コドモはみんな成長していくものです、一人を除いては。コドモは、すぐに自分が成長するものだということがわかるのです。ウェンディが成長するということをわかったのは、このようにしてでした。2才のある日のこと、庭で遊び、花をつんで、それを持ってウェンディがママの所へ走っていきます。そうしているウェンディは、幸福に満ち満ちているように見えたことでしょう。ママは、胸に手をあてて「まぁ、どうしてあなたは、ずっとこのままでいられないんでしょうねぇ!」と声をあげたのですから。コドモの成長について、ママとウェンディの間で交わされた言葉は、これだけです。ただこのことによって、ウェンディは、自分が成長しなければならないということをわかったのでした。2才にもなれば、分かるものです。2才ともなれば、きざしがあらわれるものなのです。
そうそう、ママとウェンディは14番地に住んでいて、ウェンディが生まれてくるまでは、ママが一家の花でした。愛らしい少女でロマンティックな心と、とてもかわいらしくこまっしゃくれた口もとをしていました。ロマンティックな心は、まるであの不思議なる東洋から来た、一つの箱の中にもう一つの箱がある入れ子の小さい箱のようで、いくつ箱を開けても、そこにはいつももう一つ箱があるのです。ママは、かわいらしくこまっしゃくれた口もとにキスを浮かべていたのですが、右はしにはっきりと見えていて、まさにそこにあるにもかかわらず、ウェンディには決して手が届かなかったのでした。
パパとママが結婚したてんまつは、このようなものでした。ママがコドモだった時にコドモだった多くの男の人は、みんないっぺんにママのことを愛していることに気づいて、パパ以外のみんなはママの家にプロポーズするために走って駆けつけたものでした。パパはというと、つじ馬車をひろって、真っ先にママの家に飛びこみました。そうしてパパとママは結婚しました。パパはママの全てを手に入れました。もっともあの一番内側の箱とキス以外の全てだったんですが。パパは箱のことには気づきもしなかったですし、そしてそのうちキスしてもらうこともあきらめてしまいました。ウェンディは、例えばナポレオンならキスしてもらえるかもと思っていました。けれどもわたしには、ナポレオンが挑戦してはみたけれどキスしてもらえず、カンシャクをおこして、ドアをぴしゃりとしめて立ち去るのが目に浮かぶようです。
パパは、ウェンディによくこう自慢したものでした。ママはわしのことを愛しているだけでなく、尊敬もしてるんだよと。パパは債券と株式について、とても詳しい人たちの一人でした。もっとも債券や株式のことを、本当に知ってる人なんていやしなくて、いかにも知ってるように見えたというだけだったんですが。パパはよく債券が上がり、株式が下がると断言したものでした。どんな女の人でもパパを尊敬するにちがいない風に。
ママは白いウェディングドレスで結婚して、最初のうちは完璧に、芽キャベツ一つでさえもらさないように、まるでゲームみたいに全く楽しそうに家計簿をつけていました。が、そのうちカリフラワー全部もつけそこなって、その代わりに顔のないあかんぼうの絵を書いてるしまつでした。ママは合計しなければならない所に、あかんぼうの絵を書いていたのです。それはママの想像するあかんぼうたちなのでした。
ウェンディが最初に生まれ、それからジョン、マイケルと続きました。
ウェンディが生まれて一、二週間は、養っていけるかどうかさえ疑わしいものでした。なぜなら養う口が一つふえるわけですから。パパはウェンディのことを誇らしげにさえ感じていたんですが、とてもきちんとした人でしたから、ママのベッドのはしに腰掛け、ママの手を握りながら出費を計算したのです。その間ママはパパを哀願するような目で見つめていました。ママはたとえなにがあろうとも、とにかく養っていきたいと思っていました。ただそれは、パパの流儀ではなかったのです。パパの流儀は鉛筆と紙でもって、きちんと計算することであり、もしママがいろいろ口出しをしてパパを困らせるようだと、再び最初にもどってやり直さなければなりません。
「さて、じゃませんでくれ」パパはママにそう頼んだものでした。
「ここに1ポンド17シリングある、で事務所には2シリング6ペンスだ。事務所でコーヒーを飲むのはやめよう、10シリングだがな。すると2ポンド9シリング6ペンスで、おまえの18シリングと3ペンスと合わせて、3ポンド9シリング7ペンスになる。そして私の小切手帳の5ポンドで、8ポンド9シリング7ペンスになる。だれだそこで動いているのは? 8ポンド9シリング7ペンス、7ペンスが繰り上がって、しゃべるなといったろう、おまえが玄関の所に来た男に貸した1ポンドを、ウェンディ静かに、でコドモを繰り上げて、あらっ、へまをやったぞ。わしは9ポンド9シリング7ペンスって言ったかな。そうだな、わしは9ポンド9シリング7ペンスと言ったぞ。問題はだ、一年を9ポンド9シリング7ペンスでやっていけるかだな?」
「もちろん、平気だわ」ママは大声をだしました。もちろんウェンディの味方をしての発言です。ただパパは、ママに比べてすごくしっかりしていました。
「おたふく風邪もわすれちゃならんしな」パパはほとんどママを脅すように言うと、再び計算に取りかかりました。「おたふく風邪に1ポンド、と書いたものの30シリングぐらいが適当だな、だまってろって、はしかが1ポンド5シリング、ふうしんは半ギニーだから2ポンド15シリング6ペンス、指をふるわせるのはよせったら、百日ぜき、そうだな15シリング」と続けていくと、やるたびに合計が違うのでした。で、最後にはとうとうウェンディは合格ということになりました。おたふく風邪を12シリング6ペンス、はしかとふうしんは一つとして計算したからなんですが……
ジョンのときも全く同じ騒動がもちあがり、マイケルの時にいたってはぎりぎり合格といった具合でした。でも2人とも育てられ、すぐに3人のコドモが1列にならんで、乳母が付き添ってフルサム幼稚園に通うのを見ることでしょう。
ママは、なにもかもきちんとしておくのが好きでしたし、パパも隣近所にはひけをとるまいと必死だったので、もちろん乳母を雇いました。ただコドモのミルク代でお金が足りなくて、乳母はナナという名前の、きちんとしてはいますけどニューファウンドランド犬でした。ナナはダーリング家で飼われるまでは、特別どこで飼われていたというわけではありません。ただナナはコドモを大事なものと考えており、ダーリング家とはケンジントン公園で知り合いになりました。ナナはそこでひまな時間の大半は、乳母車をのぞきこんで過ごしていて、コドモの世話を十分にしてない乳母たちには大変嫌われていました。というのもそんな乳母たちの家までついていき、世話を十分にしてないことを奥さんにいいつけたからでした。そして、ナナは本当に乳母のカガミであることがわかりました。お風呂にいれるのも完璧でしたし、夜中のいつでも、コドモ達のひとりのかすかな泣き声にさえちゃんと起きるのでした。もちろん犬小屋はコドモ部屋にあり、ナナはコドモが一回咳をしてもがまんさせちゃいけなさそうな具合だぞとか、のどに靴下をまかなきゃいけない頃だということが生まれながらにしてわかっているかのようでした。ナナは死ぬまで、ダイオウの葉っぱだとかの昔風の治療法を信じきっていました。そして細菌とかなんとかいった新しいだけの話には、はなからばかにしたようなうなり声をあげるのでした。ナナがコドモ達を学校へ送り迎えする姿は礼儀作法のお手本にしたいくらいで、コドモ達がちゃんとしているときはおちつきはらって横にならんで歩いているし、コドモ達が列からはみだそうものなら、頭でつついて列におしもどすのです。ジョンがサッカーをやる日にセーターを忘れたことはありませんし、雨の日にはいつも口に傘をくわえていきました。フルサム幼稚園には地下にひと部屋あり、そこで乳母たちはコドモを待つのです。乳母たちは長いすに腰掛け、一方ナナは床に寝そべっていました。違いは本当にその点だけです。乳母たちは自分たちより身分が低いんだから、とナナを無視するふりをしましたし、ナナはナナで乳母達の内容のないおしゃべりをばかにしていました。ナナはコドモ部屋にママの友達がくるのを大変いやがっていましたが、実際来たときは、まずマイケルのエプロンをさっとぬがせ、青い組みひもで縁取られたエプロンを着せて、ウェンディの服のしわをのばし、それからいそいでジョンの髪をとかしつけるのでした。
これほどきちんとしているコドモ部屋が、他にあったでしょうか。そしてパパもそれをよく知ってはいましたが、まだ時々、近所の人がなんと言ってるか不安に思うのでした。
なにしろパパは、町での自分の立場も考えなければならなかったのです。
ナナも別の意味で悩みの種でした。時々ナナが、パパを尊敬してないように感じたのです。「わたしは、ナナがあなたをとっても尊敬してるのを知ってるわよ」とママはパパを励ましたものです、そしてコドモ達にパパに特別やさしくしなさいという合図をしたものでした。愛らしいダンスがはじまり、もう一人のリザという召使も時々一緒に踊ることをゆるされました。長いスカートと召使の帽子をかぶった姿はとても小さくみえましたが、雇われたときには、もう10才にはみえませんと自分で断言していたのです。遊びまわるみんなのにぎやかなこと。でも全員の内で一番楽しそうなのはもちろんママで、すごい勢いでつま先でくるくるまわっていたために、あのキスしか見えないほどでした。もしいまママに飛びついたのなら、キスしてもらえたかもしれません。ピーターパンが来るまでは、こんなになにからなにまで幸せに満ちた家庭は、他にはなかったことでしょう。
ママがはじめてピーターパンのことを耳にしたのは、コドモ達の心を整理整頓しているときでした。かならず毎晩、コドモ達が寝入ったあとで、いいママならだれでも、コドモ達の心の中をひっくりかえして、昼間にあちこちに散らかったものをそれぞれの場所につめなおして、翌朝のために整理整頓するものなのです。もしあなたが起きていられたら(もちろん無理でしょうけど)、あなたのママが整理整頓してるのを見ることでしょう、そしてそんなママを見てるのは、とても面白いことでしょう。それはまるで、たんすの整理みたいなものなのです。私が思うには、あなたはママがひざまづいて、こんなことをしてるのを見るでしょう。つまりあなたの心の中にある物のいくつかを面白そうに手にとってみて、いったい全体どこでこんなものをひろってきたのか不思議に思って、その発見をうれしく思ったり、逆にあんまりそうでもなかったり、まるで子ネコみたいにかわいいものであるかのようにほおにおしあてたり、あわてて見えない所にしまいこんだりする所を。あなたが朝起きたときには、夜寝るときにベッドにもちこんだわがままや意地悪は小さくたたみこまれて、心の奥底にしまいこまれているし、一番上にはすっかりかわいたきれいな心が、すぐ身に付けられるようにひろげてあるのでした。
あなたが心の地図を見たことがあるかどうか、わたしは知りません。お医者さんは、時々あなたの心以外の地図を描きます。あなた自身の地図は、あなたにとって、とても興味深いものです。お医者さんが、コドモの心の地図を描こうとしているのを見てみましょう、そのコドモの心は散らかってるだけでなく、いつもくるくる回り続けています。心の上には、まるであなたの体温表みたいにジグザグの線があり、それはたぶんその島の道なのでしょう、なぜならその島、ネバーランドは、大体島といってもいいようなものであり、あちこちに驚くほどの色の模様があり、さんご礁、沖合いに速そうにみえる小船、野蛮人がいて、さびしい墓地、たいがい仕立て屋をやってる小人たちがいて、川が流れているどうくつがあって、6人の兄をもつ王子がいて、刻々とくずれおちていく小屋があり、カギ鼻の背の低い老婆がいたものです。これで全部なら、まだまだ簡単な地図といえるでしょう。でもまだ学校での最初の登校日、宗教、祖先、まあるい池、針仕事、殺人、絞首刑、間接目的語をとる動詞、チョコレートプディングの日、歯列矯正器をつけて、99といって、じぶんで歯をぬいたら3ペンスやるよ、とかとにかくそんなものがあるのです。そしてそれらはすべてネバーランドの一部、もしくは透けて見える別の地図といったぐあいで、とにかく全く混乱しており、しっかり根をおろしてかわらないものなどなにもないといった具合でした。
ネバーランドは、もちろんとってもヘンカにとんでいます。たとえばジョンのネバーランドには、ラグーン(さんごにかこまれた浅瀬)があってその上をフラミンゴの群れが飛んでいて、ジョンはそれを撃ちます。一方マイケルといえば、まだとっても小さかったので、フラミンゴがいて、その上をラグーンの群れが飛んでるのです。ジョンは砂浜にさかさまになっていたボートに住み込んで、マイケルはインディアンのすむようなテントに、ウェンディは巧みに縫い合わされた葉っぱの家に住んでいました。ジョンには、一人も友達がいません。マイケルは夜の間だけの友達がいて、ウェンディは親にすてられた狼をペットにしていました。ただ、まあだいたい、ネバーランドは兄弟姉妹では似たり寄ったりになるもので、兄弟姉妹のネバーランドを一列に整列させたら、同じような鼻だなぁとかなんとかいうことになるでしょう。ネバーランドの魔法の岸辺で遊んでいるコドモ達は、いつも小船を岸にひきあげているのです。わたしたちも、かつてはそこにいたことがありました。まだ波の音がきこえるでしょう。でも、もうわたしたちはその島へ上陸することはできないのです。
全ての楽しい島々の中で、ネバーランドはもっともこじんまりしていてコンパクトです。えぇ、一つの冒険から次の冒険までがいやになるくらい離れているほど、おおきかったり不規則に拡大していたりはしません。ちょうどいい具合につめこまれています。昼間のあいだ、椅子とテーブルクロスのところで、ネバーランドの遊びをするときは、全く不安になることはないのに、眠りにおちる前の2分間には、急に現実みたいに思えたりもするのです。それこそが、ナイトライトがある理由だったりします。
時々ママがコドモ達の心の中を旅してると、理解できないものにつきあたったりします。その中でも、もっとも途方にくれてしまうのは、ピーターという言葉でした。ママにはピーターなんて知り合いはいませんでしたし、ジョンとマイケルの心のあちらこちらにいて、ウェンディの心ときたら、ピーターという名前の落書きであふれかえりそうなぐらいなのでした。ピーターという名前は、他の言葉にくらべてもより太い字で書かれており、ひときわ目立ちましたし、ママはその名前をじっと見ると、みょうにうぬぼれているといった感じをうけるのでした。
「まあかなりのうぬぼれやさんね」ママがそうたずねたので、ウェンディはしぶしぶそう認めました。
「いったいだれなの、ペット?」
「ピーターパンよ、ママ知ってるでしょ?」
最初ママには分かりませんでした。でもコドモの頃のことを思いかえしてみると、妖精たちとくらしているといわれていたピーターパンのことに思い当たりました。ピーターパンの話はかなりかわっていて、たとえばこうです。コドモが死んだときには、ピーターパンが途中まで一緒についていって、怖がらないようにしてあげるといったようなぐあいです。ママも当時は、ピーターパンがいることを信じていました。でも今は、結婚して分別もついていましたから、ピーターパンなんているのかしら? とかなり疑わしく思っていました。
「それにしても」ママは、ウェンディにいいました。「もう今では大人になってるわね」
「あらやだ、ピーターパンはオトナになんてなりません」ウェンディは胸をはって、自信たっぷりにいいはりました。「ピーターは、わたしと全く同じおおきさだし」彼女がいってる「おなじおおきさ」の意味は、心と体の両方とも「おなじおおきさ」ってことでした。ウェンディはどういうふうにして「おなじおおきさ」ってことがわかったかはわからないけど、とにかくわかっていたのでした。
ママはパパに相談しましたが、パパはばかにして笑うだけでした。「わしの言葉を覚えておけよ、」とパパ。「ナナがコドモ達に教え込んだたわごとさ、イヌが考えそうなことだ。ほっとけよ、忘れるだろう」
ところが、忘れるどころのさわぎではありません。そのやっかいごとをひきおこす男の子は、ママに大ショックを与えたのでした。
コドモというものは親たちにわずらわされなければ、どんなかわった冒険でもします。例えば、森にいて、死んだお父さんと会っていっしょに遊んだよなんてことを、終わって一週間もしてから、思い出して言ったりします。ウェンディがある朝、おどろくべき意外なことをいいだしたのは、こんなふうになにげなくでした。木の葉がコドモ部屋で見つかりました。昨晩コドモが寝たときには、確かになかったはずなのに。ウェンディがしょうがないわねぇって微笑みながらこう言った時、ママは木の葉をただ不思議だなぁと思っていました。
「また、ピーターのせいだと思うわ」
「いったい全体、どういうこと、ウェンディ」
「わんぱくだから、くつをふかないのよ」ウェンディはきちんとした子でしたから、ため息をついていいました。
ウェンディは、全くあたりまえのことを話しているように、ピーターが時々コドモ部屋にやってきて、ウェンディのベッドの足の方に腰掛けて、笛をきかせてくれるの、と説明しました。残念なことに、起きていなかったので、どうやってそのことがわかったかはわからないけど、とにかくわかっていたのでした。
「なにわけのわからないことをいってるの、かわいい子。玄関のドアをノックせずに家にはいってくるなんてことは、できないのよ」
「窓からきたと思うのよ」とウェンディは、いいました。
「まぁ、ここは三階なのよ」
「じゃあどうして葉っぱは窓際にあるの?」
全くその通りでした。葉っぱは、まさに窓際にあったのですから。
ママには全く訳がわかりませんでしたが、ウェンディがあまりに平然としてるので、夢でもみてたんじゃないのなんて、さっさと片付けてしまうわけにはいきませんでした。
「いいこね、」ママは声をちょっとあらげました。「でもなんでもっと前にママにいってくれなかったの?」
「わすれてたんだもの」ウェンディはそっけなく言うと、あわてて朝食をたべました。
ええたぶん、夢でもみてたにちがいありませんとも。
でも、かたや、葉っぱはたしかにあるのでした。ママが葉っぱをとても注意深く調べてみると、それはすじばっかりの葉っぱで、イングランドに生えてる木のものではないことはわかりました。ママは床にはいつくばって、ろうそくでもって照らして、かわった足跡がないか調べてみました。火かき棒で煙突をガタガタさぐったり、壁をたたいたりしました。窓から道路までテープをたらしてみました。垂直に30フィートもあって、のぼってこれる雨どい一つとしてありません。
夢をみてたんですとも。
でもウェンディが夢をみてたわけじゃなかったことは、まさに次の日の夜に明らかになりました。コドモ達のおどろくべき冒険がはじまったといってもいいあの夜に。
その夜、またコドモ達がベッドにはいったところから、はじめましょう。たまたまナナが夜に外出していたので、ママがコドモをおふろにいれて、ひとりまたひとりと握ってたママの手をはなして、夢の国にはいっていくまで、子守唄をうたってやりました。
ママはなにもかもが安全でここちよく感じられたので、心配する必要なんてなかったんだわと微笑んで、縫い物をするために暖炉のそばにゆったり腰をおろしました。
縫い物はマイケルのもので、今度の誕生日にはシャツをきることになっていたのです。暖炉の火は温かく、コドモ部屋は3つのナイトライトで照らされているだけでうすぐらかったので、やがて縫い物はママのひざの上に落ちました。頭は、とてもゆうがにですが、こっくりこっくりとして、ママは眠りにおちてしまいました。4人をみてください、ウェンディとマイケルはあちらで、ジョンはここです、そしてママはだんろのそばで。4つ目のナイトライトがあるべきでした。
ママが眠りにおちて、夢をみていると、ネバーランドはとても近くにあって、一人の見知らぬ男の子がネバーランドから登場しました。ママは、男の子にはびっくりしません。なぜなら前にもコドモのない女の人の顔に、その男の子を見たことがある気がしたからでした。たぶん、母親になった女の人の顔にだって、その男の子をみつけられるのかもしれませんが。でも夢の中では、男の子はネバーランドをおおい隠していたうすいまくをひきちぎって、ママにはウェンディとジョンとマイケルがその裂け目から、こちらをのぞいているのが見えました。
夢そのものは、ささいなことかもしれません。でも夢を見ている間、コドモ部屋の窓が風で開いて、男の子が床にころげこんできたのでした。男の子といっしょに不思議な明かりも、こぶしほどのおおきさで、まるで生きてるかのように部屋の中をダーツみたいにまっすぐに飛んでいきました。思うにその明かりで、ママは起きたにちがいありません。
ママは悲鳴をあげてとびおきました。そして男の子をみました。で、どうしてかすぐにそれがピーターパンだってことが、わかったのでした。もしあなたやわたし、あるいはウェンディがそこにいたのなら、男の子がまるでママのキスみたいだなぁ、なんてことに気づいたのにちがいありません。男の子は愛らしい子で、すじばっかりの葉っぱと木からにじみでた樹液でできた服をきていて、ただ一番うっとりさせるのは、歯が一つもはえかわってないことでした。男の子はママが大人だと見ると、その真珠のような歯で、ママに向かって歯ぎしりしました。