言葉のない恋歌, ポール・ヴェルレーヌ

水彩画


さあどうぞ 果物と花、葉に枝
それに あなたのためだけに脈打つぼくの心
あなたの白い両の手でどうか引き裂かないでおくれ
そしてあなたの麗しい目にこのつましい贈り物が心地よく映るように

ぼくはすっかり朝露にそぼ濡れてやってきた
朝の風でぼくの額に露が凍りつく
許しておくれ 疲れてあなたの足もとに憩い
疲れが癒されるすてきな時を夢見ることを

あなたの若々しい胸の上でぼくの頭をころがさせてくれ
いましがたの口づけがまだ響きわたってる頭を
あのすばらしい嵐を鎮めておくれ
そしてあなたが憩うのなら しばしぼくを眠らせてくれ

不機嫌

薔薇はまるで紅で
木蔦は黒々として

かわいい人 あなたが少し動くだけで
ぼくの絶望がすっかりよみがえる

海はあまりにあおく、あまりに優しく
空はあまりにみどり、それに空気はあまりに甘やか

ぼくはいつも恐れている――それが待つということ!
あなたが残酷に逃れ去るのではないかと

エナメル仕上げの葉をした柊にも
つややかに光る黄楊にもぼくはうんざりだ

限りの無い野原にも
ああ あなたを除けばなにもかもうんざりだ

街路

ジーグを踊ろう!

なによりあの娘のすてきな目が好きだった
空の星よりもっと明るい
あの娘のいたずらっぽい目が好きだった

ジーグを踊ろう!

あの娘はほんとによく知っていた
哀れな恋人を嘆かせる術を
それがまたほんとにすてきだった

ジーグを踊ろう!

けれど、ぼくがもっとすてきだと思うのは
あの娘の花ような口の口づけ
あの娘がぼくの心から消えてからというもの

ジーグを踊ろう!

ぼくは思い出す 思い出す
すごした時間とかわした言葉を
それこそがぼくの一番の宝物

ジーグを踊ろう!

おお 街中の川!
五尺の塀のうしろに
夢幻のようにあらわれて
せせらぎの音もたてずに流れ行く
その暗くけれど澄んだ波
静まりかえる町外れをぬって

堤防はとても広く、だから
死んだ女のような黄色の水が
ゆったりと流れ下り、どんな希望もなく
ただ霧だけを映している
別荘の群れを黄色と黒に
暁の光が燃え立たせても

幼い妻

あなたはぼくの率直さがまるでわからなかった
まったく何も、おお ぼくの哀れな子どもよ!
そして風に吹かれ、悔しそうな顔で
あなたは前へ走り去る

優しさしか映そうとはしないあなたの眼
その哀れなかわいい青い鏡は
苦々しい色合を帯び、おお みじめな娘よ
見つめるだけでぼくらの心を苦しめる

そしてあなたはその小さな腕で身をよじる
意地の悪い主人公みたいに
肺病やみのようなかん高い声を張り上げて ああ!
ただ歌でしかないようなあなた!

あなたは轟いては鋭くうなりをたてる
嵐と心とが怖くって
母親にむかって泣き声をあげる――おお 痛い!――
まるで哀しげな仔羊みたいに

そしてあなたは知ろうとはしなかった 律儀で強い愛の
真実も名誉も
不運のなかで楽しげで、幸福のなかで厳かに
死ぬまで幼いままなのだ

哀れな若い羊飼い

ぼくは口づけが怖い
蜜蜂が怖いように
ぼくは苦しくて、夜も眠れない
身も休まらず
ぼくは口づけが怖い

それでもぼくはケイトが好きだ
あの娘のかわいい眼が好きだ
あの娘は繊細で
青白い面長顔
おお! ぼくはケイトが好きだ

今日は聖バレンタインの日
けさこそは打ち明けなくちゃ
でもその勇気がわかぬ
怖いものだ
聖バレンタインの日は

あの娘はぼくと誓った仲だ
なんとも首尾よくいったもの!
けれど何という企て
許婚者の傍らで
情夫みたいにいようとは

ぼくは口づけが怖い
蜜蜂が怖いように
ぼくは苦しくて、夜も眠れない
身も休まらず
ぼくは口づけが怖い

光線

彼女は海の潮の流れの上を行きたがり
そして穏やかな風が凪を吹きわたるように
ぼくたちもみな彼女の美しい狂気に身を任せ
その苦い道を歩いて行った

太陽は穏やかで滑べらかな空に高く耀き
彼女の金髪で黄金の光線となった
こうしてぼくたちは彼女の歩みにつき従った
波が進むより穏やかなその歩みに おお悦楽!

白い鳥たちがまわりをふわりと飛び回り
かなたで帆がいくつか白く傾いていた
ときおり大きな海藻が長い枝のようにひらき漂い
ぼくたちの足は清らかでゆるやかな動きで滑べり行った

彼女は優しくも不安気に振り返った
ぼくたちが安心しきっていないのではないかと
けれど彼女のお気に入りだってことに有頂天なのを見て
ふたたび道を歩みだし、頭を高くあげた

1873年4月4日 ドーヴァーからオステンドへ『フランドル伯爵夫人号』の船上で


©2005 Ryoichi Nagae 永江良一. この版権表示を残す限りにおいてこの翻訳は商業利用を含む複製、再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白 (http://www.genpaku.org/) 正式参加作品。