メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第三十四章


サミーは朝の会議が大好きだった。みんなが彼のオフィスに集まってくるのだ。パークの役員の面々、クリエイター、映画やグッズや学習教材を作るために分社化されたおなじみのパートナー会社から来た人間。毎日、彼らが訪ねてきては翌日にできあがるバージョンのディズニー・イン・ア・ボックスについて彼と議論するのだ。みんな次のリリースには自分が担当するフランチャイズや地区から何かを追加して欲しいと懇願するために来るのだった。

今では百万台を超えるDiaBディズニー・イン・ア・ボックスが出荷され、もはや彼らは余裕を持って注文に応えることを諦めていた。オンラインのオークションサイトを見てボックスの価格がどうなっているのか確認するのがサミーのお気に入りの習慣になっていた……従業員の何人かが在庫をくすねてこっそりネットショップに横流ししていることも知っていた。それにも彼は気を良くしていた。他の人間が盗む気になるというのは成功の良いバロメーターだ。

お気に入りの朝の会議で彼は優しい皇帝としての才能をいかんなく発揮して彼らに接した。今までよりも大きいオフィスも手に入れていた……正確に言えばそこはDiaBの戦略を練るための会議室だったが、彼こそがそのDiaBの戦略なのだ。彼はその部屋を人々の家庭に祭壇のように置かれたDiaBの記念写真で飾っていた。写真に写る子供たちは夢中になってその日のモデルが目の前で組み立てられていくのを見つめていた。催眠術にかかったようなそのうっとりとした目は見間違いようもなかった。ディズニーは彼らの生活の中心になり、みんながもっと、もっと、もっとと欲しがった。一日に五つのモデルを、さらには十のモデルを公開することもできた。そうすればみんながそれに熱狂するだろう。

しかし彼はそうしなかった。彼は抜け目ない男だ。一日のモデルは一つだけ。手に入らないとなれば欲求は増すものだ。次の日のモデルが何かのヒントを与えることさえしなかった……モデルができあがっていく間、その日のモデルがいったい何なのか時々刻々熱い議論を交わすブログやチャットを見て彼はおおいに楽しんだ。

「おはよう。ロン」彼は言った。ウィーナーはメインストリートの建物をモデルに加えてもらおうともう何週間も陳情を繰り返していた。完全に希望を失わせないように注意しながらその申し出を断るたびにサミーは大きな喜びを感じた。毎朝、自分の前でロン・ウィーナーを屈服させるのは朝のコーヒーにも代えがたい行為だった。

「君が言ったことを考えてみたんだ。たしかに君が正しい」ウィーナーが言った。話し合いは決まって前のアイデアが却下された理由がいかに正しいかをサミーに伝えることから始まった。「旗が掲げられたポールと楽隊のシーンは部品点数が多くなりすぎるだろう。飼い猫がひっくり返すかもしれない。もっと一かたまりになったビジュアル的にインパクトのあるものであるべきだ。それで考えたんだが、消防車はどうだろう?」

サミーは寛大さを装って眉を持ち上げてみせた。

「子供たちは消防車が大好きだ。使う色は全部プリンターの守備範囲内だ……これは調査済みだ。ミッキーとその仲間たちの消防隊を周りに並べて、小さな車庫を作るというのはどうかな」

「子供の頃に僕が消防車で気に入っていたのはただひとつ、『し』で始まって『しゃ』で終わるところだけだ。『死者』、『死に体』ってわけさ……」サミーは笑顔でそう言って、ウィーナーが一緒になってごまかすように笑い出すのを待った。部屋にいた他の者……パークの他の役員、ライセンス契約を結んでいるパートナー会社の社員と広告屋が何人か……も一緒になって笑った。公式にはこれは「ブレインストーミング」だったがみんなサミーから了承を取り付けるための場だということはわかっていた。

ウィーナーは律儀に笑い声を上げてからこそこそと退いた。さらに他の嘆願者が前に進み出る。

「こういうのはどうでしょう?」言った女性はとても美人だった……洗練された黒い服を着てオーランドよりもローワー・イースト・サイドが似合いそうな雰囲気だ。彼女からはいい香りがした……高分子材料にヒントを得た新製品のコロンのひとつだ。熱したプラスチックや買ったばかりのタイヤのような香りがする。ネコのように釣り上がった緑の瞳がその姿を際立たせてていた。

「どんな提案かな?」彼女は広告代理店の人間だった。ディズニーパークスの誰かと何かの仕事をしているのだろう。代理店もこの会議に人間を送り込んでいた。自分たちの顧客のためのブランド提携を勝ち取ることが狙いなのだ。

「三部シリーズのちょっとした物語を紹介させてください。前編、中編、後編から成っています。まず前編では家族が朝食の席に座っています。メニューはいつもと同じ古臭くてうんざりするような電子レンジで暖められたオムレツと朝食用のプディング。母親はうんざり顔、父親はそれ以上にうんざりしている。席に座った子供たちはこっそりと朝食を母親と父親の皿に捨てているところです。こういう朝食はみんな画一的なプリンターによって作られているんです。それらしく見えるよう注意が払われていますけどね」

確かにありそうな話だった。そんなことサミーは考えてみたこともなかったがオムレツをプリントするというのは自然な発想に思えた……ゼネラル・ミルズ社によって朝食が無個性になったことと大差ないではないか? フードサービスの担当者と話し合ってパークで使う技術を見なおす必要がありそうだ。

「第二部では彼らはキッチンに神秘の箱を取りつけようとしています……箱はどこかイージーベイク電球オーブンやターディスに似ている。これが何かおわかりでしょう?」

サミーは笑みを浮かべた。「ああ、わかるとも」頷きあうように二人の視線が激しく交差する。「朝食用プリンターってわけだろう?」部屋にいた他の陳情者が一斉に息を飲んだ。神経質な含み笑いをするものもいた。

「この装置はもう少しで飛びたとうとしています。最後のひと押しをしてやるんです。やらない手はないでしょう? ワッフルや朝食のシリアル、焼き菓子、ミニケーキなんかをこれで作るんです。毎日、新しい種類のものを……母親と父親のためのもの、子供たちのためのもの、不機嫌な十代の若者のためのもの。私たちはすでに一部のプラントや販売代理店でそれをやっていますがさらにスケールアップさせるんです。作ったものを消費者の家庭に届けるのではなく、彼らに食事を購読してもらうんです……」

サミーは片手をあげた。「なるほど」彼は言った。「僕らはすでに家庭でのプリンターの扱いのノウハウを蓄えている。まさに君の狙い通りの人間というわけだ」

「第三部では少年とその妹がココアパフを夢中で食べています。しかもそれは二人そっくりの形をしているんです。シリアルの粒一粒一粒に二人の似顔絵がプリントされている。母親と父親は洗練されたクロワッサンと繊細な形のケーキを食べています。飼い犬のローバーはといえば彼専用の猫の形をしたドッグフードを食べています。みんななんと幸せそうなことでしょう」

サミーは頷いた。「今の話は全て機密事項にすべきでしょうね?」彼は言った。

「そうでしょうね。ですがどうするつもりです? 秘密を守ることはあなた方の得意分野でしょうが、もしあなた方が裏切って私たちの競争相手の一つの味方につけばおそらく私たちはおしまいでしょう。私たちは最初の一週間で五十万台分のユニットを出荷することができます。必要とあればさらに増やすことも可能でしょう……私たちが発注すれば微小部品組み立ての下請け業者のほとんどは発注に応じるはずです」

彼女の話しぶりが彼は気に入った。周りくどく石橋を叩いて時間を浪費することを嫌う、ただちに行動を起こせるタイプの人間だ。

「いつ始められる?」

「あなた方の準備が整えばその三日後には」彼女は眉一つ動かさずに答えた。

「僕の名前はサミー」彼は言った。「木曜日はどうだい?」

「日曜日に仕事を始めるつもりですか?」彼女が頭を振った。「日曜日に始めるのは厄介ですね。全員に割増の給料を支払わなくちゃ」そう言ってから彼女はウィンクをしてみせた。「まあ構いません。私のお金じゃありませんから」彼女が手を差し出した。指先には黒曜石の大きな指輪がいくつかはめられ、抽象的な曲線を描いている。その形は胸や腿の形を暗示しているようでどこか淫靡だった。握手した彼女の手は温かくて乾いていて力強かった。

「それじゃあ今週中には準備をする」サミーは言うとわざとらしくテーブルの脇に置かれたホワイトボードを消し始めた。他の者たちはうめき声を上げながら立ち上がってぞろぞろと出て行った。あとに残ったのは彼女だけだった。

「ダイナです」彼女が言った。彼女が名刺を差し出したので彼は代理店の名前に目をやった。ダラスの会社だ。ニューヨークではない。だが生まれはそっちの方だろうと彼は見当をつけた。

「朝食でもどうです?」まだ午前九時にもなっていない……サミーは会議を朝早く始めるのが好きだった。「いつもは何かが送られてくるんだがあなたの試作品があるなら……」

彼女が笑い声をたてた。魅力的な笑い声だった。彼女は彼よりも一つ、二つ年上で彼女もそれはわかっているようだ。「私に朝食のことをお聞きに? サミー少年。何はなくとも朝食の心配だけはご無用です! 日曜日には事業を開始することを憶えておいででしょう?」

「はは。ああ、もちろんです」

「ダラス・フォートワース国際空港へ向かう次の便に乗るんです」彼女が言った。「空港に向かうタクシーをもう待たせているんですよ」

「詳細についてもう少し相談できたらと思ったんですが」サミーが言った。

「もし必要ならタクシーの中で」

「それだったら飛行機の中でにしましょうか」彼が答える。

「チケットを買うおつもりですか?」

「私の自家用機ですよ」彼は言った。彼がDiaBの大量増産を始めた時に会社は社用ジェット機の一台を彼に与えていた。

「まあ。期待通りです」彼女が言った。「サミーさん、でしたよね?」

「そのとおり」彼は答えた。二人は建物を出ると一緒に仲良くダラスへと飛び立った。それはとても生産的なフライトだった。


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