メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第四十章


サミーは争い事になることだけは避けたかった。ダイナの宣伝広告は会社にとってドル箱になっていた……テキサスでのダイナとの会議もますます増えていたしそれは彼にとっては楽しいおまけだった。DiaBの出荷数は二百万に達し、最初の四半期で一千万にもなると予測されていた。パークの入場者数はうなぎのぼりで、広告収入は次のバージョンのDiaBの開発費全てを補ってあまりあるものになりそうだった。次のバージョンのDiaBはより高品質で高速で小さく安いものになるはずだった。

デス・ウェイツの件や新しいファンタジーランド、それにあのライドについては……今となっては何の問題があるだろうか? 細かな点についてあまりにも集中しすぎたせいで彼は大局をみすえて道を進むことができなくなっていたのだ。ウォルト・ディズニーが帝国を作り上げることができたのは次にどうすべきかわかっていたからであって、そのエネルギーをつまらないものを守るために浪費したからではない。全ては間違いだった。愚かしい間違いだ。今、彼は元の道に戻った。ともかく全ての観点から見て訴訟は風前のともしびだった。ファンタジーランドはといえば……そこで働く人員とともに彼はそれをウィーナーに引き渡し、ウィーナーはそこでなかなかいい仕事をしていた。ファトキンスたちをメインターゲットにしたノスタルジックな場所に改装するというアイデアに忠実に従った運営がおこなわれ、大量のフードメニューとロマンチックな子供向けライドが用意されていた。首が折れるような速度で走り回るコースターに乗りたがる年頃の子供は見向きもしないような代物だ。

とにかく彼は争い事になることだけは避けたかったのだ。彼が望んでいたのは会社のために馬鹿げた額の金を稼ぎ、組織の中での権力を取り戻すことだった。

だが彼は争いに巻き込まれそうになっていた。

何の前触れもなしにハッカーバーグが彼のオフィスに入ってきた時、サミーは何人かのイマジニアから次期モデルのプロトタイプを見せられているところだった。より信頼性の高い出荷と簡単な梱包ができるようにデザインされたモデルだ。その日のハッカーバーグは杖を手にアイスクリームスーツを着こみ、襟で締め付けられた顔はまるで沸騰せんばかりに怒りで真っ赤だった。

燃え上がる彼の目を一目見ただけでイマジニアたちは足早に部屋を出て行った。プロトタイプを一緒に持って行くことさえ彼らはしなかった。ハッカーバーグが彼らの背後でドアを閉める。

「こんにちわ。サミュエル」彼が言った。

「ひさしぶりですね。水を一杯用意しましょうか? それともアイスティーにします?」

ハッカーバーグは手を振ってその申し出を断った。「やつら、君のボックスを使って自分たちの設計図をプリントしているぞ」彼が言った。

「なんですって?」

「あの自家製ライドのマニア連中だ。自分たちのモデルを君のボックスでプリントするためのシステムを公開しているんだ」

サミーはイマジニアリングの情報セキュリティー担当者との会話を思い起こした。どんな対策を施すか、どんな攻撃を想定しているかを相談したのだ。その情報をハッカーバーグに教えられたことにも彼は困惑した。もしレスターとペリーがDiaBをハッキングしたのだとしたら、やつらはインターネット上でノンストップでそのこと吹聴しているはずだ。彼が競合情報の担当者だった頃ならそのプロジェクトが始まった瞬間に知ることができたはずなのだ。今、彼はなんとか使い物になる競合他社情報調査の担当者を見つけようとしていたがその試みは成功とは程遠い状態だった。

「そうですね、なんとも残念な事態なことは確かですが我々が商品を売っている限りは……」専用樹脂はとてつもない利益を会社にもたらしていた。彼らは大量の樹脂を仕入れ、プリンターがそれを注入口で検査できるように独自の精密に合成された化学薬品を追加していた。そうした上でDiaBのユーザーに二〇〇〇パーセントの価格でそれを売るのだ。もし競合他社の樹脂を代わりに使おうとしてもマシンはそれを拒絶する。新しいDiaBを出荷する時、彼らはタンクに半分しか樹脂を入れないようにしていた。そうすれば最初の樹脂が早く売れるからだ。そうすることで週を追うごとに売上は上がっていた。ポップコーンよりもいい商売だ。

「やつらがばらまいているクラック方法を使うと樹脂にいれた透かしも無効化されるんだ。どんな代替品の樹脂でも使えるようになる」

サミーは頭を振り、デスクを叩きたくなるのを何とかこらえた。わめき声を上げたい気分だった。

「やつらを訴えるつもりはないんでしょう?」

「それが賢い方法だとでもいうのかね。サミュエル?」

「僕は法律の専門家じゃない。あなたが教えてください。たぶん次世代モデルにはもっと強力なクラック対策をかけられるでしょうが……」デスクの上に置かれたプロトタイプを彼は手で指し示した。

「だから今までに出荷した二百万台はあきらめろと?」

サミーは考えた。すでに手に入れている家庭はオリジナルの二百万台が壊れるまで手放そうとはしないだろう。もしかしたら壊れても手放さないかもしれない。あるいは六ヶ月間使ったら壊れるようにボックスを作っておくべきなのかもしれない。そうすれば無理にでも新しいものと入れ替えられる。

「それはあんまり不公平だ。やつらは僕らのものを盗みだしているんです。僕らはあのマシンに金をつぎ込んで自分たちのメッセージを送信できるようにしている。やつらは一体何が不満なんです? 強迫神経症なんですか? 金儲けビジネスは全部破壊して回らなきゃいけないとでも思ってるんですか?」

ハッカーバーグが座り込んだ。「サミュエル。もうやつらとけりをつける頃合いだと思うんだ」

だがサミーの頭はまだレスターとペリーを出し抜く作戦を考え続けていた。そうだ。六ヶ月ごとの計画的な陳腐化をおこなえばそれは可能だ。あるいはDiaBに課金するか。いまなら人々も自分たちが何に金を払っているか理解し始めている。いや、DiaBでプリントをおこなうために必要不可欠な何かを用意したっていい。たぶんそれだけで十分な効果が得られるだろう。

ハッカーバーグが杖の先で床を一度鋭く打ち鳴らし、サミーは話しに引き戻された。「準備は整っている。今日、訴状を提出した。開示手続きを申請するつもりだ。そうすれば尻の穴から喉元までやつらの腹をかっさばける。使い物にならん警官たちはもうたくさんだ……あのろくでなしどもの資金源を全て洗い出し、やつらからコンピューターを取り上げ、使っているISPを停止させ、やつらのメールとインスタントメッセージのログを全部手に入れる。

今までのやり方から見てやつらは報復を企むだろう。望むところだ。最初の警告で腰砕けになるひよっこの著作権侵害者どもと同じ扱いをしてやるつもりはない。今では私たちも理解している。あいつらは競合相手だ。やつらに示しをつけてやる。こいつに正面攻撃を仕掛けてきたのはやつらが最初だが他にも同じことをするやつらがでてくるだろう。私たちは常に攻撃されているんだ。サミュエル。だが十分な抑止力を持てばそれを抑えこむことができる」

ハッカーバーグはサミーが何か言うのを期待しているようだったがサミーの知ったことではなかった。「いいでしょう」力なく彼は答えた。

ハッカーバーグの笑顔はまるでハロウィンの時のカボチャに彫られた顔のようだった。「ついては私たちに対するやつらの開示手続きに備えなければならない。DiaBプロジェクトについては細部に至るまで全て知っておく必要がある。君の通話記録やメールのログの中で見つかるものを含めてだ。やつらもそれを調べるだろうからな。やつらは君と君の仕事について微に入り細に入り調べるだろう」

サミーはなんとかうめき声を上げるのを抑えた。「わかりました。用意します」彼は言った。「一、二日ください」

ハッカーバーグができ得る限りのすばやさでオフィスを去るのを見届けてから彼はドアを閉めた。ハッカーバーグは全てを欲しがっている。広告産業にいる自分の遊び相手を含め、文字通り……全てをだ。彼は今や戦略的な情報を集める側からまき散らす側の役員になっているというわけだ。不条理だ。物事の道理に反している。

彼は自分のコンピューターの前に座った。このあたりで誰かが競合情報の調査をしなければならない。そしてどうやらそれは彼の役目だった。


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