「彼らが必要としているのは道具を作るための道具なんだ」それが病院から戻って来たペリーが言ったことだった。怪我した目を覆う包帯がまだ頭の片側を包んでいる。包帯を巻いたまま髪を清潔に保つのに労力を割くつもりはないという彼の強い主張で頭は剃りあげられていた。そのせいで戻ってきた彼はずいぶん若く見え、薄い頭皮を通して形の良い頭蓋骨がよく際立っていた。以前はアウトドア好きなエンジニアといった風貌だったが今では過激派か海賊のようだった。
「必要としているのは何か使ったり売ったりするためのものを金をかけずに作るための道具だ」彼は自分たちが持っている3Dプリンターやスキャナーセットといったラピッドプロトタイピング用の機器を手で指し示した。「つまりこういうものだ。ただし必要な部品をプリントアウトして同じものを組み立てられるようにしたい。つまり自分自身を再生産できるマシンだ」
フランシスがいすの上で座り直した。「それを使うと何ができるようになる?」
「全てさ」ペリーは目を輝かせながら言った。「台所用品を作ったり靴や帽子を作ったり子供のおもちゃを作ったり……物置きに無いものはダウンロードできるようにするべきだ。道具箱とそこに入れる道具を作るんだ。作って組み立てて売り物にする。プリンターをもう一台作ってそれを売る。プリンターにいれる樹脂を作るマシンを作る。魚の釣り方を教えるんだ、フランシス、くそったれな魚の釣り方をな。『市場調査』に基づくトップダウンでの『ソリューション』なんていらない」……強調するように話す彼の様子からは皮肉る調子がうかがえた……「俺たちのやるべきことはみんなを自分自身の運命の執筆者にすることだ」
その夜、彼らは作業場のドアの上にあなた自身の運命の執筆者という看板を掲げた。レスターとフランシスへの説明の中で飛び出したこの大風呂敷を文字として書き記したペリーの後ろをスザンヌはついていった。電話で聞いたケトルウェルもあのテレビ局の若い黒人女性もそうだった。彼女は今ではそれが自分の裏庭で置きている現実の物語であることを理解していた。その次は電話越しのナショナル・パブリック・ラジオのスタッフ、そしてCNNのクルーだった。マイアミからやってきた彼らはまるでディズニーワールドに来た日本人観光客のようにバラック街と作業場を撮影して回った。そして街のすぐ脇にある薄汚れたショッピングセンターの廃墟には決して立ち入ろうとはしなかった。
フランシスには3Dプリンターの扱いに長けた弟子が一人いた。レスターの以前の雇い主である製造会社は既に二年前に倒産していたのでマシンに関わる作業は全て自分たちでやらなければならなくなっていた。フランシスの弟子……母親が父親をバスの前に突き飛ばしたと言っていた少年だ。名前はジェイソンといった……彼はレスターが扱いづらい機械で作業する様子を黙って二、三日観察していたがその後は頼まれる前に次に必要となる道具を彼に手渡すようになった。さらには毎朝レスターを悩ませていた問題の原因を突き止めてみせ、数時間ごとに起きる故障の間隔を伸ばすための原料ポンプの改良案を提案した。
「違う、そうじゃねえよ」監督する年下のギャング少年の一人にジェイソンが言った。「優しくやるんだ。そうしないと外れちまう」少年が取り付けた部品が外れてしまうとジェイソンは容器から交換部品をもう一つ取り出した。「見てろ。こうやるんだ」そう言って彼は取り付けてみせた。年下のギャング少年は尊敬するように彼を見た。
「どうして女の子がいないの?」スザンヌは一服休憩中の彼にインタビューする時に聞いた。ペリーは作業場の中を全面禁煙にしていた。表向きは工業用の様々な薬品といったものに火を近づけないためだったが実際の所はバラック街の住人がなかなか抜け出せない習慣から抜け出すことを後押しするためだった。他にも彼は自宅で小さな売店を開いているバラック街の住人にタバコを持ち込まないように頼んだりしていたがあまりうまくはいっていなかった。
「女の子はこういうものに興味がないものなんだよ、ご婦人」
「それはあなたの考え?」聞き捨てならなかったがこの男どもにはっきりと言わせて自分が言ったことを自覚させる方が賢明だった。
「違うさ。あんたのいた所ではそうじゃないんだろうが。どうかな? わからないけど。だけどここの女の子は違うんだ。あいつらは学校の成績はいいけど子供ができるとそれも終わっちまう。つまり、ええっと、俺が女の子たちをチームにいれたくないと思っているってわけじゃないんだ。あいつらはすばらしい働きをしてくれるだろう。俺も女の子は大好きだ。知ってるだろうがあいつらはやたらよく働く。くだらないことも言わないし周りともめたりもしない。だけどここにいる女の子は一人足りともこいつに興味をもっていないんだ。わかった?」
スザンヌが片方の眉を少し吊り上げるとジェイソンは居心地悪そうに座り直した。彼は剥き出しの腹を掻いてもぞもぞと姿勢を変えると言った。「俺はそう思うよ。なんでまたあいつらなのさ? 女一人に部屋いっぱいの男。ぞっとするね。ぎくしゃくするに決まってる。俺らは何もできなくなっちまうよ」
スザンヌはさらに片方の眉を吊り上げ、彼はさらに落ち着きをなくした。
「もちろんそれはあいつらのせいじゃない。だけど俺には仕事がたくさんあるんだ。そうだろう? その問題に時間を割くわけにはいかないんだ。あいつらの誰かが参加したいと言い出すとは考えにくい。俺が彼女たちを締め出しているわけじゃないんだ」
スザンヌは押し黙ったままノートにいくつかのメモをしていった。
「ええっと。俺も彼女たちに作業場に参加して欲しいんだ。いいか? たぶん参加するかどうか尋ねてみるべきなんだろうが。くそっ。この猿どもにやり方を教えられるんだから女の子にだって教えられるさ。あいつらは頭がいいからな。女の子たちはこの場所をもう少し働きやすい場所にしてくれるだろう。あいつらのほとんどは自分の家族の手助けをしようとしているから金を必要としている」
午後には一人の少女が参加するようになった。次の日にはさらに二人増えた。まだ若くてリップグロスを塗っていたが彼女たちの物覚えは早いようだった。それでスザンヌは満足した。