言葉のない恋歌, ポール・ヴェルレーヌ

忘れられたアリエッタ


野に吹く風の
息をひそめて
ファヴァール

それは悩ましげな夢心地
それは恋に焦がれた身の疲れ
それは、そよ吹く風に抱きすくめられた
森の身ぶるい
それは、灰色の梢のかなた
かぼそい声の歌う唱

おお かぼそくも涼やかな囁き
それはさえずってはさざめいて
風に乱れる草々の息絶え絶えの
しめやかに泣くその声のよう
おまえは言った、渦巻く水のその底に
小石が音もなく横ゆれると

澱む恨みのその中で
悲しみくれるこの魂
それはぼくらの心ではないのか
ぼくのと、それにおまえの心
この暖かい夕べに、ぶつぶつと
しがない繰り言を吐き散らすその心では

ぼくは見抜く、つぶやきをとおして
古えの声の微妙な輪郭を
楽の音のほの光る中
青ざめた恋、やがてくる曙を

錯乱のぼくの心、ぼくの魂は
もはやただ二重に見えるまなざし
そこにふるえるは、曇った日をとおして
ああ あらゆるリラの奏でるアリエッタ

おお この孤独の死を死ぬること
だんだんと若い時と老いの時とを
ゆれ動くもの――おまえをこわがらせる愛
おお このブランコで死ぬること

街にしずかに雨が降る
アルチュール・ランボー

街に雨が降るように
ぼくの心は涙にくれる
心の奥に浸み入った
このもの憂さは何だろう

おお静かなる雨の音
地の上そして屋根の上
倦んで疲れた心には
おお雨の奏でるこの唄よ

やる気も失せた心の中で
わけもないのに涙する
なぜ、そむかれもしないのに
この嘆きにわけはない

わけがわからぬそのことが
かくもはげしいこの痛み
愛も憎しみもないというのに
ぼくの心はこんなにつらい

優しく、優しく、優しく
無名子

おわかり、おたがいゆるしあわなくちゃ
そうすりゃふたりしあわせよ
もしわたしたちに不幸がおきたって
とにかくふたりで、ね、泣けばすむこと

まじりあって、ふたりは仲好し
ぼんやりねがうはうぶな優しさ
世の女たち男たちから遠くはなれて行きましょう
流亡のわけはきっぱりわすれて

つまらぬものに熱をあげては、仰天し
ゆるされてるのを知りもしないで
きよらな並木のしたで青ざめる
子供ふたりでいましょうよ、小娘ふたりでいましょうよ

響きわたるクラブサンの、いやになるような陽気さ
ペトリュス・ボレル
きゃしゃな手が口づけるピアノが
薔薇と灰色のまじる夕べにほのかに光り
いとも軽やかな羽音をたてる
とても古くて、とてもはかなく、とてもすてきな歌が
ほとんどおびえて、ひっそりと彷徨う
あの女の残り香のいまだただよう閨房を

ゆるやかに哀れなぼくを甘やかす
この不意にあらわれたゆりかごは何だろう
ぼくをどうしたいの、ひょうきんな甘い歌よ
どうしたかったの、定かではない妙なるルフランよ
ちいさな庭にすこし開いた
窓のほうへと消えゆきながら

ジャン・ド・ニヴェルの犬だよ
門番さんの目の前で
ミシェルおばさんの猫噛んだのは
青靴下のフランソワは大喜び

代書屋のうえにお月さま
ほんのり光をなげかける
そこには貧相な壁のうえ
メドールとアンジェリクが緑に繁る

ここにおいでよ木の繁み
讃えましょう、王様のりっぱな兵隊さん
評判悪い白服のした
その心はお悦びではありません

だからパン屋さん……彼女? ご迷惑
ベルナン・リュステュクリュ、そのご老人
やがて恋の炎に冠かぶせた
子供たち、主ガ汝ラト共ニアランコトヲ

おどき! 青くて長いドレスを着てさ
衣ずれさらさら繻子の服
それはみだらなあばずれさ
むりやり借りたお椅子にすわって

哲学者だか締り屋みたい
だってお金はたんまりふくらむほどで
これみよがしの贅沢三昧
法律閣下の命令書なんておかまいなしさ

下がってよ、泥まみれの法律屋さん。どいて
ちいさなずんぐり、ちいさな神父
韻が踏めずにいつもお疲れ
ちいさな詩人

本物の夜がやってきて
頓着なしに無邪気でいること
決して飽きたりしないけど
青靴下のフランソワは大喜び

おお 哀しんでいる、哀しんでいる ぼくの魂
そのわけは、そのわけは ひとりの女のせい

ぼくはあきらめきれないでいる
心は離れたはずなのに

そう心は そう魂は
あの女から遠く逃れたはずなのに

ぼくはあきらめきれないでいる
心は離れたはずなのに

ぼくの心、ぼくの心は 傷つきやすくて
ぼくの魂にこう言うんだ あることだろうかと

あることだろうか――あったとしたって
こんなひどい追放が、こんな哀しい追放が

魂は心に言う ぼくだって知りはしないよ
この罠の中ぼくらがどうなるのかって

追放されているのに、離れているのに
いまもいっしょにいるかに思えるこの罠で

広野にみちる
限りない倦怠の中
気まぐれな雪が
砂のように光る

空は赤銅づくり
ほのかの光さえなく
月が生まれて死にいくのが
見えるかのよう

厚い雲のように
灰色に浮かぶ
近くの森の柏の木
靄たつなかに

空は赤銅づくり
ほのかの光さえなく
月が生まれて死にいくのが
見えるかのよう

息を切らした鴉
それにおまえたち 痩せ細った狼よ
この身を刺すような北風のなか
一体どうしたんだい

広野にみちる
限りない倦怠の中
気まぐれな雪が
砂のように光る

枝の高みから水の中のおのれの姿をのぞきこむ鶯は、川に落ちたと思いこむ。柏の高みにあるのだけれど、溺れ死ぬのが怖いのだ。
シラノ・ド・ベルジュラック

霧の川面に映る木々の影は
煙のように消えうせる
けれど空中の本物の枝に間では
雉鳩が嘆き声をたてる

おお旅人よ どれほどにこの青ざめた風景が
おまえを青ざめて映したことか
どれほど哀しく涙したのか 高く繁った葉の陰で
おまえの溺れて死んだ希望が


©2005 Ryoichi Nagae 永江良一. この版権表示を残す限りにおいてこの翻訳は商業利用を含む複製、再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白 (http://www.genpaku.org/) 正式参加作品。