フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス, メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリー

罪なき者の処刑


裁判が始まる十一時まで、私たちは悲しい時間を過ごした。父をはじめ家族がみな証人として出席しなければならないので、私もそれについて裁判所へ行った。この裁判のいまいましい猿まねのあいだ、私はなまなましい苦悩を感じた。それは、私の好奇心やとんでもない発明の結果が、親しい人たちを二人まで死なせるかどうかを決定することであった。その一人は、死ぬ前は歓びと無邪気に溢れてにこにこ笑っていたが、もう一人は、聞くも怖ろしい人殺しということでますます汚名が高まったために、ずっとずっと恐ろしく傷つけられている。ジュスチーヌは感心な娘で、幸福な生涯を送れるみこみのある性質をもっていたのに、今やすべてが不名誉な死によって抹殺されようとしているのだ、この私のために! ジュスチーヌがぬれぎぬをきせられている罪は、私が犯したのだと、いっそのこと白状しようかと何度おもったかわからないが、その犯罪がおこなわれた時にはここに居なかったので、そう主張したところで、狂人のたわごとと考えられるにきまっているし、私のために災難を受けたジュスチーヌが無罪になるわけでもなかろう。

ジュスチーヌの様子はおちついていた。喪服を着ていて、いつも人好きのする顔がその厳かな感情のためになんともいえぬ美しさを湛えていた。無数の人の視線と呪咀を浴びてはいても、無罪を確信しているように見え、震えたりしなかった。こんなことがなければその美しさのために集まったあらゆる親切さも、ああいう大罪を犯したと考えられているので、その想像のために傍聴者の心から抹殺されてしまったのだ。これに対して、ジュスチーヌは平静だったが、それは明らかに無理に支えている平静さだった。前に取り乱したことが有罪の証拠として挙げられたので、心を励まして勇気を出しているように見えた。法廷に入って来ると、あたりを見まわし、私たちの坐っているところをすばやく見つけた。私たちを見ると、涙で眼が曇ったらしかったが、すぐに気をとりなおした。しかし、その悲しげな、情のこもった顔つきが、この少女がまったく無罪だということを証明しているように見えた。

裁判が始まり、検事がジュスチーヌ告発の論告をしたあとで、数人の証人が呼ばれた。いろいろの奇妙な事実が重なりあってジュスチーヌを不利にしていたが、私のように無罪の証拠をもっていない者なら、そのために誰でも、無罪とすることに二の足を踏むにちがいない。ジュスチーヌは、殺人のおこなわれた夜は、ずっと家に居らず、夜明けごろ、殺された子どもの死体があとで見つかった地点から遠くない所に居るのを、市場の女に見つかっている。その女が、そこで何をしているのかと尋ねたが、ジュスチーヌの様子はすこぶるへんで、どぎまぎしたわけのわからぬ答えを返しただけであった。八時ごろに家に戻り、昨夜どこで過ごしたかと訊かれると、坊ちゃんを捜しに行ったと答え、とてもしんけんな顔をしてウィリアムのことを聞きたがった。死体を見ると、猛烈なヒステリーの発作を起し、数日間も床に就いてしまった。それから、ポケットに入っているのを女中が見つけ出したという肖像が提出され、ジュスチーヌが、吃り声で、それは、坊ちゃんが居ないのに気がつく一時間前に、その首に自分が懸けてあげたものと同じものだ、ということを証言すると、恐怖と憤慨のつぶやきが法廷にひろがった。

ジュスチーヌは抗弁を求められた。裁判が進行するにつれて、その顔色が変った。驚き、怖れ、みじめさが強く現われた。何度も自分の涙を抑えようと努力したが、やがて、申し開きをしようとして自分の力をふりしぼって、聴きとれはするが不確かな声で語った。

「私になんにも罪のないことは、神さまもごぞんじでいらっしゃいます。けれども、自分の申し立てで私が無罪放免になれるようなふりはいたしません。私が無罪であることは、私に対して数え立てられている事実を、ありのまま手短かに説明すれば、おわかりになるとおもいます。私のいつもの性格をお考えになれば、疑わしい、あるいは怪しいと見えるような事情があっても、判事さまがたは善意に取ってくださることとぞんじます」

ジュスチーヌがそれから話したところによると、殺人のおこなわれた晩は、エリザベートの許しを得て、ジュネーヴから一リーグあまりの所にあるシェーヌ村の叔母の家で過ごした。その帰りに、九時ごろ、一人の男に会ったが、その男は、見えなくなった子どもを見かけなかったかと尋ねた。この話にびっくりして、自分も数時間かかって子どもを捜しているうちに、ジュネーヴの門が閉まり、自分をよく知っている土地の人を起すのも気が向かないので、その夜はしかたなく、ある百姓家の納屋のなかで数時間を過ごした。その夜はほとんど、そこでまんじりともしないでいたが、明けがたになって、どうやらほんのちょっとばかり眠ったらしく、人の足音で眼がさめた。夜が明けたので、もう一度子どもを捜してみようとおもって、その納屋を出た。子どもの死体のよこたわっていた地点の近くへ行ったとしても、それは何も知らないでしたことであった。市場の女の人に訊かれたときうろたえたのは、驚くに当らない。というのは、自分は一晩じゅう眠らないで過ごしたのだし、かわいそうなウィリアムがどうなったかもまだはっきりわからなかったのだ。肖像のことについては、なんとも言いようがない。

きのどくな被告は話を続けた。「この一つのことが、私にとってどんなに致命的に不利であるかはぞんじておりますが、それを説明する力は私にはありません。自分の身にいささかもおぼえがないと申しあげるとしたら、私は、それがポケットに入っていたことについて、いろいろとありそうなばあいを臆測するにとどめるだけなのです。しかし、そこでも行きづまってしまいます。私は、この地上に、一人の敵ももっていないと信じていますので、私をむやみに破滅させるような悪い人は、たしかに誰ひとりとしてございません。殺害者がそこに入れたのでしょうか。私はそんなことをする機会を与えたおぼえもありませんし、かりに与えたとしても、その人はどうして大事な物を盗みながら、すぐまたそれを手離したのでしょうか。

「私は、その理由を判事さまがたの公平にお任せしますが、それでも希望のもてそうな余地は見えません。私の人柄については、二、三の証人をお調べくださるようにお願いいたします。もしも、その証人の証言で私の嫌疑が晴れないようでしたら、私は自分の潔白を誓言いたしますけれど、有罪の宣言を受けなくてはなりません」

多年ジュスチーヌを知っている数人の証人が呼ばれ、有利な話をしたが、ジュスチーヌが犯したと考えている犯罪を怖れかつ憎んでいるために、みな憶病になって進んで立つのを喜ばなかった。エリザベートは、この最後の頼みの綱、すなわちジュスチーヌのすぐれた気性、非の打ちどころのないふるまいが明らかになってさえも被告がいま罪に陥ろうとしているのを見て取って、ひどく取り乱しながらではあるが、証言に立つ許しを乞うた。

「私は、殺された子の不幸な従姉、というよりは姉でございます。と申しますのは、あの子の生れるずっと前からいつも、あの子の両親に教育され、いっしょに住んでまいったのでございます。ですから、このばあい出しゃばりますのは、はしたないことと判断されるかもしれませんが、人ひとりが、友だちらしいふりをしていた者の臆病のために、死ななければならなくなるのを見まして、発言をお許しいただいて、この人の人柄について私の知っていることを申しあげたいのです。私は被告をたいへんよくぞんじております。私はこの人と同じ家に、一度は五年間、また別に二年近く暮らしました。そのあいだずっと、私には、この人は、人間のうちでもっとも人好きのする、情愛の深い性質に見えました。この人は、私の伯母であるフランケンシュタイン夫人の最後の病気のさいには、このうえもない愛情と心づかいをもって介抱いたしましたし、そのあとでも、かなり永く病床にあった自分の母親を看護しまして、この人を知っているかぎりの人に感心されました。それからこの人がまた私の伯父の家に住むようになったのですが、家族のみんなから愛されました。この人は、今は亡くなった子に暖かな愛情をもち、それこそ慈愛ぶかい母親のようにしていました。私といたしましては、いくら不利な証拠が出たにしましても、この人のまったくの無罪を信じきっていると申しあげますことに、躊躇いたしません。あんなことをするほど誘惑を感じさせたものはなかったのでございます。おもな証拠になっているあの子どもだましの安ぴかものなど、もしこの人がほんとうにほしがったとしましたら、私は喜んであげていたはずで、それほど私は、この人を尊敬し、重んじているのでございます」

エリザベートの単純な力強い訴えのあとに、称讃のつぶやきがつづいたが、それは、このエリザベートの寛大な口添えによっておこったもので、きのどくなジュスチーヌの利益になるものではなかった。人々の怒りはかえって、あらたまった激しさを加えてジュスチーヌに向けられ、ひどく大それた恩知らずだと言って責めるしまつだった。ジュスチーヌ自身は、エリザベートが話をするとき泣いたが、何も言わなかった。裁判のあいだずっと、私の動揺と苦悶はその極みに達した。私はジュスチーヌに罪のないことを信じていた。というよりは、知っていた。私の弟を殺した(私は露ほどもそれを疑わない)あの怪物が、鬼畜の手なぐさめに、罪もない者までを死と汚辱に陥れたのだろうか。私は、自分の地位の怖ろしさに耐えかね、公衆の声や裁判官の顔が、運のわるい犠牲者を有罪と決めてかかっているのを見ると、苦悶のあまり法廷から跳び出した。被告の苦しみも、私の苦しみとは比べものにならない。被告は自分に罪がないことで支えられたが、苛責の牙が私の胸を引き裂き、ずたずたにしてもなお、あきたりないのだ。

私はどうにもならないみじめな一夜を送った。朝になって法廷へ行った時には、唇や喉がからからに渇いた。私は、思いきって生死に関する質問をすることはできなかったが、役人は私を知っていて、私が訪問したわけを察した。投票は済んだのだが、それはみな黒で、ジュスチーヌは有罪と決まったのであった。

私がそのときどう感じたかを述べる勇気はない。私は前に恐怖の感情を経験し、それを適切に言い表わそうと努力してきたが、私がこのときがまんした悲痛な絶望の思いを伝えることのできることばはなかった。私が話しかけた人は、ジュスチーヌがもう罪状を自白したと言い足した。「こんなわかりきった事件には、ああいう証言もあまり要らなかったのですがね、」とその人は言った。「けれども、私は、あれには喜びましたよ。いや、まったくのところ、われわれ裁判官は、いくら決定的なものであろうと、状況証拠で罪を宣告したくはありませんからね」

これは、妙な、予期しなかった理解であった。それはどういう意味だろう。私はわれとわが眼に欺かれたのだろうか。私が怪しいとおもっている当のものを漏らしたとしても、世間がみなそうだと思いこんでいるように、私はほんとうに気が狂ったのだろうか。私が急いで家に戻ると、エリザベートがしきりにその結果を訊きたがった。

私は答えた。「エリザベート、あなたが予期したかもしれないように決定したよ。裁判官がみな、一人の罪人がのがれるくらいなら、十人の罪のない者が苦しむほうがいいと考えたわけだ。しかも、ジュスチーヌは自白したんだ」

これは、ジュスチーヌの無罪を固く信じていた、かわいそうなエリザベートに、恐ろしい打撃を与えた。「ああ! どうしたらまた人間の善良さを信じられるのでしょう。私が妹のように思ってかわいがっていたジュスチーヌ、あのジュスチーヌが、あんな無邪気な笑顔をしながら、どうしてうらぎったりすることができたのでしょう。あのやさしい眼は、ひどいことやわるがしこいことはできそうもなかったのに、それなのに、あの人は人殺しをしたのね」

それからまもなく私たちは、あのきのどくな犠牲者がエリザベートに会いたがっている、ということを聞かされた。父は行かないほうがよいと考えたが、行く行かないは本人の判断と感情で決めるがよいと言った。エリザベートはそれに答えて、「ええ、あの人がたとえ有罪だとしても、私、参りますわ。そして、ヴィクトル、あなたもいっしょに行ってくださるわね。ひとりでは行けませんもの」ジュスチーヌを訪問するというこの考えは、私を苦しめたが、といって、ことわることはできなかった。

私たちが陰鬱な監房に入って行くと、ジュスチーヌがむこう端の藁の上に坐っているのが見えた。両手には手錠が掛けてあり、頭が膝にがっくりと垂れていた。ジュスチーヌは、私たちが入って行くのを見ると、起き上がり、三人だけになってから、エリザベートの足もとに身を投げ出して、さめざめと泣いた。エリザベートも泣いた。

「おお、ジュスチーヌ! どうしてあなたは、私の最後の慰めをなくしてしまったの? 私はあなたの潔白を信じていましたから、あのときだってずいぶんなさけない思いをしたけれど、今ほどみじめじゃなかったわ」

「では、あなたまで、私がそんなよくよくの悪者だと思いこんでいらっしゃいますの? あなたまでが、私をおしつぶそうとする私の敵といっしょになって、私を人殺しとしてお責めになりますの?」そう言う声は、すすり泣きでとぎれてしまった。

「お起ちなさい、ジュスチーヌ、」とエリザベートは言った。「あなたに罪がないとしたら、どうしてひざまずくの? 私はあなたの敵の一人ではありませんよ。どんな証拠があろうと、私は、あなたが自分で犯罪を認めたと聞くまでは無罪を信じていました。その申し立てが嘘だ、と言うのね。だったら、ジュスチーヌ、あなたが自分で白状しないかぎり、あなたに対する私の信頼は、きっと、一瞬間もゆるぎませんわ」

「私は白状しましたが、嘘を言ったのです。罪業をなくしていただくために白状したのですが、今となっては、その嘘のほうがほかの罪全部よりも私の心を重くするのです。神さま、お赦しください! 有罪を宣告されてからずっと、懺悔聴聞僧が私を責め、どやしつけたりおどかしたりしましたので、私もついに、自分は坊さんのおっしゃる人でなしだったと考えはじめたくらいでした。強情を張りつづけるなら、最後の瞬間に、破門と地獄の火を受ける、と言っておどかすのです。エリザベートさま、私には、自分を支えてくれる人が誰ひとりないのです。みんな私を、汚辱と堕地獄を宣告されたどうにもならぬやつ、と見ているのです。私はどうすることができるでしょう。悪い時に私は、嘘をついてしまいました。今となっては、ただほんとうにみじめなだけですわ」

ジュスチーヌは話をやめて涙にむせび、それからまた話しつづけた。「私は、あなたのあのありがたい伯母さまがあれほど大事にしてくださり、そして、あなたもかわいがってくださったジュスチーヌが、悪魔でなければできないような罪を犯すことのできる人間だ、というふうにお考えになったかとおもうと、ぞっとしないではおれませんわ。かわいいウィリアム! しあわせな坊ちゃん! すぐ私も、天国でまたお目にかかります。天国では、私たちはみんな幸福でしょうから。それを考えると、汚名と死を受けようとするところですけれど、心が慰みますわ」

「おお、ジュスチーヌ! 一瞬間でもあなたを信じなかったことを許してね。どうしてあなたは自白したの? でも、ねえ、悲しむことはないわ。心配しないでいらっしゃい。私が声明します、あなたの無罪を立証します。あなたの敵の石みたいな心を、私の涙と祈りで、溶かしてみせます。あなたを死なせはしません! ――私の遊び友だち、私の仲間、私の妹であるあなたが、絞首台の上で死ぬなんて! いいえ! いいえ! そんな恐ろしい不運を見て生きながらえるわけにいきません」

ジュスチーヌは悲しげに首を振った。「私は死ぬのは怖れません。そういう苦痛は過ぎ去ってしまいました。神さまが私の弱さを強くし、最悪のことに耐える勇気を与えてくださいます。私は悲しいつらいこの世を去って行きます。あなたが私というものを記憶して、まちがって罪を宣告されたものとお考えくださるのでしたら、私は、自分を待っている運命に身を任せます。どうぞエリザベートさま、神さまの御意志にがまんづよく従うということでは、私を手本になさってくださいませ!」

こういう会話のあいだ私は監房の隅にひっこみ、そこで、私を捉えた怖ろしい苦悶をやっと隠した。絶望! 誰が思いきってそんなことを言うだろう? 明日は生死の間の恐ろしい境界を過ぎなければならないこのきのどくな犠牲者も、私の感じたような深い痛ましい苦悶を感じてはいなかった。私は歯ぎしりをし、その歯をがちがちいわせながら、もっとも奥底の魂から出てくる呻き声を出した。ジュスチーヌはぎょっとした。それが私だったとわかると、私に近づいて言った。「御親切に私をお訪ねくださって、ありがとうございます。あなたは、私が有罪だとお考えになってはいらっしゃらないでしょうね」

私は答えることができなかった。「そうよ、ジュスチーヌ、」とエリザベートが言った。「私以上にあなたの無罪を確信していらっしゃるのよ。あなたが自白したとお聞きになったときでさえ、それをほんとうになさらなかったのですもの」

「ほんとうにありがたいことですわ。この最後の瞬間に、私は、私のことを親切に考えてくださる方に心の底からのありがたさを感じます。私のようなみじめな者にとっては、他人の愛情がどんなに嬉しいでしょう! それだけでも、私の不幸の半分以上が無くなります。私の身の潔白をあなたがたに認めていただいた今では、安らかに死ねそうな気がしますわ」

こうして、この、きのどくな受難者は、私たちと自分自身を慰めようとした。自分の願った諦めを、ほんとうに得たのであった。しかし、ほんとうの殺害者である私は、自分の胸のなかにあくまで死なない蛆虫が生きているのを感じて、何ひとつ希望も慰めも得られなかった。エリザベートも泣いたし、不幸であったが、それも罪のない者のみじめさであって、美しい月の面を掠める雲のように、しばらくは隠れるけれども、その輝きを消すことはできなかった。苦悶と絶望は、私の胸の底まで食いこんだ。何ものも滅ぼすことのできない地獄を体内に持っていたのだ。私たちは、何時間もジュスチーヌのところにいたが、エリザベートはいつまでもそこを立ち去りかねた。そして叫んだ。「私もいっしょに死んでしまいたいわ。こんな悲惨な世の中に生きてはいられないもの」

ジュスチーヌは快活らしい様子を装いながら、苦しい涙を抑え、エリザベートを抱いて、なかば感動を抑えかねた声で言った。「では、さようなら、私の好きな、たった一人のお友だち、エリザベートさま、神さまのお恵みで、あなたに祝福と加護がありますように。あなたのお受けになる不幸がこれ以上でございませんように! 生きて幸福になり、ほかの方たちを幸福にしてあげてください」

そして、その翌日にジュスチーヌは死んだ。エリザベートの腸を断つような雄弁も、裁判官を動かして聖者のような被害者を無実の罪から救うことはできかねた。私の熱情的な憤激した控訴も、裁判官には利き目がなかった。そして、そのつめたい答を受け、苛酷な無感情の推論を聞くと、そのつもりでいた私の自白も、私の口もとに凍りついてしまった。そうしたところで、私が自分を狂人だと宣言することにはなっても、私のみじめな犠牲者に下された判決を取り消すことにはならない。ジュスチーヌは人殺しとして絞首台の上で死んだのだ!

私は、自分の心の苦しみから眼を移して、エリザベートの深刻な声なき慟哭を考えてみた。これも私のしたことだった! また父の悩みも、最近まで笑いにみちていた家庭のさびしさも――みんな私の呪いに呪われた手のしわざだった! あなたがたは泣く、不しあわせな人たちよ、けれども、これがあなたがたの最後の涙ではないのだ! 葬いの慟哭はふたたび起り、あなたがたの哀傷の声は幾度となく人の耳を打つだろう! あなたがたの息子、血のつながる者、むかしたいへん愛された友人であるフランケンシュタイン。この男はあなたがたのために、生血の一滴一滴を使いはたしたいのだ――この男は、あなたがたのなつかしい顔色にも映るのでなければ、歓びを考えも感じもしない――この男は、祝福をもって空気をみたし、あなたがたに尽してその生涯を送りたがっているのに――あなたがたに泣けというのだ――無量の涙を流して。もしも、こうして仮借のない運命がその本望を遂げるならば、そして、墓穴に入って平和になる前に、あなたがたの悲痛な苦しみのあとで、破壊の手が休むならば、この男は、望み以上に幸福なのだ!

このように私の予言的な魂は語った。私は、自分の愛する者が、穢らわしい技術の最初の不しあわせな被害者たるウィリアムとジュスチーヌの墓に悲しみの涙をむなしくそそぐのを、そのとき見ていたのだ。