メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第二十二章


デスは物語にのめり込んでいた。ブラジル人たちはプロジェクトをフォークして独自のライドを作っていた……彼らも貧困街を中心とした独自のニューワーク文化を持ち、語られるべき別の物語を持っていた。ライド運営者の何人かがためらいがちに自分たち独自の展示品をライドに取り込み、ライドのファンの中から自分の通り道に置かれたブラジルの展示品を再構成する者が現れた。

それはすばらしい出来だった。それが置かれるべき場所が明らかで、既にもっとも良い場所に置かれていれば誰もそれを上書きしようとはしなかった。展示は自分自身で書き変わっていった。ライドに乗った人々の集合的な判断が混乱状態を秩序だったものへと変えていったのだ。

言いすぎだろうか? メッセージボードではこの物語が誰かによって計画的に作られているのではないかという推測が広がっていた……おそらくはライドを作った人間かライドの客の集団か……その誰かが意図を持って展示を並べ替えているのだ。そういう議論は形而上学的なものになりがちだった。何を持って「有機的な」ライドの判断と言うのだ? といった具合でその議論はデス・ウェイツの頭をくらくらさせた。

だがそれよりも彼の頭を混乱させたのはディズニーの件だった。サミーだ……サミーのことを考えると胃のむかつきを抑えることができず、麻酔で朦朧としている時でさえひどい吐き気に襲われた……サミーはライドのグロテスクなパロディーを作ろうとしていた。彼は世界中のリビングルームに進出しようとしていた。ゴス系ファンタジーランドが全盛だった頃にはすでに取り壊されていたライドさえも期間限定のミニチュアとして用意されていた。もし彼がまだディズニーパークで働いていればこのアイデアをおおいに気に入ったことだろう。それは彼がかつて愛したものであり、世界中の仲間たちと共に経験した知識であり、たとえそれが目に見えるものでなくとも彼はその部族の一員なのだ。

ライドと共にある今ではそれがどれだけ馬鹿げていたか彼にもわかった。なんと浅薄で底の浅い商業的なものだったことか。なぜ自分たちのコミュニティーを築くために巨大で邪悪な企業に金を払わなければならないのだ?

彼は物語のことを書こうとしては挫折し続けていた。どうもうまくいきそうになかった。だがサミーであれば……サミーに言いたいことならはっきりしていた。彼は鎮静剤が打たれるまでキーボードを叩き続け、目覚めるとまたキーボードを叩いた。引用するために古いメールを引っ張りだしてはそれをコピー・アンド・ペーストした。

そんなことを三日ほど続けているとあの弁護士がまた現れた。トム・レバインは細い襟のいかめしいスーツに身を包み、ネクタイには何かのメンバーであることを表すピンを付けていた。デスとたいして変わらない年齢のはずだったがデスは彼を見ると自分が小さな子供になったような気がした。

「あなたのインターネットでの活動について話しておく必要があると思いまして」デスのかたわらに腰を下ろしながら彼が言った。彼は道端の売店で買った塩バターキャンディーの詰め合わせを手土産に持ってきていた。キャンディーは二重らせん分子やアメーバ、骸骨といった生物学をモチーフにした奇妙な形をしていた。

「今でいいのか?」デスが言った。その日、医者は彼に新しい痛み止めを処方して具合が悪くなった時には点滴にそれを加えることができるよう彼にスイッチを渡していた。弁護士が彼に会いに来る直前に彼はそのスイッチを押して今はしっかり集中できる状態ではなかった。もっと言えば彼は会話にはまだ手慣れていなかった。オンラインでのメッセージのやりとりの方がまだましだ。何かを書いてから保存し、その後で前に戻って読み直してはきれいに書きなおす。そうしなければ取り留めもないひどい有り様になるのだ。

「私たちが今、賭け金の高い訴訟に関わっていることはご存知でしょう。ダレン?」

ダレンと呼ばれるのは大嫌いだった。

「デスだ」彼は言った。歯が抜けて舌足らずになったその言葉は痛々しく、まるで年取ったアル中のようだった。

「デス、OK。この賭け金の高い訴訟には最大級の注意と取り扱いが必要です。これは十五年に及ぶ旅なんです。終着点は彼らがあなたにそうしたのと同じようにあの会社の背骨をへし折ることです。一セント残さず奪い取り、役員連中を破産に追い込み、彼らの別荘を差し押さえ、口座を凍結させるのが目的です。ここまではいいですね?」

実のところデスにはよくわからなかった。ちょっとばかりうんざりする話に聞こえた。ご苦労なことだ。十五年だと。彼は今、十九歳だ。裁判が終わる頃には三十四歳になってしまう。それもこの弁護士の見積もりが正しければの話だ。

「たいそうな話だ」彼は言った。

「いえ、あなたに十五年間ずっとお付き合いしていただくことにはなりません。あなたに関係する部分は長くても一年で終えられるでしょう。しかし重要なのはここからです。あなたにオンラインでこの裁判にとって問題となり得るようなことを書き込まれると……」

デスは瞳を閉じた。彼はまずいことを書き込んでいた。ディズニーにいた頃にはよくそういう契約事項を目にした。何についてなら書き込みをしてもよくて、何についてはよくないか……だが実際のところ、彼は個人的な出来事や議論と一緒に見境なく何でも書き込んでいた。

「いいですか。あなたはこの裁判やそれに関わることについては書き込んではいけません。ここにその内容をまとめたものがあります。もしあなたがそういったことを書き込んだり、まずいことを言えばこの裁判全体が吹き飛んでしまう。彼らも無罪放免になるでしょう」

デスは頭を振った。一体何を書き込んではいけないというのだ?

「いやだ」彼は答えた。「いやだよ」

「私はお願いをしているわけじゃないんです。デス。もし必要であれば裁判所命令を出してもらうこともできます。これは真面目な話なんです……楽しい子供のお遊びじゃない。こいつには数十億ドルがかかっているんだ。一つの失言で、一つのまずい書き込みで、ぼんっ。全て終わりなんです。メールもだめです……君が書いたものは全て開示手続きが取られると考えた方がいい。メールには個人的なことは何も書かないでください……裁判記録に何も残したくない」

「そんなの無理だ」デスは言った。その声はまるでくそったれな知恵遅れのようだった。麻痺した口で涙を流しながら彼は訴えた。「できっこない。メールは生活の一部だ」

「いや、いずれは外にも出かけられるようになりますよ。これは議論の余地のある話じゃない。前に私がここに来た時、この裁判がいかに重大なものかはっきりと言ったはずです。君が書いた文書は読みました。率直に言ってあんなことを書くとは君の大人気なさと無責任さには驚いてる」

「俺には無理だ……」デスは言った。

弁護士の顔色は紫に変わっていた。もはや日に焼けた楽天的で上品な人間には見えなかった。怖い顔をした父親のようだ。まるでディズニーで目にするひどい興奮状態になりかけながら不機嫌な子供をひっつかんで平手打ちを食らわせようとしている父親のようだった。彼は本能的に身を縮こまらせて隠れようとし、それが彼に迫る弁護士にも伝わったようだった。まるで自分が食べられてしまうのではないかという感覚に彼は陥った。

「よく聞くんだ。ダレン……これは君にとって悪い話じゃない。私にとってもそうだ。私は裁判に勝つし、君もその結果をどうこうしようとは思っていない。ここで君に台無しにされる危険を犯すわけにはいかないんだ。君のその大人気ない、わがままな……」

そこで彼は自分を抑え、鼻から熱い息をデスの顔に吹きかけた。「聞いてください。今はとても大事な時期です。あなたや私とはつり合わない額の金だ。私はあなたをこの状況から助け出そうとしているんです。あなたが書いたもの、言ったこと、全てが入念に調べられるでしょう。今、この瞬間からその指先から生み出される情報はその一片にいたるまで夕方のニュースで放送され、今まで会ったことのある全ての人間に繰り返し読まれるものとして扱ってください。どれだけプライベートなものだと考えていようとそいつは外に漏れる。気持ちのいいものではないし、あなたがそう望んだわけでないことはわかっています。だがあなたが置かれた状況はそういうもので、これはあなたにはどうしようもないことだ」

そう言うと我を忘れたことやデスがおとなしく黙っていることに気恥ずかしさを感じるようにして彼は去っていった。デスは何度かラップトップを突き回した。もっとメモを書きたかったがたぶんそれもまずいことに含まれるのだろう。

彼は瞳を閉じた。今度こそ彼は自分の怪我の深刻さを感じた。真剣にそれを感じたのは病院で目を覚ましてから初めてのことだった。両足にはひどいすり潰されるような痛みがあった……両方の膝が折れ、左の腿は複雑骨折している。息をするたびに肋骨が痛んだ。顔は傷だらけで、口はまるでねじくれたハンバーグの塊を裂けた唇に貼り付けられたようだった。性器は……カテーテルが挿入されていたがその部分には感覚がなかった。彼は繰り返し手ひどく蹴りつけられていて医者は再建手術……それも複数回の再建手術……が必要で、それもやってみるまでは確かなことは言えないと話していた。

コンピューターをいじれるようになった時には体もいつまでもこんな状態ではないだろうと彼はなんとか思い込もうとした。だが今、彼の意識に肉体のことがよみがえってきたのだ。手元には鎮痛剤のスイッチがあった。痛みはいつもよりはましだ。しかしその時、これを何度も押せばまたしばらくは肉体から逃れることができるのではないかという考えが彼の頭に浮かんだ。

そして彼はそれを実行にうつしたのだった。


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