うさぎのジミーとその弟といっしょに床屋さんごっこをして以来、ふとっちょあらいぐまは長いあいだふたりに出会えませんでした。ところがある日、森の中をぶらぶら歩いているときに、ジミーの姿を見つけました。ジミーは木のかげにひらりと身をかくしました。ふとっちょは、ジミーの弟がべつの木のかげからこちらをぬすみ見ているのに気づきました。だってね、弟の耳はとっても長いでしょう。二本の耳が木のかげからにょっきりつき出ていて、ふとっちょが気づかないわけにいかなかったのですよ。
「やあ!」ふとっちょは声をかけました。「会えてうれしいよ」それは本心でもありました。数週間のあいだふたりの兄弟を探しつづけてきたのは、仕返しにふたりの口ひげをちょん切ってやりたかったからなのですから。ジミーとその弟は、それぞれの木のかげからぴょんと飛び出しました。
「やあ!」ジミーが言いました。「ちょうど君を見つけようとしていたんだよ」たぶん、ジミーはこう言いたかったんでしょう。「ちょうど君から見つからないようにしていたんだよ」ふとっちょと出会ってしまい、ジミーは少々うろたえていました。ふとっちょが自分のしたことに腹を立てているのを知っていましたから。
「へーえ! ぼくを見つけようとしていたって?」ふとっちょは言いました。彼は上りかけていた木をそろそろと下り始めました。
うさぎのジミーと弟は、じりじりと後ずさりしました。
「ぼくらにあんまり近づかないほうがいいよ!」ジミーが言いました。「ぼくらふたりとも結膜炎なんだ。近づくと君にもうつっちゃうぞ」
ふとっちょは立ち止まり、兄弟をよく見ました。まあ、本当だ! ふたりの目は、ひどい赤色でした。
「目になにかが入ったの?」ふとっちょはたずねました。
「うーん……そうでもあるし、そうでもないよ」ジミーは答えました。「ほんの少し前に、片いっぽうの目にイバラのトゲが目に入ってすごく痛かったんだ。でも、君はぜんぜん大丈夫だよ。ぼくらにさわりさえしなければね」
「どれくらいで治るの?」ふとっちょがたずねました。
「たぶん絶対に治らないよ」うさぎのジミーはうれしそうに言いました。弟も、力強くうなづきながら言いました。「絶対にそうさ!」
ふとっちょあらいぐまはほんのちょっぴり警戒しました。彼は、ふたりの目がどうかしてしまったのかしらと本気で心配しました。ふたりの兄弟はうさぎですから、目はたいていいつも真っ赤っかでしょう(うさぎは生まれつきそうなのです)。それなのにね、ふとっちょはこれまでそのことにちっとも気づかなかったのですよ。ですから、ふとっちょはふたりにあんまり近づかないようにすれば大丈夫なのだろうと思ってしまいました。
「そっか、それは残念だな」ふとっちょはジミーに言いました。「君たちと遊びたかったんだけど、がっかりだよ」
「ああ、それならいいよ!」ジミーが言いました。「前みたいに遊べるよ。どうやって遊ぶのか教えてあげる。あのね――」
「床屋さんごっこはだめだよ!」ふとっちょがさえぎりました。「床屋さんごっこはしないぞ。あの遊びは大っきらいだ」
うさぎのジミーは笑い始めました。けれど、笑いをくしゃみでごまかしました。それから、ジミーは言いました――
「どろぼうごっこをするんだよ。君はきっと気に入るよ。君はどろぼう役にぴったりだしね。君はとにかくどろぼうみたいなんだから」
その言葉にふとっちょあらいぐまは腹を立てました。ジミーが結膜炎などにかかっていなければいいのにと思いました。彼はただちにジミーとけりを着けたくて仕方がありませんでした。
「どういう意味だ?」ふとっちょはさけびました。「ぼくはどろぼうなんかじゃない! 君と同じくらいいい子だよ!」
「もちさ、もちさ!」ジミーがあわてて言いました。「君の顔のことだよ、ね。その君の目のまわりの黒いぶちは、どろぼうのマスクにそっくりだろ。だから君にどろぼう役になってもらいたいんだよ」
ふとっちょは木からすべり下り、地面に下り立ちました。そして、小川の水にうつった自分の顔を見下ろしました。ジミーの言ったとおりでした。ふとっちょはこれまで考えもしませんでしたが、彼の顔の上側を横に走っている短い毛の黒ぶちは、まさにどろぼうそっくりでした。
「おいでよ!」ジミーが言いました。「君がいないと始まらないよ」
「うん……いいよ!」ふとっちょは言いました。彼は、自分のマスクをほこらしく思い始めました。「ぼくは何をしたらいいの?」
「君はここで待っているんだよ」ジミーが命じました。「あの木のかげでかくれてるんだよ。ぼくらは森の中へ行くからね。それで、ぼくらがこの場所にもどってきたら、ぼくらに飛びかかってこう言うんだ。『手を上げろ!』……わかった?」
「もちさ!」ふとっちょは言いました。「でもはやくもどって来てね! 長く待つのはいやだからね」
「まかせといてよ」うさぎのジミーは言いました。彼は弟にウィンクしました。それからふたりは連れ立って森の中に去っていきました。
ふとっちょあらいぐまにはウィンクが見えませんでした。もしも見ていたら、午後じゅううさぎの兄弟がもどって来るのを待っていたりしなかったでしょう。兄弟は二度ともどって来ませんでした。そして、ふとっちょあらいぐまをだまくらかしたことをみんなに言いふらしました。それから長い間、ふとっちょはどこに行っても森の住民から、「どろぼう!」と背中に声を投げつけられました。カケスのジャスパーの声は、誰よりも悩ましいものでした。なぜなら、彼はいつでも「どろぼう!」とかん高い声でさけび、それはひどい大声で長いあいだ笑いつづけるからです。彼のしわがれた金きり声は、森じゅうにこだましました。それが何よりも悪いのは、みんなにふとっちょが笑われていることが知れわたってしまうことでした。