この書の表題は、『科学の方法』となっているが、いわゆる方法論を説くのが、本書の目的ではない。
普通に方法論というと、哲学的な意味での方法論になるので、それはほかに適任の方がいくらもある。この小冊子で目指すところは、現代の自然科学の本質はどういうものであり、それがどういう方法を用いて、現在の姿に生長して来たかという点について、考えてみようというところにある。
この書の内容は、NHKの教養大学講座で、九回にわたって放送した講義の速記に、筆を加え、それに三章ばかり書き足したものである。もともと体系的な科学論を説くつもりではなく、またそれは私にはできないことであるから、科学論に関する随筆集の形で、まとめてみた。
この本の全体にわたる基本的な考えは、寺田寅彦先生の『物理学序説』に負うところが多い。この本は、あまり読書界で問題になっていないが、吉田洋一兄なども、非常に高く評価されているし、私も日本にはあまり類例のないすぐれた著書と思っている。ただ惜しいことには、未完の草稿の形で残されていたので、肝腎の後半が抜けている。しかしその前半だけでも、すぐれた卓見が盛られているので、その考え方に従ったところが多い。もっとも歪めた点も多いと思うが、非才の致すところ止むを得ない。
附録「茶碗の曲線」は、茶道関係の雑誌に書いたもので、本文の第十一章を補足するつもりで再録した。
昭和三十三年二月
於札幌
宇吉郎