メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第六十章


レスターはその朝のうちに辞職の連絡をした。レスターが電話した時、テヘランは午後八時だったがサミーはまだオフィスにいた。

「どうして僕にそんな連絡をするんだ。レスター?」

「契約書に俺は辞職通知をあんたにしなければならないとはっきり定められているからさ」

「一体なんだって僕はそんなことを契約にいれたんだ?」サミーの声はとても遠くに聞こえた……たんにイランにいるからというだけではない。その声はまるで時間旅行でもした先で聞いているようだった。

「政治的な何かがあったんじゃないか?」彼は答えた。

「思い出せないな。たぶんウィーナーか誰かが君を説得して辞めさせてから会社を乗り換えて君を雇い直さないようにしたかったんだろう」

「いまじゃそんなリスクはないな」レスターは言った。「率直に言おう。サミー。俺は正直もう会社のために何かしたくはないんだ」

「しかたない。そいつはもっともな意見だ。僕らは君みたいな人間をうまく使うのが苦手みたいだ」

「しかたないな」

「ええっと、それじゃあ書面にして僕にメールしてくれないか。そうしたら僕がそれを処理する。契約解除の予告期間はどれくらい必要だ?」

「三ヶ月だな」

「そりゃまた。まあいいがね。荷物をまとめて家に戻るだけだ。あとは自宅待機だな」

レスターがサミーに連絡をとったのは二年ぶりだったがイランでの仕事が彼を丸くさせたのは明らかだった。あそこの女性ともめるとともかく大変なのだ。

「イランはどうだい?」

「中東での仕事は大変だ。いやはや。君はここを気に入るんじゃないかな。戦争が終わったばかりの町はまるで君たちが作った不法占拠者の町のようだよ……今まで目にした中で一番クレイジーな建物が立ち並んでいる。だが彼らはDiaBを気に入っている……愛好者のコミュニティーからはこの上なくすばらしい設計を手に入れられる……」何かおかしいことに気がついたとでもいうようにそこで彼の声は小さくなっていった。「今度は君は何をやるつもりなんだ?」

おっと。嘘をついてもしかたない。「ペリーと俺とで一緒にビジネスを始めるつもりだ。動く彫刻を作るんだ。昔みたいにな」

何だって! ペリー・ギボンズだと? 君たち二人がまた一緒に仕事をする? なんてこった。僕らは破滅だ」彼は笑っていた。「彫刻といったな……あのトーストロボットみたなやつか? そのうえ彼がビジネスをやりたがっているって? 僕はてっきり彼は共産主義者かなんかだと思っていたよ」

自分がどれだけこの男とこの男が象徴するもの全てを憎んでいたかという記憶が不意にレスターの頭の中でよみがえって溢れかえった。何だって何年もの間、自分はこの狡猾なならず者と仲間でいたのだろう? 自分は身売りした時にいったい何を売り渡してしまったのだろう?

「ペリー・ギボンズは」彼は言って息を深く吸い込んだ。「ペリー・ギボンズは俺がこれまで出会った中で一番頭の切れる起業家だ。やつはビジネスをせずにはいられないんだ。一年先の市場をあらかじめ予測できるアーティストだ。もしそう望めば百回でも富豪になれる人間なんだ。共産主義者だと? ペイジ、あんたじゃやつの上司になるのは無理だな」

電話の向こうが静かになった。パケットのやりとりされていないネット接続の不気味な静けさが漂う。「さようなら。レスター」ようやく最後にサミーが言った。

レスターは謝りたくなった。だが同時に謝りたいと思わずにいたいとも思った。謝罪の言葉を飲み込んで彼は電話を切った。


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