モロー博士の島, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

行き場のない男


朝早く(私が意識を取り戻してから二日目の朝、救出されてからだと四日目の朝のはずだった)、私は騒々しい夢……銃声と大声を上げる暴徒の夢……で目覚め、頭上で聞こえるしわがれた叫び声に気づいた。私は目をこすりながら横たわったままその騒音を聞き、しばらくの間、自分はどこにいるのだろうと考えた。突然、裸足の足が駆けまわる音と重たい物が投げ出される音、それに荒々しく物がきしむ音や鎖を引きずるような音が聞こえてきた。さらには船が舵を切った時のような水の砕ける音が聞こえ、泡立つ黄緑色の波が小さな丸窓にかぶったかと思うと筋を引いて去っていった。私ははね起きて衣服を着ると甲板へと向かった。

昇降階段を上がっていくと赤焼の空……太陽は昇ったばかりだった……を背景に広い背中の赤髪の船長が立っているのが見えた。彼の肩越しにあのピューマの檻がミズンマストの帆を張るための横木に取り付けられた索具装置で吊られて回っているのが見えた。

可哀想な獣は恐怖に怯えて小さな檻の床に縮こまっているように見えた。

「放り出しちまえ!」船長が怒鳴った。「船の外に放り出しちまえ! こいつら全部放り出したらすぐに船はきれいになるんだ」

彼がちょうど目の前に立っていたので甲板に出るためには彼の肩を叩かなければならなかった。彼は驚いたように振り向くと私を確認するようによろめきながら数歩後ずさった。誰の目にもこの男がまだ酔っ払っていることが見て取れただろう。

「やあ!」彼は馬鹿のように言った。それから彼の目に光が宿り、続けた。「なんですかな? えーっと?」

「プレンディックです」私は言った。

「いまいましいプレンディック!」彼が言った。「『黙れ』……という名前でしたかな。『黙れ』さん」

この獣のような男に私は上手く答えることができなかったが、その次の彼の動作はさらに予想外だった。彼はタラップの方を腕で指したのだ。そこではモンゴメリーと古びた青いフランネル地の服を着た大柄な灰色の髪の男が話していた。男はついさっき乗り込んできたようだった。

「あちらですよ、『いまいましい黙れ』さん! あっちだ!」船長が吠えた。

モンゴメリーと彼の連れが話しながらこっちを振り向いた。

「どういうことです?」私は言った。

「あっちだ、『いまいましい黙れ』さん……あっちに行けって言ってるんだ! 船から降りろ、『いまいましい黙れ』さんよ……今すぐだ。俺たちはこの船の掃除をしているんだ……この船を隅から隅まで掃除しなくちゃならん。あんたの行き先は船の外だ!」

私はびっくりして彼を見つめ、それから望むところだという気分になった。この喧嘩好きな大酒飲みの唯一の乗船客として旅する見込みが絶たれたからといって何を悲しむことがあるだろう。私はモンゴメリーに向かって行った。

「あなたを乗せることはできない」モンゴメリーの連れはそっけなく言った。

「私を乗せることができない!」びっくりして私は言った。彼は私が今まで見たこともないような剛直で毅然とした顔をしていた。

「おい」私は船長を振り返って呼びかけた。

「船から降りろ!」船長が言った。「この船には動物も、人食い人種も、それよりひどい奴もお呼びじゃないんだ。船から降りるんだ、『黙れ』さんよ。もしそいつらがあんたを連れていけなくても船からは降りるんだ。まあ何とかしてお友達に連れて行ってもらうんだな。俺はもうこのご立派な島とは永久におさらばだ、アーメン! もうたくさんだ」

「頼むよ、モンゴメリー」私は懇願した。

彼は下唇を歪め、私を助けるには自分は力不足だと言うように申し訳なさそうな顔で横に立つ灰色の髪の男をあごで示した。

「とにかく降りろ」船長が言った。

三者の間で奇妙な言い争いが始まった。私は他の二人に交互に懇願を繰り返した……まず灰色の髪の男には陸に連れて行ってくれるように、次には酔っぱらいの船長に乗船を続けさせてくれるように。私は船員にまで叫ぶようにして懇願した。モンゴメリーは一言も喋らずに頭を振るだけだった。「法律なんかくそ食らえだ! ここの王は俺だ」船長はそう繰り返すだけだ。最後には激しい脅迫に対して私が怒鳴り声を上げたことを告白しなければならないだろう。私はヒステリックな感情の高まりを感じて船尾の方へと移動し惨めさに呆然とした。

一方で船員たちは積荷と檻に詰められた動物の荷降ろし作業を着々と進めていた。二枚の帆が張られた大きなランチボートがスクーナー船の鼻先に止まっていて、その中であの奇妙な積荷が揺れていた。その時には島から来たと思しき積荷を受け取る人間は見当たらなかった。スクーナー船の影になってランチボートの全体が見えなかったことが原因だろう。モンゴメリーも彼の連れも私には全く関心を払わずに荷降ろし作業をしている四、五人の船員を手伝ったり、彼らに指示を出したりして忙しそうにしていた。船長の方は手伝うというよりもむしろ邪魔をするかのようにそこに歩み出てきていた。私はと言えば不満と絶望の間を行ったり来たりしていた。作業が終わるのをそこに立って待っている間にも一、二度、自分のあまりに悲惨な状況に笑い出したい衝動に駆られた。朝食を抜いていたこともあってひどく不快な気分だった。飢餓と貧血は人から全ての人間らしさを奪う。自分を追いだそうとしている船長に抵抗するにしても、モンゴメリーと彼の連れに自分を同行させるように主張するにしてもそのためのスタミナが足りて無いことが自分でもはっきりとわかった。私にできることは受身のまま運命を待つことだけ。まるで私が存在しないかのようにモンゴメリーの荷物をランチボートに移す作業は続いていった。

そして作業が終わり、争いが始まった。弱々しく抵抗する中、私はラップの方に引っ張っていかれた。その時になってようやく私はモンゴメリーと一緒に奇妙な茶色の顔の男たちがランチボートに乗っていることに気づいたが、ランチボートは既に荷を満載して急ぐように離れていこうとしていた。足元は緑色の海水が広がり頭からそこに落ちそうになった私は全力で後ずさった。ランチボートの乗組員が嘲るように叫び、モンゴメリーが彼らを怒鳴りつけるのが聞こえた。それから船長と航海士、そして助手の船員の一人に私は船尾の方に追い立てられた。

レディ・ヴェイン号のボートが船尾に曳かれていた。半ば水に浸かり、オールも無く、食料も全く無い。私はそれに乗り込むことを拒否して甲板の上で全力で抵抗した。最後には彼らは私をロープで吊るしてボートに降ろし(船尾後部にはタラップが無かったのだ)、私を切り離したのだった。私は流されてゆっくりとスクーナー船から離れていった。呆然自失とした状態の中で、船員たちが索具に取り付き、船がゆっくりとしかし確実に風を捕らえていくのが見えた。帆がはためき、風をはらんで膨らんだ。風雨で傷んだ船の側面が私の方に大きく傾き、それから私の視界を横切っていった。

私は船を目で追おうともしなかった。最初、何が起きたかも信じられない状態だったのだ。ボートの底にしゃがみ込み、何もない油の浮いた海を呆然と見つめるだけだった。そして私は自分が再びあの小さな地獄へと戻ってきたことを悟ったのだ。そこは今では半ば水に浸かって沈みかかっていた。振り返ると距離を置いてあのスクーナー船が見え、赤髪の船長が船尾で冷笑していた。島の方を見るとランチボートが浜辺に向かって進みだんだんと小さくなって行くのが見えた。

不意に私は見捨てられたこの残酷な状況をはっきりと理解した。運良く流れ着く以外には陸にたどり着く方法は無い。憶えているだろうがボートでの漂流で私はまだ衰弱していた。空腹だったし衰弱していたのだ。そうでなければもっと勇気の持ちようもあっただろう。そして私は突然、すすり泣きを始めたのだった。子供の頃以来、初めてのことだった。顔を涙が流れ落ち、絶望のあまり私はボートの底に溜まった水を拳で殴りつけ、荒々しく船縁を蹴りつけた。声を出して死なせてくれるように神に祈った。


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