モロー博士の島, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

獣人たちがいかにして血の味を知ったか


物を書くのは慣れていないので話の本筋から逸れてしまった。

モンゴメリーとの朝食が終わると彼は噴気孔や温泉を見せるために私を島の探検に連れ出した。前の日に私がうっかり足を踏み入れたあの熱湯の湧き出ている場所だ。私たちは二人とも鞭と弾を込めたリボルバー拳銃を身につけていた。目的地に向かう途中に通った植物の生い茂るジャングルで私たちはウサギのキーキーという鳴き声を聞いた。立ち止まって耳をすませたが一度聞こえただけでそれ以降は何も聞こえなかった。私たちは先を急ぎ、その出来事のこともすぐに忘れてしまった。モンゴメリーが声を上げて私の注意を長い後ろ足を持った小さなピンク色の動物に向けさせた。ちょうど下生えの中をそいつらが跳ねて行く所だったのだ。獣人の子供を材料にして作られた生き物だと彼は教えてくれた。モローが作り出したのだ。食肉になるのではないかと目論んだのだが、自分の子供を食べてしまうというウサギのような習性がその計画を頓挫させたのだった。私は既にその生き物に出くわしたことがあった……一度はあの豹男と戦った月夜の晩に、一度はモローに追いかけられていた前の日に。ちょうどその時、一匹が私たちから逃げるために風による倒木でできた穴へ飛び込もうとした。穴に飛び込む直前で私たちはなんとかそいつを捕まえることができた。まるで猫のようにもがき、引っ掻いたり盛んに後ろ脚で蹴りつけてきたり、噛みつこうとした。しかし噛む力は弱々しく全く痛みを感じなかった。とても可愛らしい小さな生き物に見えた。モンゴメリーが言うには穴を掘って芝を痛めることも無いし、非常にきれい好きなのだそうだ。富裕層向けの公園にいる普通のウサギの代用にうってつけではないかと私は思った。

歩いて行く道すがら裂いたような傷跡が何本もついた木の幹が見えることもあった。モンゴメリーが声をかけて私の注意をそれに向けさせた。「皮で爪をといではならない。それが掟だ」彼が言った。「ほとんどの者は守っているというのに!」あのサテュロスと猿人間に出くわしたのはその後だったと思う。サテュロスはモローの古典趣味の表れだった……まるで野生のヘブライ種の羊のような顔だった。耳触りで悲しげな声をしていて、下肢は悪魔の様だった。私たちとすれ違う間、彼は鞘状の果物の皮を噛み続けていた。二人ともモンゴメリーに挨拶をした。

「鞭を持つ者に幸あれ!」彼らは言った。

「ここに三人目の鞭を持つ者がいるぞ」モンゴメリーが言った。「だから悪さをするなよ!」

「つくられた人じゃないの?」猿人間が聞いた。「言ってた……つくられた人だって言ってた」

サテュロスが不思議そうに私を見る。「三人目の鞭を持つ人、泣きながら海の中に歩いていった、細い白い顔」

「彼は細い長い鞭を持っているぞ」モンゴメリーが言った。

「昨日、彼は怪我して泣いていた」サテュロスが言った。「あなたは怪我したり泣いたり絶対しない。主は怪我したり泣いたりしない」

「オレンドルフの真似事か、こいつめ!」モンゴメリーが言った。「気をつけないとおまえが怪我したり泣いたりすることになるぞ!」

「彼はゆび、五本。おれと同じゆび、五本」猿人間が言った。

「行こう、プレンディック」モンゴメリーが言って私の腕をつかみ、私は彼について行った。

サテュロスと猿人間はつっ立ったまま私たちの方を見つめ、互いに何かをしゃべっていた。

「彼は何も話さない」サテュロスが言った。「人間はしゃべることができる」

「昨日、食べ物をくれって俺に頼んだ」猿人間が言う。「彼、知らなかった」

その後は何を言っているのか聞き取れなくなり、サテュロスの笑い声だけが聞こえた。

死んだウサギに出くわしたのは道に戻る途中だった。不幸な小さな動物の赤い死骸がばらばらに引き裂かれ、肋骨が白く露出している。その背骨が噛み切られていることは間違いなかった。

モンゴメリーが立ち止まる。「なんということだ!」彼は言ってしゃがみ込み、もっとよく調べるために砕け散った脊椎の骨を拾い上げた。「なんということだ!」彼が繰り返した。「どういうことかわかるか?」

「君らの動物のうちの肉食の者が過去の習慣を思い出した、という事だ」私は少し間を置いて言った。「この背骨は噛み切られている」

彼は呆然と立ち尽くした。顔面は蒼白で閉じられた唇は歪んでいる。「気に入らないな」彼はゆっくりと言った。

「同じようなものを見たことがあるよ」私は言った。「ここに来た最初の日のことだ」

「なんてこった! 何を見たんだ?」

「首をねじ切られたウサギだ」

「君がここに来た日か?」

「私がここに来た日だ。囲い地の裏手の下生えでのことだよ。夕方に飛び出した時だ。首が完全にねじ切られていた」

彼は長く低いうなり声を上げた。

「もっと言えばそれをやったやつの見当もついている。もちろん確証は無いが。そのウサギに出くわす前に君たちの怪物の一匹が小川で水を飲んでいるのを見た」

「口をつけてすすり飲んでいたのか?」

「そうだ」

「『すすり飲んではならない。それが掟だ』獣人たちは掟を守っている。そうだな? モローが近くにいない時でもだ!」

「私を追い回した獣人だった」

「ああ」モンゴメリーが言った。「まさに肉食獣のやり方だ。殺した後で水を飲むんだ。血を味わうためだ……その獣人はどんな風だった?」彼は続けた。「もう一度そいつを見たらわかるか?」彼は死んだウサギの残骸をまたぐようにして立ったまま、私たちの周りを窺った。私たちを包む森の中で何者かが潜んだり、待ちぶせていないかを警戒するようにその目が落ち着きなく物陰やあたりを覆う緑をさまよう。「血の味か」彼が繰り返した。

彼はリボルバー拳銃を取り出すと弾倉を確かめてから再びそれを元に戻した。彼のたれた唇が引き締まる。

「見たらわかると思うよ」私は答えた。「そいつを気絶させたんだ。額に傷ができてさぞ男前になっているはずだ」

「しかしまずはそいつがウサギを殺したってことを証明しなければ」モンゴメリーが言った。「ウサギなんか持ち込まなければ良かった」

私は先に進んで行ったが彼はそこで立ち止まったまま、ずたずたにされたウサギについて何事か頭を悩ませていた。ウサギの残骸が見えなくなるほど私が先に進んでも彼はそのままだった。

「行こう!」私は言った。

ようやく彼は我に返り、私に向かって歩いてきた。「わかっているだろう」彼はほとんど囁くような声で言った。「地上を走りまわるものは何であれ食べてはいけない。彼らは皆、そう教え込まれているんだ。もし何かの拍子に彼らのうちの何人かでも血の味を覚えれば……」

私たちは黙ったまま進んでいった。「いったい何が起きたんだ……」自分に問いかけるように彼が言った。再び黙り込んだ後、彼は言った。「前に馬鹿なことをしてしまった。あの私の使用人だ……彼にどうやってウサギの皮を剥いで料理するかを見せてしまった……彼が自分の手を舐めるのを見たんだ。なぜあのことを忘れていたんだ……」

彼は続けた。「あんなことはやめさせなければならない。モローに教えなければ」

もと来た道を戻る間も彼はそのこと以外何も考えられないようだった。

モローはモンゴメリーにも増して事態を深刻に受け止め、彼らのあからさまな狼狽に影響されて私の口数も少なくなった。

「見せしめを作らなければならない」モローが言った。「あの豹人間が犯人であることは疑い無いように思える。しかしどうやってそれを証明するか? モンゴメリー、君が自分で肉の調理をし続けてやつらを興奮させるおもちゃを与えずにすんでいたらと思うよ。面倒なことになりそうだ」

「私は大馬鹿者だ」モンゴメリーが言った。「しかし起きてしまったことだ。ウサギの事はあなただって知っていたはずだ」

「一度、現場を確認しなければならん」モローが言った。「もし何か証拠が見つかればミリングは自分で始末をつけられるな?」

「ミリングについて全てわかるわけじゃない」モンゴメリーが答えた。「彼についても調べなければならないと思います」

午後になってモロー、モンゴメリー、私、そしてミリングは島を横切って峡谷にある住処へと向かった。私たち三人は銃を携え、ミリングはいつも彼が薪を割るのに使っている小さな手斧と針金を何巻か手にしていた。モローは牛飼いが使う巨大な角笛を肩に担いでいる。

「獣人を集めるところを見られるよ」モンゴメリーが言った。「ちょっとした見物だ!」

道中、モローは一言も喋らなかったが白髪に縁取られたその厳めしい顔に浮かぶ表情は険しいものだった。

温泉の蒸気で煙る峡谷を下って横切り、籐の茂みの中を通る広い道をたどっていくとおそらく硫黄であろう黄色くて粉っぽいものが厚く積もる広場にたどり着いた。雑草に覆われた土手の向こうでは海がきらめいていた。自然にできた底の浅い円形劇場のような場所に降りて行き、そこで私たち四人は止まった。モローが角笛を吹き鳴らし、熱帯の午後の静寂が破られた。彼が強靭な心肺能力の持ち主であることは間違いなかった。まるでフクロウの鳴き声のような響きはどんどん大きくなってあたりにこだまし、最後には耳を聾する轟音となった。

「ふー!」曲線を描く楽器を再び脇に下ろしてモローが言った。

すぐに黄色い籐の茂みの中で物がぶつかるような音がしたかと思うと私が前日に駆け抜けた沼地のあるうっそうとした緑のジャングルから声が聞こえて来た。ほどなく硫黄の積もった広場の縁の三、四ヶ所から獣人たちのグロテスクな姿が現れ、私たちに向かって駆けて来るのが見えた。最初の一人に続いて次々と樹々や葦の間から小走りに駆け出し、ふらつきながらも熱風にはためく埃の中を走って来る姿を見て、私は恐怖に襲われずにはいられなかった。しかしモローとモンゴメリーが平然と立ったままなのを見ると彼らの横から離れるわけにはいかなかった。

まず現れたのはあのサテュロスだった。影を投げかけるように立ち、蹄で埃を巻き上げる姿は妙に非現実的だった。彼の後に続いたのは茂みから現れた巨大で鈍重な馬と犀の合成人間で草の茎を噛みながら歩いて来た。その次に現れたのは豚女と二人の狼女で、その次は狐と熊から合成されたあの醜い女だった。痩せて紅潮した顔には赤い目が光っていた。その後にも次々に獣人が現れた……皆、出来るだけ急いで駆けつけたようだった。彼らは前に進み出るとモローに向かってへつらうようにしながら互いを気にする様子もなくめいめい詠唱を始めた。それは掟の後半の一小節だった……。「彼は痛みの御手、彼は癒しの御手」詠唱は続いていった。三十ヤードほどの距離まで近づくと彼らは立ち止まり、膝と肘を付いてひざまずくと白っぽい埃の中に頭を下げた。

その光景を想像できるだろうか! 青い服の私たち三人と歪んだ黒い顔の従者がうだるような青い空の下で日光の降り注ぐ中、黄色い埃が舞う広大な広場に立ちつくし、その周りをうずくまったまま体を揺り動かす怪物たちが囲んでいる……人間とほとんど変わらない表情と身振りの者、障害を持っているように見える者、現実の物とは思われないとてつもなく奇妙な姿をした者。その向こうには一方には籐の茂み、反対側には絡み合った椰子の樹々が見える。それらが住処のある峡谷と私たちを隔て、北の太平洋の水平線はかすんでいる。

「六十二、六十三」モローが数える。「もう四人いるはずだ」

「豹人間が見当たりません」私が言った。

しばらくするとモローが再びあの大きな角笛を吹き鳴らし、その音に獣人たちは皆、苦悶するかのように身を捩って砂埃の中にひれ伏した。すると籐の茂みからこそこそと地面を這うように豹人間が現れ、モローの背後で埃の中に身を投げ出している獣人の輪に加わった。最後に現れた獣人は小柄な猿人間だった。ひれ伏しているせいで暑さと疲れに喘いでいた初めのうちに現れていた動物たちが彼に敵意ある視線を投げかける。

「やめ!」モローがしっかりとした大きな声で言った。礼拝するようにひれ伏していた獣人たちが起き上がり、膝を折って座り直した。

「掟の口述者はどこだ?」モローが言うと灰色の毛に覆われた怪物が埃の中に顔をうずめるように体を折った。

「詠唱しろ!」モローが言った。

膝立ちで集まっていた全員がすぐさま体を左右に揺らし、最初は右手で次は左手でという風にあたりの硫黄を叩き散らしながら彼らの奇妙な賛美歌の詠唱を始めた。詠唱が「肉や魚を食してはならない。それが掟だ」という一節にたどり着いた時、モローがその細長い白い腕を上げた。

「やめ!」彼が叫び、完全な静寂が彼らを包んだ。

皆、何が起きるか知っていてそれを恐れているように私には思えた。私は彼らの奇妙な顔を見渡した。彼らのたじろいだ態度や輝く目に浮かぶ隠し切れない恐怖を見るとかつて自分が彼らを人間だと信じ込んだことが嘘のように思えた。

「その掟が破られた!」モローが言った。

「誰も逃れられない」灰色の毛皮に覆われた顔の見えない生き物が言う。「誰も逃れられない」膝立ちで輪になった獣人たちが繰り返した。

「掟を破ったのは誰だ?」モローは叫ぶと鞭を鳴らしながら彼らの顔を見回した。ハイエナと豚の合成人間が肩を落としたように見えた。あの豹人間もだ。モローがその前に立ち止まると相手は無限に続く苦痛の恐怖と記憶で身を縮こまらせた。

「掟を破ったのは誰だ?」モローが雷のような声で繰り返した。

「掟を破った者は悪しき者なり」掟の口述者が唱えた。

モローは豹人間の目を覗き込み、その様子はまるで相手の魂を引きずり出しているかのように見えた。

「掟を破った者は……」モローは言うと哀れな犠牲者から視線を外し、私たちに向かって歩いてきた(その声に楽しむような響きがあることに私は気づいた)。

「苦痛の館に帰ることになる」彼らが一斉に叫んだ……。「苦痛の館に帰ることになる、主よ!」

「苦痛の館に逆戻り……苦痛の館に逆戻り」猿人間が早口にわめく。まるでその思いつきが彼を捕らえてしまったかのようだ。

「聞こえるか?」モローが犯人の方を振り向きながら言った。「我が友よ……聞こえるか!」

言われた豹人間はモローの視線から逃れて立ち上がった。その瞳は燃え上がり、巨大な猫科特有の牙がめくれ上がった唇の下で光った。次の瞬間、彼は自分を苦しめる元凶に向かって跳びかかった。耐え切れない恐怖が彼を狂わせ、この攻撃を仕掛けさせたことは間違い無いだろう。六十に及ぶ怪物が作る輪の全体が私たちの周りで立ち上がったように見えた。私はリボルバー拳銃に手を伸ばした。二つの影がぶつかる。豹人間の一撃を食らったモローが後ろへよろめくのが見えた。私たちの周りにいる者、全員が激しく興奮したようにわめき、吠えたてた。皆がすばやく動きまわる。全面的な反乱が起きたのだ、と瞬間的に私は思った。豹人間の怒り狂った顔が私の目に瞬いた。追撃するようにミリングが近づいている。ハイエナと豚の合成人間の黄色い瞳が興奮で燃え上がるのが見えた。その姿勢はまるで私に対して攻撃を仕掛けようとしているかのように見えた。ハイエナと豚の合成人間のすぼまった肩の向こうではあのサテュロスも私をにらみつけていた。モローのピストルの銃声が聞こえ、わめく獣人の間に赤い閃光が走るのが見えた。群衆全体が銃撃の閃光が走った方向に向きを変えたように見え、私もその動きに引きずられてそっちを向いた。次の瞬間、私は騒がしくわめきたてる群衆の中の一人となり、逃げようとする豹人間を追いかけて走り始めた。

私がはっきりと言えるのはそれだけだ。豹人間がモローに襲いかかるのを見てから私が大慌てで走りだすまでの間のことは全てあっという間の出来事だった。逃亡者を追撃するためにミリングが駆ける。その後ろを狼女が大きく跳ねるようにして走る。その舌は既に口の外にはみ出していた。豚人間たちが興奮の金切り声を上げてその後を追う。白い布を体に巻いた二人の牛人間もそれに続く。そして獣人たちの群れの中にモローの姿が見えた。つばの広い麦わら帽子は吹き飛ばされている。手にはリボルバー拳銃を持ち、白く長い髪を振り乱していた。ハイエナと豚の合成人間は私の横を走っていた。私に走る速度を合わせ、猫科特有の目で私をうかがっている。他の者は私たちの後ろで叫び声を上げながら走っている。

豹人間は伸びた籐の中にまっすぐに突進していった。彼の背後で籐の茂みが揺れてミリングの顔を打つ。私たちが茂みにたどり着いた時には踏み分け道ができていた。茂みの中の追跡は四半マイルほども続いてから密生した下生えの中へと入り込んでいった。下生えは移動を難しくしたが私たちは一団となって進んだ……シダの葉が顔を打ち、長く伸びたツルが顎の下や足首にまとわりつく。とげのある植物が引っかかっては服と体を引き裂いた。

「あいつは四足で走っていたな」私のすぐ前を行くモローが喘ぐようにして言った。

「誰も逃れられない」狼と熊の合成人間が狩りの喜びをあらわにしながら私の顔に笑いかけた。再び私たちは岩場に出た。岩だらけの前方には肩越しに私たちに牙を剥きながら四足ですばやく駆けていく影が見えた。それを見た狼人間たちが歓喜の雄叫びをあげた。相手はまだ服を着ていて遠くから見るとその顔は未だに人間らしさを保っているように見えた。しかしその四肢は猫を思わせ、力なく落ちたその肩は明らかに狩られている動物のそれだった。そいつが黄色い花を咲かせたいばらの茂みを飛び越えたかと思うと姿を隠した。ミリングは私たちと獲物の間の半ばほどにいた。

ほとんどの者はもはや追跡の最初のころの勢いを失い、大股のしっかりした足取りに変わっていた。開けた場所を横断する時になって私は追跡者の集団が縦長から横長に変わっていることに気がついた。ハイエナと豚の合成人間はときどきうなるような笑いで鼻先を歪ませながら私の様子をうかがいつつまだ近くを走っていた。このままでは私がこの島に来た夜に彼につけ回されたあの突き出した岬に追いつめられると気づいた豹人間は岩場の端まで来ると下生えの中へと急に進路を変えたが、モンゴメリーがそれを見破って先手を打つと再び姿を現した。息を切らせ、岩につまずき、いばらでひっかき傷を負い、シダや葦に足を取られながらも私は掟を破った豹人間の追跡について行った。隣ではハイエナと豚の合成人間が獰猛に笑い声をあげていた。足がふらつき頭がくらくらした。心臓が肋骨を打ち、疲れて死にそうだった。しかしこの追跡隊を見失ってはならなかった。見失えばこの恐ろしげな獣と取り残されてしまう。果てしない疲労と熱帯の午後のむせ返るような暑さにも関わらず私はよろめくようにして進んだ。

とうとう狩りの激しさが静まっていった。私たちはあの哀れな獣を島の隅に追い詰めたのだ。鞭を手にしたモローが横一列になるように私たちに指示を出し、私たちは獲物を取り囲む警戒線を緩めないように互いに叫び声をかけながらゆっくりと前進していった。獲物は私が夜中に彼から逃げた時に駆け抜けた茂みに音もなく潜んで姿を隠していた。

「ゆっくりとだ!」モローが叫んだ。「ゆっくり!」列の端がもつれ合う下生えを囲むようにゆっくりと進み、その中にいる獣は包囲されていった。

「襲われないよう注意しろ!」やぶの向こうからモンゴメリーの声が聞こえた。

私は茂みの北側の斜面を、モンゴメリーとモローは浜辺に面した南側を受け持っていた。私たちはゆっくりと枝や葉が複雑に入り組んだ茂みへと進んで行った。岩場は静かだった。

「苦痛の館に逆戻り、苦痛の館、苦痛の館!」猿人間のわめき声が右手の二十ヤードほど先であがる。

それを聞いた時、あの哀れでかわいそうな獣が私に与えた恐怖について私は彼を許した。小枝の折れる音が聞こえたかと思うと私の右側を重い足どりで歩く馬と犀の合成人間の前で大きな枝が風を切って揺れた。唐突に緑の多角形の隙間から青々と茂ったやぶの薄暗がりにいる獲物が見えた。私は立ち止まった。彼は出来るだけ身を小さくするように屈み、緑色に光る目が肩越しに私を見つめていた。

奇妙な矛盾を彼に感じた……上手く説明できないのだが……そこにいる生き物はどう見ても獣だった。目にはぎらぎらとした光が宿り、人間に似せた不出来な顔は恐怖で歪んでいる。しかし私はそこに浮かぶ人間らしさに改めて気がついたのだ。次の瞬間にも他の追跡者が彼に気づき、再びあの囲い地での恐怖の拷問にかけるために彼を力づくで取り押さえるだろう。不意に私はリボルバー拳銃を抜き出し、恐ろしい眼光を放つ彼の眉間を狙うと引き金を引いた。私がそうするのと同時にハイエナと豚の合成人間が獲物に気づき、興奮の金切り声を上げながら飛びかかって飢えた牙を彼の首筋に突き立てた。獣人たちが一斉に殺到し、私の周りの茂みは激しく揺れて騒がしい音を立てた。顔が一つ、また一つと現れた。

「そいつを殺すな、プレンディック!」モローが叫んだ。「殺すんじゃない!」身を屈めたまま彼が大きなシダの葉をかき分けて来るのが見えた。

次の瞬間、彼は鞭の持ち手でハイエナと豚の合成人間を殴りつけて払うとモンゴメリーと共に興奮した肉食獣の獣人たち、とりわけミリングをまだ震えている死骸から遠ざけた。あの灰色の毛に覆われた者が私の腕の下で死骸を嗅ぎ回っていた。他の動物たちは少しでも近くで見物しようとその動物的な好奇心で私を押しのけようとした。

「なんてことをしてくれたんだ、プレンディック!」モローが言った。「生きたまま捕らえたかったのに」

「すいません」私は口ではそう言ったが少しもすまないとは思っていなかった。「何しろ一瞬のことだったので」私は疲労と興奮で気分が悪くなってきた。向きを変えると私は群がる獣人たちをかき分けて一人、岬の高くなっている場所に向かって斜面を上がっていった。モローが命令する叫び声が聞こえ、白い布を体に巻きつけた三人の牛人間が遺体を水際に向かって引っ張り始めた。

今となっては一人になっても心配は無かった。獣人たちは人間と全く変わらない好奇心を死体に対して示し、牛人間たちが浜辺にそれを引きずって行く間、鼻を鳴らしたりうなったりしながら群れになってその後をついて行った。私は岬へと行き、重たい死体を海に流す牛人間を見つめた。夕暮れの空を背景に彼らの影が動き回る。この島にいる者の名状しがたい虚しさがまるで波が打ち寄せるように頭の中に浮かんだ。眼下の岩場に囲まれた浜辺では猿人間、ハイエナと豚の合成人間、それに何人かの他の獣人がモンゴメリーとモローの周りに立っていた。皆、まだひどく興奮したまま騒がしく自分たちがどれだけ掟に忠実かをわめいていた。しかし個人的にはあのハイエナと豚の合成人間がウサギの殺戮に関わっていることは確実なことのように私には感じられた。奇妙な確信が私の頭に浮かんだ。あの外形の醜さ、姿形のグロテスクさを別にすればこの場所で繰り広げられていることは全て人間の生活の縮図なのだ。全て本能と理性と運命の相互作用なのだ。あの豹人間は行き詰まったのだ。それだけの違いなのだ。哀れな獣!

哀れな獣たち! モローの冷酷さの恥ずべき側面に私は気がつき始めたのだ。モローの手を離れてからこの哀れな犠牲者たちが遭遇した痛みや苦しみについて私は以前は考えもしなかった。囲い地でおこなわれている拷問に震えていただけだ。しかし今ではそれも全体のほんの一部でしかないように私には思えた。かつて彼らは獣であり、その本能は周りの環境に完全に適応したものだった。そこで彼らは持って生まれた本性のまま幸福に暮らしていたのだ。今では人間性という束縛に足を取られ、止むことのない恐怖の中で理解不能な掟に苦しめられている。このまがい物の人間的存在は激しい苦痛の中で産まれ、内心でもがき、またモローを恐れ続けるのだ……いったい何のために? ふと浮かんだその思いが私の心をかき立てた。

モローに少しでも理解できる部分があったならば私も多少は彼に対して共感を感じられただろう。私は苦痛そのものに対しては問題があるとはあまり思わなかった。彼の動機が憎しみであったなら彼を許すことも少しはできただろう。しかし彼は責任感を持たず、物事をぞんざいに扱ったのだ! 好奇心と狂気と無目的な研究が彼を突き動かす物だった。出来上がった物は外に放り出され、一年以上ももがき、困惑し、苦しみ、最後には苦痛の中で死ぬのだ。彼らは自ら浅ましく堕ちていく。古い動物の憎しみが互いを苦しめる。掟は彼らを互いに相争う状態や最終的な自然本来の敵対心から引き離しておくためのものなのだ。

かつての私の獣人たちに対する恐怖はモローに対する個人的な恐怖へと変わっていった。私は恐怖とは異なる深くいつまでも残る憂鬱な気持ちになり、それは私の心に消えない傷跡を残した。この島の苦痛に満ちた無秩序に苦しむ者たちを見た時、私が正気の世界を信頼できなくなったことを告白しなければならない。出口のない運命、巨大で無慈悲な構造がありのままの存在を切断し、作り変えていくように思えた。私やモロー(その研究に対する情熱のせいで)やモンゴメリー(その酒に対する情熱のせいで)、そして本能と精神を制限された獣人たちは絶え間なく動き続けるとてつもなく複雑な歯車のまっただ中で情け容赦なく、逃げることもできずに引き裂かれ粉々にされてしまったのだ。しかしすぐにそれが起きた訳ではない。どうやら少し先走りすぎたようだ。


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