メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第十六章


息が詰まるような午後の暑さに汗が流れる。再びギプスをはめられた腕は燃えるように痛んだ。ヒルダが彼にデス・ウェイツの記事を見せたのは二人がオハイオで乗継便のための審査を受けている時だった。TSA運輸保安局の検査官は彼のギプスを黒色火薬の残留物検知器で入念に舐めまわしていた。記事を読みながらペリーは思わず声を上げて飛び上がり、おかげで三回目の検査をフルコースで受けるはめになった。ラテックスの手袋をした医者はいなかったがそれに近い扱いを受けることになった。

ヒルダは自分の携帯電話とにらめっこをして事件についてものすごい勢いで調べていった。ときどき電話をかけては話し込み、それからまた電話をいじくり回す。二人とも飛行機の窓の外はたいして見なかったがペリーは頭の中でこの帰郷での自分のなわばりツアーのリハーサルを繰り返していた。どの馬鹿馬鹿しい名所を紹介するか、どのおかしな話をしゃべるか、ときどきヒルダの喉元に鼻を押し付けて休みながらも考え続けていた。

だがメーリングリストのメッセージに飲み込まれ、マディソンにいる人間の何人か……とりわけデス・ウェイツの件でひどく動揺して知り合いみんなに身の安全に気をつけるよう電話して回っていたアーニー……と電話で話した後、二人はまっすぐにライドへと向かった。タクシー運転手はトルコ人でライドのあたりをあまり良く思っていないようだった。彼はスピードを落として道路脇によるとここで降りてくれと言いだし、ペリーはとにかくライドまで二人を連れて行けと言い張った。

「いいや。降りないぞ。何回言わせるんだ。俺は腕を折ってくそったれなギプスを着けているんだ。ここから一マイルもスーツケースを運ぶなんてごめんだ。俺はあそこに住んでいる。大丈夫、安全だ。かんべんしてくれ。別に紛争地帯に連れて行けと頼んでいるわけじゃないんだぞ」

彼はこの男にチップを払いたくなかったがしかたなく払った。このタクシー運転手はとにかく安全第一でいきたかっただけなのだ。安全第一主義の人間は大勢いる。だからって彼らがくそ野郎というわけではない。そのせいで彼らが無力で役立たずであったとしてもだ。

ペリーがチップを払っている間にヒルダがタクシーのトランクからスーツケースを引っ張りだし、瞬きをする間もなくまるでスナイパーから逃げ出すかのようにタクシーは走り去った。

ペリーは顔をしかめた。凱旋帰郷のつもりだったのだ。自分のおもちゃや作品の全てをこの少女に披露するつもりだった。町が二人の目の前に現れても二人はドクター・スースも驚くようなその町の光景に目を留めることなくそこに踏み込んでいった。

「ちょっと待ってくれよ」ペリーは言って彼女の手をとった。「こいつを見てくれよ? 最初に建てられた掘っ立て小屋だ。今じゃ五階建てになっている」その建物は下の方の階はプレハブコンクリートで、上の方の階はもっと軽い素材でできていて屋根は竹で作られていた。「設計は実験的なものなんだ。陸軍工兵隊のものから拝借している。だけどレベル五のハリケーンにも耐えられると言われている」再び彼はにんまりと笑った。「たぶん竹でできている部分は無理だろうがな」

「そうね」ヒルダが答えた。「あれは何?」彼女は彼の気持ちを悟ったのだろう。炎上したライドの騒動に飛び込んで再び仕事に忙殺される前にこのあたりを彼女に見せておきたいという彼の気持ちを彼女はわかっていた。

「さすがお目が高い。あれはこの大陸で一番のバーベキュー場だ。壁が少し煤けているのがわかるだろう? 炭化されたごちそうだ。油とスパイスとヒッコリーが交じり合っている。削りとって香水代わりにびんに詰めておくといい」

「おえ」

「レマーのところのリブは一度試して見るべきだ」言って彼は彼女の尻をつついた。彼女は悲鳴をあげると彼の肩を殴りつけた。食堂や遊んでいる子供、青空教室、保育園、工房。彼は自分がその設立を手伝った場所を連れ回して彼女に見せていった。

「おや、ずいぶんとひさしぶりのやつがいるな」フランシスが言った。昨年以来、彼はずいぶんと老けたようだった。度重なる酒浸りによって顔は皺とたるみだらけの赤ら顔に変わっていた。まだ昼食の時間にもなっていないというのに強く抱きしめられた時には酒の臭いがした。

「フランシス。こちらヒルダ・ハンマーセン。ヒルダ。こちらフランシス・クラマー。航空宇宙エンジニアにして余暇を楽しむ紳士だ」

彼女の手をとると彼は軽くそこにキスし、ヒルダは快くそれに目を向けた。

「我々の愛すべきこの小さな村はいかがですかな。ハンマーセンさん」

「まるでおとぎ話から抜け出してきたようですね」彼女は言った。「クリスチャニアについてはお聞きになったことがあるでしょう。そこがどれだけすばらしく平和なところだったかも。けれどテレビに映る無断居住者の話といえばいつだってクラック密売所と自動車からの銃撃のことばかり。あなた方はここで何かを手に入れられたんですね」

フランシスが頷く。「私たちはいわれのない非難を受けている。だがここも自分の持ち物を誇る人々が住んでいる他の場所と実のところ変わりはないんだ。私は自分の居場所をこの二本の腕で作り上げた。もしジミー・カーターがここにハビタット・フォー・ヒューマニティと一緒になって現れたら私らは山のように良い評判を集められただろうと思うよ。死んだ元大統領無しでことを進めたばっかりに私らは悪党にされたんだ。警察がここで何をしたかペリーはあなたに話したかな?」

ペリーは頷いた。「ああ。彼女は知っているよ」

フランシスは彼のギプスを軽く叩いた。「よくできたハードウェアだ。相棒。聖書を押し付けてくる慈善家どもが手助けしようと言い出す頃にはあんたは古代の伝説の英雄になっているだろうさ。人の手は借りるな。あんたは人肉を喰らう人の形をした地下住人だ。あんたらの仲間とライドも同じことだぞ。もし子供の脳みそに爪を深く突き立てた巨大企業を後ろ盾に持つことになったらあんたらはパッケージツアー業者の餌食にされるだろうさ。ショッピングセンターの廃墟の中心で自分の力だけでやっていけ。あんたらは泥にまみれた最下層民なんだ」

「たぶんそれが正しいんでしょうね」ヒルダが言った。「だけど正しくない部分もあります。マディソンでは地元の人たちは私たちを受け入れてくれています。みんな私たちがすばらしいことをおこなっていると考えてくれているんです。警察が現れた後も彼らは食べ物やお金を手にやって来て私たちがライドを立て直すのを助けてくれました。この国でも根性の座った活動家を気に入ってくれる人は大勢いるんです。みんながみんな過保護な大企業を必要としているわけではありません」

「ヒッピーな学園都市に引きこもっていれば隣人が殺人鬼じゃないと理解できるだけの十分な脳みそを持った人間にいくらでもお目にかかれるさ。だが最近じゃそういうヒッピーな学園都市もそう多くはない。あんたら二人の幸せを願っているよ。だがあんたらは今日はひどい目にあわないようにと願いながら朝、家のドアを出て行くような人間になるだろうさ」

その言葉を聞いてペリーはデス・ウェイツのこと思い出し、緊迫感が彼の体に戻ってきた。「OK。俺たちはもう行かなきゃ」彼は行った。「ありがとう。フランシス」

「会えて嬉しかったよ。お嬢さん」言ってほほえんだ彼の顔はたるみと皺だらけの痛々しいものだった。これまでに増して重い足取りで彼は足を引きずりながら去っていった。

二人は喫茶店で大テーブルを囲む仲間をなんとか見つけ出した。二人がドアから入っていくとみんなが盛大な歓声で二人を出迎えた。これぞあるべき帰還の姿だ。だがペリーが頭数を数えいくと誰もライドの世話をみていないということに彼は気がついた。

「おいおい。いったい誰がライドの面倒をみているんだ?」

みんなは彼にブラジルの件を話した。ヒルダは頭をかしげながら話に耳を傾け、その表情は驚きから動揺、そして歓喜へとめまぐるしく変わっていった。「それじゃあライドが五十もできたっていうの?」

「それも一度にだ」レスターが言った。「いっせいに開業した」

「とんでもない話だわ」ヒルダが息をはいた。ペリーは何も言葉を発することができなかった。ブラジルの様子を思い浮かべることさえできなかった……ジャングルなのか? 浜辺なのか? その国について彼は何も知らなかった。そこの連中が五十ものライドを作り上げたのだ。それも彼に何の連絡もとらずにだ。彼とレスターはプロトコルをオープンなものになるように設計した。そうすれば二人がやっていることを他の者がコピーしやすくなるだろうと考えたからだ。だがこんな事態はとてもではないが……。

まるでめまいを起こしたような気分だった。

「それで君がヨーコだな?」最後にレスターが言った。みんながその言葉にほほえんだがまだそこには緊張があった。ものすごいことが起きたばかりなのだ。他の何よりも大きい、デス・ウェイツを襲った暴行事件よりも大きい、ペリーがこれまでにおこなった何よりも大きいことが。彼の頭の中から何かが別の大陸の国へと伝わったのだ……。

「あなたが例のマブダチね?」ヒルダが言い返した。

レスターが声を上げて笑った。「こいつは一本とられたな。会えて本当にうれしいよ。それにあいつを連れ戻してくれた礼を言わんとな。やつがいなくて寂しくなりはじめた頃だったんだ。なんでかはよくわからないんだがな」

「彼を手放すつもりはないわよ」彼の腕を握りしめながら彼女が答えた。それでようやくペリーは自分がみんなの元に戻ってきたという気分になった。小さな女の子たちは目を皿のようにしてヒルダを見つめていた。その様子を見た彼はスザンヌとエヴァを除けば自分たちの小さな一団のメンバーは男ばかりだったのだということに気がついた。

「まあなんというか、ただいま」彼は言った。彼は膝をつくと少女たちに自分のギプスを見せた。「新しいやつだ」そう彼は言った。「古いやつはだめになっちまったんでな。こいつの飾り付けの手伝いが必要なんだ。君らならできるんじゃないかと思うんだが?」

レニチカが見定めるようにギプスの表面を見た。「私たちなら派手にやれると思う」彼女が言った。「どうおもう。相棒?」

ティジャンが鼻を鳴らして笑ったが彼女があまりに真面目でみんなは静まり返った。エイダはレニチカの厳粛な態度に合わせて重々しく頷いた。「もちろんよ。相棒」

「それじゃあ決まりだ」ペリーは言った。「俺たちは家に戻ってスーツケースを置いてくるよ。その後、ライドの準備ができていたら店開きといこう。レスターにも休みをやらなくちゃな。こいつが解放されればスザンヌも喜ぶだろう」

ピアノ線のように張りつめた別の種類の沈黙がみんなを包んだ。ペリーはレスターからスザンヌへと視線を動かし、しばらくして何かあったのだと気がついた。最初に湧きあがった感情が心苦しさでも不安でもなく好奇心だったことに気がつくのにはさらに時間がかかった。その後でようやく彼は自分がとるべき反応をしてみせた……友達に対する同情と大勢の人間が危機に陥っている状況の真ん中で二人が別の問題にかかずらわっていることへの苛立ちが入り混じった反応だ。

ヒルダが場の緊張を解いた……「みなさんに会えて本当に嬉しいです。今晩、夕食を一緒にどうです?」

「それはもう」ケトルウェルがここぞとばかりに食いついた。「私たちに任せてくれ……どこかいいところを予約して君たちの帰還を盛大に祝おうじゃないか」

エヴァが彼の腕をとった。「そうね」彼女が言った。「この子たちに選んでもらうわ」小さな女の子は興奮して跳ね回り、その興奮を感じとったまだ小さい弟たちが嬉しそうに甲高い大声を上げた。その声に再びみんなが笑顔になった。

ペリーは厳粛な表情で支えるようにレスターを抱擁し、スザンヌとエヴァの頬にキスした(スザンヌはまるで白檀のような良い香りがした)。ティジャンとケトルウェルとは握手を交わし、四人の子供は頭をぐしゃぐしゃになでてやった。それから二人は外へ踏み出すと息を切らせながらライドへと駆けて行ったのだった。


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