ヒルダとレスターは落ち着かない様子で隣り合ってソファーに座っていた。ペリーは二人が仲良くなることを望んでいたがレスターが再びあのヨーコのジョークを言おうとした後ではそこに化学反応が起きないことは明らかだった。今、彼らは珍しく全員で同じ画面を見つめていた。テレビのチャンネルは古いコメディーか何かの番組に合わせられている。誰も自分のラップトップを見てはいなかった。
張り詰めた空気があたりを包み、ペリーはそれにげんなりしていた。
彼は自分のコンピューターに手を伸ばすとあの野球グローブがどこにあるか検索した。リビングルームの壁際に置かれたケースの引き出しの二つがピンク色の柔らかい光を放った。彼はグローブをつかんで引っ張りだすと一つをレスターに放り投げてボールを拾い上げた。
「いこうぜ」彼は言った。「一緒にテレビを見るのが伝統的なやり方だってのはわかるがあまり社交には向いてないな」
ソファーから立ち上がったレスターの顔にゆっくりと笑顔が広がり、少し間を置いてヒルダもそれに続いた。ひび割れたプールのかたわらに立つと外にはゆっくりとたそがれが近づき、魔法のように赤橙色に染まった熱帯の空はまるで渦巻くシャーベットのようだった。
レスターとペリーはそれぞれグローブを手にはめた。ペリーはときおり自分のグローブをはめていたが実際にそれでキャッチボールをするのは初めてだった。レスターがゆるい山なりな球を投げ、それが彼のグローブにぴたりとはまるように飛び込む。音と衝撃で砂埃がミットのポケットからあがった。なんてこった。まるで聖なる儀式のようだった。
腕を骨折している彼にはボールを投げ返すことができなかったので彼はそのボールをヒルダに渡した。「君を俺の右腕に指名しよう」彼は言った。彼女はほほえむとボールをレスターに投げ返した。
たそがれが深まってベルベットのような暖かな暗闇に変わり、虫が鳴いて星が輝きだすまで彼らはキャッチボールを続けた。ボールを受けるたびに何か彼の胸のうちに長い間、澱んでいた痛みのようなものが夜の空気に消え去っていった。反対の手にはめられたギプスの重みにねじれて強ばっていたボールを受けている側の腕が解きほぐされて柔らかくなっていく。彼の心は穏やかだった。
誰も言葉を発しようとしなかったがときおりボールがすっぽぬけてペリーとレスターが二人して「おお」と声を上げたり、水の抜けたプールに転がり落ちるのではないかというようなジャンプキャッチをレスターがしてみんなで声を上げて笑ったりした。
キャッチボールなどペリーは子供の頃以来だった。父親はキャッチボールが得意ではなかったし、ペリーと彼の友達はボールを投げるよりもテレビゲームの方が好きだった。テレビゲームに比べるとキャッチボールは少しばかり退屈だったのだ。
だがその夜は夢中になってやった。あたりが真っ暗になり、ボールが勢いよく飛び交う二つ目の月のようにしか見えなくなってからも彼らはしばらくキャッチボールを続け、最後にペリーが自分のバギーパンツのポケットにボールを落としてお終いになった。「さあ飲もうじゃないか」彼が言った。
レスターが彼のかたわらに来ると盛大に熊のような抱擁をした。それにヒルダも加わった。「おまえ臭いぞ」レスターが言った。「まじでひどい。まるで熊の死骸の腐ったやつみたいだ」
三人は体を離すと一緒になって爆笑した。喘ぐようなくすくす笑いがおさまった時にはレスターは四つん這いで、ペリーの腕は痛みを忘れたようだった。彼がヒルダに身を寄せてその頬にキスをすると彼女は彼の方を向いて情熱的なとろけるようなキスを返した。
「飲みましょう」キスを終えながら彼女が言った。
彼らはミットを手に上の階にあがるとパティオで穏やかにとりとめもなく談笑しながら一緒にビールを飲んだ。その後、レスターが二人を抱擁しておやすみの挨拶をするとみんなはベッドへと向かったのだった。ペリーはヒルダの首の後ろに顔をよせて髪に顔をうずめながら愛していると彼女に言い、ヒルダが彼に身をよせると二人は眠りに落ちていった。