メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第一章


前日の晩にサミーはクーラーボックスをいっぱいにして車の後部座席に積み込み、コーヒーメーカーのタイマーを仕掛けておいた。そうしておいて午前三時の時計のアラームとともに彼は出発したのだった。まず死ぬほど濃いコーヒーをがぶ飲みしてから彼は後部座席に置いた氷で冷やした蒸留水へと手を伸ばした。窓を下ろしたままにして湿地帯を吹く涼しい朝の風を浴びる。フロリダの一日の中でも一番気持ちのいい空気だ。しかしこれもすぐに蒸し暑い空気に変わる。

小便をしたくなったときにはわざわざパーキングエリアを探すこともなく、高速道路の路肩に車を停めて飛び降りて済ませた。なんの問題があるというのだ? こんな時間だ。彼とトラック運転手と早朝のフライト便へ急ぐ観光客ぐらいしかいない。

予定より早くマイアミに着くと彼は道端のレストランに入って少食な人間だったら殺されかねない量の朝食をとった。こいつがファトキンス用のものであることは疑いようがない。胃もたれにうめきながら車へ戻ると彼は道端で商売人が市を開いているウォールマート跡地へと車を走らせた。

ボストンのライドで騒ぎを起こした時、自分がグリンチ役を買って出て楽しんでいるみんなの邪魔をしたのにフー村のクリスマスの祝祭が続いたことに彼はがっかりさせられていた。しかし今度こそはと彼は期待に胸をふくらませていたのだった。ライドの葬式でみんなが記念品を売っているのを見ると今度こそ嬉しさがこみ上げてきた。死者に鞭打つようなその行為を見ればライドの運営者のやる気もおおいに削がれるに違いない。

警官たちのいらだつ様子を目にすると自然と彼の顔に笑みが浮かんだ。いらだつ警官はひどいトラブルに不可欠の要素だ。彼は背後に手を伸ばして氷で冷やしたコーヒーをとると音をたててそれを開けた。溶け込んでいたCO2の弾薬が気泡を吐き出す甲高い音が聞こえる。

そこに今度はスーツを着た男が現れた。まるで変身ヒーローものに登場する影の実力者が現実に現れたようでサミーは不安になった。あんな男が登場することは彼の筋書きにはない。しかし見ていると男はあの特徴的な眉の男と大げんかを始めた。そして眉の男が彼から走り去った。

ライドがある場所全てで書類を提出するための予算を弁護士どもに承認させるのは骨の折れる仕事だった。おかげでサミーは自分の調査結果に少々ごまかしを混ぜなければならなかった。この案件が相当な額の金をもたらすこと、フロリダでの客足が落ちている問題の原因がそのライドにあること、弁舌を弄してなんとかそれをアピールしたのだった。だがそれだけの価値はあった。こいつにどう対処したらいいのかやつらが判断できないでいるのは明らかだった。

眉の男は入り口に止まったパトカーに向かって突き進んで行く。そしてそう。やつらが来た。自動車五台分のゴスどもだ。自作のものとゴミ捨て場から拾ってきたものとが入り混じった悪趣味な品々が詰まった袋を積み込んだ彼らの車がライドの入り口に急停車した。

車から降りた彼らはうろうろとあたりをうろついては質問して回っていた。何人かが警官に近づいていく。話し合いという雰囲気ではなさそうだ。身振りによる会話は一五〇フィート離れたところからも読み取ることができた。

ゴス:だけどおまわりさん。俺はこのライドに乗りたいんだあああああ。

警官:お前らにはうんざりだ。

ゴス:俺の周りじゃ憂鬱なことばかりだ。どうして自分のライドに乗っちゃだめなんだあああああ?

警官:おまえをもっと困った状態にしてやってもいいんだ。逮捕して留置所に送り込んでな。男か女かよくわからん芝居がかった馬鹿は全身黒ずくめの服を着てフロリダの空の下でたむろってりゃいいんだ。

ゴス:写真をとってもいいか? ブログに載せてやるよ。そうすりゃみんな、あんたがどれだけ最低なやつかわかるだろう。

警官:ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、小娘じゃあるまいし。おまえは俺の写真を撮ってけんかを売るっていうんだな。その態度がいつまで続くか、手錠をかけられて車の後部座席におさまる前によく考えるこった。

胸糞悪い路上の露店商ども:はっはっはっ。見てみろよ。あのゴスの小僧ども、警察にけんかを売ってるぜ。あのポリ公の金玉の小ささは半端ないな。

警官:俺を怒らせるんじゃない。怒った俺の相手はしたくないだろう。

眉の男:おい。みんなもう少し仲良くできないのか? こいつを騒ぎにしたくはないんだ。

くずども、ゴスども:うひゃひゃひゃ。黙ってな。あのまぬけなポリ公どもを見ろよ。うははは。

警官たち:うー、がるるるる。

眉:ああ。ちくしょう。

さらに何台かの自動車が停まった。路肩は人でいっぱいになり、幹線道路はのろのろと走る車で渋滞している。

さらにゴスどもが増えていく。ゆっくりとファミリーカーがその騒ぎに近づき、それからスピードを上げて去っていった。もめ事に巻き込まれる危険を冒すのはごめんなのだ。彼らの一部はあのくそったれな高速道路に乗ってオーランドへと車を走らせるだろう。本当に愉快なものがあるのはあそこだ。

四車線ある道路は塞がれて一車線と半分ほどになっていた。バラック街の住人と車で到着した人々が右往左往して幹線道の残りの部分をつまらせているのだ。ゴスどもは車を交差点まで戻して駐車し、あたりを歩きまわったりライドへの供物にするつもりだった品を運んだりクローブたばこをふかしたりしている。

サミーがデス・ウェイツに気がついたのはデス・ウェイツがこちらを向く直前だった。おかげで見つかる前に首を引っ込めるだけの時間があった。忍び笑いを漏らしながら彼は車の窓の下に屈みこんだ姿勢のままコーヒーを飲み干した。

騒ぎはどんどん大きくなっていった。大勢の人間が警官を質問攻めにしている。道端にいる人間の怒鳴り声を浴びながら車が通り抜けようとしていた。ときおりゴスがボンネットを殴りつけようとし、そのたびに車が少しだけ後ろにさがったり前に進んだりしている。一触即発の状況だ。サミーは火種を投げ込んでやることにした。

ハンドルを道路に向けて大きく切り、クラクションを鳴らしてエンジンを吹かすと彼は安全とは言いがたい速度で人混みの中に突っ込んでいった。通り過ぎざまに人々が彼の車に手を叩きつけていったが彼はかまわずクラクションを鳴らしながら人混みをかき分けて進んでいった。車をよける人々が露店商のテーブルをひっくり返し、商品を踏みつぶす。

バックミラー越しに見ると混乱が始まっていた。ある者は拳を振るい、ある者は足を滑らせ、ある者は海賊版商品が並べられたテーブルをひっくり返していた。イエーイ! パーティーの始まりだ!

彼はもう一度左にハンドルを切ると進路を幹線道路へと向けた。後部座席に手を伸ばして新しいコーヒーの缶をつかみとり、音をたてて開ける。そこで我慢できなくなった。彼はくすくすと笑いだしその笑いは高笑いへと変わっていった……腹の底からわき上がってくる大爆笑だった。


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