メイカーズ 第二部, コリイ・ドクトロウ

第一章


オーランドからハリウッドへの道はサミーが車で通るたびに悪くなっていく。高速道路の料金は毎年のように値上がりするし路面の状態はどんどんひどくなっていくのだ。ガソリンの値段のぼったくり具合ときたら心臓麻痺を起こしかねない。十年前、サミーがディズニーイマジニアリングで働き始めた時、会社はかかる費用を全て経費で負担してくれていた……レシートを集めるだけで現金が戻ってきたのだ。だがパークスがその株主とともに分離されて以来、新しい緊縮財政が敷かれ、バーバンクの会計屋どもは一マイルあたりの最大支払額を決めた後は実際にかかった費用のことなど気にしなくなった。

この競合調査の仕事にはうんざりしていた。このままだとサミーは破産してしまうだろう。

高速道路を降りると道はさらに悪くなった。バラック街は増殖に増殖を重ねていた。かつてのショッピングモールの駐車場には干された洗濯物が列を連ねている。信号機の下ごとに挑発的でテクノな飾りをごてごてと付けた露店商や二十一世紀版の洗車ホームレスがたむろしている。彼らは扇情的なアニマトロニクスが乗せられた台車や無限の種類があるのではないかと思わせるほど多種多様な種類のロボット犬を連れていた。ディズニーワールドは(その黄金期に比べれば少なくなってはいたが)まだかなりの数の観光客を集めていたが観光客が群れて泊まるのはマイアミから離れた場所だった。避寒旅行客は過去十年の大規模な人口の攣縮の結果まったく目にしなくなった。そしてその子供たち世代はといえばそんなものをおこなうための経済的な手段を持ち合わせていないせいで両親が買い、今は放置されている別荘で冬を越そうなどとは頭にのぼりもしないのだ。

かつてウォールマートがあったあたりは特にひどかった。そこのバラック街の住人は三階あるいは四階まで増築を重ね、寄り集まった建物はまるで中世の町ように迷路じみた通りを作り上げていた。新しい町ができあがりつつあるその土地とショッピングモールについてはかつての所有者が不動産収入を得ようと所有権を主張していた。破産裁判所はその訴えを認めていたがブロワード郡はずっと前にその執行を止めていた。

ウォールマートの莫大な数のパーキングロットの間に車を停める頃にはあたりは暑くなり、エアコンは音を上げていた。歩く彼の後ろには彗星の尾のように汚らしい身なりの少年たちが連なった。コンピューターで作ったローマ皇帝の格好をした彼の胸像を売りつけたがっているのだ……彼らはバラック街に住む3Dプリンターマニアから支払われるアフィリエイト手数料のために働いていて、熱心な売り口上はほとんどサンプル品を彼に投げつけんばかりだった。

彼らを押しのけて彼は青空市場の露店の間を歩いていった。それは失われてひさしいフロリダのフリーマーケットの残酷なパロディーのようだった。ここのジプシーたちは改造すれば単発の手製銃を作れる組立部品やマリファナ用の水キセルや違法な出力の無線アンテナを売っていた。フルーツのスムージーや怪しげな「ビーフ」ジャーキーもあった。メキシコのフォトノベラの海賊版ハードコピーにファンの二次創作による触手がでてくる日本のポルノコミックのコピー本もだ。どれも好奇心をかきたてようとする派手派手しいひどいパッケージだ。それが全てがらくたであることをすでに知っているサミーでさえ興味を惹かれた。

ようやくウォールマートの前にあるチケットカウンターにたどり着くと彼はカウンターに五ドル叩きつけた。カウンターの向こうにいるのはフロリダから観光客を追い払ったやつらと同じ種類の男だ。剃りあげた頭、片方の目はやぶにらみでそちらの方の眉は連なる丘のような形をしている。無精ひげにしわだらけの革のような日に焼けた肌。

「やあ、ひさしぶり!」サミーは明るい声で言った。ディズニーで働くとたとえ胃がむかついている時でも明るく話すように教えられる……キャストメンバーのにこやかな笑顔というわけだ。

「また来たのか?」カウンターの向こうの男が笑った。犬歯が抜けていてそれが男をさらに怪しげに見せた。「まったく、たいしたもんだ。あんたのためにシーズンパスを作らなきゃならんな」

「がまんできなくてね」サミーは言った。

「あんただけじゃない。あんたもこのライドのヘビーユーザーの一人だがあんたが敵わないようなやつらもいる……ほとんど毎日来るようなやつらさ。まあ光栄なことだがな」

「これを作ったのは君なのか?」

「ああ」誇りで小鳩のように胸をふくらませて彼は答えた。「俺とあそこにいるレスターさ」そう言うと彼は打ち捨てられていたオレンジ・ジュリアスのスタンドを拾ってきて作ったとおぼしき小さなカクテルバーのいすに腰かけるハンサムな白髪の男を指した……まったくこいつらはどこからこういうがらくたを拾ってくるのか。ああいうファトキンスを以前にも見たことがあった。不自然なほど痩せて筋肉質だがどこか動きが緩慢なのだ。ああいうやつらは十キロカロリーダイエットとゼロ体脂肪と非ステロイドな筋肉増強剤の合成物だ。十年前であればモデルにもなれただろうが今ではたんに摂食障害による肥満を抜けだした人間の一人に過ぎない。かつては歩いてライドからライドへ移動できない病的に太ったアメリカ人を運ぶ電動車いすのせいでディズニーワールドの中を歩くことも難しかった時期もあった。しかし最近ではそこも体にぴったりと張りつく服を着た筋肉隆々のファトキンスで一杯で、まるでジムの広告のようになっている。

「すばらしい仕事だ!」再びキャストメンバーのように彼は言った。「おおいに誇るべきだ!」

経営者の男は笑ってからそばにあった蒸留器に指したストローを長々と吸った。「さあ入りな……おべっか使いさん!」

サミーはガラス扉を抜けて中に歩みを進めた。そこはエアコンの効いたまるで無限に続くかのように見える洞窟だった。ウォールマート跡地はフットボール場五つ分の大きさがあった。そこに慎重に目隠しの緞帳と壁を配置して空間を覆い隠し、余計なものが見えないようにしてあるのだ。目の前には一筋のスポットライトの中に置かれた乗り物があった。

恐る恐る彼はそれに乗り込んだ。そのデザインはよく見知ったものだ……ファトキンス人間ムーブメントが起きる前にはうんざりするほどこの手のものを目にした。ピッチやヨーを制御するジャイロを使った階段を昇ることのできる車いすだ。絶え間ない制御で立ち上がったり、座ったりするのだ。全盛期を知るディズニーワールドのベテランであれば死体を運び出すのにフォークリフトが必要になるほど巨大で不健康な怪物の記憶とともにこれを憶えているだろう。しかしこのライドの開発者たちはそのデザインにさらにいくつかの改良を加えていた。乗り物の動作自体はオリジナルと変わらないがこれが模造品であることはまちがいない……あのコピーキャットどもが金を払って五万ドルする本物を買っているわけがない。

驚異のキャビネットへようこそ

かつて新しい生活と労働のあり方の兆しがアメリカに訪れたことがありました。十年代のニューワークブームは比類なき革新の期間であり、エジソンの時代以来絶えて見られることのなかった創造性のカンブリア爆発であり……エジソンも比肩し得ないものだったのです。ニューワーク革命を作り上げた人々は模倣者でも詐欺師でもありませんでした。

彼らの驚異の発明は実に五、六週に一つのペースで生み出されました。あるものは踊り、あるものは歌い、あるものは忠実な伴侶となり、あるものはまったくの道化者でした。

現在ではそのすばらしい作品のほとんど全てが消え失せてしまいました。ニューワークの崩壊のためです。彼らは自らを生みだしたがらくたの山へと戻ってしまったのです。

この驚異のキャビネットに我々は黄金時代の最後の残滓を、時代の暗闇へと投げかけられる一筋のかがり火の光を保存しています。

ライドが動いている間は座席から立ち上がらないでください。ジョイスティックを手前に倒すことでライドを止めて展示を近くで見ることができます。またジョイスティックを引くとその作品のナレーションを聞くことができます。

もし作品が醜く無価値で場違いだと思ったらジョイスティックを左に動かして評価をマイナス一下げてください。もし作品が非常にすばらしいと思ったらジョイスティックを右に動かして、評価をプラス一上げてください。あなたの評価は絶えずおこなわれているキャビネット内の並べ替えに反映されます。この並べ替え作業は時々刻々、ロボットによっておこなわれます。キャビネットの床を動きまわっている彼らの姿をあなたも目にするかもしれません。

このライドは十分から一時間続き、その時間はあなたがどれだけ展示物の前で停まるかによって変わります。

それではお楽しみください。そして我々の黄金時代に思いを馳せてください。

ここでプラス一、マイナス一の仕掛けを目にするのは初めてのことだった。前に来たのはほんの四日前だったがこれまでの何回もの訪問の時と同じように彼らは大幅な改良をライドに加えていた。新しいデザインをレビューするための会議を開くかどうかイマジニアリングが調整のやりとりをしている間に彼らはライドの改良を終わらせるのだ。

彼はジャケットの襟の折り返しにつけたワイヤレスカメラをタップしてプリセットされたカメラの光補正とぶれ補正をおこなってからジョイスティックを動かした。イス型マシンがよろめくような優雅な動作で立ち上がると二つの車輪で前方に進み始めた。スピードをあげながら傾くようにして角を曲がるとイス型マシンはライドのメインスペースへと進んでいった。ジャイロが制御をおこなうことはわかっていたがそれでもディズニーの安全に配慮されたライドとはあまりにかけ離れたまるで制御不能に陥ったゴーカートのような動きに彼はひやりとした。

イス型マシンはブレーキ音を響かせながら角を曲がり最初の展示へと駆け込んだ。それは切断された自動車がちらばるジオラマだった。一台ごとにそれぞれ異なる常軌を逸したテクノロジーがつめ込まれていた……ヒューリスティックに交通状態を監視して送信するダッシュボードデバイス、縦列駐車のための自動制御装置、P2Pの音楽共有用コンピューター、一見したところ稼働可能にみえる小型水陸両用車まであった。小さなボンドバグを水上でも走れるように作り替えたものだ。

イス型マシンはそれぞれの展示の周りを勢い良く駆けまわっては立ち止まり、その発明者や古いギズモの所有者の思い出を語った。そのストーリーは簡潔で甘美でどれもユーモアに溢れていた。そこに並べられているのは死産したすばらしい世界の古い地層から掘り出された遺物だったのだ。

その次は台所とバスルームだった……さまざまなバスルームがあった。改良型トイレがついたもの、改良型シャワーがついたもの、改良型バスタブに、改良型床材に、改良型照明……それにベッドルームや子供部屋もあった。次々に展示が現れるハイパーミュージアムといったところだ。

内装は最後に彼が来た時よりはるかに進化していた。たくさんの風変わりな装飾品があった。剥製のワニ、ビンテージものの旅行ペナント、インド更紗のランプ、アクションフィギュアの小さなジオラマといったものだ。

ちょうど彼が自作Tシャツとニットキャップと明るい色の毛糸で編まれた3Dのビデオゲームのキャラクターに囲まれた布用プリンターの前で立ち止まっている時、他のイス型マシンが通りかかった。乗っていたのは美人な女性だった。歳は三十代、織物の向こうから照らすスポットライトにホワイトブロンドのシャギーにした髪が輝いていた。彼女は車いすを止めると愛おしそうに手を伸ばして点滅しながらウエストバンドを駆け巡る有機LEDのアップリケが施されたショートパンツを置いた。「これにプラス一してくれませんか? 私が作ったものの中で一番売れたものなんです」そう言って水着モデルのような輝く笑顔を彼に向けた。さらに彼女は車いすで進んで行くと次の展示で止まり、子供部屋のジオラマの中にドールハウスを置いた。

なんてこった……彼らはライドにユーザージェネレイテッドコンテンツを取り込んでいるのだ。すばらしい。

夢中でプラス一、マイナス一のレバーを操っているうちにライドは終わった。彼は注意深く最高だと思ったものにプラスを、場違いなもの……例えば動物のぬいぐるみでできた機械じかけのアニマトロニクス製ジャグバンドの真ん中に誰かが置いていった下品なセラミック製の水ギセル……にはマイナスを投票した。

ライドが終わると彼はウォールマートの広場の中央へと歩いていった。再び目にした輝く太陽が目に染みて彼はサングラスを取り出した。

「やあ、だんな。こっちに来て見てくれよ。サングラスなんかよりもいいものがあるぜ」露店から彼に手招きをした男は中年の不良といった格好だった。剃りあげた頭、タトゥー、奇抜なサイクリングパンツを履いていてその上に太鼓腹が垂れ下がっている。

「わかるか? 偏光レンズでできたコンタクトレンズだ……医療的にも光学的にも無害だぜ。インド人は全員こいつを入れてるんだ。そいつを俺たちがこのフロリダで作ったというわけだ」彼はケースからフィルム状のプラスチックでできた半球を取り出して、まぶたを押し広げるとそこにはめた。眼球の虹彩が周囲の白目のほとんどの部分とともに薄い黒い色に変わる。レンズ全体にマオリ族のタトゥーに似た幾何学模様がダークグレーで描かれていた。「五分くれればプリントできる。普通のは十ドル、もし模様入りが欲しけりゃ二十ドルだ」

「いや、このサングラスを気に入ってるんでね。けっこうだ」サミーは答えた。

「いいから買ってみろよ。女ってのはこういうのが大好きなんだぜ。話のきっかけになるのさ。外見をアニメかなんかみたいにして見ろって。あんたみたいな人だったらこいつに二十ドルくらい払うのはたいした出費でもないだろう」

「いや本当にいいんだ」サミーは言った。

「試してみるだけだよ。それから考えてくれ。この前の水曜日に予備をプリントしてまだ品質保証期間が一週間しか過ぎていない。まだまだ使える。ちゃんと密封包装された未使用品だ。その方がいいだろ。定価でお買い上げだ。さあ、品質をみればきっと欲しくなる」

気がつくと彼は密封包装されたプラスチックパックのレシートを手にしていた。レシートはショッキングピンクの紙に印刷され片側にはミシン目がはいっている。「あぁ、どうも……」それをポケットに突っ込みつつ彼は言った。押し売りは大嫌いだった。うまく断ることができないのだ。だから今では自動車さえオンラインで買う始末だった。

「いやいや、こいつは商売じゃないんだ。あんたはそいつを試してみる気になった。別の見方をしてみよう。あんたがいったんそいつに惚れ込んじまったらどこでそいつを買うと思う? そいつは安全な代物だぜ。つけてみなよ。大きなコンタクトレンズをはめてるようなもんさ」

サミーは歩み去ろうかとも思ったが今となっては他の露店商も彼を見守っていてその監視の目が彼の意思を挫いた。「手が汚れててね」彼は言った。露店商はにやにや笑いながら袋詰めされた滅菌ティッシュを黙って差し出した。

ひどい目に合うに決まっていることはわかっていた。彼は手を拭くとパッケージを破いて開け、レンズを取り出してそれぞれの目にはめると二、三度瞬きをした。世界の色調が反転して灰色がかったものに変わった。まるで色付きのフロントガラスを通して見ているようだ。

「わお、あんた。ワルになったぜ」露店商が言って手鏡を取り出した。

サミーは手鏡を覗いた。彼の目は光沢のある黒いビーズに変わっていた。隅の方のミッキーマウスの頭をかたどった細かい装飾を除けばまるでねずみの目のようだ。その商標権侵害には思わずにやりとさせられたがすぐに彼の身は強ばって口の中が乾いた。彼の姿は十歳は若く見えた。まるで両親をディズニーワールドに引っ張っていく十代後半の流行に敏感な若造だ。不良の集まりに現れては人を小馬鹿にして笑いながら股ぐらをかきむしり、自分の金玉がどこにあるか大声で喚くようなやつだ。彼の地味な坊主頭はまるでレトロなスキンヘッドのように見え、きれいにひげを剃った丸い頬は少年のようだった。

「二日間は最高の状態を保つ……目が痒くなり始めたら外せばいい。一週間は保つやつもある。ミッキーのマーク付きで二十ドルだ。ドナルドや鉄腕アトムの模様のやつもあるぜ。他にもいろいろある。ちょっとこのカタログを見てみろよ。いくつか俺がデザインしたやつもあるんだ」

興味ありげな振りをしてサミーはカタログを見ていった。そこには彼がいつも癖で覗いてしまうタトゥーショップのショーウィンドウに並んでいるようなたぐいのものが載っていた。頭蓋骨と蛇、サソリと裸の女たち。中指を突き立てたミッキーマウス、ペニスバンドを着けたデイジーダック、SMの女王様の格好をしたミニーマウス。会社は商標権侵害者の通報に報奨金をつけていたが会社の弁護士がこの不法居住者に使用停止の命令書を送りつけるところがどうしたわけか彼には想像できなかった。

結局、彼はディズニーのシリーズをひとつずつ買った。

「このねずみが好きなようだな、ええ?」

「ああ」彼は答えた。

「俺は行ったことがないんだ。値段が高すぎてな。俺にはここのライドで十分だ」彼はウォールマートの跡地を手で示した。

「こいつが好きなようだな、ええ?」

「もちろんさ。こいつはクールだ! どこが変わったか見るためだけにときどき乗るんだ。いつ行っても違うとこがいいのさ。それに自分の作品を置いてっているやつらも好きだ。なんて言うかあいつらを見ているとさ……」

「何だ?」

突然、露店商からそのタフな不良じみた雰囲気が消えた。「俺の人生でも最高の時期だった。俺は3Dプリンターを作って動かしていたんだ。兄貴は自動車修理が好きだった。親父もそうだったしな。だけど誰が車なんか必要としてる? どこに行こうってんだ? 俺が作ったものは何でも作れた。そいつがどんな理由でどんな風に終わるのか俺にはわからなかったが、そいつが続いている間は何かとんでもない世界の王様にでもなったような気がしていたよ」

声から陽気さが消え、皮肉を言うような調子だった。露店商の黒いビーズのような瞳に涙が溜まっていた。最初に見た時より彼はずっと若く、二十代半ばに見えた。もし郊外の自宅持ちのような格好をさせれば明るい性格の器用な手先を持った賢く教養ある人間に見えただろう。サミーは密かに自分を恥じた。

「ああ」彼は言った。「僕はその頃は普通の仕事をしていたからぜんぜん知らないんだよ」

「そりゃ損をしたな、だんな」露店商は言った。彼の後ろにあるプリンターがプラスチックのパッケージに入った最後のサミーのコンタクトレンズを吐き出していた。露店商はそれをひとまとめにすると酒屋が使うような茶色の紙袋に入れた。

サミーは紙袋を抱えて重い足取りで市場を見て回った。何を見ても気が滅入った。ディズニーワールドの客は減り続けていて、それを再び増やす方法を見つけ出すのが彼の仕事だった。それも金をあまり使わずにだ。彼は以前、何度かそれをやり遂げていた。一度はライブアクションのロールプレイングもので、一度はファンタジーワールドを風刺が効いたゴシック系に作り変えて(昔からあるウォルトディズニーカンパニーと完全な別会社になったからこそできたことだ)だった。しかしそれも今度で三回目だ……ひどいもんだ。彼にはそれを達成するためのアイデアなど全くなかった。ここの風変わりなウォールマートの不法居住者たちは有望そうに見える。しかしこんなものを生産性の高いプロのロケーションベース型エンターテイメント製品に移植することが可能だろうか?

汚らしい身なりの少年たちはまだローマ皇帝の胸像を抱えて駐車場にたむろしていた。彼らを追い払うために手を振り回したが、気がつくと彼は自分の頭が付いた胸像を抱えていた。彼が歩き回っている間にこの小ねずみどもの一人が売りつけようと彼の頭を3Dスキャンして胸像を作ったのだ。ローマ皇帝の姿をした彼は自分で想像していたよりも老けていた。年老いて疲れていた。まるで衰退していく帝国の皇帝のようだ。

「二十ドルだ。だんな。二十ドル、二十ドル」少年が言った。歳は十二歳くらいでまだ幼さの残る丸々とした体形をしていた。伸ばしたちぢれ髪はまるでたんぽぽの綿毛のようだった。

「十ドル」サミーは疲れた自分の顔を手に持ったまま言った。胸像はまるでエポキシ樹脂のように滑らかで驚くほど軽い。3Dプリンターで使える樹脂にはさまざまな種類があったがいずれにしてもこれに使われているものは非常に軽いものだ。

少年はいかにも抜け目なさそうだった。「二十ドル、それで他のガキどもを追っ払ってやる。OK?」

サミーは笑った。彼はその少年に二十ドル手渡すと、財布を用心深くジャケットの内ポケット奥深くに押し込んだ。少年が甲高く口笛を吹くと他の少年たちはすぐに消えていなくなった。この企業家は二十ドルをしまいこむとこれは自分たちの間の秘密だとでもいうように自分の鼻の横を叩いて見せてから市場の露店の間へと走って消えていった。

空気は蒸し暑くサミーは疲れていた。もし信号に捕まればオーランドへ戻るのには五時間はかかるだろう……そしてその日はあらゆることが彼の思惑と反対に動いたのだった。


©2014 Cory Doctorow, H.Tsubota. クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示-非営利-継承 3.0