オズの魔法使い, ライマン・フランク・ボーム

とびたつ気球


三日にわたって、ドロシーにはオズから何の連絡もありません。少女にとっては悲しい日々でした。でも友だちはみんな、とっても幸せで満足していました。かかしは、頭の中にすばらしい考えがわいてくると話します。でも、自分以外にはだれもわからないから、とそれを話してはくれません。ブリキの木こりがそこらを歩くと、胸の中で心がガタガタ言っているのが感じられました。そして木こりに言わせると、それは木こりが肉だった頃にもっていたものよりも優しく繊細な心なのだそうです。ライオンはもうこの世の何もこわくなく、どんな軍隊でもおそろしいカリダを一ダースでも喜んで相手にするぞと宣言しました。

こうして一行のそれぞれは、ドロシー以外みんな満足しておりましたが、ドロシーは前にもましてカンザスに帰りたくてたまりませんでした。

四日目に、オズがよびにきたのでドロシーは大喜びでした。そして玉座の間に入ると、オズは気持ちよく歓迎してくれました。

「おすわり、おじょうちゃん。ここから連れ出してあげる方法が見つかったと思うよ」

「カンザスに戻れるの?」ドロシーはわくわくしてたずねました。

「うーん、カンザスかどうかはわからん。それがどっちにあるものやら、皆目見当もつかないもんでな。でもまずは砂漠を越えることだ。そうすれば家に帰り着くのは簡単だろう」

「どうやって砂漠を越えるの?」ドロシーは問いつめます。

「うん、思うにだな、この国にわしがきたときは気球にのってやってきた。あんたも竜巻に運ばれて、空からやってきただろう。だから砂漠越えのいちばんいい方法は、空だと思うんだ。さて、竜巻を起こすのはわしの手には余る。だがよく考えてみたんだが、気球なら作れると思うんだよ」

「どうやって?」とドロシー。

「気球は絹でできていて、ガスを逃がさないようにのりを塗ってあるのだよ。この宮殿に絹はたくさんあるから、気球づくりは簡単だ。でもこの国中のどこにも、気球を浮かすのに詰めるためのガスがない」

「浮かばなければ役には立たないわ」とドロシーがいいます。

「その通りだよ。でも浮かばせる方法がもう一つあって、それは熱い空気を入れることだ。熱い空気はガスほどはよくない。空気が冷えたら、気球は砂漠におりてしまって、わしらは迷子になっちまう」

「わしら!」と少女は叫びました。「あなたもいっしょにくるんですか?」

「うんもちろん。わしもこんなペテン師でいるのは飽きた。この宮殿から外に出たら、やがて臣民たちはわしが魔法使いでないのを知って、だましたわしに腹をたてるだろう。だから一日中ここの部屋に閉じこもってなきゃならんので、退屈でかなわん。いっしょにカンザスに戻ってサーカスに入るほうがずっといい」

「喜んでごいっしょにどうぞ」とドロシー。

「ありがとう。さて、絹を縫うのを手伝ってくれないか。気球づくりにとりかかろう」

そこでドロシーは針と糸を手にとって、オズが絹の帯を正しい形に切るがはやいか、それをきれいに縫い合わせたのです。最初は薄緑の絹で、次は濃い緑の帯、そしてエメラルドグリーンの帯。というのもオズは気取って、風船をさまざまな濃さをもった身の回りの色にしようと思ったからです。帯を全部ぬいあわせるには三日かかりましたが、完成すると長さ七メートル以上の大きな緑の絹の袋ができました。

それからオズは内側にうすい糊をぬって膜をつくって空気がもれないようにして、それから気球ができたと宣言しました。

「でもわしらが乗るためのかごがないとな」というと、緑のひげを持った兵隊に、大きなせんたくかごを持ってこさせまして、それをたくさんの縄で気球の底につなぎました。

準備万端ととのうと、オズは臣民に対して、雲の中に住む大兄弟魔法使いを訪ねると宣言しました。そのしらせは町中にすぐ広まって、みんなそのすばらしい光景を見物にきました。

オズは気球を宮殿の前に運ばせて、みんな物珍しそうにそれをながめます。ブリキの木こりが薪の山を切ってきて、たき火をおこし、オズは気球の底を火の上にもってきて、そこからたちのぼる熱い空気が絹の袋に入るようにしました。やがて気球はふくれあがって宙に浮き、とうとうかごがやっと地面にふれているだけとなりました。

そしてオズはかごに入ってから、みんなに大声で言いました。

「ではこれから訪ねるので出かけるぞ。留守のあいだはかかしがみんなを治める。わたしにしたがうのと同じようにかかしにもしたがうよう命令する」

そのときにはもう気球は地面につなぐ縄を強く引っ張っていました。中の空気が熱くて、外の空気よりもずっと重さが軽くなっていたので、空にあがりたくて引っ張るのです。

「ドロシー、おいで!」と魔法使いが叫びました。「急いで、気球が飛んでしまう!」

「トトが見つからないのよ!」ドロシーは子犬を残していきたくはなかったのです。トトは子ネコに吠えようとして群衆の中にかけこんでしまい、ドロシーはやっとのことでそれを見つけました。そして抱え上げると気球のほうに走っていきました。

あと数歩というところまできて、オズがかごに入るのを助けようと手を伸ばしていたのですが、そこで縄がぷつん! と切れて、気球はドロシーを待たずに宙にまいあがりました。

「戻ってきて! あたしも行きたいの!」とドロシーは叫びました。

「無理だよ、おじょうちゃん」とオズはかごから言います。「さようなら!」

「さようなら!」とみんなも叫び、みんなかごに乗った魔法使いのほうを見上げ、それが一瞬毎にどんどん空に上がっていくのを見送りました。

そしてみんながすばらしい魔法使いオズを見たのはそれが最後でした。オマハに無事ついたのかもしれませんし、いまもそこにいるのかもしれませんね。でもここの人々はみんな愛情をこめてオズを思い出しながら、こう言い合ったものです。

「オズはいつでもわれわれの友だなあ。ここにいたときにはこの美しいエメラルドの都を作ってくれたし、去ったときには国を治めるのに賢いかかしを残してくれたんだから」

それでも、何日にもわたってみんなすばらしい魔法使いがいなくなったことを嘆き、なかなか元気になりませんでした。


©2003-2006 武田正代, 山形浩生. この版権表示を残す限りにおいてこの翻訳は商業利用を含む複製、再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白 (http://www.genpaku.org/) 正式参加作品。