他の男の子達は、どうなっているか知りたいでしょう。ウェンディが、両親に男の子達のことを説明するまで、彼らは下で待っていました。そして500まで数えた時、登って行きました。階段を使って登って行きました。その方が印象がいいと思ったのです。男の子達は、ママの前に帽子を脱いで、海賊の服を着てなかったらなぁと思いながら、一列になって立ちました。なにも言いませんでしたが、目は僕らもこの家のコドモにしてくださいと訴えかけていました。男の子達はパパの方も見なければならなかったのですが、パパのことはすっかり忘れてしまっていたのでした。
もちろんママはすぐに、みんなこの家のコドモにしますといったのですが、パパは不思議なくらいに落ち込んでいるので、男の子達はパパが6人は多すぎるなんて思ってるんじゃないかと考えました。
「言っておかないとな」パパはウェンディに言いました。「おまえは物事をちょうどいい半分くらいの所で切り上げられないんだな」いやいやながらの意見で、半分なんていうので、双子は自分たちのことを指してるのだと思いました。
双子の兄はプライドが高かったので、頬を赤くして聞きました。「僕らが多すぎると思ってらっしゃるのですか? もしそうなら、帰ってもいいですよ」
「パパったら!」ウェンディは、ショックをうけて叫びました。ところがパパの心はまだ曇っています。父親らしくはないとは思いましたが、どうしようもありません。
「僕らは、みんな一緒の部屋で寝れますよ」ニブスは叫びました。
「みんなの散髪もできるわ」ウェンディが言いました。
「ジョージったら!」ママは夫が乗り気ではないようなので、心を痛めて叫びました。
それからパパは泣き出してしまいました。本当のことがわかりました。パパもママと同じように男の子たちをコドモにすることはうれしかったのですが、パパが言うには男の子達はママに許しを得るだけではなく、パパの家にもかかわらずパパをいないみたいに扱うのではなくて、パパにも許しを得るべきだということでした。
「僕は、パパがいないみたいなんて思わないな」トゥートルズはすぐにいいました。「君はどう思う、カーリー?」
「僕もそうは思わないけど、どうだい、スライトリー?」
「全く思わない。どうかな、双子?」
だれもパパのことをいないみたい、なんて思ってないことが分かりました。そしてパパはこっけいなほど喜び勇んで、客間にみんなが入れるだけの場所があるかどうか見てみようといいだしました。
「大丈夫だと思います」男の子たちもうけあいました。
「わしに続け」パパは陽気にさけびました。「いいか、客間があるかないかわからんが、あるフリをすればいいや。同じことだ、そら」
パパは踊りながら家中を歩き回りました。そして男の子達も「そら!」と叫んで、パパのあとに踊りながら続きました。みんな客間をさがしました。わたしはみんながそれを見つけたかどうかは忘れてしまいましたが、とにかくみんなはすみっこを見つけて、家に住みこんだのでした。
ピーターはといえば、飛んで行ってしまう前にウェンディをもう一度見ました。ピーターは、窓のところまで来たわけではありません。ただピーターは、ウェンディがそうしたければ窓を開けて呼びとめると思ったので、帰りがけに窓をかすめるようにしたのでした。ウェンディは窓を開けて、ピーターを呼びとめました。
「やあ、ウェンディ、さようなら」ピーターは言いました。
「ええっと、行っちゃうの?」
「ああ」
「ピーター、とってもいいことをわたしのパパとママに話してくれない?」ウェンディはためらいながら言いました。
「いいや」
「わたしのことは、ピーター?」
「いいや」
ママは窓のところにやってきました。今ではママは、ウェンディのことを注意深く見守っています。ママはピーターに他のみんなも養子にするし、ピーターのことも養子にしたいわと言いました。
「僕を学校にやるんですよね?」ピーターは抜け目なく聞きました。
「えぇ」
「しまいには会社にも」
「そうでしょうね」
「すぐにオトナになる?」
「えぇ、すぐにね」
「学校に行って、かしこまって勉強なんかしたくないね」ピーターははげしい口調で言いました。「オトナになんてなりたくない。ウェンディのお母さん、もし僕が朝起きて、ヒゲがあったりしたら!」
「ピーター」ウェンディは慰めるようにいいました。「ヒゲのあなたも好きよ」そしてママは、両手をピーターの方に伸ばしましたが、ピーターは拒否しました。
「さがって、だれも僕をつかまえて、オトナになんてできないんだ」
「どこで暮らしていくの?」
「ティンクと、ウェンディのために作った家で暮らすよ。妖精たちが夜に自分達が寝る木のてっぺんに、あの家を持ち上げてくれるんだ」
「ステキ」ウェンディがあこがれるように言ったので、ママはウェンディをしっかりつかみました。
「妖精なんてみんな死んじゃったのかと思ったわ」ママは言いました。
「若い妖精もたくさんいるのよ」ウェンディが、すでにその道の権威ですから説明します。「どうしてかっていうと、一人のあかんぼうがはじめて笑うと、妖精が一人生まれるの。いつも新しいあかんぼうが生まれるから、いつも新しい妖精がいるってわけ。妖精は木のてっぺんの巣に住んでいて、薄い青色なのが男の子で、白いのは女の子。それで青い色の子はどっちかわからないおばかさんなの」
「楽しいだろうなぁ」ピーターがウェンディの方を見ながらそう言うと、
「夜、暖炉の側に座ると、とてもさびしいと思うわ」とウェンディは答えました。
「ティンクがいるよ」
「ティンクなんてこれっぽっちも役にたちゃしないわ」ウェンディは少し痛烈に言ってやりました。
「ずるいわ、告げ口なんかして!」ティンクはどこかすみの方から怒鳴りました。
「かまわないさ」ピーターはそう言いました。
「ピーター、だめよ」
「じゃあ、君が僕と一緒にあの小さな家に来てくれなきゃ」
「ねぇママ?」
「ダメです。やっと帰ってきたんですから行かせるものですか」
「でもピーターにもお母さんは必要なの」
「あなたにもでしょ、かわいい子」
「ああ、かまわないよ」ピーターは、まるで単に礼儀上ウェンディを誘ったとでもいわんばかりに言いました。でもママは、ピーターのくちびるがひきつっているのを見ましたし、ステキな提案をしました。毎年春になったら、大掃除にウェンディは一週間だけピーターと一緒に行ってよろしいと。ウェンディはもっと長くがよかったのですが、そして春なんてまだまだ来ないような気さえしました。でもこの約束をするとピーターは再び陽気になりました。ピーターには時間の感覚はありませんし、冒険はあふれるほどたくさんありましたから。わたしがお話しした冒険は、ほんの一部にすぎないのです。ウェンディもそのことを知っていたせいでしょう。ピーターへの最後の言葉もかなり悲しげなものでした。
「私のことを春の大掃除が来る前にわすれないでね、ピーター、おねがい」
もちろんピーターは約束して、飛んで行ってしまいました。ママはピーターにキスをしました。他のだれにもしたことのなかったキスを。ピーターったらいともカンタンにしてもらったのでした。おかしなことです。でもママはとっても満足みたいです。
もちろんコドモ達は、みんな学校に行きました。ほとんどの子は3級に入りましたが、スライトリーは最初は4級に、次に5級にまわされました。もちろん1級が一番いいんです。コドモ達は、一週間も学校に行かないうちに、島に残らなかったのはなんてマヌケだったんだと思いましたが、もう遅すぎます。そしてすぐに腰を落ち着けて、あなたや私、そしてジェンキンズさんの息子みたいな普通の子になりました。飛ぶ力もだんだん失ってしまったことを言わなければならないのは、つらいことです。最初は、夜に飛んでいってしまわないように、ナナが足をベッドの柱にくくったものでした。コドモ達の昼間の楽しみの一つといえば、2階建てのバスから落っこちるフリをすることでしたが、だんだんベッドの足かせも引っ張らなくなりましたし、バスの2階から飛び降りると怪我をすることがわかりました。そのうち、帽子を追っかけて飛ぶことさえできなくなりました。口では練習不足だなんて言っていましたが、本当はもう信じることをやめたせいなのです。
マイケルは他の男の子たちより長い間信じていて、ずいぶんからかわれたものでした。だからピーターが最初の年の終わりにウェンディを迎えに来た時、マイケルはウェンディの味方でした。ウェンディはネバーランドの葉っぱと小果実で昔につくった上着をきて、ピーターと一緒に飛んで行きました。ウェンディのたった一つの心配は、ピーターが上着が短くなったことに気づきやしないかということでした。でも気づくはずもありません、ピーターったら自分のことを話すので大忙しですから。
ウェンディは、ピーターと昔のスリルのあったお話をするのを楽しみにしていました。でも新しい冒険が、ピーターの心から古い冒険をすっかり押し出してしまったのでした。
「フック船長ってだれ?」ウェンディが、ピーターの宿敵のことを話したとき、ピーターは興味深そうに聞きました。
「覚えてないの?」ウェンディはビックリして聞き返しました。「あなたがフックをやっつけて、わたしたちみんなを救い出してくれたじゃないの?」
「やっつけちゃったやつらのことなんて覚えてないよ」ピーターは興味なさそうに言いました。
ウェンディは、ティンカーベルが私に会ってうれしがるかしら? とあんまり期待しないできくと、ピーターは「ティンカーベルってだれ?」と聞くのでした。
「あら、ピーター」ウェンディはショックをうけました。でもウェンディが説明しても、ピーターは思い出せません。
「妖精なんてたくさんいるからね、」ピーターは言いました。「たぶん彼女はもういないと思うな」
わたしもピーターが正しいと思います。妖精の命は長くありません。体が小さいので、短い時間でも妖精にとっては十分なんでしょう。
ウェンディは、過ぎ去った1年もの時間がピーターにとってはほんの昨日のことに過ぎないのがわかって、とても残念に思いました。待っている身のウェンディにとっては、とても長い1年でしたから。でもピーターは以前と同じくらい魅力的でしたし、2人は、木のてっぺんの小さな家でステキな春の大掃除をしたのでした。
次の年ピーターは、ウェンディを迎えにきませんでした。ウェンディは新しい上着をきて待っていたんですが。古い上着は着ようったって着れませんでした。だけどピーターは来ませんでした。
「きっと病気なんだよ」マイケルは言いました。
「ピーターは病気になんてならないって知ってるくせに」
マイケルはウェンディの側に近づくと、恐ろしさのあまり震えながらこうささやきました。「たぶんピーターなんてそもそもいないんだよ、ウェンディ!」もしマイケルが泣き出していなかったら、ウェンディが泣いていたことでしょう。
ピーターは次の春の大掃除には来ました。そして奇妙なことにピーターは、1年飛ばしたことは気づいていないのです。
それが少女のウェンディが、ピーターを見た最後でした。もうしばらく、ウェンディはピーターのために成長しないようにしてみました。ウェンディは優等賞をもらったときにピーターに後ろめたい気がしました。でも年月はすぎていき、あの気ままな少年は来ることはありません。2人が再び会ったときには、ウェンディは結婚していました。ピーターなんてウェンディにとっては、取って置いたおもちゃ箱の小さなほこりみたいなものでした。ウェンディは成長したのです。ウェンディのことをかわいそうに思う必要はありません。もともとは成長したいのですから。しまいには、他の女の子より一足先に自分の意思で成長したぐらいでした。
男の子達もこの時までにはみんな成長して、すっかりダメになりました。ですから、男の子達についてこれ以上、なにを言っても無駄ですが、まあ、見てみましょう。双子とニブスとカーリーは毎日、めいめい小さなかばんと傘をもって、会社に出かけて行きます。マイケルは機関手になり、スライトリーは名家の女性と結婚して、いまや貴族です。かつらをつけた裁判官が鉄の扉から出てきました。かつてのトゥートルズです。自分のコドモにはお話の一つもできないひげの男、それがジョンでした。
ウェンディは、白いウェディングドレスでピンクのかざりをつけて結婚式をあげました。ピーターが教会におりてきて、結婚に異議ありといわなかったなんて奇妙なことです。
再び年月は過ぎ、ウェンディには娘が一人生まれました。こういうことはインクではなく、金色で派手に書かなければいけません。
娘はジェーンという名前で、いつもなにかたずねたそうな顔つきでした。まるでこの世界に生まれてきた時から、質問したがっているみたいでした。質問できるほど大きくなった時、質問のほとんどはピーターパンについてでした。ジェーンはピーターのことを聞くのが大好きで、ウェンディはよく知っているフライトが始まったあのコドモ部屋で、思い出せる限りのことをジェーンに話してやりました。あのコドモ部屋は、今はジェーンのコドモ部屋でした。ジェーンのお父さんは、3%の金利でお金をかりて、パパから家を買ったのです。パパは、階段がつらくなったのでした。ママは、もうとうに死んでしまって、みんなの記憶にありません。
コドモ部屋には、今は2つしかベッドはありません。ジェーンと乳母の2つです。犬小屋もありません。ナナも死んでしまいました。ナナは長生きで、死ぬ間際にはとても扱いが難しくなっていました。自分しかコドモの世話はできないと固く信じていたのです。
週に一回ジェーンの乳母は晩に休みをとりましたので、その時ジェーンを寝かしつけるのはウェンディの役目で、その晩にお話をするのでした。ジェーンの発明したことですが、シーツをママと自分の頭からかぶせてテントを作って、真っ暗な中でささやくのです。
「なにが見える?」
「今夜はなにも見えないわ」ウェンディはもしナナがここにいたら、お話をこれ以上やめさせただろうなと思いながら、言いました。
「そうね、ママにはね」ジェーンは言いました。「小さな女の子の時は見えたでしょうね」
「ずっと昔のことよ、かわいい子」ウェンディは言いました。「あらあら、時は飛ぶように過ぎ去ってしまうものね!」
「ママがコドモのとき飛んだみたいに、時も飛ぶの?」このしっかりした子はたずねました。
「わたしが飛んだみたいに? そうねぇ、ジェーン、本当に自分が飛んだのかどうか不思議に思うことはあるわねぇ」
「飛んだんでしょ」
「飛べたのはなつかしい日々ねぇ!」
「どうして今は飛べないの、ママ?」
「それはね、オトナになったからよ。オトナになるとやり方を忘れるのよ」
「どうして忘れるの?」
「オトナは、陽気でむじゃきで残酷ではいられないからよ。飛べるのは、陽気でむじゃきで残酷なコドモだけなの」
「陽気でむじゃきで残酷ってなに? わたしも陽気でむじゃきで残酷ならいいのに」
もしくは、ウェンディがなにかが見えるわと言う時もあります。
「私には、コドモ部屋が見えるわ」ウェンディは言いました。
「わたしも」ジェーンも言いました。「続けて」
2人は、ピーターが自分の影をさがして飛びこんできた夜の大冒険に足を踏み入れるのでした。
「頭わるいわね、影をせっけんでくっつけようとするなんて。できなくて、泣いてたのよ。それで私が起きて、その男の子のために縫い合わせてあげたわけ」ウェンディは言いました。
「ちょっとぬかした」ジェーンが口をはさみました。今ではママよりそのお話をよく知っているのです。「床に座って泣いている男の子を見たとき、なんて言ったんだっけ?」
「ベッドに座りなおして。『どうして泣いてるの?』って言ったわね」
「そうそう、それよ」ジェーンは大きく息をして言いました。
「それで男の子は、わたしたちをネバーランドまで飛んでつれて行ってくれたの。そこには妖精や海賊やインディアンや人魚のラグーン、地下の家とあの小さな家があるのよ」
「そう! ママはどれが一番すき?」
「地下の家かしらねぇ」
「わたしも。ピーターはママに最後になんていったの?」
「ピーターは最後に『ずっと僕のことを待っててね、そうすれば僕が時の声をあげるのが聞こえる夜があるよ』って言ったわね」
「そう」
「でも、あらまぁ、ピーターは私のことはすっかり忘れちゃって」ウェンディは微笑みながらそう言いました。すっかりオトナになっていたのでした。
「ピーターの時の声ってどんなの?」ジェーンはある晩にたずねました。
「こんな感じかしらね」ウェンディはピーターの時の声を真似しようとしながらさけびました。
「違うわ」ジェーンは自信ありげに言うと「こうよ」そしてママよりよっぽど上手く時の声を真似しました。
ウェンディは少しびっくりしました。「どうやってわかったの?」
「眠りにつくときによく聞くもの」ジェーンは言いました。
「そうね、多くの女の子は眠る時に聞くものよ。起きてて聞いたのは私一人なの」
「運がいいわ」ジェーンは言いました。
そしてある夜、悲劇がやってきたのです。その年の春に、ちょうどお話をしていた夜でした。ジェーンはベッドで寝ていて、ウェンディは床に座りこんでいて、つくろいものをするために暖炉のすぐ側にいました。コドモ部屋には、ほかに明かりらしい明かりもありませんでしたから。座りこんでつくろいものをしていると、時の声を聞きました。すると窓が昔みたいに風で開いて、ピーターが床に降り立ったのでした。
ピーターは昔と全く同じでした。ウェンディは、すぐにピーターの歯が生え変わってないことを見てとりました。
ピーターは小さなコドモで、ウェンディはオトナでした。ウェンディは暖炉の側に身を寄せて、動くこともできずに、どうすることもできない、ピーターに対してやましい気持ちで一杯でした。なんといってもオトナですから。
「やあ、ウェンディ」ピーターは、ウェンディの違いは全く目に入らないとでもいうように声をかけました。ピーターは自分のことしか考えてませんから、うすぐらい明かりの中で、ウェンディの白いドレスはピーターがはじめてウェンディを見た時のねまきに見えたにちがいありません。
「こんにちわ、ピーター」ウェンディはできるかぎり身を縮めて、自信がなさそうに答えました。ウェンディの心の中にあるなにかが、こう叫んでいました。「オトナ、オトナの女の人は私から出て行って」
「やあ、ジョンはどこだい?」ピーターは、突然3つ目のベッドがないことに気づいて言いました。
「ジョンはもうここにはいないのよ」ウェンディははっと息を呑みました。
「マイケルが寝てるのかい?」ピーターは何気なくジェーンの方を見ながらたずねました。
「そうね」ウェンディは答えましたが、ピーターと同じくらいジェーンに対しても後ろめたく感じました。
「マイケルじゃないの」まるで天罰が下らないようにといった感じで、ウェンディは早口でつけ加えました。
ピーターは目をやりました。「ふーん、新しい子?」
「そうよ」
「男の子、女の子?」
「女の子よ」
さてようやくピーターには分かったでしょうか、いや全然分かってないみたいです。
「ピーター」ウェンディはためらいがちに言いました。「わたしに一緒に飛んで行って欲しいの?」
「もちろん、そのために来たんじゃないか」少しきつい調子でつけくわえると「今が春の大掃除の時期ってことを忘れたのかい?」
ウェンディには、ピーターが何回も春を抜かしたのよっていっても無駄なことはわかっていました。
「行けないわ」ウェンディはもうしわけなさそうに言いました。「どうやって飛ぶか忘れちゃったの」
「またすぐに教えるよ」
「ピーター、妖精の粉をかけても無駄よ」
ウェンディが立ちあがると、とうとうピーターは恐怖に襲われました。「どうしたんだい?」ピーターは後ずさりしながら叫びました。
「明かりをつけるわ」ウェンディは言いました。「自分でみればいいわ」
わたしが知る限りでは、ピーターが一生のうちで恐いなんて感じたのはこの時だけだと思います。「明かりをつけないで」ピーターは叫びました。
ウェンディは、悲しみに打ちひしがれたピーターの髪をなでてやりました。ウェンディは、もうピーターのことで深く傷つくような小さなコドモではなかったのです。ウェンディは、全てを笑顔で見守るオトナなのです。でも笑っている目は、涙でぬれていました。
それからウェンディが明かりをつけると、ピーターは見ました。ピーターは悲しみの声をあげ、そして背の高い美しい女の人がかがみこんで、自分の両腕にピーターを抱き上げようとすると、すばやく後ずさりしました。
「どうしたんだい?」と再び叫びました。
ウェンディは、ピーターに言わなければなりません。
「わたしは年をとったの、ピーター。わたしはもうとっくに20歳はこえたの。ずっと前にオトナになったの」
「オトナにならないって約束したのに!」
「しょうがなかったの。わたしは結婚してるのよ、ピーター」
「ちがう、結婚してない」
「してるの、それでベッドの小さいコドモはわたしのあかんぼうなの」
「ちがう、ちがうよ」
でもピーターはそうなんだろうなぁと思いました。そこでピーターは眠っているコドモに短剣をぬいて、一歩近づきました。もちろん切りつけはしませんが、そのかわりにすわりこんですすり泣きました。ウェンディはどうやってなぐさめたらいいか見当もつきません。昔はあんなにカンタンにできたというのに。今はもうオトナの女の人なのでした。ウェンディは、考えをまとめるために部屋から出て行ってしまいました。
ピーターは泣き続けました。そして泣き声がジェーンを起こすと、ジェーンはベッドに座りなおして、すぐに興味をもちました。
「あなた」ジェーンは言いました。「どうして泣いているの?」
ピーターは立ちあがると一礼しました。そしてジェーンもピーターに向かって返礼しました。
「こんにちわ」ピーターは言いました。
「こんにちわ」ジェーンも言いました。
「僕の名前はピーターパンです」ピーターはジェーンに言いました。
「知ってるわ」
「お母さんに一緒にネバーランドに来てもらうためにきたんだけど」
「知ってるわ」ジェーンは答えました。「わたしもずっとあなたを待っていたんですもの」
ウェンディが自信なさそうに部屋に戻ってきた時、ピーターが、ベッドの柱にこしかけて得意げに時の声をあげていました。一方ジェーンはといえば、ねまきをきたままうっとりとして部屋を飛びまわっていました。
「彼女が僕のお母さんだ」ピーターは説明しました。ジェーンは降りてきて、ピーターの側に立ちました。ジェーンの顔には、ピーターが女の人が自分を見るときはそうあって欲しいという表情が浮かんでいました。
「ピーターには、とってもお母さんが必要なの」ジェーンは言いました。
「わかるわ」ウェンディはとてもさびしそうに認めました。「わたしには十分にわかっているわ」
「さようなら」ピーターはウェンディにそう言うと、飛び立ちました。そして恥ずかしげもなくジェーンがそれに続きました。彼女にとっては、すでに飛ぶことがもっとも手軽でした。
ウェンディは窓のところにかけよります。
「だめよ、だめ」ウェンディはさけびました。
「春の大掃除の間だけ」ジェーンは叫びました。「ピーターは、わたしにいつも春の大掃除をしてもらいたがっているの」
「一緒にいけたらねぇ」ウェンディはため息をつきましたが、「飛べないんでしょ」とジェーンは答えました。
もちろんやり取りの後、ウェンディは一緒に飛んで行くことを許しました。わたしたちが最後に見るウェンディの姿は、窓べにいる姿でした。ウェンディは、2人が星と同じくらい小さくなるまで空へ遠ざかって行くのを見ていました。
ウェンディを見ると、髪に白いものが混じっているのが目に入るかもしれません。そして姿は再び小さくなっています。全ては昔々に起こったことですから。ジェーンは、今はふつうのオトナで、マーガレットと言う名前の娘がいます。そして春の大掃除の時期にはいつも、ピーターが忘れなければ、マーガレットをネバーランドにつれて行くためにやってきます。ネバーランドで彼女にしてもらう話は、ピーターのことばっかりです。なんといってもピーターが一番聞きたいのは、ピーター自身の話でしたから。マーガレットがオトナになれば、娘ができて、順番でピーターのお母さんになるでしょう。それはいつまでも続いて行くことでしょう。コドモ達が陽気でむじゃきで残酷であるかぎり。