民主主義, 文部省

はしがき


今の世の中には、民主主義ということばがはんらんしている。民主主義ということならば、だれもが知っている。しかし、民主主義のほんとうの意味を知っている人がどれだけあるだろうか。その点になると、はなはだ心もとないといわなければならない。

では、民主主義とはいったいなんだろう。多くの人々は、民主主義というのは政治のやり方であって、自分たちを代表して政治をする人をみんなで選挙することだと答えるであろう。それも、民主主義の一つの現れであるには相違ない。しかし、民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。民主主義の根本は、もっと深いところにある。それは、みんなの心の中にある。すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である。

人間の尊さを知る人は、自分の信念を曲げたり、ボスの口ぐるまに乗せられたりしてはならないと思うであろう。同じ社会に住む人々、隣の国の人々、遠い海のかなたに住んでいる人々、それらの人々がすべて尊い人生の営みを続けていることを深く感ずる人は、進んでそれらの人々と協力し、世のため人のため働いて、平和な住みよい世界を築き上げてゆこうと決意するであろう。そうして、全ての人間が、自分自身の才能や長所や美徳をじゅうぶんに発揮する平等の機会を持つことによって、みんなの努力でお互の幸福と繁栄とをもたらすようにするのが、政治の最高の目標であることをはっきりと悟るであろう。それが民主主義である。そうして、それ以外に民主主義はない。

したがって、民主主義は、きわめて幅の広い、奥行きの深いものであり、人生のあらゆる方面で実現されてゆかなければならないものである。民主主義は、家庭の中にもあるし、村や町にもある。それは、政治の原理であると同時に、経済の原理であり、教育の精神であり、社会全般にゆきわたってゆくべき人間の共同生活の根本のあり方である。それを、あらゆる角度からはっきりと見きわめて、その精神をしっかりと身につけることは、決して容易なわざではない。複雑で多方面な民主主義の世界をあまねく見わたすためには、よい地図がいるし、しんせつな案内書がいる。そこで、だれもが信頼できるような地図となり、案内書となることを目的として、この本は生まれた。

これからの日本にとっては、民主主義になりきる以外に、国として立ってゆく道はない。これからの日本人としては、民主主義をわがものとする以外に、人間として生きてゆく道はない。それは、ポツダム宣言を受諾したとき以来の堅い約束である。

しかし、民主主義は、約束だからというのでしかたなしに歩かされる道であってはならない。それは、自分から進んでその道を歩こうとする人々に対してのみ開かれた道であり、その人たちの努力次第で、かならず繁栄と建設とに導く道である。われわれ日本国民は、自ら進んで民主主義の道を歩み、戦争で一度は見るかげもなくなった祖国を再建して、われわれ自身の生活に希望と繁栄を取りもどさなければならない。ことに、日本を再建するというこの仕事は、今日の少年少女諸君の双肩にかかっている。その意味で、すべての日本国民が、ことに、すべての少年少女諸君が、この本を読んで、民主主義の理解を深められることを切望する。そうして、納得のいったところ、自分で実行できるところを、直ちに生活の中に取り入れていっていただきたい。なぜならば、民主主義は、本で読んでわかっただけでは役に立たないからである。言い換えると、人間の生活の中に実現された民主主義のみが、ほんとうの民主主義なのだからである。