ピーターパンとウェンディ, ジェームス・マシュー・バリー

帰宅


その朝にベルが3回鳴るころには、全員大忙しです。なぜなら船は大海を走っていましたから。甲板長のトゥートルズの姿も見てとれます。ロープの端をつかみ、噛みタバコをくちゃくちゃしています。全員膝までの海賊の服を着用し、スマートな髪型にして、ホンモノの水夫のように体をゆすりズボンを引きずりながら、ひっくり返ったりしています。

船長がだれかは言うまでもないでしょう。ニブスが一等航海士、ジョンが二等航海士で、女性も一人乗っています。残りはただの水夫で、水夫部屋で寝起きしています。ピーターは、すでに操舵にかかりきりになっていましたが、両手で笛を作ってならし、みんなに短い挨拶をしました。おまえらが勇敢な仲間として、義務を果たしてくれることを望んでるぞとか、おまえらがリオや黄金海岸のくずってことは承知してるがなとか、反抗しようものなら引き裂くぞといったものでした。脅しの効いた甲高い声での言葉は、水夫にはピンとくるものがあり、みんなはピーターを力いっぱい誉めそやすのでした。そしてするどくいくつかの命令が下り、船の向きをかえ、現実の世界へと向かいました。

船長のパンの計算によれば、船の海図を検討したところ、天候さえよければ6月21日にアゾレス諸島に到着し、その後は飛んだほうが時間の節約になるみたいです。

コドモ達の中には海賊船はやめたいというものもいましたし、海賊船のままがいいというものもいました。でも船長ときたら船員たちをイヌ同様に扱うので、敢えて一人一人でピーターに自分の意見を言うものはいません。絶対服従こそが生き残る方法でした。スライトリーなんか、水深を測れと命令された時に戸惑った表情を浮かべただけで12回もムチ打たれたのですから。みんなが思うにはこうです。ピーターが海賊でないのは今だけウェンディをだますためで、フックのもっとも悪趣味な服をウェンディがいやいやながら作り変えて、新しい服ができたあかつきには、ピーターはさっと海賊へと変わってしまうに違いないと。後になって船員たちの間で噂になったことには、出来上がった服を着た最初の夜、ピーターはフックの葉巻を口にくわえ、片手の親指以外をかたく握り締め、親指をそらして、脅すように鉤みたいに高く上げて、船室に長いこと座っていたらしいじゃありませんか。

でも船を見守る代わりに、わたしたちの3人の主人公が、ずっと昔に勝手に空を飛んで、飛び出した寂しい家に戻らなければなりません。こんなにずっと14番地の家を無視してきたなんて恥ずべきことかもしれませんが、ダーリング夫人がわたしたちに文句をいうことはないと思います。もしわたしたちがお母さんに深く同情して急いで帰ろうものなら、こう言ったことでしょう。「だめじゃないの、私がどうしたっていうの? もどってコドモ達を見ていてちょうだい」お母さんがこんな風だから、コドモ達はそれを利用するのです。コドモ達は、お母さんがそうすることに賭けさえするかもしれません。

さて、わたしたちはおなじみのコドモ部屋を見てみることとしましょうか。そこにいるべき人たちは、帰路についているわけですし。わたしたちはコドモ達に先回りして、ベッドがちゃんと干してあるか、そしてダーリング夫妻が晩に外出しないかを確かめに、急いでコドモ部屋に向かうのです。わたしたちは、せいぜいが召使といったところでしょうか。いったい全体どうしてコドモ達のベッドがちゃんと干してなければいけないんでしょう? 考えてもみてください、コドモ達はあんな恩知らずに急いでコドモ部屋から飛び立ったというのに。コドモ達が帰ってきて、パパとママがその週末は田舎に行っていると知っても、それが至極当然の扱いじゃありませんか? わたしたちがコドモ達と出会って以来、彼らには本当に必要だったいい道徳の教訓になることでしょう。でもわたしたちがこんなことを仕組んだとしたら、ママは決してわたしたちのことを許してはくれないでしょう。

私がとてもしたいことは、本の作者がよくやるように、ママにコドモ達は帰ってきますよと教えてあげることです。特に来週の木曜日にここに帰ってくるでしょうと教えてあげたいです。ただこうすると、ウェンディとジョンとマイケルが楽しみにしている、みんなを驚かす計画は台無しになってしまうでしょう。コドモ達は、船でそういう計画をたてたのでした。ママの大喜び、パパの喜びの声、ナナの一番最初にコドモに抱きつくための大ジャンプ、ただ本当にコドモ達に用意されてなければならないのは、ムチ打ちの罰なんですが。前もってそのニュースを知らせて、計画を台無しにしたらどんなに楽しいことでしょう。そうすればコドモ達が堂々とドアから入っていっても、ママはウェンディにキスさえしないでしょうし、パパときたら「ちぇ、またコドモらか」なんてがみがみと文句をいうでしょう。でもわたしたちがこんなことをしても感謝もされませんし、ママについては今となれば、どのような人かは分かってきました。きっとママはコドモ達からささやかな喜びを奪ったことで、わたしたちをひどくしかりつけることでしょう。

「でも、奥さん、来週の木曜日までは10日もあります。だからわたしたちが事態がどうなっているかあなたに言えば、10日分不幸せな気持ちを味わわなくてすむわけですよね」

「ええ、大きな犠牲を払ってね! コドモ達から10分の喜びを奪うんですよ」

「まぁ、あなたがそうお考えになるなら!」

「あら、他にどう考えようがあるんです?」

えぇ、女の人はこういうものです。わたしはママのことをうんと誉めるつもりだったんですが、もう軽蔑しましたから、一言だって誉めるもんですか。そもそもママは、準備するようになんて言われる必要はなかったんです。というのも準備万端でしたから。ベッドはどれも干してありましたし、外出することもなく、ほらごらんなさい、窓も開けてあります。ママのためにわたしたちが出来ることといったら、船に戻ることぐらいみたいです。でも今ここにいるわけですし、とどまって見守ることにしましょう。わたしたちなんて、そんなものです。傍観者なんです。だれにも必要とされていません。なら、見守ってだれかが傷つく皮肉の一つでもいうことにしましょう。

コドモ部屋の寝室で唯一目に見えて変わったことといえば、夜の9時から朝の6時までは、犬小屋がそこにはないことでした。コドモ達が飛んで行ってしまって、パパはすべて悪いのはナナをつないだ自分で、最初から最後までナナは自分より賢かったということが骨身にしみたのです。もちろん今までみてきたように、パパはとても単純な人です。頭が薄くなっていることを除けば、コドモといっても十分通用するくらいです。でも立派な正義感と自分が正しいと思ったことは貫き通すライオンのような勇気を持っていたので、コドモ達が飛んで行った後、よくよく考えて、四つんばいで犬小屋に入ったのでした。どんなにママが出てきて下さいと哀願しても、パパは寂しげなただ断固とした調子でこう答えるのでした。

「だめだ、わしみたいなものにはここで十分なんだ」

深い後悔の念にかられて、パパはコドモ達が帰ってくるまで、犬小屋を離れまいと誓いをたてました。もちろんこれはかわいそうなことです。でもパパはなんであれ、やる時はやりすぎなければならないのでした。さもなければ、すぐにあきらめてしまいますから。かつてはあんなに自尊心の高かったジョージ・ダーリング氏ほど、今や謙虚な人はいません。パパは晩になると犬小屋の中にすわって、コドモ達のことやコドモ達のかわいいしぐさのことを妻と話すのでした。

パパがナナを尊敬していることも、とても心を打ちます。パパはナナを犬小屋に入れようとはしません。ただし、その他のことでは全てパパはナナのいうことを信じて疑わないのでした。

毎朝パパの入った犬小屋は、馬車に乗せられて会社まで運ばれます。そして同じようにして6時には帰宅します。もし以前はどんなに近所の人の噂を気にしていたかを思い出せば、パパの性格の強さのようなものがうかがえると思います。パパの一挙手一投足が今や注目の的でした。心の中では苦しんでいましたが、たとえ若者が犬小屋をばかにしても、平気なフリをするのです。そして犬小屋をのぞきこむご婦人には、丁寧に帽子をとって挨拶したものです。

その態度はドンキホーテみたいだったかもしれませんが、とにかく立派なものでした。すぐに犬小屋に入っている理由が知れわたり、みんなは心打たれました。群集が馬車のあとに続き、声高に褒めたたえるのでした。キレイな女の子達がサインを求めて馬車によじ登ってくるありさまです。高級紙にインタビューが掲載され、社交界から夕食のお招きがあり、その招待には「犬小屋にはいったままおいで下さい」と付け加えられていました。

重大なことがおきる来週の木曜日には、ママはコドモ部屋の寝室でパパが帰ってくるのを待っていました。とてもかなしそうな目です。わたしたちがもっとママを近くでみて、昔の陽気な姿を思い出してみると、今や全てが失われていました。それというのも、ママがコドモを失ってしまったからです。わたしには、ママに対してひどいことを言うなんてとてもできません。もしママがあんな悪いコドモ達を可愛がりすぎたからといって、それはどうしようもないことなのです。椅子にすわっているママの姿を見てみましょう。そのまま眠りこんでいます。最初に目がいく口の端は、すでに魅力をなくしてしまっています。ママの手は、まるで胸が痛むかのようにせわしなく胸のあちこちを押さえています。ピーターを一番好きな人もいましょうし、ウェンディが一番好きな人もいるでしょう。でもわたしはママが一番好きです。ママを幸せにするために、眠っている間に耳元でコドモ達が帰ってくるよとささやいたらどうでしょう。実際のところ、コドモ達はあの窓から2マイルと離れてないところにいるのですから。そして力強く空を飛んでいます。わたしたちは単に帰ってくるよとささやけばいいんです。さあそうしましょう。

わたしたちのしたことは哀れな結果を生みました。というのもママは、コドモ達の名前を呼びながら飛び起きたのに、部屋にはナナしかいませんでしたから。

「あら、ナナ、わたしはコドモ達が帰ってきた夢をみたわ」

ナナの目も涙でかすんでいましたが、できることと言えば前足をやさしくママの膝の上におくことくらいでした。そして2人が一緒に座りこんでいると、犬小屋がもどってきました。パパは犬小屋から頭をだしてママにキスすると、わたしたちはパパの顔が昔より老けているのにも気づきました。でも昔よりおだやかな表情です。

パパがリザに帽子をわたすと、リザは軽蔑したように帽子を手にしました。リザには想像力のかけらもありませんでしたから、パパがどうしてこんな行動をするのか全く理解に苦しみました。家の外では、馬車と共にやってきた群集がまだ騒いでおり、パパももちろん無関心ではいられません。

「彼らの声をきいてごらん、愉快なものだねぇ」とパパが言うと

「ガキばかりですよ」とリザがばかにしたように答えました。

「今日はオトナもちらほらいるよ」パパは少し顔を赤くしてそういいました。ただリザがばかにしたように頭をつんと後にそらしても、パパは一言も彼女をしかりません。社会で成功してもパパは鼻を高くしたりはせず、むしろもっと思いやりのある人になったのでした。時々パパは、頭を犬小屋の外に出して座りこむと、ママとこの成功について話し合いました。そしてママが成功でのぼせ上がらないでほしいわと言った時には、パパはママの手を安心させるように握りしめました。

「だがもしわしが弱い男だったら」パパはいいました。「ああ、もしわしが弱い男だったらなぁ!」

「でも、あなた」ママはびくびくしながら聞きました。「あなたは今でも後悔してらっしゃるんでしょう?」

「もちろん今でも後悔してるよ、おまえ! 罰をみてくれよ、犬小屋に住んでいるんだよ」

「でも罰になっているんでしょうね、ジョージ? もちろん楽しんでなんてないわよね?」

「おまえ!」

もちろんママは、パパに謝りました。それからパパは眠くなって、犬小屋で体を丸くしました。

「コドモ部屋のピアノで、子守唄をなにか弾いてくれないかい?」そしてコドモ部屋に行こうとしたママに、何気なくこう付け加えて言いました。「窓を閉めてくれないか、風が冷たいんだよ」

「まあジョージ、それだけは言わないで下さいな。あの窓はコドモ達のためにいつも開けておかなきゃいけないんです。いつも、いつも」

さて今度はパパが、ママに謝る番です。コドモ部屋に入ってママがピアノをひくと、すぐにパパは寝てしまいました。そしてパパが寝ている間に、ウェンディとジョンとマイケルが部屋に飛びこんできたのでした。

あらまあ、わたしは筆を滑らせてしまいました。なぜならそれが、わたしたちが船を離れた時の3人の素晴らしい計画だったからです。でもあれからなにかがあったに違いありません。というのは飛びこんできたのは3人ではなく、ピーターとティンカーベルだったからです。

ピーターの最初の言葉で事情がわかりました。

「急いで、ティンク」ピーターはささやきました。「窓をしめるんだ、かんぬきもするんだよ! それでいい。さて君と僕はドアから逃げなきゃね。ウェンディが来た時には、お母さんが締め出したと思うだろうね。それで僕と一緒に島にかえるんだ」

さあ、これでわたしが不思議に思っていたことがわかりました。ピーターが海賊をやっつけた時、ピーターは島にもどって、ティンクだけを現実の世界への案内役として残していかなかった理由がわかりました。ずっとこんないたずらを企んでいたのです。

ピーターは悪いことをしたなんて思う代わりに、喜びのあまり小躍りしました。そしてピーターは、コドモ部屋でだれがピアノをひいてるのかのぞいて、ティンクにささやきました。「ウェンディのお母さんだ! キレイな人だねぇ。まあ僕のお母さんほどじゃないけど。口元はゆびぬきでいっぱい。それも僕のお母さんほどじゃないけどね」

もちろんピーターは、自分のお母さんのことなんてなにも知りやしないのですが、時々ティンクに自慢してみせるのでした。

ピーターはその曲を知りませんでしたが、「ホーム、スイートホーム」です。ただピーターにもその曲が「帰っておいで、ウェンディ、ウェンディ、ウェンディ」と語りかけていることは分かりました。そしてピーターは、思わず勝ち誇ったようにさけびました。「もう2度とウェンディには会えないよ、なんてったって、窓は閉まってるからね!」

ピーターは、どうして音楽が止まったのかふたたび部屋をのぞきこみました。そしてママはピアノに頭をもたせかけ、目には2粒の涙が浮かんでいました。

「彼女は、僕に窓を開けて欲しいんだろうな」とピーターは思いました。「でも開けるもんか、絶対に僕は開けないぞ!」

またピーターは部屋をのぞきこみました。涙はまだ目に浮かんでいましたが、あるいはべつの2粒が取って代わったのでしょうか。

「彼女は、とってもウェンディのことが好きなんだ」ピーターはひとりごとを言いました。ピーターは、ママがどうしてウェンディがいなくなったのかがわかっていないことに腹をたてました。

理由はカンタンです。「僕もウェンディを大好きだからだよ。ウェンディは2人のものにはなれないし、ねぇご婦人」

しかしそのご婦人は、この状況をなんとかしようとはしないのでした。そしてピーターは、自分が悪いことをしている気持ちになりました。ピーターはママを見るのをやめましたが、ママはピーターを行かせてはくれません。ピーターはあたりをスキップして、おかしな顔を作ってみたりしました。ただそうするのをやめてみると、まるでママがピーターの心の中にいて、ノックをしているみたいでした。

「わかりましたよ」とうとうピーターはそう言うと、涙をこらえました。それからピーターは窓を開けて、「おいで、ティンク」と言うと、自然の摂理を思いっきりばかにして「ばかばかしいお母さんなんているもんか」と叫んで、飛んで行ってしまいました。

そうして結局ウェンディとジョンとマイケルは、窓が開いているのを見つけました。窓が開いているなんて、もちろんこんなコドモ達にとっては分不相応なことです。コドモ達は、全然悪いことをして恥ずかしいなんて思わずに床に降りたつと、一番小さい子に至っては家をわすれている始末です。

「ジョン」マイケルは、あたりを自信なさそうにみまわしながら言いました。「僕は前にもここに来たことがあるような気がするよ」

「当たり前だよ、ばーか、あれはおまえのベッドだよ」

「そうだね」なんていいながら、マイケルはまだふにおちない様子です。

「ほら、犬小屋だ!」ジョンは叫ぶと走って行って、中をのぞきこみました。

「たぶんナナがいるわよ」ウェンディが言いましたが、ジョンは口笛を吹いて言いました。「ひゅー、中には男の人だ」

「パパだわ!」ウェンディは興奮して叫びました。

「パパをみせて」マイケルは熱心に頼んで、よーく見ました。「パパは、僕がやっつけた海賊ほどは大きくないね」とてもがっかりした調子でいったので、わたしとしてはパパが眠っていてほっとしたぐらいです。もしこれがパパの聞くおちびのマイケルが言った最初の言葉だとしたら、どんなに悲しいことでしょう。

ウェンディとジョンは、パパが犬小屋にいるなんて少しあっけにとられました。

「たしか」ジョンは記憶があいまいになった人みたいに言いました。「パパって犬小屋で寝てなかったよね?」

「ジョン」ウェンディもくちごもりました。「たぶんわたしたちは自分たちで思ってるほど、昔のことをよく覚えてないのよ」

2人はぞっとしましたが、これこそ当然のむくいです。

「お母さんはうかつだな、僕らが帰ってきたのにいないなんて」この小悪党のジョンは言いました。

その時ママのピアノの音が再び始まりました。

「ママだ!」ウェンディがのぞきこみながらさけぶと

「そうだよ!」とジョンも言いました。

「じゃあウェンディは、僕らのホントのママじゃないの、ねぇ?」とマイケルは眠そうに言いました。

「あらまぁ!」ウェンディは、この時初めて心底から後悔の念にかられてさけびました。「ちょうど帰りどきだったんだわ」

「そーっとしのびこんで、ママの目をだーれだってかくすのはどう?」ジョンはそう言いだしましたが、ウェンディはうれしいニュースはもっとおだやかに知らせなきゃいけないことを知っていたので、よりいい案をだしました。

「ベッドにもぐりこみましょう、そしてママが入ってきてもそのままにしてるのよ。まるでずっとどこにも行かなかったように」

そしてパパが寝ているか確かめにママがコドモの寝室に戻ってきた時も、ベッドは全て一杯でした。コドモ達は、ママが喜びの声をあげるのを今かと待ちました。でも声はあがりません。ママは、コドモ達をみましたが、本当にそこにいるとは信じられなかったのでした。まぁ、ママは夢で何回もコドモ達がベッドにいるところを見たので、これもまた夢の中のことだと思っていたのです。

ママは、暖炉の側の椅子に腰をおろしました。昔はそこでコドモ達をあやしたものでした。

コドモ達にはそんなことはわかりません。3人ともぞっとしました。

「ママ!」ウェンディが声をあげました。

「あらウェンディだわ」ママは、まだ夢かどうかはっきりしないように言いました。

「ママ!」

「あら、ジョンだわ」ママは言いました。

「ママ!」マイケルが言いました。今はもうマイケルもママのことがわかります。

「マイケルじゃないの」ママは言いました。そして両腕をのばしました。3人の身勝手なコドモ達を再び抱けるなんて思いもせずに。大丈夫です、腕の中に抱くことができました。ウェンディとジョンとマイケルを抱くことができたのです。3人はベッドから抜け出し、ママのところまで走ってきました。

「ジョージ、ジョージったら!」口がきけるようになると、ママは大きな声をだしました。パパも目を覚まし、喜びをわかちあいます。ナナも駆けこんできます。これほどすばらしい光景があったでしょうか。ただその光景を見ているのは、窓の外からじっと眺めている小さな少年一人きりでした。少年は、他のコドモ達には決して経験できないような多くの楽しい思いもしてきましたが、たった一つのその喜びについては、窓の外から眺めていることしかできません。きっとその喜びからは、永遠に締め出されているのでしょう。


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