メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第三十三章


回りくどい方法を駆使してなんとかペリーはディズニー・イン・ア・ボックスを手に入れた。仲間の露店商の一人に頼んでマイアミの私書箱に届くよう注文を出してもらい、車を運転してそれを取りに行ったのだ。

そいつが届いたことを知らせるとレスターはようやく自分の部屋から姿を現した。何日もの間、レスターとスザンヌは無断離隊状態だった。ペリーが家を出ると起き出してきてペリーが戻ってくるとまた眠るのだ。最近ではまるで同じホテルに泊まっている通りすがりの旅行客同士のような状態だった。

ケトルウェルとティジャンからはなんの音沙汰もなかった。金につられて彼らの元に集まった人間とともにこの事態から手を引いたのではないかと彼は推測していた。ライド運営者のネットワークは落ち着いて今回のニュースを受け入れた……全てがコントロールの下にあり、物事はうまく進んでいると仄めかすメッセージを書くのをヒルダが手伝ってくれていた。

そんな状況だったがそれでも明日、ライドの店開き前に私書箱まで車で行ってくるとペリーがレスターにメールで伝えるとすぐに一緒に行くという返事のメールが返ってきた。

シャワーを浴びたペリーが出てくるとレスターは準備万端でコーヒーを飲みながら待っていた。まだ日が昇る前で外は暗かった。車に乗り込むまで二人はほとんど口を聞かなかったが走り出すとどちらともなく会話が始まった。

「ケトルウェルとティジャンはおまえを訴える気はないそうだ」レスターが切り出した。その短い一言の中に全てが詰まっていた。俺は彼らと話し合った。おまえにつくか、彼らにつくかよく考えたんだ。おまえのけつを拭いてやったんだ。おまえの側につく、そう決断したんだ

「そいつは良かった」ペリーは答えた。「もしそうなっていたら本当に面倒だった」

車を運転しながらペリーはレスターが何か言うのを待ったが彼は何も言わなかった。ひどく長いドライブだった。

帰り道でレスターはずっとディズニー・イン・ア・ボックスのことを話し続けた。すでにそいつの分解動画がオンラインにあげられていてエンジニアたちが微に入り細に入り解説をしては何がどうやっておこなわれているのかを推理していた。レスターはそういう動画を熱心に見て自分なりの考えをまとめていた。だからボックスを手に入れて自分の答えを確認したくて仕方がなかったのだ。ボックスの大きさはアイスボックスほどで膝の上に置くには少し大きすぎた。彼は肩越しにずっと後部座席のそれを見つめていた。

ボックスの表面には目をまん丸くして一つの箱を見つめる二人の子供が光沢のある画像でプリントされていた。箱からはディズニー風な絵柄のさまざまなものが噴き出している。ペリーが子供の頃に流行った「自分だけのモンスターを作っちゃおう」というおもちゃに少し似ていた。その古いおもちゃと同じようにボックスは彼の心を浮き立たせた。実際、これこそ全ての子供が夢みることではないか? つまらない原料から驚くべきものを作り出すマシンだぞ?

二人がライドまでたどり着いた時には店開きまでまだだいぶ時間があった。ペリーはバラック街の喫茶店で二回目の朝食を取らないかとレスターを誘ったがレスターは丁寧にそれを断るとボックスの取っ手を握って自分の作業場へと直行した。

しかたなくペリーはカウンターの後ろのいつもの持ち場に突っ立って一人、ライドの店開きの時間まで待つことにした。やがて露店商がやって来て彼に頷くように挨拶をし、ぽつりぽつりと客が姿を見せるようになってペリーは料金の徴収を始めた。

チケットカウンターは飛び散ったあと暑さで乾いた飲み物の胆汁のような甘酸っぱい不快な臭いがした。いすはすわり心地の悪いバー・スツールだ。中古キッチン用品店で安く売っているのを見つけて思わず買ってしまったのだ。そのいすに座って彼は何時間も過ごしていた。いすのせいで背骨の下のほうがひどく痛み、尻の肉はひしゃげていた。

彼とレスターのほんの戯れで始まったライドは今やムーブメントになっていた。そしてそれは彼の精神衛生にとっていいことではなかった。スツールになど座っていたくはなかった。酒屋で働くほうがまだましだ……必要な能力はたいして変わらない。

彼の物思いはヒルダからの電話で破られた。「ハイ。調子はどう?」彼女は言った。ベッドから跳ね起きた瞬間でも彼女は完全に普段通りの調子で話すことができた。コーヒーを飲むまで無脊椎動物だったり、シャワーを浴びるまで原人だったりという調整段階がないのだ。世界を踏みしめて立ち上がり、歩き出そうとする彼女の様子が想像できるようだった。

「やあ」彼は答えた。

「あら。ご機嫌斜めね。レスターと車の中でけんかでもした?」

「まさか」彼は言った。「何も問題はないよ。ただ……」彼はあたりの臭いとスツールと酒屋で働くことについて彼女に話した。

「市場の露店で働いてる友達を一人捕まえてチケットカウンターを任せるのね。それから私とビーチに行きましょう。もう何週間も経つのに私、まだ海を見てないのよ。海なんて都市伝説なんじゃないかと思い始めたわ」

そこで彼はその言葉に従った。ヒルダはビキニ姿で車を運転してきて彼は口をぽかんと開けた。ジェイソンからサングラス代わりのコンタクトレンズを買うとペリーは一番信頼できる露店商の一人にカウンターをまかせて車を走らせた。

ヒルダは彼に鼻をこすりつけるようにしてビーチまでの道のりをずっと彼にちょっかいを出して過ごし、赤信号で止まる度に彼にキスした。空は青く晴れわたり見渡す限りどこまでも視界は開けていた。二人は車を停めて休憩する度にオレンジ一袋と新聞、ビーチで敷く大きめのタオル、日焼け止め、ピクニック用のランチ、レプリカのビンテージステッカー集を一冊という具合に露店で買い物をしていった。

屋内駐車場でトランクから荷物を取り出すと二人はまぶしい日の光の下へと踏み出し、そこで吹く風の強さに気がついた。あまりの風の強さに通りに何歩か踏み出してすぐにヒルダが腰に巻いた布が吹き飛ばされ、ペリーは走ってなんとか風に吹き飛ばされるその布を捕まえた。猛烈な風だった。

二人が見上げると椰子の木はまるで弓のようにしなり、ホットドッグやハワイ風かき氷、宝石の露店商たちは急いで商品を車に片付けているところだった。

「どうやらビーチはお預けね」海を指さしながらヒルダが言った。水平線には黒い雲の壁がそびえ立ち、それが荒れ狂う風に吹き流されて二人の方へものすごいスピードで向かってくるところだった。「天気予報をチェックしておくべきだった」

風に吹き上げられた砂ぼこりが肌を刺す。一陣の突風が吹いてヒルダが文字通りペリーに向かって吹き飛ばされた。ペリーが彼女を抱きとめると二人は不安気な笑い声を上げた。

「これがハリケーン?」尋ねる彼女の声は半分冗談半分真剣な響きだった。

「たぶん違うさ」ハリケーンのことを思い出しながら彼は答えた。ハリケーン・ウィルマがあったのは彼がフロリダに引っ越した年のことだった。ウィルマを予測できた者は誰もいなかった。あれは海岸から数マイル先の沖でハリケーンになるまではただの熱帯性暴風だった。その後でキーウェストからキシミーまでの進路を幅五十キロに渡って壊滅状態に追いやったのだ。その頃、彼はマンション開発業者のために構造計算をおこなうありがちな仕事をしていた。そして加えられた一撃によってフロリダのマンションがどうなるのかを目にしたのだ。その時、彼はマンションのほとんどは夢と約束と針金とティッシュからできていることを知った。

ウィルマが通った後には木にひっかかった自動車や家屋にめり込んだ木々が残されていた。今吹いている風はまるでその時のようだった。あたりでぱちぱちという弾けるような音がする。ため息のように吹く風がやがてごうごうという暴風に変り、風があらゆる方向からいっぺんに吹いてくるように思えた……風に吹きつけられた建物の骨組みがうめき声を上げる。

「ここから離れないと」ペリーは言った。「今すぐにだ」

二人が屋内駐車場の二階にあがる途中で建物全体がうめき声を上げ、まるで弱い地震の時のように足元がかすかに揺れた。二人は吹き抜けの階段で凍ったように身を強ばらせた。駐車場のどこかで何かが別の何かにぶつかって雷のような轟音をたて、まさに雷鳴のようにこだました。まるで百丁のライフルを一斉に撃ったかのようだ。

ヒルダが彼の方を見た。「だめ。上には行けない。この建物から出なくちゃ」

彼もそれに頷いた。急いで通りに降りると二人は薄暗い雲が低く立ち込める空から降り始めたみぞれ雨の中へと踏み出した。エナジードリンクの広告が描かれた置き看板が剃刀の刃がついたフリスビーのように風の中で踊っている。看板をつなぐロープはビーチサイドにあるカフェの店の前に結び付けられていた。道の向こうのビーチでは砂浜清掃ロボットが風から身を守るために砂の中に潜り込もうとしていたがその試みも虚しくロボットたちはまるでじゃがいもについた害虫のように通りや海の中、建物に向かって吹き飛ばされていた。あたかも風に翻弄される死体のようだ。ロボットを助け出したいという不合理な衝動にペリーは駆られた。

「安全な場所へ行かなくちゃ」ヒルダはビーチと反対の方向を指しながら言った。「安全な場所に行って地下室を見つけるのよ。映画のツイスターで見たみたいに」

海面から水しぶきが飛び散り、道路を越えて二人に降り注いで体をずぶ濡れにさせた。さらに砂のシャワーがそれに続き二人は頭の先から爪先まで砂まみれになった。それが二人を突き動かし、彼らは走りだした。

走りだしてはみたものの通りには雨水が流れ、走る二人の脇をたくさんのがらくたが転がっていった。一ブロックほど走ったところで二人は水を跳ね上げながら道路を横切った。次のブロックを半分ほど進み、コーヒーショップとサーフィンショップの入った平屋の建物を通り過ぎたあたりで風が文字通りを二人を持ち上げて地面に叩きつけた。ペリーはヒルダの手をつかむとサーフィンショップの後ろの路地へと引きずっていった。そこには大きな回収用のごみ箱と壁に向かって落ち窪んだ戸口があった。二人はごみ箱の前を通り過ぎると戸口に身を隠して体を縮こまらせた。

物陰に隠れて初めて二人は嵐のものすごい音に気がついた。風の音が響きわたって再び雷鳴が轟いた。互いに抱き合ったまま二人は喘ぎ、体を震わせた。二人のいる戸口は小便の悪臭とオゾンの刺激臭がした。

「ひどい場所ね。吹き飛ばされそう」ヒルダが喘ぎながら言った。ペリーの折れていない方の腕がずきずきと痛み、見ると前腕にひどい傷が走っていた。あのごみ箱でひっかけたのだろうか?

「でかい嵐だ」ペリーは言った。「ときどき来るんだよ。色々吹き飛ばしていく時もある」

「何を吹き飛ばしていくわけ? ハウストレーラー? マンション?」二人は口に入った砂をつばと一緒に吐き出した。ペリーの腕からは血が流れ落ちていた。

「そういう時もある!」ペリーは答えた。二人は互いに身を寄せ合い建物の周りを吹き荒れる風の音に耳をすませた。風に吹き流されるごみ箱に押されて戸口がうめき声を上げ、次の瞬間、ごみ箱が数インチ横に動いた。目の前の路地には川ができていた。さまざまながらくたがその流れの中を流されていく。木の枝、ごみ、さらには電動バイクが道に引っかき傷をつけながらその川を痙攣するように流されていった。

二人は黙ったままバイクが通りすぎるのを見ていたが次の瞬間、悲鳴をあげて狂ったように後ずさりした。ずぶ濡れの家猫がごみ箱をよじ登って飛び出し、まさに二人の太ももの上に着地すると恐怖と興奮で爪をたてたのだ。

「痛い!」猫に親指に噛みつかれたヒルダが叫んだ。痛みにうめきながら彼女は猫の顔を押しのけようとしたが猫はくわえて離そうとしない。ペリーが親指を猫の口に差し込んで無理やり開けさせるとようやく離した。猫は彼の顔をひっかくとごみ箱へと飛び跳ねて戻り、逃げ去っていった。

何度も噛みつかれたヒルダの親指は血まみれだった。「狂犬病の注射をしなくちゃ」彼女が言った。「でもまあ大丈夫」

血と泥にまみれながら二人は身を寄せ合って水位の上がっていく水の流れを見つめた。流されていくおかしながらくたは増え続けていた。服、清涼飲料やビールのびん、ラップトップ、牛乳パック、誰かの財布。小ぶりな椰子の木。郵便受け。やがて水の流れが衰えはじめ、雨足が弱まった。

「通り過ぎたの?」ヒルダが尋ねた。

「たぶん」ペリーは答えた。彼は湿った空気の中で息をついた。腕はひどい状態だった……片方は骨折し、もう片方には傷口が開いている。雨は次第に弱くなっていっていた。見上げると黒い重く垂れこめた雲の隙間から青空がのぞき、雲は現れた時と同じようにすばやく吹き流されていっていた。

「次にビーチに行く前には天気予報をチェックしておかないとな」彼は言った。

彼女は笑い声を上げると彼の体によりかかった。彼女の体が腕の傷に触れて彼は声を上げた。「あなた病院に行かなくちゃ」彼女が言った。「傷を看てもらいましょう」

「君もだ」彼女の親指を指しながら彼は言った。あたりはひどい有様だった。マイアミストリートを歩いて駐車場へと戻りながら二人はあたりを見回した。通りでは呆然とした人々がさまよい歩いている。みんなやけに愛想のいい笑顔でまるで秘密を共有した仲間同士のようだった。

ビーチの前の通りはめちゃくちゃになっていた。地面は茶色いごみくずと泥に覆われている。根こそぎになった木々や落ち葉、割れたガラスやひっくり返った車があたりに散らばっている。駐車場から車を引っ張りだす前にペリーはカーラジオのスイッチをいれた。ラジオでは熱帯性暴風のヘンリーが内陸に三マイルほど侵入し、天気雨へと変わったとアナウンサーが話していた。それと一緒にアナウンサーは幹線道路と病院がひどい混雑状態だというニュースを読み上げた。

「ふう」ペリーは息を吐いた。「さあどうしようか?」

「ホテルの部屋を探しましょう」ヒルダが答える。「シャワーを浴びて何か食べましょう」

変わった面白い思いつきでペリーは気に入った。フロリダで旅行客役を演じたことはなかったが考えてみればここはそれにもってこいの場所ではないか? 二人は車の後部座席にあった食べ物をかき集め、トランクから応急処置セットを取り出して自分たちの傷の手当をした。

レスターに連絡しようとしたが応答はなかった。「たぶんライドだろう」ペリーは言った。「またはディズニー・ボックスの分解に夢中になっているかどっちかだ。いいさ。ホテルの部屋を探そう」

ビーチにあるホテルはどこも空き室なしの満室状態だった。だが数ブロック陸の方に入り込んだところで二人はカプセルを四、五段に積み上げたカプセルホテル街に行き当たった。カプセルはゲイ・マイアミ・デコ風のパステルカラーに塗られて古い店先に並べられるか、通りの駐車スペースに固定されている。カプセルの銀色に光る窓が人気のない通りを見つめていた。

「ここでいいんじゃないか?」ペリーはカプセルを指しながら言った。

「空いてる部屋があるかしら? まあいいわ……すぐにこの手の部屋は埋まってしまいそうだし」

カプセルホテルに足を踏み入れるとペリーは旅していた日々に引き戻された。カプセルホテルからカプセルホテルを渡り歩いた生活。そしてヒルダと初めて一緒に過ごしたマディソンでの夜のことが彼の頭に浮かんだ。ヒルダをちらりと見ると彼女も同じことを考えていることが彼にはわかった。二人は互いの体をまるで水中にいるかのようにゆっくりと洗い合い、互いの傷を清め、耳の奥や肌の皺、頭にこびりついた泥や汚れを洗い流した。

二人は裸のまま一緒にベッドに横たわってじゃれあった。「あなたはいい男だわ。ペリー・ギボンズ」彼に寄り添って弧を描くようにその腹をなでながらヒルダが言った。

そのまま二人は眠り、日が沈んだずっと後になってから車へと乗り込んだ。ひどい状態の幹線道路を割れたガラスやパンクして捨てられたタイヤを避けながら二人はゆっくりと進んでいた。

ハリケーンは海岸線に沿ってまっすぐにハリウッドに向かって進んでいた。一列になぎ倒された木々や自動車の残骸、吹き飛ばされた屋根のせいで夜中のドライブはいつにも増してやっかいなものになった。

そうして二人は自分たちのマンションへと戻ったのだがそこにレスターの姿はなかった。ペリーは不安になってきた。「ライドまで乗っけてってくれないか?」何度かマンション中を歩きまわった後で彼は言った。

戻ってすぐに倒れこむように座り込んでいたソファーからヒルダが顔をあげ、顔の上に手を当てた。「冗談でしょう」彼女が答えた。「もう真夜中近いうえに、私たちハリケーンに巻き込まれたのよ」

ペリーはそわそわと体を動かした。「悪い予感がするんだ。いいだろう? それに自分じゃ運転できない」彼は動かない腕を彼女に振ってみせた。

目を細めてヒルダは彼を見つめた。「いいから馬鹿なことはやめて。OK? レスターはもう大人よ。たぶんスザンヌと出かけてるのよ。何か問題があったら彼からあなたに電話しているわ」

彼女の機嫌の悪い反応に途方に暮れて彼は彼女を見つめた。「わかった。タクシーを呼ぶよ」彼は妥協するように言った。

ソファーからヒルダが飛び上がった。「しょうがないわね。わかった。車のキーを取ってくる。まったく」

なぜ彼女が怒りだしたのか彼にはまったくわからなかったが怒らせたのが自分だということだけははっきりしていた。こんな状態の彼女と車に乗り込むのは避けたいところだったが、どうしたらこれ以上彼女を怒らせずにそれを伝えられるか彼には見当がつかなかった。

結局、二人は唇が凍えるような沈黙の中、ライドに向かって車で走った。ヒルダは怒りで、ペリーは不安でぴりぴりしていた。二人とも猫のように神経異質になってどちらも口を開こうとはしなかった。

だがライドにつくと二人は息を呑んだ。ライドは設置された投光機や車のヘッドライトに照らされ、そのまわりには大勢の人が集まっていた。近づくにつれて市場の露店がばらばらに吹き飛ばされて駐車場一面に散らばっているのが二人の目に飛び込んできた。さらに近づいていくとライドに空いた黒い虚ろな穴が二人を見つめた。窓ガラスが粉々に砕かれているのだ。

ペリーは車が完全に停まる前に飛び出した。背後でヒルダが何かを叫ぶのが聞こえた。レスターはライドの入場口のちょうど反対側にいた。紙製のマスクをつけてゴム長靴を履き、三インチほどの深さの汚水の中を歩いていた。

汚水を跳ね上げながらペリーは立ち止まった。「なんてこった」彼は息を吐いた。ライドを照らすケミカルライトや防水ランプ、LEDの懐中電灯の光がたまった水に乱反射する。目の届く範囲は全て水に浸かり、水面は暗闇の中へと消えていった。

レスターが顔をあげて彼を見た。その顔には深い皺が刻まれ、疲れ果て、汗がにじんでいた。「嵐が窓を全部割って屋根を吹き飛ばした。水浸しだ。市場もひどい状態だ」その声には生気がなかった。

ペリーは何も言えなかった。水面にはライドの展示品の残骸が浮かび、そのかたわらには停止したロボットが浮かんでいた。

「排水できないんだ」レスターが言った。「法律では下水が必要なんだがここにそんなものはない。今までまったく気がつかなかった。ポンプを設置するつもりだが俺の作業場もひどい状態でな」レスターの作業場はライドの横にあるかつての園芸用品店の中にあった。壁が全てガラスだったはずだ。「とんでもない風だった」

自分の傷を見せてこの惨事の真っ最中に逃げ出していたわけではないことをアピールするべきだとペリーは感じたができなかった。「俺たちはマイアミで巻き込まれた」彼は言った。

「いったいおまえはどこに行ったんだろうと思ってたよ。店番をしていた小僧は嵐が来てすぐに自分の店の様子を見に駆け出していった」

「やつが? なんてこった。なんて無責任な野郎だ。首をへし折ってやる」

汚物にまみれたキッチン小人……彼らの二度目のベンチャー商品だ……の残骸がぎらぎらと光を反射する水面を静かに漂っていった。あたりの臭いは耐え難いほどだった。

「ライドの世話はあいつの仕事じゃない……」仕事と言ったところでレスターの声がかすれ、彼は息を深く吸い込んだ。「ライドの世話はあいつの仕事じゃない。ペリー。そいつはおまえの仕事だ。なのにおまえがやっているのはそこらをぶらぶらしたり、ガールフレンドとよろしくやったり、弁護士たちをくびにしたり……」そこで言葉を切り、また大きく息を吸い込む。「あの弁護士どもが俺たちを訴えようとしていることはおまえもわかっているだろう? やつらはここを焼け野原にするつもりだ。おまえがやつらをくびにしたからだ。いったいおまえはどう収拾をつけるつもりなんだ? そいつは誰の仕事だ?」

「やつらは訴えるつもりはないとおまえが言っていた気がするんだが」困惑しながらペリーはつぶやいた。レスターが自分にこんな風な口の聞き方をしたのは初めてだった。今までこんなことはなかった。

「訴えるつもりはないと言ったのはケトルウェルとティジャンだ」レスターが答えた。「おまえがくびにした弁護士やその後ろにいるベンチャー投資家はどうだ? やつらは俺たちをぶちのめすつもりだぞ」

「いったいどうすればよかったっていうの?」ヒルダの声がした。彼女は床にたまった水を避けるようにドアのところに立って二人を真剣な顔で見つめていた。その目は疲労でアライグマのように隈取られていたが彼女は怒りで体を強ばらせていた。ペリーは彼女を正視できなかった。「何人かの豚どもを肥え太らせるためにあなたの支持者の人生を壊して回るくそ野郎どもと仲良くやっていきたかったとでも言うの?」

レスターはちらりと彼女に目をやった。

「どうなのよ?」

「黙ってろ。ヨーコ」彼が言った。「俺たちは今、個人的な話をしているんだ」

ペリーの口があんぐりと開いた時にはヒルダは既に動きだしていた。サンダルのまま水を跳ね上げて近づくとレスターの頬を平手打ちし、その音が水面と壁にこだました。

赤くなった頬にレスターが手をやる。「気が済んだか?」そう言った彼の声は固かった。

ヒルダがペリーを見る。レスターもペリーを見る。ペリーは水面を見つめた。

「車で待っててくれ」ペリーは言った。口ごもるようなつぶやき声だった。三人はしばらく固まったようになっていたが、やがて顔を見合わせるレスターとペリーを残してヒルダは歩み去った。

「すまない」ペリーが言った。

「ヒルダのことか? 裁判のことか? 仕事をさぼったことか?」

「全部だ」彼は答えた。「元通りにしよう。それでいいな?」

「ライドをか? 自分が本当にそうしたいのかも俺にはわからない。なぜわざわざ手間暇かけて? 金をつぎ込んでオンライン状態にしたところでまた閉鎖することになるだけだ。裁判のおかげでな。なぜわざわざ手間をかける必要がある」

「それじゃあライドの修理はやめだ。俺たちの仲を元通りにしよう」

「なぜわざわざ手間暇かけて?」レスターが同じようにつぶやき声で言った。

室内の水音と臭い、水面をさざめく反射光にペリーはこの場所を離れたくなった。「レスター……」彼は口を開いた。

レスターが首を振った。「ともかく今夜はもうこれ以上できることはない。朝になったらポンプを借りてくるよ」

「それは俺がやる」ペリーは言った。「おまえはディズニー・イン・ア・ボックスをいじってろよ」

レスターが乾いた声で笑った。「ああ。わかったよ。相棒。いいとも」

外の駐車場では露店商たちが一緒になってできる限り店を元通りにしようとしていた。バラック街には明かりが灯り、どうやってあの嵐をしのいだのだろうとペリーは不思議に思った。ともかくよかった。彼は思った……あの建物の群れは州の条例の定める基準を満たし、さらにはそれよりももっと頑丈だったのだ。

ヒルダがクラクションを鳴らして彼を呼んだ。タイヤから煙をたてるように彼女は車を飛ばし、二人は黙ったまま走っていった。疲れきって朦朧とした彼は彼女にかける言葉も思いつかなかった。ベッドに横たわったまま彼は眠らずに一晩中、レスターが帰ってくる物音に耳をそばだてていた。しかしレスターが帰ってくることはなかった。


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