メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第五十六章


ペリーとレスターは走る社用車の後部座席に座っていた。運転手はアゼルバイジャンから逃れてきた年老いたアメリカ人でレスターは彼をカプリエルと紹介した。レスターとカプリエルは古い友達のように見えたがそれも無理はない。レスターは自分で運転できなくなっていたしロサンゼルスでは車が無ければどこにも行けない。雇い主と運転手は必然的に親しくなるのだ。

レスターが運転手付きの車を持っていようがペリーには羨望の気持ちは湧き上がってこなかったが、そのぜいたくにレスターが気恥ずかしさ感じていることは見てとれた。まるで不当な報酬を受け取っているとでもいうようでその恥ずかしがりようは少し過剰なほどだった。

「カプ」後部座席に自分で作り上げた書類と部品と空の健康食品のパッケージの山をまさぐりながらレスターが言った。

肩越しにカプリエルが二人を見た。「ご自宅に帰られますか?」訛りはほとんどなかったが彼が振り返った時、その片方の耳がひどい有り様なのがペリーの目に見えた。そこに残されているのはいびつな形に盛りあがった傷跡だけだった。

「いや」レスターが答える。「今夜は外食しよう。ムッソ・アンド・フランクなんてどうだ?」

「スザンヌさんのご忠告では……」

「彼女に教える必要はない」レスターが答える。

ペリーは小さな声で言った。「レスター、俺は特別なものは必要ない。おまえの病気を悪くするようなことは……」

「ペリー。相棒。いいから少し黙ってろ。いいか? ときどきだったらステーキを食ったりビールを飲んだりどでかいデザートを食べたりできるんだ。体に悪いものを抜いた医療用ファトキンス食には飽き飽きだ。チーズバーガーを送り込んだって俺の大腸はびびって尻の穴から飛び出したりしやしない」

ムッソ・アンド・フランクの裏に車を停めると駐車係がその高級車を駐車場に入れた。カプリエルはアクロバティックな大道芸を繰り広げるロボット映画スターの写真を撮りにウォーク・オブ・フェイムへと向かい、二人はレストランの暗い洞穴へと進んでいった。調度品は全て黒い落ち着いた色の木材で作られ、カーペットまで黒かった。壁には映画スターの写真が掛かっている。給仕長が二人に気がつくとお辞儀をしてこちらを見た。落ち着いた様子でレスターは百ドル札を取り出すとカウンターに滑らせた。

「オーソン・ウェルズのテーブルにしたい。頼むよ」彼が言った。

給仕長……年取った物腰の優雅なメキシコ系の男で整えられたスペードひげを生やしていた……は愛想よく頷いた。「五分いただけますか。バーでお飲み物などいかがです?」

二人は長いカウンターに座り、ペリーはスコッチアンドソーダを注文した。レスターは水を注文してからそれをビールに変え、それからノンアルコールビールに変え、その後で再びビールに変えた。「すまない」彼はウェイトレスに言った。「今夜はどうも思い切りが悪いな」

ペリーはレスターが百ドル札を取り出すかと思ったが彼はそうしなかった。彼はたんにLAでのやり方に適応しているだけだ。そして急いでいる時に給仕長へ百ドルわたすのは上級役員にとってはたいした出費ではないのだ。

レスターはこわごわビールをすすった。「お気に入りの場所なんだ」壁に並ぶボトルや有名人を描いた風刺画を手で指し示しながら彼が言った。「ハリウッドの通俗的美意識が完璧に表現されている。いつもはどこかの超現代的な場所で外食している有名人が来ることもある。みんなずっとそうしていたって理由で……オーソン・ウェルズの座った席に座るためにだ」

「食事はどうなんだ?」

「何を注文するかによるな。いいものはすごくいい。ステーキなんてどうだ?」

「俺はなんでもいいよ」ペリーは答えた。レスターはこの場所によく来ているようで彼が特に指示を出さなくても年取ったウェイターはナプキンを広げて彼の膝の上に置いた。

食事は美味しかったし、有名人を目撃することもできた。とはいえペリーもレスターもその若い女性が誰なのかも何で有名なのかも知らなかった。彼女は他のテーブルからサインを求めてやってきた子供たちに囲まれ、客の何人かは彼女のぴんぼけの写真を撮っていた。

「かわいそうに」ペリーは実感を込めて言った。

「それがここでの職業選択だ。ああいう生活をしたいから有名になろうと決めるのさ。時にはそれがずっと続くと信じこむ者さえいる……三十年間、同じ状態が続いて、みんながムッソ・アンド・フランクにミス誰それさんのテーブル目当てで来るようになるんだとな。スターの座に座ることがどんなことなのか知りたいと思ったことがある者なら誰でもわかっているさ……誰も偶然スターになったりしない」

「そんなことを思っていたのか?」ペリーは言った。「いや、つまりあの頃しばらく俺たちは有名人みたいなものだったが……」

「あれが偶然起きたことだと言ってるのか?」

「俺は有名になるつもりなんか……」

「おまえは国中に広がったムーブメントに加わっていたんだ。ペリー。事実上、それを開始したのはおまえなんだぞ。おまえはその結果何が起きると思っていたんだ……」

「おまえはこう言いたいのか。俺たちは注目に飢えた乞食だったと……」

「ちがう。ペリー。そうじゃないんだ。俺たちはたんなる注目乞食だったわけじゃない。注目に飢えた乞食かつクールなものを生み出して実行する人間だった。注目乞食であることは悪いことじゃない。注目の経済だ。そこで働くつもりなら支払いを受けるための適切な振る舞いをしなきゃならない。だがおまえはそこに座っていられずに、あんまり居心地が良くない、みんなが俺たちに憧れ、俺たちの後について戦いに参加し、俺たちにひれ伏していても誇らしい気持ちにはならないと俺に言っているわけだ……」

ペリーは両手を上げた。彼の友人はペリーがその作業場に足を踏み入れてからこれまでで一番活き活きとして見えた。彼は姿勢を正した。昔のようないたずらっぽい上機嫌な光がその目にはあった。

「降参だ。相棒。おまえが正しい」二人はデザートを注文した。巨大な『ディプロマット・プディング』だ……ケーキとさくらんぼでできたパンプディングで、このことをスザンヌには一言たりも漏らすなとペリーに念押しした後、レスターはそれをかきこんだ。見るからに嬉しそうに食べる彼を見るとペリーはまるでのぞき見でもしているような気分になった。

「この町にはどれくらいいるつもりと言ってたっけ?」

「ちょっと通りかかっただけだよ」ペリーは答えた。彼の計画では長くてもせいぜいレスターと昼食をとるくらいのつもりだった。だがどうやら『ゲストハウス』に泊まることは避けられないようだった。彼は路上での生活に戻ることを考えた。オレゴンには珍しい学用品を作っている小さな集団がいる。この季節は繁忙期で彼らは常に人手を求めている。一緒に仕事をするのにはいい相手だ。

「おいおい。いったいどこに行かなきゃならないんだ? 一週間くらい泊まっていけよ。コンサルタントとして雇ってもいい。昼食の時にでも研究開発チーム相手に話をしてやってくれ。内容は何でも好きにしていいから」

「レスター、おまえはさっき自分がどれだけ今の仕事を嫌っているかを話したばかりじゃ……」

「それが請負の身の長所ってやつだ……相手を嫌いになるほど長く付き合うこともないし、組織図に悩まされる必要もない。頼むよ。相棒……」

「考えておこう」

レスターは家への帰路で眠りに落ちた。カプリエルはペリーが会話したがらなくても気にしない様子だった。ペリーは車の窓を降ろすとトパンガ・キャニオンにあるレスターの自宅に向かって市街を横切る高速道路の優先レーンを走る間、飛び去っていくLAのネオン広告を眺めて過ごした。到着するとレスターは苦しそうに目覚めて胃のあたりをつかむと家の中に駆け込んでいった。カプリエルは頭を振って目をぐるりと回し、ペリーを玄関まで案内してから彼と握手を交わした。


©2014 Cory Doctorow, H.Tsubota. クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示-非営利-継承 3.0