ピーターパンとウェンディ, ジェームス・マシュー・バリー

今度こそ、フックか僕かだ


実際に起きた時にはしばらく気づかないものですが、わたしたちの人生には奇妙なことが起きるものです。例えば、どれくらいかはわかりませんが、そうですね、30分くらいでしょうか、耳が片方聞こえなくなっているのに突然気づくことがあります。ちょうどその夜ピーターに起こったことは、そういう類のことでした。最後にピーターを見た時、ピーターは指を1本立ててくちびるにあて、短剣を携えて島を駆け抜けていました。ワニが側を通って行くのを目にしましたが、別になにか変わっていることには気づきませんでした。ところが、そのうちピーターはワニがチクタク音を立ててないことに思い当たりました。初めのうちは不吉に思ったのですが、すぐに時計が止まったということがわかったのです。

突然一番身近な仲間を奪われたワニに同情するでもなく、ピーターはどうやったらこの異変を自分に有利に使えるか考えはじめました。そして自分がチクタク言うことにしたのです。そうすれば獣たちはピーターのことをワニだと思って、邪魔せずに通してくれると思ったのでした。ピーターのチクタクの真似はすばらしいものでしたが、一つ予期しない結果を生みました。ワニもその音を聞きつけて、ピーターの後をついてきたのです。失ったものを取り戻そうというのか、単に時計はまたチクタクと音を立て始めたと信じて、ピーターのことを友達だと思ってついてきたのか、はっきりしたことはわかりません。ただいったん信じたことは変えない奴隷みたいに、ワニがおろかな動物なのは確かなことです。

ピーターは、難なく岸までたどり着き、進み続けました。ピーターの足が水の中に入っても全く気づきもしないように、水の中を進んでいきました。多くの動物はこんな風に陸から水の中へと入っていくものです。ただ私の知る限り、人間でこんな風なのは、ピーターを除いて他に思い当たりません。泳いでいてもピーターは、一つのことしか考えていませんでした。「今度こそ、フックか僕かだ」ピーターはあんまり長いことチクタクと言っていたので、意識しなくてもチクタクと言い続けました。意識していたなら止めていたことでしょう。すばらしいアイデアですが、船に乗り込むのにチクタクと音を立てればいいなんてことは、ピーターに思いつくことではありませんから。

今度こそ、フックか僕かだ
今度こそ、フックか僕かだ

その反対に、ピーターはネズミのようにこっそりと船を登ろうと考えていたのでした。海賊たちがピーターを避け、フックときたら海賊たちの真ん中でワニの音を聞いたみたいに惨めな姿でいるのを見て、ピーターは驚きました。

ワニ! ピーターがそれを思い出した時には、チクタクという音を耳にしていました。最初その音が本当にワニから聞こえてくるのかと思って、すばやく振り返ったほどです。それから自分で音を立てていることに気づいて、すぐさま状況を把握して、「なんて僕は賢いんだろう!」とすぐに思ったのでした。そして男の子たちに拍手喝さいしないように合図したのです。

ちょうどそのときでした。エド・テイントという操舵係が船室から姿をあらわして、甲板をやってきました。さあ読者のみなさん、自分の時計でこれから起こることを計ってください。ピーターがぐさりとやり、ジョンがそのつきのない海賊の口を、死のうめき声がもれないように手で覆いました。海賊は前のめりに倒れ、4人の男の子がドスンと音を立てないように支えました。ピーターが合図をすると、死体は海へ放りこまれ、ドボンという音がして、その後、静寂があたりを覆います。さてどれくらいかかったでしょうか?

「1人」(スライトリーがカウントを始めました。)

すぐさまにではありませんが、ピーターは全身つま先立っているようにこっそりと、客室に姿を消しました。海賊たちは一人ならず勇気をふるって、あたりをさぐりはじめています。海賊たちは、お互いの苦しい息遣いを耳にして、あのワニのチクタクという音が聞こえなくなったことが分かりました。

「行っちまいましたぜ、船長」スメーは眼鏡を拭きながらいいました。「すっかり静かなもんです」

ゆっくりとフックはひだのある襟から頭を出すと、とても注意深く耳をすませたので、チクタクという音のこだまでも聞こえたことでしょう。たしかに物音一つしません。フックは背筋を伸ばして、立ちあがりました。

「板渡り野郎にカンパイだ!」フックは恥知らずにもそうさけびました。自分の弱いところを男の子達に見られたので、前よりいっそう憎々しげです。フックは意地の悪い歌を歌い始めました。

「よーほー、よーほー、たっのしい板渡り
歩いてわたれば、板が途切れて、まっさかさま
海神さまがお待ちだよ!」

フックはもっと捕虜を怖がらせるために、威厳はなくなりますが、甲板を板に見たてて、歌いながら男の子達にしかめ面をみせ踊りました。歌い終わると、叫びました。「板を渡る前にネコにさわりたいか?」

そのときになって、男の子達はひざまづいて「やだ、やだ!」とあんまり哀れみを誘う声をあげたので、海賊たちはみんなほくそえみました。

「ネコをつかまえてこい、ジュークス」フックは命令しました。「船室にいるぞ」

船室ですって! ピーターがいるじゃありませんか! コドモ達はお互いに目を合わせました。

「アイ、アイ」ジュークスは二つ返事で、船室に入っていきます。コドモ達はジュークスの後を目で追います。ですから、フックが手下どもと一緒に歌い始めたことにとんと気づきませんでした。

「よーほー、よーほー、ネコは引っかく
尾っぽは九つ、ネコが背中をひっかきゃ……」

歌の最後はなんだったのか分かりません。というのも突然船室から恐ろしい悲鳴が聞こえてきて、歌をさえぎったからです。その悲鳴は船中に響き、そしてやみました。それから男の子たちには、先刻ご承知の時の声が聞こえてきました。ただ海賊たちには、その声は悲鳴より薄気味悪かったのでした。

「あれはなんだ?」フックがたずねます。

「2人」スライトリーはおごそかに数えました。

イタリア人のセッコはしばらく迷ったあと、船室に飛びこんでいくと、ふらふらになってよろめきながら外へ出てきました。

「ビル・ジュークスはどうした、おい、おまえ?」フックがのしかからんばかりに、非難がましくたずねました。

「ヤツがどうしたかっていえば、死んでますぜ。刺し殺されてるんで」セッコは呆然とした声で答えました。

「ビル・ジュークスが死んだって!」びっくりした海賊たちは叫びました。

「船室は穴ぼこみたいに真っ暗でさぁ」セッコは、ほとんどわけがわからないぐらいの早口でまくしたてました。「あそこには、なんだか恐ろしいものがいますぜ。時の声をだすものがいるんでぇ」

「セッコ」フックは、この世のものとは思われないほど無情な声で命令しました。「もどって、コケコッコーとなくやつを捕まえて来い」

セッコも勇者の中の勇者でしたが、船長の前でちぢこまって「だめです、だめっす」とさけびました。でもフックときたら鉤をひけらかし、満足げに目をつむってこう言いました。

「そんなに行きたいのか、セッコ?」

セッコは絶望したように最初に両腕を投げ出すようにして、歩いて行きました。歌を歌うものは一人もおらず、全員耳をすませています。そしてふたたび死の悲鳴と時の声です。

スライトリー以外に口をきくものはありません。「3人」

フックは、部下どもに集まれと手招きしました。「いったい全体」フックは怒鳴りました。「ええい、どいつがあのコケコッコーとなくやつをひっ捕らえてくるんだ?」

「セッコが出てくるまで待ちやしょう」スターキーはうめいて、他のものたちも賛同の声をあげました。

「おまえがやってくれるのか、スターキー」フックはふたたび満足げに言いました。

「絶対いやですぜ!」スターキーは叫びました。

「わしの右腕のフックは、おまえがやるって言ってるがな」フックはスターキーに逆らうように続けます。「右腕のフックの言うとおりにした方がよくはないか、スターキー?」

「あそこに入るくらいなら、トンズラしますぜ」スターキーは頑固にいいはり、そして再び船員たちの賛同の声があがりました。

「これは反乱なのか?」フックは前よりもっと楽しそうにたずねました。「スターキーが首謀者というわけだ!」

「船長、お慈悲を!」スターキーは今や全身をぶるぶると震わせながら、泣き言をいう始末です。

「握手だ、スターキー」フックは鉤を差し出しました。

スターキーは周りに助けを求めましたが、みんなしらんぷりです。スターキーが下がれば、フックが一歩前にでて、フックの目には赤い炎が輝いています。絶望的な悲鳴をあげて、スターキーは艦載砲に跳びのると、自分からまっさかさまに海へ落ちて行きました。

「4人」スライトリーは言いました。

「さて」フックは丁寧に言いました。「まだ他に反乱を口にする紳士はいらっしゃるのかな?」ランタンをつかみ、鉤を振り上げ脅すようなそぶりで「自分であのコケコッコーとやらを引きずりだそう」というと、船室に飛び込みました。

「5人」どれほどスライトリーは、そう言いたかったことでしょう。スライトリーは、いつでもそう言えるようにくちびるをしめらせました。しかしフックは、ふらふらしながら船室から出てきました。ランタンはもっていません。

「なにかが明かりを吹き消しやがった」フックは少しおどおどしながら言いました。

「なにかだって!」マリンズは繰り返しました。

「セッコはどうなったんで」ヌードラーは聞くと、

「ジュークスと一緒でおだぶつさ」フックはぶっきらぼうに答えました。

フックでさえ船室にもどりたがらない様子なので、全員不吉な予感を覚えました。そしてふたたび反乱の声がわきあがります。だいたい海賊なんてものは、迷信家と決まっています。コックソンは叫びました。「実際に数えるより一人余計に船にだれかが乗ってるのは、もっとも不吉なしるしだって聞いたことがあるぞ」

「おれもだ」マリンズはつぶやきました。「やつはいつも海賊船に最後に乗り込むんだ。やつにはしっぽがありますかね、船長?」

他のものも、フックを意地悪く見つめながら口を開きました。「やつが来たときには、船の中で一番悪いやつにとりつくって聞いたぞ」

「やつには手にフックがありますかね、船長?」コックソンは無礼にもそうたずねました。そして一人また一人と声をあげました。「この船はのろわれている」この時になって、コドモ達は歓声を押さえられませんでした。フックはほとんどコドモ達のことなんか忘れていたのですが、今、彼らの方へ振り向くフックの顔には再びかがやきがもどっているのでした。

「おい」フックは手下どもに呼びかけました。「これは一つの意見だ、聞いてくれ。船室のドアを開けて、やつらをそこへ叩きこむんだ。コケコッコーの野郎と命をかけて戦わせようじゃないか。コドモ達が勝てば、わしらにはバンバンザイだ。コケコッコー野郎が勝ったところで、わしらには別に損もなし」

これで最後になるのですが、手下どもはフックに感心し、その命令を忠実に実行しました。男の子達は、戦うフリをしながら、船室におしこまれ、ドアが閉まりました。

「さあ、耳をすませ!」フックが号令をかけると、みんなが耳をすませます。しかしドアをまっすぐ見るものは、一人としていません。いや、ただ一人、ウェンディがいました。ウェンディは、この間中ずっとマストにくくられていたのです。ウェンディが待ち構えているのは、悲鳴でもなければ、時の声でもありません。ピーターが再び登場するのを待っていました。

ウェンディは、それほど待つ必要もありませんでした。船室の中で、ピーターは捜し求めていたものをようやく見つけたからです。コドモ達にかけられていた手錠をはずす鍵です。そしてみんなで手当たり次第の武器を身につけて、こっそり外へ出て行きました。ピーターは最初に隠れろと合図をして、ウェンディのなわを切ります。本当なら飛んでいってしまうのが一番カンタンでしたが、「今度こそ、フックか僕かだ」の誓いがそうはさせません。ウェンディを自由にすると、ピーターは男の子達と隠れているようにささやきました。そしてマストのウェンディがいた場所に自分の身を置いたのです。ウェンディの衣服を身にまとっていたので、ピーターとはわからないでしょう。そして大きく息をすうと、時の声をあげました。

海賊たちにしてみれば、その叫び声は男の子たちが船室で皆殺しということの証拠ですから、パニックです。フックは手下どもを落ち着かせようとしましたが、いままで犬みたいに扱ってきたので、フックに向かって歯をむく始末です。そして手下どもから目を離そうものなら、フックに飛びかからんばかりなのでした。

「おい」フックは必要に応じてアメとムチをつかおうと考え、一瞬もひるむことなくこう言いました。「考え抜いたんだが、不吉なやつがこの船にいるみたいだな」

「あぁ」手下どもはうなるように言いました。「鉤のついたやつがな」

「ちがうぞ、おい、違うんだ。女だ。海賊船に女が乗って幸運だったためしがねぇ。女さえいなくなりゃ、この船も安泰だ」

手下どものなかには、フリントがこう言ってたのを思い出すものもいましたから、「とにかくやってみよう」としぶしぶ言いました。

「海に投げこんじまえ」フックが命令し、手下どもは服に身を包んだ者へと駆け寄りました。

「おまえを助けてくれるやつは一人もいないね、お嬢さん」マリンズがひやかすように言うと

「一人いるよ」と答えが返ってきました。

「だれだ?」

「ピーターパン、復讐にもえる者!」という恐ろしい答えを口に出すや、ウェンディの服を脱ぎ捨てました。みんなは、仲間を船室で殺したのがだれなのかはっきり分かりました。フックは2回、口を開こうとしましたが、2回とも声がでません。こんなに恐ろしい目にあって、フックの荒々しい心も粉々になってしまったんだとわたしは思います。

ついにフックは怒鳴りました。「やつを切り刻め!」なんだか自信に欠けた声でした。

「海賊たちをやっつけろ!」ピーターの声が響き渡りました。時を置かず、武器のかち合う音が船中に響き渡りました。海賊たちはそのままかたまっていれば、確実に勝てたでしょう。ただ心の準備ができないままに戦いが始まったので、あちらこちらを駆けまわり、めいめい自分が最後に生き残った一人だと思いこんで、でたらめに武器を振り回しました。1対1なら海賊の方が強いですが、海賊ときたら防戦一方なので、男の子たちはペアを組み、獲物を選ぶことができたのです。悪党どものなかには海に飛び込むものまでいましたし、暗い所に隠れているものもいました。ところがスライトリーに見つけられてしまうのです。スライトリーは戦わずに、ランタンをもって駆けまわり、海賊たちの顔を照らします。すると海賊たちは目がくらんで、やすやすと他の男の子の刃のつゆと消えるのでした。聞こえる音といえば、武器のぶつかる音、時折の悲鳴、ドブンという水の音、そしてスライトリーの単調な数を数える声、5、6、7、8、9、10、11ぐらいのものでした。

血に飢えた男の子達の一団がフックを取り囲んだ時、わたしはこれで海賊たちも全滅だと思いました。ただフックときたら不死身の命でももっているかのようです。炎の輪を作り、その中には一歩たりとも男の子達を踏み込ませないのです。男の子達は手下どもはやっつけましたが、この男は一人でも十分に男の子全員と戦えるみたいです。何度もフックに迫るのですが、何度もフックの剣で退けられてしまいます。右腕のフックで男の子を一人血祭りにあげると、その男の子を盾として使います。ちょうどその時、マリンズを叩き切った男の子が戦いに飛びこんできました。

「おまえらは剣をしまえ」飛びこんできた男の子は言いました。「こいつは僕がやる」

こいつは僕がやる
こいつは僕がやる

そして突然フックは、ピーターと向かいあうことになりました。他の男の子たちは引き下がり、2人の周りに輪を作ります。

しばらく2人は互いに見詰め合っていました。フックがわずかに体をふるわせると、ピーターはふてきな笑みを浮かべました。

「ああ、パン」フックはついに口を開きました。「全部おまえがやったことなんだな」

「ああ、ジェームズフック」手厳しい答えです。「全部僕がやったんだ」

「小生意気で無礼なこわっぱめ、覚悟しろ」とフックが言えば、

「腹ぐろい不吉なやつ、かかってこい」とピーターも負けてはいません。

それ以上言葉を交わすことなく、2人は戦い始めました。しばらくは2人とも互角です。ピーターはすばらしい剣の使い手で、目にもとまらぬ速さで身をかわします。時折フェイントをかけて、フックの防御をかいくぐる一撃をくりだすのですが、腕が短すぎて効果がなく、剣を深く突きさすことはできません。フックも剣の才能ではピーターに劣ってはいませんが、それほど手先はすばやいというわけではありません。とにかく攻めて、攻めることでピーターを退けています。昔にリオのバーベキューから教わった必殺技でさっさと片付けようとします。ところがフックが驚いたことに、この必殺技が何度もかわされてしまうのでした。そこでフックは距離をつめて、鉄の鉤で最後の一撃を食らわそうとしましたが、これまでのところ空を切るだけでした。ところがピーターは体を曲げて鉤をかわすと、快心の一撃をおみまいし、フックの肋骨へと剣を突きさしました。自分の血をみて、前にも出てきましたけど覚えてらっしゃるでしょうか、その独特の血の色がフックの動揺をさそい、フックは剣を取り落としてしまいました。今やフックの命はピーターの手中です。

「今だ!」男の子たちは声をそろえました。ただピーターは堂々とした態度で、フックに剣を拾わせてやりました。フックはすぐに剣を拾いましたが、ピーターが礼儀正しかったので、くやしかったのです。

今までフックは、自分と戦っているのは悪魔かなんかだと思っていたのですが、疑念がふつふつと頭をもたげてきました。

「パン、いったい全体おまえは何者なんだ?」フックはかすれた声で聞きました。

「僕は若さであり、喜びだよ」ピーターはでたらめに答えました。「僕は産まれたての小鳥だよ」

もちろんなんの意味もありゃしません。でもそれこそが、フックにとっては不幸なことに、あることの証明になるのでした。つまりピーターが自分が何者であるか全く知らないことこそが、正しい礼儀の極意なのです。

「もう一度打ち負かしてやる」フックはやけくそになって叫びました。

フックはまるでさおになったように手を振り回して戦っています。剣の一振り一振りが、邪魔するものはオトナだろうがコドモだろうがまっぷたつといった勢いでした。でもピーターは、まるでフックが剣を振り下ろす時に起こす風で危ない場所から外へと吹き飛ばされるかのように、フックの周りを蝶のように舞うのでした。ピーターは何度も突進し、フックを突き刺しました。

今やフックは戦ってはいますが、勝つ希望を失っています。情熱的な心も生きることに執着していませんし、一つ願い事があるだけでした。自分の体が永遠に冷たくなる前に、ピーターの行儀の悪いところを見たいという願い事です。

戦うことをあきらめると、フックは火薬庫に駆け込み、火をつけました。

「2分で」フックは叫びました。「船は木っ端微塵だ」

さあ今だ、フックは思いました。ピーターの本性とやらが見られるぞ。

でも、ピーターは砲弾を両手に抱えて火薬庫から出てくると、何事もなかったかのように海へほうりなげました。

フック自身はといえば、どんな本性をあらわにしたのでしょうか? フックに同情するわけではありませんが、進む道を誤りはしましたが、フックが最後には自分の民族の伝統に忠実だったことは喜んでいいことでしょう。ピーター以外の男の子たちはフックの周りを飛びまわりながら、フックのことをあざけり、ののしっています。フックは甲板をよろめきながら歩き、力なくコドモ達にぶつかりました。フックの心はすでにここにはありません。昔に運動場で前かがみに歩いたことや、ずっと校長のかわりをしたことや、あの有名な壁のところから、イートン校の壁を使うサッカーをみたことを思い出していました。彼の靴はピカピカですし、チョッキも身につけ、ネクタイもくつしたもきちんとしていました。

ジェームズフック、英雄と呼べなくもない男、さらば。

フックの最後は目前です。

ピーターが短剣で釣り合いをとりながら、少しづつ空中をフックの方へ近づいてくるのを見て、フックは海へ飛びこむために船のへりへとよじ登りました。フックはワニが待ち構えていることを知りません。というのも、ワニが待ち構えていることを知らせないように、わたしたちはわざとチクタクと音をたてる時計を止めたのです。わたしたちからの最後の敬意のしるしです。

フックは最後の勝利を一つ手にしました。最後の勝利ですから、フックをねたむ必要もないでしょう。へりの上にたって、肩越しにピーターが空中を飛んでくるのをみて、フックはピーターに足を使うように身振りで示すと、ピーターは剣で突き刺す代わりに足でけったのでした。

とうとうフックの願い事はかないました。

「行儀わるいぞ」フックはほくそえむと、ワニの胃袋へと消えて行きました。

ジェームズフックの最後でした。

「17人」スライトリーは大声で歌うように言いました。でもスライトリーの数え方は、全然正確ではありません。15人はその夜に自分の罪を償いましたが、2人は岸まで泳ぎついたのです。スターキーはインディアン達につかまって、あかんぼうの子守りをさせられました。海賊としてはずいぶんな落ちぶれようです。そしてスメーといえば、あの眼鏡をかけ、世界中を放浪し、明日をも知れぬ生活を送っていました。俺こそが、ジェームズフックが恐れた唯一の男だなんていいながら。

ウェンディはもちろん、戦いには参加しないで立ちすくんでいましたが、ピーターをきらきら輝く目で見ていました。いま全てが終わって、またウェンディの出番がやってきたのです。ウェンディはみんなを公平にほめてやり、マイケルが一人殺した場所を自慢するとうれしさのあまり身震いをしました。そしてウェンディは、フックの船室へみんなを連れて行き、くぎでかかっている時計を指差しました。「1時半!」

時間が遅いことこそが、一番大事なことのようです。ウェンディは、すぐにピーター以外のみんなを海賊のベッドに寝かしつけました。ピーターはといえば甲板を行ったり来たりしていましたが、いつのまにか艦載砲の脇で眠りに落ちています。ピーターは、その夜にもいつも見る夢の一つを夢に見て、眠りながら声をあげて泣きました。そしてウェンディは、ピーターを固く抱きしめてやりました。


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