デスは発表の直後にディズニー・イン・ア・ボックスのことを知った。ここ十年近く彼のニュースフィードにはディズニーパークのニュースが配信されるよう設定されていた。ディズニーパークのニュース局からその小さな広告記事が配信されるとすぐにニュース記事フィルターソフトは着信音を鳴らして赤いマークがついたその記事をリストのトップに表示し、画面の両端ではアイコンが楽しげに飛び跳ねまわった。
発表の内容を読んだ彼は吐き気に襲われた。やつらはライドをまるまる奪い取ろうとしているのだ。さらに彼はある事実に気がついた。昔のイエスターランドの3Dモデルのほとんど、それに最近のライドの3Dモデルのいくつかはファンが作ったものだ。つまりそれも奪われるのだ。
さらに悪いことに彼は自分がわくわくしていることがわかった。ひと月近くぶりに彼が感じたマニア特有の興奮だった。
怒りに駆られた目で彼は画面を見つめた。怒りは鎮痛剤の効きは悪くする。つまり怒れば怒るほど痛みは増すのだ。スイッチを押して点滴の鎮痛剤の量を増やすこともできたがペリーとレスターと彼らの彼女(片方はスザンヌ・チャーチではなかっただろうか? とにかくそっくりだったのは間違いない)がまたノートパソコンを使っていいと言ってくれてからはできるだけ使わないようにしていた。コンピューターを使っている時には痛みを忘れることができた。
彼は時計を見た。午前四時。病室のブラインドはたいてい下ろされていた。彼は時間に関係なく眠り、目覚めてはネットをうろつき、また少し居眠りしてはネットをうろつくという生活を送っていた。食事の時間に彼が眠っている時には病院スタッフはかたわらのテーブルに食事を置いていったが体をスポンジで拭いたりあざだらけの血走った腕に新しい針を刺す時には彼を起こした。
このことを伝えることができる相手は誰もいない。もちろん四六時中ディズニーマニアが集まっているチャットルームはあったが彼らとはチャットしたくなかった。友達の何人かはまだ起きてドラッグパーティーで騒いでいた。しかし朝の四時に誰がラリってる相手とメッセージのやり取りとしたいと思うだろうか? 彼のタイピングの速度は一分間に三十語まで落ちていて、しかもそれさえ長く続けることはできない。彼が本当に欲しいのはこの件について話し合うことができる相手だった。
ペリーと話せたらと彼は痛切に感じた。メールを送りたいと思ったがデスにはある形にならない思いつきがあってそれを文字で残したくなかった。それだけうまくてすばらしい思いつきだったのだ。
電話をかけるというのは考えるまでもなく馬鹿げている。デスは彼のことをよくは知らなかったが午前四時に電話をもらって喜ぶ人間はいない。そもそも……以前、調べたことがあったのだが……ペリーの電話番号は電話帳にはなかった。
From: deathw@deathwait.er
To: pgibbons@hollywood.ride
Subject: 電話番号を教えてくれませんか?
ペリー、厚かましいとは思うんですがある重要なことについて直接話したいです。内容を文字で残したくありません。無理強いできる立場じゃないというのはわかっています。わざわざ病院まで会いにきてくれる心遣いまでしてもらった後じゃあなおさらですけど、とにかく番号を送ってくれませんか。もしくは俺の番号に電話して欲しいです。番号は……一八〇〇DEATHWAITS-GGFSAH。
あなたのファン
デス・ウェイツより
ラップトップが鳴りだしたのは五分後だった。病室には不釣り合いな大きな音で、その音に同室の患者が目覚める物音が聞こえた。マイク付きヘッドホンはない……なんてことだ。俺は馬鹿なのか? 待て、一つある。テレビからぶら下がっているあれだ。マイクはついてない。だがノートパソコンと組み合わせれば。ミュートボタンを叩くと彼はヘッドホンに手を伸ばしてそれをつけた。それから顔の近くまでコンピューターを持ってきて「もしもし」とその小さなマイクにささやいた。声はしわがれ、口の怪我のせいで言葉は不明瞭だった。何だって彼に電話しようと思ったんだ。自分はとんでもない大馬鹿だ。
「もしもし。ペリー・ギボンズだけど。デス・ウェイツ?」
「ええ。すいません。マイクがないんです。聞こえますか?」
「ボリュームを最大にすればなんとか」
気まずい沈黙が落ちた。どう切り出すべきかデスは悩んだ。
「何か話があるんじゃないのか。デス?」
「あなたがこんな時間に起きているとは思っていなかったんです」
「今夜は色々あってな」ペリーは言った。不意に自分のヒーローの一人と話していることにデスは気がついた。しかも彼は見舞いにまで来てくれたのだ。彼はさらに口ごもってしまった。
「何か事件があったんですか?」
「たいしたことじゃない」ペリーは答えて押し黙り、デスは不意にペリーが今夜大変な目にあったのは自分のこと、自分がペリーに話したことが原因だと悟った。それに気がつくと彼は泣き出したくなった。
「すみません」デスは言った。
「何か話があるんじゃないのか。デス?」ペリーがまた尋ねた。
デスは自分が見つけたディズニーのプリンターのことを彼に話した。ペリーが確認できるように彼は記事のURLを読み上げた。
「OK。こいつは面白い」ペリーが言った。本当に面白いとは思っていないことがデスにはわかった。
「まだ俺のアイデアを話していません」彼は言葉を探した。口の中がからからに乾く。「OK。ディズニーはこいつをものすごい数の人々の家に送り届けるつもりでしょう。こいつをパークで安い値段で売りだしたり、無料でマジック・キングダム・クラブのゴールド会員に送ったりすると思います。一、二週間ですごい数のこいつが全国に配られるでしょう」
「だろうな」
「ここからが俺のアイデアです。もしそいつでディズニーに関係ないものを作れたらどうなると思います? こっちのライドにあるものの設計図を使えたら? 友達の作ったものをダウンロードできたら? こいつがものすごくオープンなものになったら?」
電話の向こうでペリーがくすくすと笑い出し、それから声を上げて笑い始めた。大きい陽気な笑い声だった。「そいつはいい考えだな。おい」一息入れてから彼が言った。
そして次に起こったのはすばらしいことだった。このプリンターにどんな設計図を投入できるかについてペリー・ギボンズは彼とブレインストーミングをはじめたのだ。まるでとんでもない夢が現実になったかのようだった。ペリーは彼を対等な仲間として扱い、彼のアイデアを気に入り、採用していった。
そのうち彼は大きな問題に気がついた。「待って。ちょっと待ってください。やつらはプリンターに独自の樹脂を使っている。俺たちのプリント用設計図はやつらを太らせるだけだ」
ペリーが再び笑い声を上げた。心底陽気な声だ。「おいおい。そんなのうまくいくわけがない。インクジェットプリンターの時代からやつらは原料とプリンターを一揃いで扱おうとしているんだ。そんなロック、ぬれたティッシュみたいに簡単に破れる」
「だけど違法でしょう?」
「だからなんだ? 誰も気にしやしない。法律違反がどうの、もう知ったことじゃない。法律のおかげで弁護士は君に何をした。おいおい、どうしたんだ……いつも権威にごまをすっていたら反権威主義なサブカルなんてやってられないだろう?」
デスは笑い声を上げ、体がひどく痛んだ。病院に担ぎ込まれてから初めてあげた笑い声だった。もしかしたらディズニーワールドをくびになってから初めての笑い声だったかもしれない。体が痛んだがそれと同じくらい気持ちがよかった。まるで肋骨が折れた胸に巻かれた包帯が緩むかのようだ。
同室の患者たちが目覚めてその一人がナースコールのボタンを押したようだった。すぐにあの恐ろしげなウクライナ人看護婦が部屋に入ってきて朝の五時に病室で騒がないようにと怒った。それが聞こえたペリーはまるで長話し過ぎた古い友達のようにさよならの言葉を言い、デス・ウェイツは電話を切ると狂人のようににやにやと笑いながら浅いまどろみへと落ちていったのだった。