドアに近づいていました。

「少しの間もう一度眺めましょう。それが最後よ、多分、私はあなたと月の光を見たいわ」

「気分はどう? 愛しいカーミラ。本当に良くなったの?」と私は尋ねました。

私たちの周りで人々がこの地域に侵入していると言っている奇妙な流行病に彼女が冒されてしまっているのではないかと、私は不安を感じ始めていました。

「お父さんは測り知れないほど悩んでいるのよ」と私は付け加え、「もし貴女が、私たちに直ちに知らせることなく、少しでも病気なのだったらと考えて。近所にとても腕の良い医者がいるの、今日お父さんと一緒にいたわ」

「確かにあなたのお父さんは悩んでいると思うわ。あなた方皆がとても親切なのは知っています。しかし、愛しい子よ、私はすっかり再び良くなったの。私に何も悪いところは無いわ、少し体が弱いだけなの」

「人は私が無気力だというわ。私は骨の折れることができないの。私は三歳の子供と同じくらい遠くにでさえほとんど歩くことができないのよ。そして、時々、私のもっている小さな力は衰えてしまい、ちょうど今あなたが見たような私になるの。でも結局のところ私はとても簡単に回復するのよ。すぐに私は完全に普段の私になるわ。ほら、どんなに元気を取り戻したか見て」

そして、実際、彼女は元気になりました。それから、彼女と私はたくさん語り合い、そして彼女はとても生き生きしていました。それから私が彼女ののぼせと呼んだものは全く再現することなくその夕方の残りの時間が過ぎました。のぼせとは彼女の気違いじみた語りと様子とを意味して言っているのですが、それは私を困惑させ、さらに怖がらせさえしたのでした。

しかし、その夜、私の思考に全く新しい方向を与え、そしてカーミラの物憂い気質をさえ刺激して束の間の活気な状態にするようであったひとつの事件が起こりました。


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©2008 山本雅史. この版権表示を残す限りにおいてこの翻訳は商業利用を含む複製、再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白 (http://www.genpaku.org/) 正式参加作品。