カーミラ ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ

彼女の習慣、散歩


私はほとんどの項目で彼女に魅了されたと申しました。

私にはあまり好ましくない点もいくつかありました。

彼女は、女性にしてはやや背が高い方でした。彼女を描写することから始めます。

彼女は細身で、素晴らしく優雅です。彼女の動作が気だるそうだった――実際、非常に気だるそうでした――という点を除いて、彼女の外見には病弱であることを示すものは何もありませんでした。彼女の顔色は豊かで、輝いていました。彼女の顔は、小さく、整った顔立ちでした。彼女の目は大きくパッチリとしていて瞳は黒く光沢がありました。髪の毛はまったく素晴らしく、あれほど堂々たる豊かな髪は決して見たことがありませんし、それは垂らすと彼女の肩にかかるほど長いのでした。私はしばしば彼女の髪の毛の下に手を入れては、その重さに戸惑って笑いました。それは、この上なく見事に細くて柔らかく、色は豊かでとても濃い茶褐色であり、所々金色の毛が混じっていました。私は彼女の髪を垂れさせ、それ自身の重みでこぼれ落ちさせるのが好きでした。彼女の部屋で、彼女がその甘い低い声で話しながら椅子に背をもたれているときに、私はよく彼女の髪の毛を両手に抱えて三つ編みにしたり、それを解いて広げたり、髪をいじって遊んだりしたものでした。ああ天よ! 私がすべてを知っていたならば!(決してそんなことはしなかったのに)

私にとって好ましくない点があったと申しました。彼女に会った最初の夜に、彼女の打ち明け話は私の信頼を獲得したといいました。しかし、私は、彼女が彼女自身や母親、歴史、実際彼女の人生や計画や人々と関係があることのすべて、に関して彼女がいつも用心深く隠し立てをしていることを知りました。あえて申せば私は理性を欠いていたのでしょうし、おそらく、私が悪かったのです。私は、黒ビロードの威厳のある貴婦人が私の父に下した厳格な禁令のことを尊重すべきだったのでしょう。しかし、好奇心とは休みなく不謹慎な情熱であって、少女は誰一人辛抱強く耐え抜くことは出来ませんし、その好奇心はなにか別の物によってこそ挫かれるべきものなのです。私がそんなにも熱狂的に知りたいとねがっていることを、誰かが私に教えてくれることに、いったいどんな不都合があるというのでしょう? 彼女は私の、良心や誠実さを全く信用していないのでしょうか? 彼女が私に語ったことは一言でもどんな言葉にも洩らさないと私が厳かに彼女に保証したときでも、何故私を信じようとしないのでしょう?

ほんのわずかな光明でさえ私に与えないという彼女の微笑みながらの物悲しげなきっぱりとした拒絶には、年齢不相応な冷たさがあるように思えました。

私はこのことで私たちが言い争ったとはいいません、彼女はどんなことについても口論しようとはしなかったのですから。もちろん、彼女に強要した私はとても不公平であり無作法でしたが、どうしようもなかったのです。結局、私はむしろそのことは放って置くことにしました。

彼女が私に話したことは、私が最大限見積もったところでも――何ものにも達しませんでした。

結局三つの漠然としたことが明らかになっただけでした。

一つ目――彼女の名前はカーミラだということ。

二つ目――彼女の一族の家柄は古くて高貴であるということ。

三つ目――彼女の家は西の方にあるということ。

彼女は家族の名前や一家の紋章、家族の領地の地名、そして住んでいる国の名前でさえ私に教えようとはしませんでした。

私がこれらの主題に関して絶え間なく彼女を悩ませましたなどと思ってはいけません。私は機会を伺い、そして、私の質問を強要するというよりはむしろ仄めかしました。実は、一度か二度、彼女により直接的に質問を浴びせたことがあります。しかし、私の戦術が何であろうとも、その結果は常に変わらず全く失敗に終わるのでした。非難も愛撫も全て彼女には通用しませんでした。しかし、これは付け加えておかねばなりません、彼女の言い逃れはとても可愛らしい塞ぎ込みと非難とを伴って実施されました。それは、彼女は私のことが好きであるということや私の道義心に対する信頼の幾度もの情熱的でさえある宣言や、最後には私は全てを知ることになるという、幾度もの約束を伴っていました。ですから、私は心の中で長い間彼女に腹を立て続けることは出来ませんでした。

彼女はよく彼女の手を私の首に回し、私を引き寄せ、頬ずりしながら、唇を私の耳に近づけて囁くのでした。

「愛しい人、あなたの心は傷ついているわ。私が狂っていると思わないで、私は、自分の強さと弱さについての抗うことの出来ない法則にしたがっているのだから。もし貴女の愛しい心が傷つくなら、私の荒ぶる心も一緒に血を流すでしょう。莫大な屈辱の狂喜に囚われて、あなたの暖かい命の中に私は生きるわ。そして、あなたは死ぬの――死ぬ、そう、気持ちよく死ぬのよ――私の中で。私にはそれをどうしようも出来ないの。私があなたへ近づいたように、あなたが、今度はあなたの番よ、他の人に近づき、そして、愛情でさえある残酷な狂喜をあなたは知るんだわ。だから、しばらくの間、私自身や私に関することを知ろうとしないで下さいな。だけど、あなたのすべての愛情を持って私を信頼してね」

そして、そのような感情の昂ぶった言葉を語るときは、彼女は震える抱擁のなかへと私をよりしっかり抱きしめ、柔らかく接吻する彼女の唇は私の頬の上で燃えるように熱くなるのでした。

彼女の感情の昂ぶりと彼女の言葉は私には理解できませんでした。

これらのばかげた抱擁はあまり頻繁ではなかったと、認めなければなりませんが、私はよくそれから逃げ出すことを望んだものでした。しかし、私の気力は萎えて私を見捨てるようでした。彼女の囁く言葉はまるで子守唄のように聞こえ、私の抵抗を和らげて私を恍惚とさせるのでした。そこからは、彼女が腕を引っ込めたときだけ、私は正気に返るようでした。

これらの不可解な雰囲気においては、私は彼女が好きではありませんでした。私は奇妙で取り乱した興奮を経験しました。それは、快いものでしたが、時々、漠然とした恐怖と嫌悪の感覚が入り混じっていました。そのような場面の続く間、彼女に対する思いははっきりしませんでした。しかし、私は、崇拝にまで成長している愛情に、そしてまた嫌悪に気付いていました。これは矛盾した言葉であることは分かっています、しかし、他の言い方ではその感覚を説明しようとしても出来ないのです。

私は今、十年以上の隔たりのあとで、手を震わせながら、ある出来事や状況の困惑し不快な思い出を伴って、私が無意識の内に通り過ぎてきた苦難を題材として書いています。もっとも、私の物語の主たる流れについての生々しく鮮明な記憶をも伴っているのですが。

しかし、すべての人の生涯の中には、その中では私たちの熱い感情が最も野生的かつ大いに目覚めさせられている、ある確かな感情に昂ぶった場面がありますが、それはすべての他の場面の中でもとりわけ漠然とぼやけて記憶されているのではないかと私は思います。

ときおり、一時間も冷淡でいた後に、私の奇妙で美しいお相手は私の手を取り、優しく手を握るのでした。ほんのり頬を染め、気だるそうなかつ燃えるような目での私の顔をじっと見つめ、激しい息遣いで彼女の着物が上下するほどに早く呼吸しながら、彼女はそれを何度も何度も繰り返すのでした。それは、を何度も何度も繰り返すのでした。それは、惑わせました。それは不愉快なのにもかかわらず私を圧倒するのでした。惚れ惚れと見とれながら彼女は私を引き寄せ、接吻の間中彼女の厚い唇が私の頬に沿って蠢きました。そして、ほとんどむせび泣きながら彼女は囁くのでした、

「貴女は私のものよ、必ず貴女は私のものになるわ。あなたと私は永遠に一つなのよ。」それから彼女は目の上に彼女の小さな手を当てながら椅子へどさりと腰をおろすと、私を震えさせたままにしておくのでした。

「私達は結ばれているって」と私はよく尋ねました。「一体全体、どうゆう意味なの?私は多分あなたが愛した誰かを思い出させるんだわ。でもあなたはそんなことしてはいけないわ。私はそんなことは厭だわ。私は貴女が解らないわ――貴女がそんなふうに見て、そしてそんなふうに話すとき、私は自分で自分が解らなくなるの」

彼女は私の激しい言葉にため息をつき、そして目をそらして私の手を放すのでした。

これらのあまりにも突拍子の無い表明に関して、私は満足に説明のつくどんな理論でも形成しようと努力しましたが、無駄に終わりました。――私はそれらを見せ掛けのせいにすることも悪ふざけのせいにすることも出来なかったのです。それは、紛れもなく抑圧された本能と感情の瞬間的な勃発でした。

彼女は、彼女の母親が否定を口にしていたにもかかわらず、短時間の精神錯乱の訪問を受けることがあるのでしょうか。それともここには見せ掛けやロマンスがあったのでしょうか? 私はそのようなことが書かれた古い物語の本を読んだことがあります。

もしも、賢く老練の女性冒険家の手助けによって、恋する少年が家に忍び入る方法を見つけ、仮面をかぶって強引に言い寄ろうとしているのだとしたらどうしましょう。しかし、この仮説には不利なことが数多く、非常に面白いのですが、私のうぬぼれにすぎませんでした。

私には、男性諸氏が女性に示す慇懃な行為が喜んで差し出そうとするようなどんな少しの心づくしも自慢することができませんでした。これらの情熱的な時間の間には、ありきたりの平凡や愉快な気分や塞ぎ込んだ憂鬱などの長い間隔がありました。その間は、時折憂いの火で一杯の彼女の目が私を追うのを知覚したときを除いて、私は彼女にとって何ものでもなかったかもしれません。これらの不可解な興奮の短い期間を除けば、彼女の普段の態度は少女らしいものでした。そして、彼女の周りには、健康な状態にある男性的な性格とは全く相容れない、けだるさがいつも漂っていました。

いくつかの点で、彼女の習慣は変わっていました。たぶん、皆さんのように町住まいの女性の見解では、それほど奇異なことではないのでしょうが、私たちのような田舎の人間にとっては奇妙に写りました。彼女はいつもとても遅い時間、たいてい午後一時より後に起きて降りてくるのです。そしてチョコレートを一杯だけ飲みますが、何も食べません。それから私たちは散歩に出かけました。それはほんのちょっとした散歩でしたが、彼女はほとんどすぐに疲れ果てるように見えました。それから、お城へ戻るか、木々の間のそこここに置かれているベンチの一つに座ります。これは身体的な衰弱ですが、彼女の精神はそれには同調しませんでした。彼女は常に活発な話し手であり、そして非常に理知的でした。

彼女は時々ほんの一瞬彼女の故郷について遠まわしに仄めかすことがあり、冒険や身の上や、幼い頃の記憶について言及することがありましたが、それは、なじみの無い作法の人々のことだったり、私たちのぜんぜん知らない習慣を描写したりするものでした。私はこれらの機会に、私が最初に想像したよりも彼女の生まれた国はずっと遠く離れているのだという手掛かりを集めました。

とある午後、わたしたちがそのように木々の下で座っていたときに、葬列が私たちの横を通り過ぎました。それはきれいな若い女の子で、私もよく見かけたのですが、森番たちのうちの一人の娘でした。気の毒な男は彼の愛娘の棺の背後を歩いていました。彼女は彼のたった一人の子供であり、彼はひどく悲しみに打ちひしがれていました。

その後から農夫たちが二人づつ並んで歩いてやってきました。彼らは葬送の賛美歌を歌っていました。

私は立ち上がって彼らが通り過ぎるのに弔意を表し、彼らがとても優しく歌っている賛美歌に加わりました。

私のお相手は少し乱暴に私を揺さぶりましたので私は驚きました。

彼女はそっけなく言い放ちました、「あれがなんて調子っぱずれなのかあなたはわからないの?」

私はさえぎられて腹を立て、とても不愉快になり、小さな行列を作っている人々が何が起きたのかを見て憤慨するのを恐れて「それどころか、とてもよい調子だと思うわ」と私は答えました。

それゆえ、すぐに私は再び歌いはじめましたが、またもや妨げられました。「あなたは私の耳を突き破ってしまうわ」と、ほとんど怒っている様に自分の耳を小さい指で塞ぎながら、カーミラが言いました。「それに、あなたたちの宗教と私のとが同じだっていえるの? 貴女の儀礼行為は私を傷つけるわ。私は葬式は嫌いなの。なんたる騒ぎなの! どうしてあなた方は死ななければならないの――『人は皆』死ななければならないの? そうすればみんなもっと幸せになれるとでもいうのかしら? うちへ帰りましょう」

「私の父は牧師さんと一緒に教会の墓地へ行っているわ。彼女が今日埋葬される予定であったことを貴女は知っているものだと思ってたわ」

「彼女が? 私は農夫たちのことで頭を煩わしたりしないの。彼女が誰だか知らないわ」と、カーミラはきれいな目から閃光を放ちながら答えました。

「彼女は気の毒な少女で、二週間前に幽霊を見たらしいの、そして、それから昨日息を引き取るまで瀕死の状態だったわ」

「幽霊の事なんか話さないで。そうされたら今夜眠れなくなってしまうわ」

「疫病や熱病が流行らなければいいと思うわ。まるでそうみたいに見えるのですもの」と私は続けた。「豚飼いの若いおかみさんがほんの一週間前に死んだの、そして彼女はベッドで寝ているときになにかが喉を押さえつけたと思っていたわ、ほとんど絞め殺されそうだったそうなの。お父さんはそんな恐ろしい夢はなんらかの熱病の症状に伴うものだと言っているわ。その日以前は彼女は全く健康だったわ。その後彼女は衰弱して、一週間前に死んだのよ」

「そうね、『彼女』の葬儀は終わったと思うし、そして『彼女』の賛美歌は歌い終えられた。これでもう私たちの耳はもうあの調子はずれの歌とわけの分からない戯言たわごとに拷問されることはないわ。あれは、私の神経をいらだたせるのよ。ここに、私の横に座って頂戴。近くに座って、私の手を握って、手を握り締めて、強くー強くーもっと強く」

私たちは少し後ずさっていて、他の椅子のところへ来ていました。

彼女は座りました。彼女の顔はまもなく私に警告を発し、怖がらせるほどに変わって行きました。その顔は色を失い、恐ろしいほど鉛色になりました。彼女の歯は食いしばられ、手は握り締められ、そして彼女はまゆをひそめ唇を噛みました。その間、下を向いて地面の上の足を見詰め、そして彼女は、おこりと同じように抑えきれない絶え間なく続く身震いで全身にわたって震えました。彼女は全力で発作を抑えこもうと懸命になっているように見え、それから、彼女は息を切らしてその発作と戦いつづけました。そして、とうとうしゃくりあげるような低い苦痛の泣き声がひとつ彼女の口から漏れると、それから徐々にヒステリーは静まりました。

「そら! 賛美歌で人を窒息させるあれ(葬列)がくるわ」最後に彼女はそう言いました。「私を抱いて、じっと私を抱いて。通り過ぎてゆくわ」

それから、徐々に葬列は通り過ぎました。そして恐らく先程の惨状が私に残した重苦しい印象を消し去るためか、彼女はいつになく活発でおしゃべりになりました。そして、そんなふうに私たちは家に帰りました。

これが、彼女の母親が話していたいわゆる病弱の、少しでもそうと説明できる症状を彼女が示すのを私が見た最初の時です。それはまた、彼女がなんであれ癇癪のようなものを見せるのを初めて見た時でもありました。

どちらも夏の雲のように過ぎ去りました。そしてその後は決して、しかしもう一度だけ、私は彼女についてつかの間の怒りの徴候を目撃しました。どんな風に起きたのかお話しましょう。

彼女と私は応接間の長い窓から外を眺めていました。その時跳ね橋の向こうの中庭に、私がよく知っていた一人の放浪者の姿が入ったのが見えました。彼はたいてい年に二回お城にやって来ていました。

大体において醜さを伴った鋭く細い顔をした、せむし男の姿でした。彼は先のとがった黒いあごひげを生やしていました。そして、白い歯を見せて顔いっぱいに笑っていました。彼は黒と赤のなめし皮を身に纏い、数え切れないほどの皮ひもや帯が組み合わされていて、それには様々なものがぶら下がっていた。背には、幻燈機と私のよく知っている二つの箱を背負っており、一方にはサラマンダー(山椒魚)が他方にはマンドレークが入っているのです。これらの怪物は私の父を笑わせたものでした。それらは猿や鸚鵡おうむ栗鼠りすや魚、そして針鼠の体の一部を組み合わせたもので、乾かして、非常に巧みに縫い合わせてあり、人をぎょっとさせる効能がありました。彼はフィドルと魔法道具の箱と一対のフォイルと面とを帯に結わえて持っていて、いくつか他の怪しい箱が彼の周りにぶら下がり、手には銅の石突きを備えた杖を持っていました。彼の随行者はもじゃもじゃした毛のやせた犬で、彼の踵の後について来ていたのですが、跳ね橋のところで訝しむように急に立ち止まり、すぐに、ものさびしい様子で遠吠えを始めました。

そうこうしているうちに、中庭の真ん中に立っているその香具師は奇怪な帽子を高く掲げ、ひどく下手なフランス語とそれ同様に拙いドイツ語とで、非常に口達者に挨拶しながら、私たちに向かって馬鹿丁寧なお辞儀をしました。

それから、フィドルを帯からはずすと、彼は生き生きとした旋律を弦を引っ掻いて弾き始め、それを伴奏に、こっけいな様子で活発に踊りながら、犬の遠吠えに負けじと愉快な調子はずれで歌いましたので、私は笑い転げました。

その次には、彼は多くの微笑を湛え挨拶の身振りをしながら私たちの居る窓のほうへ進み寄りました。そして、帽子を左手にもち、フィドルを脇に抱え、彼の多彩な芸や、私達に役立つようにと彼が置いた様々な芸術の産物や、彼の手になり、私たちの値踏みに際して展示された様々な珍品や娯楽物について、息もつかずによどみなく長い口上をべらべらしゃべりたてました。

「お嬢様方や、魔物よけのお守りはいかがですかな、近頃ではここらの森を狼のように徘徊していると聞きましたぞ」彼は遊歩路に帽子を落としながら言いました。

「至る所で人々はそいつのせいで死に瀕していますぞ、そして、ここに効験の確かな護符がございます。枕にピンで留めておくだけでよいのです、それを笑い飛ばすことが出来ますぞ」

これらのお守りは長方形の一片のベラム皮(皮紙)からなっており、その上には神秘的なお呪いや図形が描かれていました。

カーミラは即座に一つ買い、私もそうしました。

彼は見上げており、面白がって、少なくとも私自身についてはそうだったといえるのですが、私たちは微笑みながら彼を見下ろしていました。彼の鋭く黒い目は、彼が私達の顔を見上げているとき、一瞬彼の好奇心を確定づけた何かを見つけたようでした。すぐさま彼は、あらゆる種類の奇妙な小さな鋼の道具でいっぱいの革ケースをくるくると広げました。

「お嬢様、さあご覧なされ」と彼はそれを見せびらかし、私に呼びかけながら言いました。

「はっきり申しましょう、他のより役に立たないものどもの間にあって、歯科医療の技術は立派に役に立つのです。疫病よ、この犬をつれて行け!」と彼は言葉を挟みました。

「静かにしろ、畜生め! そんなに、吼えるのでは、お嬢様方が俺様の言葉を聞けないじゃないか。あなた様の高貴なお友達、あなた様の右にいらっしゃる若いお嬢様は非常に鋭い歯をしておられますな――長くて、細くて、尖って、まるで錐のよう、針のようですな。は、は! 私の鋭くよく見える目で見ましたところ、ありありとそれが見えましたぞ。さあ、もしそれが若いご婦人を傷つけているならば、それは確かだと思いますが、私が居りますぞ、ここに私のやすり、私のパンチ(穴あけ鋏)、私の鉗子がございます。わたくしめがそれの角を落として先を丸めて差し上げましょう、もし、そのお嬢様がお望みなら。もはや魚の歯などではなくて、お嬢様がそうであるところの美しくて若いご婦人にふさわしい歯にして差し上げますぞ。おや、そのお嬢様は、ご機嫌斜めですかな? これはずうずうしすぎましたかな? 私がご機嫌を損ねたのですかな?」

若いご婦人(カーミラ)は、実際ものすごく怒った顔をして、窓から引き下がりました。

「如何にあの香具師が私たちを侮辱したことか? 貴女のお父様はどこ? 私はあの男からの償いを要求します。私の父だったら、あんな卑劣な男はポンプの取っ手に縛りつけて、柄の短い太むちで鞭打って、牛の焼き鏝で骨まで焼いてしまうだろうに」

彼女は窓から一、二歩後ずさり、座り込み、そして無礼者の姿が見えなくなってしまうや否や、彼女の激情はその始まりと同様に突然静まって、彼女は徐々にいつもの声音を取り戻し、あの小柄なせむし男とその愚にもつかぬ言行のことは忘れているように見えました。

その(森番の娘の葬礼の日の)晩、私の父は元気がありませんでした。部屋に入って来ると父は私たちに、最近起きた二つの死に至った事例と極めて似ている別の事件が起きていることを語りました。父の所領で、ほんの一マイルほどいったところに住んでいる若い農夫の妹がとても篤い病に罹っているのですが、彼女が語ったところでは、ほとんど全く同じふうに襲われて、いまやゆっくりとしかし確実に衰弱していっているのでした。

「すべてこれは」と父は言った、「厳密に言って自然の原因のせいだ。これらの気の毒な人々は彼らの迷信で互いを汚染しあうのだ、そして想像の中で、彼らの隣人たちに蔓延していた恐怖の幻をそのように反復するのだ」

「しかし、まさにその状況が人をひどく怖がらせるのですわ」と、カーミラは言った。

「どんなふうに?」と、父が問いました。

「そのようなものを私が見てしまうと空想することが怖いのです、それは現実と同じくらい有害なことだと思いますわ」

「私たちは神の手のうちにある。何事も神様の思し召しなのだ。そして、神を愛する人に取ってはすべてがうまく行く。神様は私達の信頼できる創造者なのだ。彼は私すべてを創り給うた、そして私たちを保護して下さるのだ。」

「創造者! 『自然!』」と、若い貴婦人は私のやさしい父に口答えした。「そしてこの地方の人々を侵しているこの疫病もまた自然の産物ですわ。自然。万物は自然に由来する――そうではありませんか? 天に、地上にそして地下にあるすべての物は自然が命ずるままに行動し生きるのではないでしょうか?」

「医者が今夜ここへ来るつもりだと言っている」少し黙った後、父は言った。「彼がこれについて何と考えるか訊いてみるよ、そして我々がどうしたら良いと思っているかを」

「医者なんて私には何の役にも立たなかったわ」と、カーミラは言った。

「ということは、あなたも病気になったことがあるの?」と、私は尋ねた。

「あなたがこれまでになったよりも重い病気だったわ」、と彼女は答えた。

「ずっと昔に?」

「ええ、随分前よ。まさにこの病を患ったわ。でも痛みや衰弱の他は全部忘れたわ。それに、ほかの病気に罹ったときほどそれらはひどくはなかったの」

「あなたはその時とても幼かったの?」

「たぶんね。もうこのことを話すのはやめにしない。あなたは友人を傷つけようとは思わないでしょう?」

彼女はけだるそうに私の目を覗き込みました、そして、愛情をこめて彼女の腕を私の腰へ回し、部屋の外へと私を導きました。私の父は窓の近くで忙しくなにかの書類に目を通していました。

「なぜあなたのお父さんは私たちを怖がらせるのが好きなのかしら?」と、ため息をつき少し身震いしてかわいらしい少女が言った。「父はそうではないことよ、カーミラ。父はそんなこと考えもしないわ」

「あなた、怖い?」

「その気の毒な人々が襲われたように私を襲撃する現実の危険があると想像すれば、とても(怖いわ)」

「あなた死ぬのが怖い?」

「ええ、人は皆そうだわ」

「でも、愛する者同士として死ぬこと、――一緒に死ぬことは、一緒に生きることになるのよ。この世界で生きている間は女の子って毛虫みたいなものだわ、夏がくれば、最終的に蝶々になるのだけど。でもそれまでの間は、地虫や羽虫の幼虫がいるだけなの、あなた分からないの――それぞれが特有の性癖や必要性や組織構造を持っているのよ。ビュッフォン氏がそう説いているわ、隣の部屋の彼の大きな本を読んでご覧なさいよ」

その日の遅くに医者がやってきて、しばらくの間私のお父さんと部屋に閉じこもっていました。

彼は有能な男で、六十歳かそれより上だった。粉おしろいをつけ、彼の青白い顔はかぼちゃのように滑らかに剃ってあった。彼とお父さんとは一緒に部屋から出てきて、私はお父さんが笑い、そして出てくるときにこう言うのを聞きました。

「そうですな、あなたのように賢明な方には全く驚かされます。ヒッポグリフやドラゴンについてはどうお思いですか?」

医者は微笑んで、そして首を振りながら答えました――「結局のところ、生と死は神秘的な状態です。どちらのことも少ししか分かっていないのですよ」

それから、彼らは歩き続け、それ以上何も聞こえませんでした。ですからその時には、一体医者がどんな話を持ち出したのかは知りませんでした。しかし今ならそれを推測することができると思います。


<< 前へ 目次 次へ >>
©2008 山本雅史. この版権表示を残す限りにおいてこの翻訳は商業利用を含む複製、再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白 (http://www.genpaku.org/) 正式参加作品。