ライオンと一角獣:社会主義とイギリスの特質 第三部「イギリス革命」, ジョージ・オーウェル

第一章


イギリスの革命は数年前に開始し、ダンケルクから部隊が戻って以来、その勢いを増し始めた。イングランドの他の全てのものと同様、それは静かで不承不承なものだがそれでも起きていることは確かだ。今回の戦争はその進行を加速しているが、同時に、さらにその速度を加速させる必要性は否が応にも増している。

進歩と反動は政党の分類とは関係なくなってきている。もし特定の瞬間を挙げるとすればピクチャーポスト誌が初めて発行された時に右派と左派の間の古くからの区別は崩壊したのだと言える。ピクチャーポスト誌の政治的立場とはどんなものか? あるいはカヴァルケード誌やプリーストリーのラジオ番組、イブニング・スタンダード紙の社説の政治的立場とは? 古くからある分類でそれらに合うものは無い。それらは最近の一、二年、何かがおかしくなっていると理解している、分類できないおおぜいの人々の存在を指し示しているだけだ。とはいえ階級も所有者も無い社会は一般的に「社会主義」と呼ばれるので、私たちが今進んでいる先の社会もその名で呼べるはずだ。戦争と革命は不可分である。それがどんなものであれ西側の国家が社会主義と見なすものを確立するにはヒトラーを打ち倒す必要がある。一方で十九世紀のままの経済と社会を維持している間はヒトラーを打ち倒すことはできない。過去が未来と戦っている。そして未来を勝利させるために私たちに残された時間は二年か一年、ことによると数ヶ月しか残されていないのだ。

現在の政府や、それに類した政府が必要な変化を自発的に成し遂げることは望めない。主導権を握る者が下から現れなければならない。つまりこれまでイングランドに存在しなかったもの、真に大勢の人々を後ろ盾にした社会主義運動が立ち現れなければならないのだ。しかしまず始めになぜイギリスの社会主義が失敗してきたのかを理解しなければならない。

イングランドではこれまで真に重要な社会主義政党はひとつしかなかった。労働党だ。この党はこれまで一度も大きな変化を実現できなかった。完全に内政的な問題を除けば真に独立した政策を一度も持たなかったからだ。この党は過去も現在もまず第一に労働組合の党であり、賃上げと労働環境の改善に専念してきた。つまり危機にあった歳月の間ずっと、イギリスにおける資本主義の繁栄に直接的な関心を寄せていたのだ。とりわけ関心を寄せていたのはイギリス帝国を維持することで、それはイングランドの富の大部分がアジアとアフリカからもたらされているためだった。労働党が代表する労働組合の労働者の標準的な生活水準は間接的にインド人苦力の過酷な労働に依存している。だが同時に労働党は社会主義政党であり、社会主義の言葉を使い、昔ながらの反帝国主義の立場で思考し、多かれ少なかれ有色人種の権利回復を誓っていた。ちょうど軍縮と広く一般の「進歩」を支持しなければならなかったのと同様に、インドの「独立」を支持しなければならなかったのだ。そうは言ってもそれがナンセンスなことは誰もが気づいていた。戦車と爆撃機の時代においてはインドやアフリカの植民地といった発展の遅れた農業国の独立性は猫や犬のそれとほとんど変わらない。明白な過半数を取って労働党政府が職務に就き、真に独立と呼べる何事かをインドに許したとしても、インドは日本に併合されるか、あるいは日本とロシアの間で分割されるだけだろう。

権力の座にある労働党政府にとっては三つの帝国政策が選択肢になる。ひとつ目は以前とまったく同じ様に帝国の運営を続けるというもので、これは社会主義としての装いを完全に脱ぎ捨てることを意味する。もうひとつは被支配民族を「自由」にするというもので、これは実質的には日本やイタリアといった略奪的国家に彼らを手渡すことを意味し、それと同時にイギリスの生活水準には壊滅的な被害がもたらされる。三つ目は有益な帝国政策を展開させて帝国を社会主義国の連合、よりゆるやかでより自由な変種のソビエト連邦へと変えることを目指すというものだ。しかし労働党の歴史と背景がそれを不可能にしている。労働党は労働組合の党であり、その見解は絶望的なほど融通が利かず、帝国の事業にはほとんど関心が無く、また実際に帝国をまとめ上げている人間たちとまったく接点を持たない。労働党は、インドやアフリカの統治、そして帝国防衛の全作業を別の階級の、伝統的に社会主義と敵対してきた人間に委ねる必要があるだろう。現実の労働政権は自身の使命に忠実でいられるのかという疑いがあらゆるものに影を投げかけている。その支持者のどこを探しても労働党は海軍に支持基盤が無い。陸軍や空軍のそれもわずかかまったく無い状態だ。植民地の行政府にも無いし、国内行政府にさえ確固とした支持基盤があるわけではない。イングランドにおける立場は強固なものだが、それでも一分の隙も無いとまでは言えないし、イングランドの外ではあらゆる点で敵対者が優っている。いったん権力の座に就けば同じジレンマと常に直面することになるだろう。約束を実行して反乱の危険を犯すか、保守党と同じ政策を続けて社会主義について語るのをやめるか。労働党の指導者たちはずっと答えを見つけられずにいて、一九三五年からこちら彼らが本当に政権を取ろうと願っているのか疑問に思うほどである。彼らは万年野党へと成り下がっているのだ。

労働党の外側にはいくつのかの過激派政党が存在し、中でも最も強力なのが共産党である。一九二〇年から一九二六年、そして一九三五年から一九三九年にわたって共産主義者たちは労働党にかなりの影響力を持っていた。彼ら、そして労働運動における全ての左派の果たした最も大きな役割は中流階級を社会主義から遠ざけたことだ。

過去七年の歴史は共産主義が西ヨーロッパでは受け入れられないことを完璧なまでに明らかにしている。一方でファシズムの魅力はとてつもなく大きくなっている。共産主義者はその最も新しい敵対者、ナチスによって次から次へと国ごとに根絶やしにされていっている。英語圏の国々では彼らは決して大きな地盤を得ることはできなかった。彼らの流布している教義が引きつけるのは主として中流階級の知識人の中に見つかる極めて珍しいタイプの人物、つまり自身の国を愛することを止め、それでもなお愛国心の必要を感じてロシアに対する愛国的感情を発達させた人物だけなのだ。一九四〇年の時点では過去二十年におよぶ活動と多大な金銭を費やした結果としてイギリス共産党にはかろうじて二万人の党員がいるが、これは実のところ一九二〇年の結党当時の党員数よりも少ない。他のマルクス主義政党はさらに重要性が低い。ロシアの資金も後ろ盾も無く、共産党以上に十九世紀的な階級闘争の教義にとらわれている。彼らは何年にもわたってこの時代遅れの福音を説き、そうしても支持者が増えないという事実から何も推測しようとはしないのだ。

また国内で発祥した強力なファシスト運動といったものも勢力を伸ばしてはいない。物質的な状況があまり悪くなってはいないので真剣に受け取られる指導者が現れないのだ。オズワルド・モズレー卿以上に思想に欠けた人間を見つけ出すには長い時間がかかるだろう。彼は水差しと同じくらい空っぽだ。ファシズムは国民感情を害してはならないという初歩的な事実さえも彼は理解できていない。彼の運動は全て海外のものを模した猿真似である。制服や党綱領はイタリアから、敬礼はドイツから借りてきたものだ。ユダヤ人を吊るし上げるという方針も後付けである。実際のところモズレーは自身の運動をユダヤ人たちと共に始めたのである。ユダヤ人は彼のよく知られた支持者の一員だった。ボトムリーやロイド・ジョージといった資質ある人間であればおそらくは真のイギリス版ファシスト運動を確立できるだろう。しかしそうした指導者が現れるのもその存在を求める心理的要求があればこその話だ。

二十年におよぶ不況と失業の後、イギリスの全ての社会主義運動は大衆が望む社会主義形態を生み出すことができなくなっていた。労働党は漸進的な改革を支持し、マルクス主義者は十九世紀の眼鏡を通して現代世界を見ていた。どちらも農業と帝国の問題を無視していて、どちらも中流階級から敵視されていた。左派プロパガンダの息の詰まるような愚かしさは必要不可欠な人々、つまり工場管理者やパイロット、海軍将校、農業従事者、ホワイトカラー労働者、商店主、警官といった人々の属する全ての階級を脅して追い払っていた。こうした人々全員が社会主義とは自身の生活を脅かすもの、あるいは扇動や異邦人や「反イギリス」と呼ばれるであろうものと考えるよう教えられた。ただ知識人、つまり中流階級で最も有用性の低い区分だけがこの運動に引きつけられたのだ。

本当に何かを成し遂げることを願う社会主義政党は現在の左派陣営では口に出してはならないとされているいくつかの事実に直面するだろう。ほとんどの国よりもイングランドは団結が固いこと、イギリスの労働者は自身の鎖と共に多くのものを失うこと、階級間の考え方と習慣の違いは急速に消えつつあることは認めざるを得ない。全体的に見て昔ながらの「プロレタリア革命」は不可能であると認めざるを得ないだろう。しかし戦間期に革命的で実行可能な社会主義計画が現れることは無かった。まず間違いないことだが、それは何か大きな変化が起きることを真に願っている者が一人としていなかったためだ。労働党の指導者がくどくどと話すのは月給収入と定期的な保守党との職務交代についてばかりだった。共産主義者がくどくどと話すのは穏やかな殉教の苦しみと際限の無い敗北との遭遇についてで、さらに後になると他の人々への非難ばかりだった。左派知識人たちがくどくどと話すのはブリンプスを嘲笑し、中流階級の道徳を取り除き、一方で配当振出人の取り巻きという自身の恵まれた地位を維持し続けることについてばかりだった。労働党の政治は保守主義の変種へと変わり、「革命的」な政治は見せ掛けのゲームへと変わった。

とはいえ現在は状況が変わり、無気力な時期は終わっている。もはや社会主義者であることは実際は自分が完全に安住している体制を理論の上で足蹴にすることを意味したりはしない。今度の私たちの窮状は現実のものである。「ペリシテ人が迫っている、サムソンよ」というわけだ。自分たちの言葉を現実のものにするか、さもなくば滅びるかだ。現在の社会構造ではイングランドが生き残れないことは私たちが一番よくわかっている。その事実を他の人々にも理解させ、行動させなければならない。社会主義を導入せずにこの戦争に勝つことはできないし、この戦争に勝たずに社会主義を確立させることもできない。平和な時には無理でも現在のような状況では革命的であることと現実的であることの両方が実現できるのだ。社会主義運動が多くの人々を揺り動かして後ろ盾につけ、指導的立場から親ファシストを追いやり、グロテスクな不公正を拭い去って戦うに値するものがあることを労働者階級に了解させ、中流階級を敵に回すのではなく味方に引き入れ、たわ言とユートピアが混じり合ったものの代わりに実行可能な帝国政策を生み出し、愛国心と知性を和解させる……こうした種類の運動が初めて可能になったのだ。


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