日本の文芸で廬山として知られるチャイナの学者の幸運が私にも望めないだろうか! 二人の乙女の霊、天人の姉妹に愛され、蝶にまつわる話を語りに、十日毎に彼の元へ訪ねて来たのだから。さて、蝶についてはチャイナの話に素晴らしい物が在る──霊的な話であるそれを知りたい。しかし私は決してチャイナの言葉を読めるようにはならないだろう、日本語も変わらないが、大いに苦労しながら、日本の短い詩歌をどうにか翻訳していると、チャイナの蝶の話の暗示を多く含んでいて、タンタロスの苦しみのような物を味わう……もちろん、こんな懐疑論者の自分に、これから訪問して下さる乙女の霊はいないだろう。
私は知りたい、例えば、蝶々に花として懐かれ大群を従えていたチャイナの乙女の話の一部始終を──それほど香り良く、それほど美しい彼女。また、愛妾を選ぶ際に蝶を使った明帝こと玄宗皇帝の蝶に関する出来事をもっと知りたい……酒宴を開く際に驚くべき庭園を使い、とびきり美しい女性をそこへ出席させ、籠に入れた蝶を彼女達の間に解き放つと、最も美しい人の元へ飛んで行く、その最高の美人に皇帝の寵愛を授けた。しかし玄宗皇帝が楊貴妃(チャイナではヤンクェイフェイと呼ぶ)と出会ってからは蝶の選択を受け付けなくなった──楊貴妃によって深刻な問題に巻き込まれたのだから、不運なことである……再び私はチャイナの学者の体験についてもっと知りたい、日本では、一匹の蝶になった夢を見て、その中で蝶の感覚全てを体験した荘周の名前で有名だ。魂が実際に蝶の姿となって辺りを彷徨ったため、目覚めてからも蝶の記憶と感覚が生活に残るほど鮮明に心へ刻まれ、人間らしい行いができなくなった……最後に私は知りたい、蝶になった皇帝や従者の様々な魂を正式に認定するチャイナの確かと思える原文を……
蝶についての日本の文芸の大部分は、幾つかの詩歌を除いてチャイナを起源とするのは明白であって、それは昔の国民の審美的感覚の概念でさえも、日本の芸術や歌や習慣における愉快な表現に見受けられるように、おそらく最初はチャイナの教えの元に発達したのだろう。どうして日本の歌人や画家がよく職業上の名前としての芸名で、蝶夢(蝶の夢)、一蝶(ひとりの蝶)等の名前を選ぶのか、おそらくチャイナの先例で説明できる。また今日でさえ蝶花(蝶の花)、蝶吉(蝶の幸運)、蝶助(蝶の援助)といった芸名が舞妓の間で流行している。他にも蝶に関した風雅な名前、まだ実際に使われるこのような種類の──蝶々を意味する胡蝶や蝶の──個人名(呼び名)が有る。これは女と生まれた者だけに決まっている──もっとも幾らか風変わりな例外は有る……ここで言及しても良いだろう、陸奥国では家族の最も若い娘をテコノと呼ぶ古く珍しい習慣がまだ残っている──その古風な言葉は他の地域では廃れたが、陸奥の方言で蝶を意味している。古典的な時代に、美しい女性を示す言葉でもあった……
また日本の幾つかの蝶にまつわる不気味な信仰もチャイナの派生と考えられるが、次の信仰はおそらくチャイナの物より古いだろう。最も興味深いと思う物のひとつは、生きている者の魂が蝶の姿になって辺りを彷徨う話である。幾つかの可愛らしい思い付きが、この信仰から発展した──もし蝶が客間に入ってきて竹の衝立の裏側に止まったら、最愛の人が会いに来るという。その蝶は誰かの魂だろうかと、それを恐れる理由は無い。ではあるが、蝶といえども膨大な数で現れて恐怖させられる場合が有り、日本の歴史ではこんな事件が記録されている。平将門が密かに有名な乱の準備をしていた頃、京都の広範囲に蝶の大群が現れて人々が怯えた──思うに、怪異は凶事が来る前兆……おそらくこの蝶達は戦いの中で滅びる不幸な運命にある数千の魂であろうと想像され、幾つかの神秘的な死の予感によって戦の直前に動揺したのである。
しかしながら、日本の信仰での蝶は、死者と同じくらい生者の魂も有るだろう。実のところそれは、最後に体から抜け出した事実を知らせるため、蝶の姿をとる魂の習慣で、この理由からどんな蝶であっても、家に入って来れば優しく取り扱うようになっている。
この信仰と風変わりな空想が結びついた人気の芝居の中に多くの暗示が有る。例えば「飛んで出る胡蝶の簪」というよく知られた演目が有る。胡蝶は美しい女で、無実の罪を着せられ残酷な扱いを受け自害した。仇討ちを志願した者は、悪事の黒幕を捜して長らく徒労を重ねていた。しかし最後に、死んだ女の簪が蝶に変わり、仇討ちの案内をするかのように悪者の隠れ家の上で羽ばたいた。
──婚礼の際に作られる大きな紙の蝶々(雄蝶と雌蝶)は当然ながら霊的な意味は全く持っていないと思われる。二人の結婚の喜びを表現するだけの象徴なのだから、新婚の二人が愛し合う喜びで結ばれ庭から庭へと軽快に飛びまわる蝶の番のように、一緒に人生を過ごして行けるようにという希望である──時に上へ羽ばたき、時には下へ、けれど決して大きく離れない。
蝶に関した発句の僅かな抜粋は、日本の美的側面を主題とした関心に対する、説明の助けとなるだろう。幾つかは描写に限定される──十七音で作られた極めて小さな彩色スケッチ、幾つかは可愛らしい空想や上品な暗示の域を出ない──しかし、読む者は様々な発見をするだろう。おそらくその一節それ自体は、それほど関心を惹かないかも知れない。格言的に簡潔な種類の日本の詩歌の風味は、ゆっくり学習して味わうべきで、その度合によって、辛抱強い勉強の後には、驚くべき構成の可能性を公正に推測できるようになるだろう。軽率な批判は、十七音の詩歌に幾らかの真剣さを求める主張をするのは「不合理だ」と断言する。しかし、カナの地の結婚披露宴で起きた奇跡におけるクラショーの有名な1行の場合はどうだろう?──
Nympha pudica Deum vidit, et erubuit.
わずか十四音──かつ不朽の名声。さて、十七の日本の音節にも全く同じように素晴らしい物が──実際、もっと素晴らしく──表現されているのは、一度や二度ではないが、おそらく千回は……しかしながら、次に示す発句に素晴らしい物は無い、文学以上の理由で選んだからだ──
脱ぎかくる
羽織すがたの
胡蝶かな
〔羽織を脱ぐ途中のような──それが蝶の形〕
鳥さしの
竿の邪魔する、
小ちょう哉
〔ああ、蝶が鳥を捕るための棒に止まり続けている〕
釣鐘に
止まりて眠る
胡蝶かな
〔寺の鐘を止まり木にして蝶が眠る〕
寝るうちも
遊ぶ夢をや──
草の蝶
〔寝ている間ずっと遊びの夢を見る──ああ草の蝶〕
起き起きよ
我が友にせん、
寝る胡蝶
〔起きろ! 起きろ!──汝を我が同志としよう、眠る蝶よ〕
籠の鳥、
蝶をうらやむ
目つき哉
〔ああ哀れを目で表現する籠の鳥──蝶が羨ましいと〕
蝶とんで──
風なき日とも
みえざりき
〔風が吹く日とは見えないけれど、蝶のひらひら飛ぶ様子では──〕
落花枝に
かえると見れば──
胡蝶かな
〔花が落ちてから枝に戻って見えた──見よ! ただの蝶だ!〕
散る花に──
軽さ争う
胡蝶かな
〔何と! 落ちる花びらに蝶が軽さを競う努力をしている〕
ちょうちょうや
女の足の
後や先
〔女の通る道の、あの蝶を見よ──後ろを飛んだり、前を飛んだり〕
蝶々や
花ぬすびとを
つけてゆく
〔あはは、蝶々が!──花を盗んだ者の後について行く〕
秋の蝶
友なければや
人に付く
〔痩せた秋の蝶!──(同じ種類の)仲間も無くとり残され、人の後を追う〕
追われても、
急がぬふりの
蝶々かな
〔ああ、蝶々! 追いかけられている時でさえ、決して急ぐ雰囲気がない〕
蝶は皆
十七八の
姿かな
〔蝶というものは、全てが十七八歳の見掛けを持つ〕
蝶とぶや──
この世のうらみ
無きように
〔蝶の戯れ方は──まるでこの世界に敵意(や恨み)が存在しないようだ〕
蝶とぶや、
この世に望み
無いように
〔ああ蝶々!──その戯れはまるで今の暮らしの状態に、それ以上何も望まないようだ〕
浪の花に
止まりかねたる、
小蝶かな
〔波に咲く花(泡)では、実際に止まるのは難しそうに見える──悲しいかな蝶であっては〕
むつましや──
生まれ変わらば
野辺の蝶
〔もし(来生で)我々が野原の蝶の状態に生まれ変われたなら、一緒に幸せになれるかもしれない〕
撫子に、
蝶々しろし──
誰の魂
〔ピンクの花に白い蝶がいる、それは誰の魂かと怪しく思う〕
一日の
妻と見えけり──
蝶ふたつ
〔一日限りの妻がついに現れた──蝶の番〕
来ては舞う、
ふたり静かの
胡蝶かな
〔近づいて踊る、しかしその時会う二人はとても静かな蝶〕
蝶を追う
心もちたし
いつまでも
〔蝶を追いかけたい心(望み)は、いつまでも持っていたいものだ〕
***
この蝶についての詩歌の見本の他にも、文学として同じ話題を扱った日本の散文をひとつ風変わりな例として提供しよう。原文から意訳だけを試みたが、それは「虫諌め」という物好きな古い本から見つけられ、蝶へ講話すると仮定した形式になっている。しかし実のところ教訓的な寓話である──社会的に持ち上げたり落としたり道徳の重要性を示唆している──
「さて、春の太陽の下、風は優しく、花は桃色が真っ盛り、草は柔らかく、人々の心は愉快。蝶々は喜びいさんで羽ばたき、それは沢山の者達が今、蝶についてのチャイナの詩句と日本の詩句を作る。
「そしてこの季節、お蝶よ、まったくお前の輝く栄光の季節だ、そんなに綺麗なお前以上の美しさは誰の世界にも存在しない。他の全ての虫達はお前を讃え羨むのだから──その中でお前を羨まない者はまったく居ない。虫達は孤独に羨望の眼差しを向け、人もまた羨望と讚美の両方を向ける。チャイナの荘周の夢は、お前の姿に仮装し──日本の佐国は、死んだ後にお前の姿をとって、その中に霊的実体を作り出した。またお前が招く羨望も虫と人類が分け合うだけではない、魂の無い物でさえその姿をお前に変える──大麦若葉が蝶に変化するのを見るがいい。
「だからこそ、自尊心をくすぐられ、自身を思うだろう『この世の全てに於いて、自分より優れたものは何も無い!』ははは! とても上手にお前の心を推測できる、お前の身の程には過ぎた満足だ。だからこそ、どんな風にもこのように軽やかに身をまかせて飛ぶ──だからこそじっとしたままではいない──いつもいつも思っている『誰の世界にも私ほどの幸運の持ち主は居ない』
「だが今少し、自身の経歴について考えてみるがいい。思い出す価値がある、そこには低俗な側面が有るのだから。何が低俗な側面かって? よろしい、お前は生まれてから少なくない間、自分の姿に喜ぶほどの理由は無かったのだから。その時のお前ときたら、ただのキャベツの虫、毛虫でとても貧相なお前は裸の体に着る1枚の衣でさえ余裕が無く、まったく胸糞悪い外見だったのだ。この日々のお前には誰もが嫌悪の視線を向けた。実際に自身を恥じて良い理由が有って、そんな恥じたお前は身を隠す為に古い小枝と屑を集めて、隠れ家を作り、それを枝にぶら下げた──それから誰もがお前を呼び叫ぶ『蓑虫(レインコート虫)』その生活の期間の罪は許し難い。綺麗な桜の木の柔らかい緑の葉の間で、仲間達とよってたかって異常な醜さを作り出し、期待の目の人々は、この美しい桜の木々を誉め讃えに遠く離れた所からやって来たのに、お前を見て心を痛めた。なおかつ、これより憎むべき事でさえお前が犯人だった。貧しい貧しい男女が畑で大根を作っているのをお前は知っていた──暑い太陽の下で苦労して苦労しながら耕作し、その大根の世話をする為に心は苦痛で満たされ、お前はそこへ行く為に仲間をたきつけ、その大根の葉っぱの上と、この貧乏な人々の他の野菜の上に集まる。貪欲であるがゆえにこれらの葉っぱを略奪し、全てを醜い形状にかじった──貧乏な庶民の苦しみへの思いやりなどかけらも無い……そうだ、何という生き物だ、これがお前のやり方だ。
「そして今は美しい姿をし、昔の仲間を虫と見下す、誰かに出くわす時はいつも、知らない振りをする(文字通り『素知らぬ顔を作る』)。今は裕福で身分の高い人々以外は友達に持ちたくない……ああ、昔を忘れてしまった、違うか?
「事実多くの人々が過去を忘れてしまい、今の上品な形と白い羽の外見に魅せられ、チャイナの詩歌と日本の詩歌がお前について書く。名門の姫は以前の姿形のお前を見ることさえ我慢できないが、今は喜んで見つめ、髪留めの上に止まらせたがり、可愛らしい団扇を、そこに降りてくれるよう期待して差し出す。だがこれは、古代チャイナのお前についての可愛らしくもない物語の存在を思い出させる。
「玄宗皇帝の時代、帝国の宮殿は数百と数千の美しい婦人をかかえていた──それほど沢山の、実際、彼女達の中から最上級の麗人を決めるのは、どんな男であっても困難だったろう。そこで、この美しい者達全てを一斉にひとつ所に集めて、お前が間を自由に飛び回れるようにし、髪留めに止まった乙女を威厳をもって後宮へと招くよう命令された。その時代には皇后はひとりと決められていた──良い法律だ、が、お前のせいで、玄宗皇帝はその地に多大な悪影響を与えた。お前の精神は軽薄で不真面目なのだから、とはいえそれほど沢山の美しい女性の中にも心の清らかな者が幾らかは居たはずだが、お前は美人以外は捜さないだろう、そして最も美しい外見をした者に向かって行く。したがって女性の出席者の多くは女の正しい在り方について考えるのを止めて、男達の目に華麗に見える方法を研究し始めた。その結末が玄宗皇帝の哀れで苦痛に満ちた死だ──全てはお前の軽薄で不真面目な精神のせいだ。実際に本当の性格は、他の問題行為から容易に見当がつく。例えば、木が在るとしよう──常緑樹の楢と松のような──誰の葉っぱも枯れずに落ちないが、いつでも緑のまま残っている──この硬い心の木々は信頼できる性格だ。だがそれは堅苦しく形式的だと言い、そいつらの外見を嫌悪し、訪問することはない。桜の木と、海棠、芍薬、黄色い薔薇だけには行くが、彼女らは派手な花を持つからお前好みで、機嫌をとるためだけの努力をするのだ。そのような行いを納得させようとは見苦しい。これらの木は確かに立派な花を持っているが、空腹を満たす果実を持たず、贅沢と目立つのを好む者だけにはありがたい。それはまさしくお前の羽のはためきと優美な形が喜ばれる理由だ──だからこそ親切なのだ。
「さて季節は春、金持ちの庭を通ってふざけて踊るか、美しい桜の花咲く小路の間を羽ばたきながら、ひとりごとを言う『世の中に私ほど大きな喜びや、こんなに優れた友人を持つ者は誰も居ない。それに、全ての人達が言うかもしれないけれど、私は最も芍薬を愛している──そして黄金の薔薇は私だけの愛しい人で、どんなに小さな要求であっても従うでしょう、これが誇りであり喜び。』……そう言う。だが、華やかで優雅な花の季節は非常に短い、すぐに萎れて落ちるだろう。それから夏の頃の暑さ、そこでは緑の葉っぱだけになって、やがて秋風が吹くだろう、そうなれば葉っぱでさえそれ自体が雨のように降りそそぐ、パラリパラリ。避けられない不運のように、この格言は避けられない、『頼み木の下に雨ふる』(避難所と頼って居る木に雨は漏れ落ちる)。お前は昔の友人を探し出そうとするだろうから、根切り虫や地虫に乞い願う、昔の巣穴に戻らせて下さいと──だが今は羽を持っている、そのせいで穴に入れないだろう、そうして天と地の間の何処にも体を避難する場所は無いだろう、それに全ての灌木は枯れ果てて舌を潤すひと雫の露でさえ得られないだろう──死んで横たわる以外どうしようもない。全ては軽薄で不真面目な心のせいだ──しかし、ああ! どうにも嘆かわしい結末だ……」
日本の蝶にまつわる話に登場するほとんどが、チャイナに起源が有るかのように言った。しかし土着であろう話がひとつ有り、それは極東に「純愛」は存在しないと信じる人には、為になる価値の有る語りに見える。
帝都の郊外にある宗参寺の墓地の背後に、高浜という名の老人が住む1件の小屋が長らく建っていた。柔らかい物腰から近隣の人に好かれていたが、皆のほとんどは少しおかしな人だと思っていた。出家している男でなければ結婚をして家族を養うものと期待されていた。しかし高浜は信心の生活をしていないし、結婚の説得もできなかった。また、かつてどこかの女性と恋愛関係にあったとも知られていなかった。五十年以上まったく孤独に暮らしていたからだ。
ある夏、病気にかかり、もう長くは生きられないと知った。それから未亡人となっている義理の妹とそのひとり息子へ連絡をとった──二十歳くらいの若者でたいそう可愛がっていた。どちらも即座にやって来て、手を尽くし老人の最期の時を穏やかにできた。
ある蒸し暑い午後、未亡人とその息子が寝床の傍で見守っている間に、高浜は眠りへ落ちた。その瞬間とても大きな白い蝶が部屋に入ってきて、病人の枕の上へ止まった。甥は団扇で遠くへ追い払ったが、すぐに枕まで戻ってきたので再び追い払うと、三回目まで戻ってきた。それから庭へ追いかけていくと、庭を横切り開いた門を通って寺に隣接した墓地へ入っていった。だが先へと追い払われるのは気が進まないように、前で羽ばたき続け、本当に蝶なのか魔ではないのかと訝り始めるほど怪しげな動きをとった。再び追いかけていき、墓地の奥の墓石に飛んでぶつかって見えるまでついていった──ひとりの女性の墓石であった。そして説明のしようもない様子で消え去り、虚しい捜索をした。それから石碑を調査した。そこには「アキコ」という名前が記され、一緒に馴染みのない苗字と共に享年十八歳と刻み込まれていた。どうやらその墓は五十年くらい前に建てられたらしい、苔がその頃から重なりはじめている。だが前には新鮮な花が有り、水入れは最近満たされ、よく手入れされていた。
病室に戻った若者は、伯父の息が止んだ知らせを受け驚愕した。死は苦しみも無く訪れて、その死に顔は微笑んでいた。
若者は墓地で見てきたことを語った。
「ああ」未亡人は声を上げた。「あれはアキコに違いないわ……」
「でも、アキコって誰、母さん」甥が訊ねた。
未亡人は答えた──
「あなたの立派な伯父さんは、若い頃に近所の娘でアキコというとても可愛らしい女性と婚約していたの。アキコは婚礼が約束された日の少しだけ前に、肺の病で亡くなり婚約者はひどく悲しんだわ。アキコが埋葬された後で、決して結婚はしないと誓いを立て、この小さな家を墓地のそばに建てた、そう、たぶんいつでもお墓の傍に居られるから。全てが起きたのは五十年以上前。そしてこの五十年間毎日──冬でも夏でも同じように──伯父さんは墓地に通い、お墓に祈り、墓石を掃除して、その前にお供えを置いていたの。だけど厄介事を作って何か言われるのを好まなかったから、何も話さなかった……そう、最期にアキコは来たのね、あの白い蝶は彼女の魂だったのよ。」
危うく日本の古代の踊りに言及するのを忘れるところであった、胡蝶舞と言って、舞い手が蝶に扮装し皇居で行われる習慣があった。現在でも時々踊られているのかどうかは知らない。それは習得するのが非常に困難だと言われている。適切に演じるには六人の舞い手が必要とされ、独特の形の動きをしなければならない──伝統的な規則に従って足運びや姿勢や仕草を続け ──そして鼓と太鼓、小さな横笛と大きな横笛、西洋の牧神に知られていない姿をした複数の管を集めた楽器の音で、お互いが非常にゆっくり旋回する。
(タンタロスの苦しみ)訳注:ギリシャ神話で神々の怒りを買ったタンタロスは、地下世界へ落とされ果樹が近くに生える沼で拘束される。沼の水を飲もうとすれば引き、果実を取ろうとすれば、風が吹いて遠のく。欲しい物が目の前に有るのに手が届かない苦しみ。見せびらかしの刑。
(発句)俳句。
【Nympha pudica……】「慎み深いニンフは、神を拝して頬を染めた。」(あるいは、もっと普通の読み方では「ささやかな水は、お天道様と会って赤くなった。」)この行のニンフという言葉の二重の価値は──古典的な詩人達によって泉と泉や水の神の両方の意味で使用され──日本の詩人達が習慣とする、優雅な言葉遊びのひとつを思い出させる。
【脱ぎかくる……】脱ぎかけるをもっと普通に書くなら「脱いで掛ける」か「脱ぎ始める」のどちらかの意味になる──この句に於いては。更に大雑把ではあるがより効果的に、その句をこういった表現もできる「女が羽織をするりと脱ぐような──そんな風な蝶の風情だ。」比較対照のために、日本の衣類の説明を見ておかなくてはならない。羽織は絹の上着──袖の付いた外套の一種──男女に関わらず身に着けるが、この詩では通常豪華な色や生地の女の羽織を表現している。袖が広く裏地は明るく染めた絹が普通で、多色で綺麗に染め分けられている場合もよくある。羽織を脱ぐ際に、鮮やかな裏地が目に入る──そのような瞬間は華麗に羽ばたく蝶の動きに、よく例えられるのかも知れない。
【鳥さしの……】鳥を捕る人の竿にはトリモチが塗り付けられていて、そこへしつこく止まることで虫は男が竿を使う邪魔をしていると、この詩節が暗示している──鳥はトリモチの蝶を見ることで警告を受け取れる。邪魔するは「妨げる」や「防止する」を意味する。
【寝るうちも……】休んでいる間でさえ、蝶の羽は震えて見える瞬間が有るのだろう──その生き物が飛ぶ夢でも見ていたかのようだ。
【起き起きよ……】芭蕉の句は、全ての日本の俳人の中でも最高である。この詩句は、春頃の喜びの感覚を示唆する意図が有る。
【蝶とんで──……】文字通り「風の無い日」だが、ふたつの否定は日本語の詩歌では英語のように必ずしも肯定を暗示するとは限らない。この意味は、風は無いけれど目で見た限り蝶の羽ばたく動きはそよ風が強めに吹いていると示している。
【落花枝に……】仏教の諺によると、落花枝に返らず破鏡再び照らさず(「落ちた花は枝には戻らない、割れた鏡は二度と反射しない。」)、そう諺は言うが──今、落ちた花が枝に戻るのを見た、そう見えた……いや、ただの蝶であった。
【散る花に──……】おそらく、桜の花びらがヒラヒラと軽やかに落ちる様をほのめかしている。
【蝶は皆……】言い換えれば、その優雅な動きは長い袖の着物を上品に着飾った、若い娘の優雅さを想起させる……ある日本の古い諺は、鬼でさえ十八歳なら可愛いと明言している「鬼も十八、アザミの花」
【むつましや──……】あるいはこの詩句をより効果的に表現すれば、こうなるかも知れない「お揃いの幸せ、どう言いますか? そうだな──もしかしたら来世のどれかで、野原の蝶のような転生をするはずだ、その時は睦まじくできる。」この詩は有名な詩人一茶による、妻との離縁の儀式で作られた。
【撫子に、……】あるいは、誰の魂。(入力者注:ハーンの注釈では、霊や魂に対する表意文字の読み方は、二択の配慮を要求します。)
【蝶を追う……】文字通り、「蝶をそっと手に包む、そんな心をいつでも持っていたい」──言い換えれば、いつでも幸せな子供のように、簡単なことに喜びを見付けられるようになりたい。
【大麦若葉……】古い大衆的な間違い──おそらくチャイナから輸入されている。
【蓑虫】幼虫が作る覆いが、日本の百姓によって使い古された簑、つまり藁のレインコートに類似していることを、その名前が示している。辞書の描写が正確かどうかは知らないが、バスケット・ワームと完全に一致する──しかし、俗に蓑虫と呼ばれる幼虫は、実際にバスケット・ワームの覆いと非常によく似た物を自分で作る。
(大根)非常に大きな白い根菜。「大根」は文字通り大きな根を意味します。
【海棠】ハナカイドウ。
【魔】悪霊。
(アキコ)一般的な女性の名前。