「やあ、フランシス」フランシスは町長用に作られた家の二階のバルコニーに座ってネオンに輝くバラック街を眺めていた。最近はいつも一人きりで、いつもなら周りに引き連れている年長のギャングの少年たちもいなかった。彼はペリーに向かって手を振ると入ってくるように身振りで示し、さらに彼の携帯電話を鳴らしてみせた。
どうやってフランシスはあの悪い足でこいつを昇りきったのかと思いながらペリーは狭い階段を上がっていった。そのうえフランシスは一本のビールでも酔っ払う質なのだ。
「調子はどうだ」
「そうだな。あんまりいいとは言えないな」ペリーは言った。彼はビールを一本空けた。バラック街で作られたビールでちょうどベルギービールのように果物を使ってアルコール度数を高めたものだ。できあがったビールは強くて甘いものになる。今飲んでいるものはラズベリーを使っていてまるで赤いソーダのように少しピンクがかった色をしていた。
「友達同士があまりうまくいっていないと聞いたぞ」
「まあね」ここでは秘密にできることなどないのだ。
「あの小柄な女は道の向こうに自分だけの部屋をとったよ。うちのやつもそういうことをしたものさ。女ってのはいかれてる。そういうことをときどきやらかす。とんでもなく怒るとただ立ち去るんだ」
「俺も怒ってそうしたことがある」ペリーは言った。
「ほお。そいつはまた。俺もだ。いつもさ。だがたいていの男はスーツケースに荷物を詰めて立ち去るだけの根性はないもんだ。女は根性が座っている。何はなくとも根性だけはある」
ペリーはぶつぶつと悪態をついた。なぜケトルベリーは自分に電話してこないんだ? 何が起きている?
彼はケトルベリーに電話をかけた。
「やあ、ペリー!」
「やあ、ランドン。調子はどうだ?」
「調子?」
「そう。どんな具合?」
「具合だって?」
「ああ、エヴァが出て行ったと聞いたもんでね。そのあたりはどうなんだ。何か俺たちで話し合えることは?」
ケトルウェルは何も言わなかった。
「そっちに行こうか?」
「いや」彼が答えた。「どこか別の所で会おう。どこがいい?」
彼がテラスに姿を見せるとフランシスは何も言わずにケトルウェルにビールを一本手渡した。
「それで?」
「みんなはここからそう遠くないモーテルにいる。子供たちは棺桶みたいな部屋に大喜びだ」
フランシスは自分用にもう一本ビールを開けた。「子供たちは今日の昼間はこの場所に大喜びだったがそれより喜んでるとは想像しがたいな」
「エヴァはだいぶ怒っている。私が引退してからあまりうまくいってなかったんだ。どうも私は四六時中、誰かと一緒にいるのが苦手らしい」
ペリーは頷いた。「知ってるよ」
「そいつはどうも」ケトルウェルが答える。「それに」彼が自分のビールの栓を抜いた。「それに浮気をした」
それを聞いた二人は息をのんだ。
「彼女の親友とだ」
ペリーは小さく咳払いした。
「エヴァが妊娠していた頃の話だ」
「それでもまだあんたは息の根を止められずにいるってわけか? 忍耐強い女性だ」フランシスが言った。
「彼女は本当にいい女なんだ」ケトルウェルが答える。「最高の女だ。私の子供たちの母親でもある。だがその出来事のせいで少し病的なくらいに嫉妬深くなった」
「それで今後の計画はどうなんだ、ケトルウェル? 計画を立てるのは得意だろう?」ペリーは言った。
「彼女が落ち着くまで一晩は置くべきだろう。それから会う。怒っている間は何をやっても無駄なんだ。明日の朝には仲直りしているだろうさ」
翌朝、気がつくとペリーは3Dプリンター用の樹脂の注文作業に追われて必死になっていた。もっと大量に必要だ。ついに昨晩、他のライドがオンラインになったのだ。ここに来るまでにはうんざりするほど続くネットワーク上の問題、不調なロボット、うまく協調しようとしないプリンターとスキャナーが立ちはだかっていた。だが今ではネットワーク上には七つのライドが存在し、客は展示物の並び替え、追加、排除をおこなっていた。それを全てのライドで一致させるのだ。プリンターはぶっ続けで稼働しっぱなしだった。
「ここの人間は休み無しだな」伸び続けるライドの客の列を肩越しに親指で指しながらレスターが言った。「すぐに営業開始の準備にとりかかるか?」
ペリーは古典的な専門馬鹿の罠にかかっていた。問題を解くことだけに関心を奪われ問題解決の最後の三パーセントは残り全部を合わせたよりも大変だということに気がついていなかった。その間にもロボットたちは展示物をプリントし、全国に散らばったライドと全く同じように配置しようと試みていてライドは混乱状態だった。
「すぐにとりかかろう」ペリーは言った。彼は立ち上がって混乱状態の周りを見渡した。「お手上げだ。この惨状はしばらくは片付かない。くそ。開けてくれ」
レスターはそうした。
「わかってます、わかってます。だがこれはライドの課題なんです。配置を揃えようとしているんです。私たちがここ数ヶ月この問題に取り組んできたことはご存知でしょう? これは成長の痛みなんです。さあ、お代は返します。また明日来てください。問題は全部解決しているでしょうから」
怒っている客は常連の一人だった。毎朝、仕事前に乗りに来る人々の一人だ。彼女は痩せて背が高くギーク特有のオタクじみたアクセントでまるでエンジニアのような話し方をした。
「プリンターの種類は?」レスターが割って入る。ペリーは笑い出しそうになるのをせきでごまかした。レスターは彼女のプリンターの内部や外部のことに話題を変えてうやむやにさせるつもりだ。いつのまにか彼女はなだめられているというわけだ。
ペリーは次々にチケットを売った。
「やあ、また会ったね」それはボストンで姿を見せたスーツ姿のあの不気味な男だった。この男がなぜボストンの開店パーティーからあんなに急いで立ち去ったのかについてティジャンはおかしな持論を持っていたがそれが正しいかどうかは誰にもわからなかった。
「やあ」ペリーは言った。「ずいぶんひさしぶりだ。ボストンから戻ってたんだな?」
「何ヶ月も前にね」男は汗をかきながらにやりと笑ったが調子が良いようには見えなかった。頬にはいくつかの拳の跡がはっきりと見て取れる。できたばかりのあざだ。「このライドに乗るのを我慢できなくて。ずいぶん間が空いちまったけどね」