メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第六十一章


寝る時間になるとスザンヌはまぶたを閉じてソファーの脇に自分のコンピューターを置いた。まだリビングルームの床を覆っているカービンボールの道具を踏まないように注意しながら歩いてスリッパを履く。裏口の扉を横に滑らせて開けると彼女は庭の投光照明のスイッチを押した。プールに落ちるのはごめんだった。

注意しながら作業場に続く石畳をたどっていく。作業場からは楽しげな明かりが夜の闇に漏れだしていた。月は出ていなかった。夜空には通りの露店に並ぶ黒いベロア地のバッグに散りばめられた模造ダイヤモンドのように星々が光っていた。

戸口に回る前に彼女は窓から中を覗いてみた。中に入って現場をかき回す前にその場面のイメージを頭の中で固定しておきたいというジャーナリストとしての本能からだった。記者の職業病だ……報道をはじめるやいなや全ての状況は変わっていく。最近では記者が一緒にいるということの意味を理解せずに生きている人間など一人もいない。彼女がさまよい歩いているのは監視塔のそびえる刑務所の中なのだ。

作業場の中の様子は不気味なものだった。ペリーとレスターは並んで体を寄せ合い、作業台の上の何かの上に屈みこんでいる。ペリーの前には一台のコンピューターが置かれ彼はそのキーを叩いていた。レスターはと言うと見えないところにある何かを抑えているようだ。

彼女は今まで何度同じ場面を見てきたことだろう? 今まで何度二人がロボットをハックしたり、彫像を組み立てたり、ティジャンを楽しませケトルウェルを儲けさせるための最新のおもちゃを作ったりするのを見ながらフロリダでの昼下がりを過ごしたことだろう? 彼らの様子はあの頃と何も変わっていなかった……二人の体は大きく変わり髪の毛は薄くなり白髪が交じっているというのにだ。まるで誰かが何気ない一瞬を凍りづけにして十年のあいだ保存しておいた後で老人のメイクアップを施して髪を白く染めたようだった。

彼女はどうやら物音をたててしまったらしい。レスターが顔をあげた……あるいはそれは長年連れ添った夫婦の間に築かれるという不可思議で半分心霊的な結びつきによるものだったのかもしれない。彼はまるで十歳の少年のように彼女に笑いかけ、彼女は笑い返すと戸口の方に回っていった。

「こんにちわぼっちゃんたち」彼女は言った。二人が背筋を伸ばした。二人とも無意識に腰をかばうような動きをし、彼女は笑いを噛み殺した。小さなぼっちゃんも成長しているのね

「やあ俺の愛しい人!」レスターが言った。「こっちに来て見てみろよ!」

彼は腕を彼女の肩に置くと少しもたれかかるようにしながら彼女を作業台まで導いた。

ばらばらに分解されていたが彼女にはそれが何の部品かわかった。一対の見慣れた四角い箱。レスターの機械式コンピューターのうちの二つだった。ウォームギアと回転軸の長い連結器部分からコーラ缶製のレジスターが覗いていた。片方は大きくて丸っこい形をしていてまるで古い冷蔵庫のようだった。もう片方は左右非対称な形をしていた。片側のギアが反対側よりも高く飛び出している。どちらからも一本の飾り気のない機械式の腕が前に伸びていて、それぞれの腕の先には見覚えのあるひび割れていい匂いのする野球グローブが取り付けられていた。

レスターが片方のグローブにボールを置くとペリーがキーボードに一連のコマンドを打ち込んだ。ゆっくり、とてもゆっくりとなで肩のロボットはその機械の腕を後ろに引いていった……「オープンソースの義手の設計図の一つを使ったんだ」張り詰めた空気の中でレスターがささやく。次の瞬間、ゆるい下手投げで非対称な方のロボットに山なりのボールが投げられた。

ボールが空中に弧を描き、投げられた方のロボットがかちゃかちゃと音をたてながらぎこちない動きで腕を動かしていく。ボールがグローブからはずれてロボットの外装に当たると思ってスザンヌは顔をしかめた。しかし最後の一瞬、ロボットは一段すばやい動きで腕を構え、ボールはグローブに収まった。

しばらくすると非対称な方のロボット……ペリーだ。それはペリーなのだ。簡単にわかった……がボールを丸っこい方に投げ返した。丸っこい方がレスターなのは明らかだった。彼女が初めて出会った頃の彼だ。レスターロボットも同じようなぎくしゃくとした動きでボールをキャッチするとまた投げ返した。

ロボットがキャッチボールをしているのを見るのはまるで魔法のようだった。スザンヌは口を開けて見入った。レスターが興奮を抑えきれない様子で彼女の肩をつかんだ。

レスターロボットが山なりのボールをペリーロボットに放ったがペリーロボットがそれを取り損ねた。ボールがペリーロボットの外装に当たって跳ねて大きな音をたて、ペリーロボットがぐらついた。

スザンヌは思わず顔をしかめたがレスターとペリーは二人とも緊張を解いてどっと笑い声を上げた。ペリーロボットは胴体がレスターロボットの方を向くよう自分で体勢を立て直そうとしていた。彼女はその様子を見るとおかしくてたまらなくなった。なんとおかしいのだろう。まるで傑作のカートゥーンのようだ。

「あれは何か目的があってああいう風に動いているの?」

「いやそう言うわけじゃない……だけどどうせ完璧な動きは無理だってわかってたから失敗した時には面白おかしくなるよう仕掛けをいくつか組み込んでおいたんだ。ちゃんと意図した動きでバグじゃない」誇らしげに彼は顔を輝かせた。

「野球ボールがぶつかったら壊れたりしないの?」慎重にペリーロボットにボールを手渡すレスターに彼女は尋ねた。ペリーロボットが再びレスターロボットに山なりのボールを投げる。

「まあ大丈夫さ。だが作者による作品解説みたいだが」二人から目をそらしながらペリーが言った。「友情というものはいつだってこうやってすり減っていくのさ。ちょうど上と下の奥歯が互いに相手をすり減らせていくようにな」

レスターが再び彼女を強くつかんだ。「時間をかけて互いに反目しあっていく」

スザンヌの目に涙があふれた。彼女は瞬きしてそれをぬぐった。「二人とも。これはすばらしい作品だわ」声がかすれていたが彼女は構わなかった。彼女をつかむレスターの手に力がこもる。

「もうベッドに行きましょう。あなた」彼女はレスターに言った。「明日の午後にはまたでかけなくちゃならない……ニューヨークでレストランの開店があるのよ」

「ああ、そうしよう」レスターは言うと彼女の頭のてっぺんにキスした。彼の背がそんなに高いことをひさしく彼女は忘れていた。これまで彼がそんな風にしたことはなかったのだ。

ベッドに入ったものの彼女は眠ることができなかった。窓際へと歩み寄りカーテンを開けて裏庭を眺める……いつも手入れを忘れてしまう汚れたスイミングプール、グレープフルーツとレモンの太い木々、納屋。その納屋の戸口の所にペリーが立って夜空を見上げていた。彼女がカーテンを引いて身を隠す前に彼がこちらを見上げた。

二人の目があい、彼はゆっくりと頷きかけた。

「ありがとう」彼女は声に出さずにつぶやいた。

彼女にキスを送ると彼は一歩前に踏み出し、伸ばした足の方に少し頭を傾げてお辞儀をしてみせた。

彼女はカーテンを元に戻すとベッドへと戻った。数分後、レスターが彼女の眠るベッドへと潜り込むと彼女を背後から抱きしめ彼女の首元にその顔をうずめた。

そして彼女はその後すぐに眠りへと落ちていったのだった。


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