フロリダのハリウッドで最も大きなジャンクヤードはタフトストリートのはずれの建設途中で見捨てられたショッピングモールの残骸の中にあった。マイアミ空港でスザンヌが借りたレンタカーにはGPSがついていたがそこにはそのショッピングモールは登録されていなかった。地図からは消されていたのだ。そのせいで彼女は泊まっていたカプセルホテルの蒸し暑い駐車場に足止めされたまま取材相手に電話して正確な位置を教えてもらうはめになった。
「ええ。モールが完成しなかったもんでUSGSの地図には場所が登録されていないんですよ。オープンソースのGPSだったらジオ・ハッカーたちが作ったもっとましな地図が入っているんですがそのレンタカー会社では公式な地図データの組み込みハードウェアしか扱ってないんでしょう。頭の悪いやつらだ。ちょっと待って。俺のGPSを持ってきて正確な緯度と経度を教えますよ」
その声は快活で若々しく、中西部の響きがあった。まるでカナダ人ニュースキャスターのようだ。子犬のように人懐っこくて陽気だ。ケトルウェルによれば彼の名前はペリー・ギボンズでコダセルのスカウト部隊が見つけだした最有望株だった。
タフトストリート沿いには小さな売店から壊れかけた吹き抜けやひび割れた駐車場のある巨大な邸宅までさまざまな大きさの建物が立ち並び、その並びにショッピングモールはあった。カリフォルニアでは大量にショッピングモールが潰れていた。潰れたショッピングモールはフリーマーケットや保育所になる。さもなければたんに打ち捨てられたり、ここのように打ち捨てられていない場合でも壊れるに任せられるのだ。その光景は彼女が去る直前のデトロイトを思い出させた。市内中心部一帯には人気がなく、奇妙なことだがいくつかの場所では土地が不法占拠されて耕されて文字通りの農業がおこなわれていた。目端が利く住人が作物を植え、家畜を飼い、使われていないモノレールの白い巨象のような架線の下でミニトラクターを乗り回していたのだ。
すれ違う人々が太っていることもデトロイトとの共通点だ。彼女は今朝、少し気恥ずかしさを感じながら薄手の半袖ブラウスとショートパンツを着た……他に選択肢はなかった。気温と湿度がとてつもなく高くて靴を履くのさえ耐えられなかったのだ。彼女は今年で四十五歳になる。足は脂肪で少したるみ二十五歳の時の洗濯板のような腹筋はもうない。しかしこの道沿いには歩くのさえ困難なほど太った人々が住んでいた。まるで風船でできた顔のついた性別不明のマシュマロだ。彼女は自分が爪楊枝になったような気がした。
乱雑なジャンクヤードに到着するとGPSが電子音を鳴らした。作りかけの安売りショッピングモールには壁で腰ほどの高さに区切られたスペースがあってそれぞれの区画ごとに分類されたがらくたが積まれている。ショッピングモールの中には二車線がらくらく収まるほど広い大通りがあった。その両側に店舗が配置される予定だったようだ。車に乗ったまま人影を探しながら彼女はその通りをゆっくりと進んでいった。埃まみれのクリスマスツリー飾りでいっぱいになった乾いた噴水のあるショッピングモール中央までたどり着くとそこで彼女は車を停めてクラクションを鳴らした。
彼女は車から降りて叫んだ。「こんにちは。ペリー?」電話してもよかったが叫んで声が届く範囲にいる相手に電話するというのは電話代の無駄に思えるものだ。
「スザンヌさん!」左の方から声が聞こえた。彼女は強烈な日差しを手でさえぎりながら自転車スポークのように伸びるショッピングモールの通りの先に目をやり、ペリー・ギボンズの姿を見つけた。彼は移動用クレーンのバスケットの中に立っていた。胸をはだけ、肌は日に焼けている。サンバイザーと大きな作業用手袋をつけて大きなバギーパンツを履いていた。クレーンの首を伝って降りてくる彼のバギーパンツのポケットががちゃがちゃと音を立てた。
彼女はこわごわ彼に向かって歩みを進めた。遠く離れた南の土地のジャンクヤードで半裸の日焼けした男と一緒に過ごす取材をしたことはあまりない。しかし少なくとも悪人には見えなかった。
「こんにちわ!」彼女は言った。彼は若くて二十二、三に見えたが既に目尻にはしわがあった。片方の手首にはブレスレットをつけ、履いている安全靴は機械部品が転がる作業所の床にできた油溜まりのしぶきでまだらになっていた。
にやりと笑うと彼は手袋を取って手をつき出した。「お会いできて光栄です。ここを見つけるのに手間を取らせてすいません。交通の便は悪いけど馬鹿みたいに賃料が安いんで」
「そのようね」彼女はあたりを見回しながら言った……おかしながらくたの山、無数のぴかぴか光る飾りで満たされた噴水。空気は機械油と塩の交じりあったジャングルのような臭いがした。フロリダの沼地とデトロイトの鋼鉄の匂いだ。「まあここはけっこういけてますよ。思いついたものは何だって十分な量が手に入る」
「他にもある」彼女の背後からあえぐように息をしながらもう一人の男が現れて言った。巨大な体だ。背の高さもさることながらまるで樽のように太っているのだ。彼の緑色のTシャツにはしっかりとしたピクセル調の文字でプリントされたIT'S FUN TO USE LEARNING FOR EVIL!という文字が読み取れた。男は彼女の手をとって握手した。「あなたのブログ、愛読してます」彼が言った。顎は三重、りんごのような頬に埋もれた目がかろうじて見えた。
「こいつはレスター」ペリーが言った。「相棒だ」
「マブダチだ」レスターが大げさにウィンクしながら言った。「システム管理者、スラッシュ、ハードウェアハッカー、スラッシュ、雑用係、スラッシュドット、org」
彼女は含み笑いをした。ナード流のユーモアというわけだ。
「よし、じゃあ始めよう。俺がやっていることを見に来たんだろう?」ペリーが言った。
「そうよ」スザンヌが答える。
「先に行っててくれ。レスター」ペリーが言ってがらくたの山の奥の方を手で指した。「さて歩きながらでいいからこれを見てくれ」彼は完成せずに終わった店舗のガラスのない窓に手を突っ込むと古びた箱に入ったおもちゃを一つ引っ張りだした。 「俺はこういうのが大好きでね」言って彼はそれを彼女に手渡した。
受け取って見てみるとそれはセサミストリートのエルモ人形だった。ブギウギエルモと書かれたラベルがついている。
「エルモバブル崩壊の時のだ」再び箱を受け取ってまるでナッツの殻をむくように器用にエルモを取り出しながらペリーが言った。「エルモ・テクノロジーによって生み出された大量のロストジェネレーションってわけさ。カリスマショッピングガイドのロージーがクリスマスショッピングガイドで二重丸の評価を付けた洗うと落ちる子供向け落書きキットが何百万と売られ、誰も彼らに見向きもしない世界にこいつらは放り出されたんだ。
かわいそうなエルモは一人ぼっちになってしまった。世界中のあらゆるジャンクヤードにはBWE社製のこいつの防虫剤入りパッケージが山積みされている。雨に濡れながら五十万年後に朽ち果てるのを待ち続けているってわけだ。
だが見てくれ」彼はベルトからマルチツールを引き抜いて短く鋭い刃を取り出した。ディスコ風の服を着てにやにや笑うエルモの顎から股まで切り込みを入れて開き、外側の毛皮と骨格の上に取り付けられた緩衝材を剥くようにして取り外す。さらに彼は刃を人形の尻に付いたプラスチックカバーの下へと滑りこませ、小さなプリント基板をむき出しにした。
「これがチップに搭載されたAtomプロセッサーだ」彼が言った。「手足と頭にはそれぞれ別のサブコントローラーが付いている。歌ったり新しい歌に合わせて踊らせたりするための高出力のデジタル・アナログ装置や音声とダンスのコマンドをモーションに変換するためのアナログ・デジタル変換アレイが用意されている。要するにエルモの前で踊ったり歌ったりするとそれを憶えて同じように踊ったり歌ったりしてくれるんだ」
スザンヌは頷いた。彼女はこのかわいそうなおもちゃのこと思い出した。彼女には洗礼名の名付け親を務めたミネアポリス住む五歳になる女の子の知り合いがいた。その子はブギウギエルモが大好きだった。
歩いていくと巨大な倉庫の前にたどり着いた。倉庫はショッピングモールの中核店になるはずだったのであろう店舗のフロアのはずれにあった。「建設業者の重機置き場だったんだ」レスターが扉に取り付けられた自動車ドア用リモコンに向かって大声をかけると電子音を立てて扉が開いた。
中は涼しくて明るかった。エアコンが音を立てながら浄化された空気をたくさんの工作物の表面に効率良く吹きかけている。倉庫の天井までの高さは優に二十五フィートはあり、ちょうど半分ぐらいの高さのところに中二階とそれをとりまくキャットウォークがついていた。中二階には金属製の棚が整然と並び、棚にはラベルが張られた箱がいくつも置かれていた。ジャンクヤードからかき集めてきた部品が入れられているのだろう。
ペリーはエルモを作業台の上に置いて小型のUSBケーブルを人形の胸に取り付けた。ケーブルの反対側は小さなゴム引きの光電池が前面に取り付けられたPDAにつながっている。
「これは実行中のインストールパーティーだ……どんなハードウェアでも認識してLinuxディストリビューションのビルドとインストールを自動でやってくれる。BWE社はとんでもない数のサプライヤーと契約して人形を作っている。つまり作られた日にどのサプライヤーがチップセット部品を納入したかに応じて一つ一つ微妙に違うんだ。だがインストールパーティーがあれば問題ない。ワンクリックで問題解決」PDAのスクリーンに年代物の美術作品風に描かれたあのよく見慣れた毛むくじゃらの姿が合成画像で映しだされ、かわいらしいダンスを次々に披露していく。
「準備完了。さあ、見て……ここにあるのは今まで開発された中でももっとも先端をいくロボティクス技術のいくつかが詰め込まれたLinuxコンピューターだ。こいつは搾取的労働の成果物かな。見て。手作業でやるにははんだ付けが細かすぎる……これを見ればインド製だってことがわかる。もしカンボジア製だったらはんだ付けがもっと雑だ。つまりこいつを作るのには小さくて器用な手が使われているってことだ。すなわちこのおもちゃの因果の輪のどこかには障害を持った子供でいっぱいの労働搾取工場があるってことさ。そこで子供たちはぶっ倒れるまではんだのガスを吸い続けて、ぶっ倒れたらその辺のどぶに放り出される。まったくなんてけっこうな商品だ。
おかげで俺たちは無限に柔軟性のあるコンピューター能力と大量のロボティクス技術を兼ね備えたこの業の深い精巧なロボットを手にできているわけだ。こいつで壁を登る猿をいくつか作ったことがある。マイアミ大学のジャクソン記念病院のある女性のために改造したんだ。彼女はそいつが類人猿と人間の混ざった動きをできるってことを利用して神経が損傷している患者の理学療法に使ったらしい。だが今までこいつで作ったもので一番いけてるのは分散型ブギウギエルモ自動車オペレーションクラスターだ。こっちへ来て」言うと彼は倉庫の低い方へと降りていった。
降りていくとそこにはほこりをかぶった外装の剥がされているスマートカーがあった。文字通りヨーロッパの自動販売機で買えそうな小さな二人乗りの電気自動車だ。どうやらフレームとドライブトレイン、それにコントロールパネル以外は取り外されているようだ。そこにむき出しのエルモロボットがいくつも積まれていた。
「目を覚ませおまえら。デモの時間だ!」ペリーが叫ぶと彼らが起き上がり、ペダルやホイール、ギアツリーによじ登りながら安っぽくて甲高いエルモの「オー、ボーイ」という声を響かせた。
「エルモにマリオブラザーズをプレイする方法を教え込んでいるときにこいつを思いついたんだ。かなりのソーシャルブックマークをゲットできると思ったね。最初は古いパドルコントローラを使ってゲームのタイムアタックをさせることを教えこんだんだ。次はどうしようか考えていた。このショッピングモールの廃墟の道を挟んだ向かい側にドライブインシアターがあるんだけど、そこで俺はよくサイレント映画を見るんだ。ある映画でかわいくて小さな毛むくじゃらの何かが力を合わせて自動車を運転していた。本当に古臭いギャグシーンだ。まるで遺伝子に刷り込まれた記憶みたいに古臭い。リトルラスカルズで同じような演出を見たことがある。アルファルファがホイールを担当して、バックウィートとスパンキーがブレーキとクラッチを担当、犬がシフトレバーを操作するんだ。
そこで思ったんだ。おい、エルモを使えばこいつができるじゃないかってね。こいつらにはネットワーク通信機能はない。だけど話すことはできるし、話し言葉でのコマンドを解釈することもできる。左に方向を変えるやつ、右に方向を変えるやつ、スピードを出すやつ、スピードを落とすやつ、周りを見渡して号令をかけるやつ。それを俺が決めてやるだけであの芸当ができるはずだ。やってみたらうまくいった! 自動車が急ハンドルを切った時にはその場で倒れないようにバランスと重心の調整までする。よく見て」彼が車の方を向いた。「ドライビングエルモ、気をつけ!」彼らは即座に立ち上がるとかちかちと音を立てながら剥き出しのプラスチックの頭で敬礼した。「円形に運転」彼が叫んだ。エルモたちは先を争うようにして位置につくと自動車のエンジンを始動させ、自動車が停めてあった狭い室内をドーナツ型に走らせた。
「エルモ、停止」ペリーが叫ぶと自動車が静かに停まって穏やかな振動を続けた。「着席」。エルモたちは小さな音を一斉に立てながら座った。
気がつくとスザンヌは賞賛の声を上げていた。「驚いた」彼女は言った。「ほんとにすごい。コダセルでやろうとしていることはおもちゃをリサイクルしてこれをたくさん作ろうってことなのね?」
レスターが含み笑いをした。「いいや、そうじゃない。これはほんの小手調べさ。このエルモたちは組織だった同じ作業の繰り返しなら何だってできる。どんな機能を持ったものだろうが作るのに必要な部品が全てつまっている無料のデバイスがそこら中に転がっているってことだ。
だがまだ第二部がある。こっちに来て」彼は重々しい足音を立てて別の方向に向かい、スザンヌとペリーはその背中に続いた。
「ここはレスターの作業場なんだ」二重のスイングドアを通り抜ける時にペリーが言った。そこはちらかった不思議の国だった。ペリーの持ち場が清潔できちんと整理されていたのに対して、レスターの縄張りは陽気な荒地だった。棚はたんに整理されていないだけでなく、驚くようながらくたが今にも崩れそうな山になって詰め込まれている。古着屋で買ってきたようなウェディングドレス、猿の形をしたボウリングピンの石膏像、箱型の凧、膝ぐらいの背の高さの鎧を着た騎士、アメリカ国旗が描かれた貝殻、大統領のアクションフィギュア、人造宝石に年代物の咳止めドロップの缶がたくさん。
「彫刻家は彫像とは似ても似つかない大理石の塊や木片から彫刻を彫り出すってのは聞いたことがあるだろう? まるで石の塊の中に彫像が見えるかのようにって? 俺はがらくたで同じことができる。あそこに積まれたものや道端に捨てられたがらくたを見るとそれをどうやってつなぎあわせたらいいかが見えるんだ。こんな風にな」
彼は作業台の下に手を伸ばすとヒンジでつながった三枚の逆さまの自動車ドアでできた巨大な屏風状のものを持ち上げた。注意深くそいつを開いてひび割れたコンクリートの床についたてのように置く。
自動車ドアの内側は内装がきれいに剥がされた上、ぴかぴかに磨かれてまるで銀メッキされたように光っていた。溶接で取り付けられているものはどうやらソーダの缶のようだ。ギアや突き出た部分やスプリングといった装置は切り離されて叩いて平らにしてある。
「これは機械式の計算機なんだ」彼が誇らしげに言った。「UNIVACの半分くらいの計算能力がある。パーツは全てレーザーカッターで作った。使い方はこうだ。まずこのタンクをGIジョーの頭でいっぱいにする。こっちのタンクにはバービー人形の頭だ。そうしておいてこのハンドルを回すとこっちのタンクに二つの値をかけた数のM&Msが落ちてくるんだ。ほら」彼は三つの塗料の剥げたGIジョーの頭を片方のタンクに入れ、もう一方には四つのぼろぼろのバービー人形の頭をいれてからハンドルをゆっくりと回し始めた。ハンドルの横についたオルゴールからゆっくりとしたテンポでとぎれとぎれに「いたちが飛び出した」のメロディーが流れだし、何百ものコイン大の歯車が回って、たくさんのスイッチがはいったり切れたり、バネが伸びたり縮んだりした。いたちが何回か飛び出した後、茶色のM&Msが十二粒、伸びたゴム製の受け皿の中に転がり落ちた。彼は慎重にそれをつまみ上げると彼女に差し出した。「大丈夫。こいつはごみから作ったわけじゃない」彼が言った。「まとめ買いしたやつだ」広い背中を彼女に向けると彼は茶色のM&Msが詰まった巨大な亜鉛メッキの缶を持ち上げて彼女の方に示した。「見てくれ。これぞビットバケツってわけだ!」彼が言った。
気がつくとスザンヌはくすくす笑っていた。「あなたたちって本当に面白い」彼女は言った。「本当にすごくって面白いマニアックな作品だわ」機械式コンピューターの歯車はとてつもなく鋭くて精密だった。触れれば指が切れてしまいそうに見える。歯車が磨かれた自動車ドアの表面で回転すると爪楊枝が入った箱を床に落としたような音が鳴った。カチッカチ、カチカチカチカチ。彼女は茶色いM&Msがもう十二粒落ちてくるまでハンドルを回した。
「君はヴァン・ヘイレンのファンかい?」
レスターが満面の笑みを浮かべた。「ジャンプしてくれないか……ジャンプだ!」ヘヴィーメタルのエアーギターを披露しながら彼はまるで長髪のロックバンドがヘッドバンギングするように刈り込んだ頭を上下に振り回した。「このジョークを聞かせるのは君がはじめてだぞ!」彼が言った。「ペリーにだってまだ聞かせたことはない!」
「それで何だよ?」ペリーが同じようににやにや笑いながら言った。
「ヴァン・ヘイレンは楽屋に茶色のM&Msが一粒でもあるとそいつをゴミ箱に放り込んだ上、演奏するのを拒否したんだそうだ。子供の頃、俺は有名になりたくてしかたがなかった。それこそその話と同じくらい馬鹿な真似ができるくらい有名にだ。だから俺は茶色のM&Msには個人的にすごく関心があるってわけ」
彼女はまた笑った。それから少し顔をしかめた。「ねえ。このお祭り騒ぎを終わらせるのは心苦しいんだけど私がここに来たのはケトルベリー……いえ、ケトルウェル……があなたたちが格好の見本になるって言ったからなの。彼がコダセルでやりたいことのね。あなたたちが作っているものはみんな本当に面白いし、すばらしいアート作品だと思う。だけどビジネス的観点のものではない。他のものを見せていただけないかしら?」
「さあステップスリーだ」ペリーが言った。「ついて来て」彼女を先導して彼は自分の作業場へ戻り、台のようなものへと向かった。台は関節の付いた腕に取り囲まれ、腕の先にはウェブカメラが取り付けられている。まるで金属製の蜘蛛に抱かれたキッチン計りのようだ。「3Dスキャナーだ」彼は言うとレスターの機械から持ってきたバービー人形の頭を台の上に置いた。彼がボタンを押すと近くにあったスクリーンに頭の三次元モデルが大きく映し出された。台の表面に接している側は平たくなっている。頭をひっくり返してもう一度スキャンをおこなうと今度は二つの頭のデジタルモデルがスクリーンに映し出された。彼がマウスを使って一方をもう片方の横に並べ、右クリックで開いたメニューからオプションの一つを選択すると二つの頭がくっついて回転を始めた。
「いったん3Dスキャンしてしまえば基本的には粘土といっしょだ」彼はバービー人形の頭をマウスで引っ張ったり押し潰したりして歪めて見せた。「現実の物体を使ってこういう風に自由にいじれるハイパーオブジェクトを作ることができる。ワイヤーフレームにしたり、好きなビットマップを貼り付けたりすることだってできる」マウスがさらにすばやく動きまわる……バービーの頭がグリッド上のメッシュに変わった。飛び跳ねるプラスチック製の髪の毛の一筋一筋まで鮮明に描かれている。さらにキャンベルのマッシュルームクリームスープのラベルが頭を覆うストッキングのように人形の頭に貼り付けられる。とんでもなく奇妙でおかしな光景だった。まるでまんがの登場人物がゴムのように伸び縮みした時のようなおかしさだ。
「面白そうながらくたから何だって作り出せる。形は関係ない。形状をデジタル化できるんだ。デジタル化すれば形は好きにいじれる。そして最後にそいつを出力できる」彼がすばやくキーを叩くと別の機械が低いうなり声を上げ、震えながら動き始めた。機械はゴムで目張りされた巨大な代物で、まるで規格外の巨大なコピー機のようだ。電子レンジにいれたサランラップのような臭いがあたりにたちこめた。
「使っている樹脂はエポキシをベースにしている。こいつで自動車を作るわけにはいかないが普通のドールハウスではよく使われている。出力の最終段階ではインクに切り替わる。オブジェクトに貼りつけたビットマップがそのまま焼き付けられるんだ。どんな柄だろうがね。だいたい一立方インチ出力するのに一分かかるから、こいつもそろそろ終わるはずだ」
しばらく彼はその機械を指でとんとんと叩いていたが、そうするうちに機械のリズミカルなうなり声が止まって中で何かが転がり落ちる音がした。彼は蓋を開けると中に手を伸ばして引き伸ばされて歪んだバービー人形の頭を取り出した。その表面にはキャンベルのスープのラベルがプリントされている。彼がスザンヌにそれを手渡した。ちょうどフィッシャーマンズワーフにある機械から吐き出される潰れたペニー硬貨のように温かいのだろうと彼女は思っていたが予想に反してそれは冷たかった。手触りはまるでプラスチック製のマーガリンの容器で重さはペーパーウェイトほどだ。
「こいつがビジネスってわけだ」レスターが言った。「少なくとも俺たちはそう聞いている。俺たちはクールなものを作ってそいつをウェブにいるコレクターに売ってきた。大富豪どもさ。売るのはひと月に一つか二つで一つだいたい一万ドルくらいだ。だがケトルベリーが言うにはやつは俺たちを産業化するんだそうだ。労働の喜びから俺たちを疎外し、組立ラインへ送り込むんだとさ」
「彼はそんなことは言っていない」ペリーが言った。スザンヌは自分が耳をそばだてているのに気がついた。ペリーがレスターの肩を優しく小突く。「レスターはふざけてるだけだ。俺たちが必要としているのは二、三人の雑用係と何台かのもっと大きなプリンターなんだ。それがあればもっと控えめな機械を百でも、もしかしたら千でも作れるようになる。俺たちは設計の微調整がすごく簡単にできるんだ。なにせ金型がいらないからな。組み立ての手間もなし。生産数を百個に限定して作って、設計をやり直してまた百個作ることもできる。注文に応じて作ることだってできる」
「それからMBAが一人必要だ」レスターが言った。「コダセルは俺たちががらくたをペソに変えるのを手助けするために経営者を送り込むのさ」
「ああ」ペリーが困ったように瞬きしながら言った。「そうなんだ。経営者を」
「ビジネスギークにもまともなやつがいることは知っている」レスターが言った。「自分たちが何をやっているのか常に気にかけていて慎重にことにあたる人たちだ。礼儀正しく思慮深い。弁護士と一緒だ……全員が下劣なやつってわけじゃない。中には驚くほど有能で、助けになってくれるやつもいる」
スザンヌはその言葉を昔ながらの小さな螺旋綴じのノートに書きつけた。「いつ来るの?」
「来週だ」レスターが言った。「仕事用のスペースやらなんやらはもう用意済みだ。ケトルウェルの仲間がイサカでリクルートしてきたやつらしくて俺たちと働くために下見もせずにここに引っ越してくるんだ。いかれてるだろう?」
「いかれてる」スザンヌは同意した。
「さて」ペリーが言った。「それも来週の話だ。やらなきゃならない仕事はまだ残ってるがそろそろ昼だ。昼飯にしないか?」
食べ物と極度に太った男たちのことを考えるとそれはスザンヌにとっては厄介な質問だった。ちょうど火傷でひどい傷を負った人間にマシュマロを炙りたくないかと尋ねるようなものだ。しかしレスターにとっては厄介でもなんでもなかった……もちろんそうだろう。彼は食事をしなければならない。どんな人間でも食事をしなければならないのだ。
「ああ、IHOPへ行こうぜ」レスターは小走りに自分の作業場に戻ると片手にステッキを持って出てきた。「ここから歩いていける距離だと飯を食える場所は三ヶ所ある。メキシカンブリトーの移動販売ワゴンは数に入れない。俺ならあそこで食おうとは思わない。ありゃあ、赤痢の宣伝カーだ。IHOPは三つの中じゃ一番ましなところだ」
「車でどこか行くってこともできる」スザンヌは言った。正午が近づき、外に出ててショッピングモールの廃墟に歩み出すとその暑さはまるで食器洗い場の蒸気のようだった。彼女はブラウスの襟に指を入れて二、三度、空気を送り込んだ。
「唯一の運動の機会なんだ」ペリーが言った。「このあたりから歩いていける距離にあるものだけで生活したり働いたりするのはなかなか難しい。しまいには車の中で生活することになる」
そういうわけで彼らは街道沿いに歩いて行くことになった。歩道は古い部分と新しい部分がおかしな具合につぎはぎになっていた。コンクリートはまだ剥がれていないがフロリダの暑さで伸びすぎた背の高い雑草が生い茂っている。そいつが彼女の足首を強くするどく擦った。庭に生える芝とは大違いだ。
歩いて行く方向と平行にゆっくりと流れる黒い水で満たされた水路が走っていた。水路は鳴き声を張り上げるカエルやアヒル、トキ、それに膨大な数の蚊でいっぱいだ。道の反対側には空の駐車場、人のいない広場、ガソリンスタンドの廃墟が立ち並ぶ。そんなガソリンスタンドの一つの背後にテントと掘建て小屋が固まって建っていた。
「ホームレス?」彼女はみすぼらしい集落を指さして尋ねた。
「ああ」ペリーが答える。「このあたりには大勢いる。AARPの自警団的な一派や貯金を使い果たしちまったトレイラー住まいの年寄り定年退職者たち、それからたんにここでキャンプしてるやつ。だめ人間やジャンキーもいるし、どっかから逃げてきたやつもいる。見た目ほど悪いやつらじゃないよ……あそこでの生活を気に入ってるのさ。俺たちは家具やらジャンクヤードにある使えそうなものやらをあいつらに持って行ってやってる。掘っ立て小屋の村を作るくらいの気力があるホームレスだ。ショッピングカートを押してるようなやつらや浜辺でごみ漁りをするようなやつらみたいに完全に動物になりさがってるわけじゃない」彼はマラリアでいっぱいの水路の向こうにいるアイロンのきいたカーキ色のズボンとこぎれいなバミューダシャツを身に着けた老人に手を振って呼びかけた。「やあ、フランシス!」老人が手を振り返す。「IHOPで何か買ってきてあげますよ。一時間くらいしたら」老人は手をしわのよった額まで上げて敬礼して見せた。
「フランシスはいいやつだ。航空宇宙関係のエンジニアだったそうだ。彼の話を信じればのことだが。奥さんの体が悪くなってその看病をしているうちに破産しちまった。奥さんが死んだ後、最終的にはキャンピングカーに乗ってここにたどり着いてそれからずっとここに住んでる。この小さな区画の非公式な町長みたいなもんだ」
スザンヌはフランシスのうしろ姿を見つめた。足が少し悪いらしく引きずっているのがここからでもわかる。彼女の横でレスターが息を切らしていた。どうやらフロリダで散歩を楽しめる者は誰もいないようだ。
IHOP、インターナショナル・ハウス・オブ・パンケーキズ、に着くまでさらに三十分はかかった。店は一店舗だけかろうじて営業している小さなショッピングモールの向かい側にあった。ショッピングモールの店には九十九セントのTシャツの広告が貼り付けられ、それがスザンヌの気をひどく滅入らせた。九十九セントTシャツの店の前には女のジャンキーがいた。背中まで伸びたねずみの巣のような髪の毛を除けば、かさかさに日焼けして小さなタンクトップとショートパンツを身に着けている様子は歓楽街の売春婦のように見えなくもなかった。彼女はおぼつかない足取りで駐車場をうろついていた。
「すみません」彼女がうそ臭いカリフォルニア訛りのお嬢さん言葉で言った。「すみません。何か食べるものが欲しいんです。子供のためなんです。まだ母乳が必要なんです。食べないともたないんです」彼女の剥き出しの手足は注射の跡だらけだ。スザンヌは彼女のタンクトップの上に広がるシミが母乳の跡だと気がついてぞっとした。彼女のたるんだ胸の上に白っぽい湿った汚らしいシミが広がっているのだ。「赤ん坊のために一ドル、一ドルだけお力を」
サンフランシスコにも同じようなホームレスがいた。サンノゼだって同じだろう。しかし彼女には彼らがサンノゼのどこに隠れているのか見当もつかなかった。しかしこの女について言えばクラックをキメて注射を打ち、らりってる。彼女はハンドバッグを探ると五ドル紙幣を取り出してホームレスの女の方に差し出した。女はところどころ抜け落ちた乱杭歯を剥きだして笑ってからそれに手を伸ばしたかと思うと突然、スザンヌの手首をつかんだ。握る力は弱々しく手は湿っていた。
「そんな目で私を見るんじゃねえ。あたしと変わらねえくせに。この売女が!」スザンヌは力づくで手を引き離すとすばやく後ろに下がった。「そうだ。失せろ! 売女! くそが! 昼飯を楽しむんだな!」
彼女は手を振り回し続けた。ペリーとレスターが並ぶようにして彼女を取り囲む。レスターはホームレスの女をなんとか落ち着かせようとした。
「油ののったけつが欲しいか? くそ野郎が。あたしとファックしたいのか? こっちにはナイフがあるんだ。耳を切り落として口に突っ込んでやる」
レスターはRCAビクターの犬のように首をかしげた。痩せっぽちのジャンキーの前にそびえ立つ彼の体は彼女の五、六倍の幅がある。
「調子は大丈夫ですか?」彼が丁寧な口調で尋ねる。
「ああ、ぴんぴんしてるさ」彼女が答える。「私とやろうってのかい?」
彼は笑った。「ご冗談を……あなたを押しつぶしてしまいますよ」
彼女も少し怒りが治まったのか前より落ち着いた声で笑った。レスターの声は低く、それが彼女の興奮を落ち着かせているようだ。「私の友達は決してあなたを見下そうとはしてないと思いますよ。ただあなたの力になりたかっただけじゃないかな」
ジャンキーはあたりをきょろきょろと見回した。「赤ちゃんのために一ドル貸してくれない?」
「彼女はあなたを手助けしたいんじゃないかと思うけど。一緒に昼飯をどうです?」
「あのクソ野郎どもはあたしを入れようとしないよ……トイレすら使わせちゃくれない。思いやりってもんが無いんだ。あんな野蛮なとこ行かない方がいい。あんなとこ行くなんて立派な人のすることじゃないよ」
「ええ、そうですね」彼が言った。「あなたが落ち着ける場所で食べられるように何かテイクアウトして来るというのはどうでしょう? お子さんの面倒を見るのは腹の減る仕事だ」
ジャンキーは首をかしげてから笑った。「ええ。いいわ。もちろんよ……ありがとう。本当に感謝する」
レスターはIHOPのショーウィンドウにかかったメニューを彼女に指し示し、彼女がメニューを選び終わるのを待った。彼女が選んだのは大盛りのキャラメルアップルワッフル、皮なしソーセージ、目玉焼き、ハッシュトポテト、コーヒー、オレンジジュース、チョコレート入り麦芽乳だった。「これで全部ですか?」彼が笑いながら聞いた。二人とも笑っていた。この信じられない量の食事にみんなが笑っていた。
彼らは店に入るとカウンターの横で待った。フロア係のコーンロウの髪型をした黒人青年が古い友人のようにレスターとペリーに頷きかけた。「やあ、トニー」レスターが言った。「席に案内してくれる前に外にいる彼女のためのテイクアウトの注文を聞いてくれるかな?」そう言って彼はさっき聞いたびっくりするような注文を繰り返した。
トニーは頭を振って肩をすくめてみせた。「OK。すぐ用意します」彼は答えた。「待ってる間に席に案内しましょうか?」
「いや、ここで待つよ。ありがとう」レスターが言った。「彼女に見捨てられたと思われると困るんでね」彼は振り向くと彼女に手を振って見せた。
「あいつはずる賢い。わかってると思うけど……注意した方がいい」
「ありがとう。トニー」レスターが答えた。
スザンヌはレスターの沈着冷静ぶりに驚いていた。どんなことが起きてもいらついた素振りを見せないのだ。テイクアウト用の袋ができあがった。「ナプキンとウェットナップを余分にいれときましたよ」トニーが袋を手渡しながら言った。
「すばらしい!」レスターが答えた。「座っててくれ。すぐに戻るよ」
スザンヌについてくるように手を振ってペリーがボックス席に向かう。彼が笑いながら言った。「レスターはいいやつだ」彼は続けた。「今まで会った中で一番のやつだよ。そう思わない?」
「どんな風に知り合ったの?」彼女はメモ帳を取り出しながら尋ねた。
「やつは3Dポインターを作っている会社のシステム管理者で、俺はそこの製品を買っている会社の技術者だった。その製品がぜんぜん動作しなくてね。俺はトラブルシューティングのためにやつと何時間も電話して過ごした。仕事がオフの時には一緒になって仕事中に思いついた面白そうで小さな試作プロジェクトやなんかをハックしてた。両方の会社が潰れた時にその倒産処分オークションで一揃いの工作機械を手に入れたんだ。レスターの伯父さんがあのジャンクヤードを所有していて彼が俺たちの工房を始めるためのスペースを提供してくれた。その後のことは知っての通り」
レスターが戻って来て話に加わった。彼は笑い転げている。「彼女、面白いんだぜ」彼が言った。「袋の重さを確かめて言うんだ。『やれやれ、皿に置かれるのがこのくそったれな代物ではこの国がこんなにとんでもなく肥え太るのも不思議じゃない』」ペリーも笑う。スザンヌは目をそらして神経質に含み笑いをした。
彼はボックス席の彼女の横の席に滑り込み、彼女の肩に手を置いた。「大丈夫。俺は四百ポンド近い体重の男だ。自分がでかくて太った男だってことはわかっている。もし俺がそのことを気にしていたら十分と耐えられんさ。自分がでかいってことを誇っているわけじゃないが恥じてもいない。こいつが俺には合っているんだ」
「もしそうできたとしても体重を減らそうとは思わないの?」
「思うよ? だけど選択肢はないんだって結論したのさ。俺はいつだって太った子供だったし、スポーツはずっと苦手だった。その習慣もなかった。結果、体中に脂肪をつけて動きまわるはめになって運動をしようと思い始めた時にはすでに相当の赤字額を貯めこんでいた。二、三歩走るのも難しい。歩くのがせいぜいだ。バスケットボールの試合にも加われないし、テニスコートからは追い出される。料理の仕方を習ったことはない。やればできるとは思うんだけど。だけどだいたい外食だ。気をつけて注文しようとはしてるけど俺たちが行くことのできる食事のできる場所ときたらこの有り様だ……このあたりのショッピングモールには健康的な食事を出すレストランなんて一軒も無いんだ。このメニューを見てみろよ」言うと彼はハイカロリーなシロップか何かが染み出すうず高く積まれたぎらぎらと光るワッフルのまるでポルノ写真のように光沢のある絵を指で叩いてみせた。「ホイップクリームとメイプルシロップ、それに缶詰の苺が乗ったキャラメルパンケーキだ。俺が子供の頃はこいつをキャンディーって呼んでた。値段は八ドル。十八オンス皿のキャンディーにソーセージと卵、ビスケット、ベーコン、それに一パイントのオレンジジュースがついてくる。もし君がこいつを注文したら三分の一か四分の一食ったところで腹いっぱいになるだろう。だけど目の前に食べ物を積まれてるといつ食うのをやめるべきか判断するのはそう簡単なことじゃない」
だがスザンヌは口出しせずにはいられなかった。「だけど自制心というものが……」
「ああ、自制心。自制心は問題じゃない。アメリカ人の四分の三が肥満だ。半分は俺と同様、危険なレベルの肥満だ。そんな時に問題になるのは肥満は俺たちの寿命を縮めるってことだ……言っておこう。これは自制心の問題じゃない。ここ五十年、俺たちの意志がどんどん弱くなっているなんて事実はない。そんなのは伝染病で死ぬのは家をきれいにしてねずみがでないようにする自制心が無いからだって言うようなもんだ。肥満はモラルの問題じゃない。疫学の問題なんだ。ごく少数、脂肪を貯めこみにくい資質を短絡して得た遺伝子を持つ人間、ごくわずかな少数派はいる。人類の歴史のほとんどの期間では適応的でない形質だ……より多くのアンテロープを捕まえようと追いかけている時に余計にカロリーを燃焼させちまう。遺伝子の受け渡しをするだけの期間を生きながらえる術は無い! 言うなれば君やペリー、ここにいる小さな痩せた体の君らはトランス脂肪や高果糖のコーンシロップ、IHOPの朝食用キャンディー一ポンドをまとめて体の外に放り出せるのさ。意志の力でそうできるんじゃないぞ……生き残るのに不利な遺伝子、劣性の肉体が発現しているおかげでそうできるんだ。
やせたいかだって? ああ。だがこれだけは言っておく。俺は飢餓に対して遺伝的によりよく適応しているだけで、豪華な食事に囚われているわけじゃない。さて、ということで飯にしよう。トニー、来てくれ。俺はキャンディーにする!」彼はにっこり笑って何に対しても動じていないようだった。その瞬間、彼を大好きになりそうとスザンヌは思った。この大きくて賢くて才気に満ちた面白くて愛すべき男を。それから我に返って彼を見ると彼はぜんぜんセクシーでもなく、ぶくぶく太って、ほとんどグロテスクと言っていいくらいに見えた。その外見の上に重なって見えた彼の内面の美しさのようなものが彼女を混乱させたのだ。彼女は自分のメモ帳を見返した。
「ところであなたたちと一緒に働く予定の三人目がいるって言ってたわね?」
「俺たちと生活する予定の、だ」ペリーが答えた。「契約だからな。昔の大学時代みたいなギークハウスってわけだ。俺たちは強力な三人組になるだろうさ……二人のギークに一人のスーツ、効率的で集中力抜群。スーツ野郎の名前はティジャンだ。シンガポール人。まずロンドンに移住して、それからイサカに移った。そこでケトルベリーが彼を見つけた。何回か電話で話したことがある。来週こっちに来るよ」
「あなたに会いもせずにこっちに来るの?」
「ああ。なるようになれだ。俺たちからすると軍隊か何かみたいだ。いったん入隊したらあちこちに派遣されるのさ。契約に含まれてるんだ。俺たちはもうこっちにティジャンの部屋を用意した。ゲスト用のベッドに新品のシーツを敷いて、予備の歯ブラシも置いといた」
「ちょっと落ち着かない気分なんだよ」レスターが言った。「ペリーとはめちゃくちゃうまくやってきたが俺は今までビジネスマンタイプのやつとはあまりうまくいったことがない。俺が金を稼ぐ必要性を認めない理想主義者だってことじゃないんだ。だけどああいうやつらは人をとんでもなく見下すことがあるだろう?」
スザンヌは頷いた。「それはお互いさまだわ。エンジニアに見下された口調で話されることを『スーツ』が嫌うってことはあなたもわかるでしょう?」
レスターは手を上げた。「俺は有罪確定だな」
「それで今週の残りは何をする予定なの?」今日は水曜日で今回の取材は土曜日までのつもりだったが、この分ではティジャンの到着を待たなければならなくなりそうなのは明らかだ。
「いつもと同じさ。がらくたからいかれた代物を作り出してコレクターに売って楽しむ。もし君がそうしたいならサンダーバードドライブインに行ってもいい。昼間はフリーマーケットをやっていて夜はドライブインになる、めちゃくちゃクラシックなドライブインだ。実質、最後の生き残りだろうな」
ペリーが話に割り込んできた。「あるいはサウスビーチに行って豪華な食事をする。車を飛ばせば行けるぜ」
「いいえ」スザンヌは答えた。「ドライブインの方が興味があるわね。特にそんな絶滅間近の代物なら。まだ時間が残されているうちに行った方がよさそう」
彼らは彼女の分も払おうとしたが彼女はそうはさせなかった。コーヒーの一杯だろうと誰かにおごらせたことはない。古いジャーナリスト養成学校の教科書通りの行動だがそんなものを守っている売文屋は実際のところ彼女くらいのものだろう。シリコンバレーにある新聞社で働く恥知らずの中にはただでコンピューターや旅行チケット、時には温泉リゾートのチケットさえもらう者がいるのだ……しかし今まで彼女がそれに惑わされたことは一度もなかった。