宝島 防護柵, ロバート・ルイス・スティーヴンソン

使節としてやってきたシルバー


確かに柵の外側には二人の男しかいなかった。一人が白旗を振っており、もう一人はまさにシルバーで、落ち着きはらって側に立っていた。

まだ朝早く、僕が知ってる中でも一番寒い朝だったと思う。体の芯まで冷える朝だった。空は明るく、雲ひとつなかった。木々の先端は、太陽でばら色に輝いていた。しかしシルバーが副官と立っているところは、まったく陰になっていて、ひざのところまで夜のうちに沼から立ち上ったもやがかかっていた。寒さともやが一緒にやってくることは、この島が良くない場所であることを物語っている。明らかに、じめじめとした熱病が流行するような健康によくない場所だった。

「小屋の中にいるように」船長は言った。「きっとこれは策略でしょう」

それから海賊によびかけた。

「誰が来たんだ? 停まらないと撃つぞ」

「休戦旗ですぜ」シルバーは大声で言った。

船長はポーチのところにいたが、だましうちにあわないよう注意していた。だましうちがありそうには思えなかったが。船長はふり向くと僕たちにこう命令した。「先生は、見張り穴から見張ってください。リバシーさんは北側をよろしくおねがいします。ジム、東だ。グレーは西。非番のものは、全員マスケット銃に装填。気力をふりしぼり、注意をしてくれ」

それから再び海賊たちの方へふりかえった。

「休戦旗なんかもって、どうしたいっていうんだ?」船長はさけんだ。

今度答えたのは別の男だった。

「シルバー船長が、話をまとめにやってきたんでさぁ」その男はさけんだ。

「シルバー船長だって! そんなやつは知らないな。一体だれだい?」船長は言い返した。そして僕たちは、船長が独り言でこうつけ加えてるのが聞いてとれた。「船長だって? やれやれ、大出世だ!」

ロング・ジョンが自分で答えた。「わしのことでさぁ。こいつらばかなやつらで、あなた方が船を捨ててからわしを船長に選んだんですよ」特に『捨てて』というところを強調しながら、そう答えた。「わしらは話がまとまれば、喜んで従いますよ、ためらったりせずにね。聞きたいのはあなたの言葉なんです、スモレット船長。わしが指一本触れられずに安全にこの柵の中から出て、銃撃を始めるのを銃の届かないところまで一分ほどまってくれるとね」

「おまえ」スモレット船長は言った。「おまえと話したいなんてこれっぽっちも思わないが、話したいことがあるなら、気にせず来たらいい。裏切るとしたら、おまえさんだな、神の報いがあるだろうよ」

「それで十分です、船長」ロング・ジョンは上機嫌でさけんだ。「その言葉があなたから聞ければ十分で。わしには紳士ってもんがわかってますし、あんたは紳士に他ならないから」

僕たちには、休戦旗を持ってた男がシルバーを引きとめようとしているのが見てとれた。船長の返事がどれほどぞんざいかが分かっていれば、不思議なことでもなかった。ただシルバーは、警戒するなんてばかばかしいとでも言うように、笑い飛ばしその男の背中を叩いた。それから柵のところに進み出て、松葉杖をなげこむと、片足をあげて、勢いよく巧みに柵を乗り越え、無事にこちら側に降り立った。

僕は正直に言うと、物事がどうすすむかに夢中になってしまって、見張りなんてこれっぽっちも頭にはなかった。実際、僕は東ののぞき穴の持ち場を離れて、こっそり船長のうしろに忍び寄っていた。船長はもう入り口のところに腰をおろし、ひじをひざにつき、両手であごをささえ、その目は砂の中の古い鉄の釜から水があふれでてくるのを見つめていた。船長は「娘よ若者よ」を口笛でふいていた。

シルバーは、小山をさんざん骨折りながらやってきた。小山は傾斜がきつく、切り株がたくさんあり、やわらかい砂であることで、松葉杖をもってしても、立ち往生した船のようにどうにもならなかった。しかしシルバーは、男らしく黙ってそれをやりとげた。そしてとうとう船長の前にたどりつき、立派な態度で船長にあいさつをした。シルバーはせいいっぱい着飾っていた。大きな真鍮ボタンがたくさんついた青いコート、ひざまであるようなコートを着て、きれいに縁取りされた帽子を頭の後ろに乗せていた。

「よくきたな」船長は、顔をおこして言った。「座ったらよかろう」

「中に入れてくださらねぇんで、船長?」ロング・ジョンはこぼした。「こんなに寒い朝に、外で砂の上に腰をおろすなんて」

「さて、シルバー」船長は言った。「もし正直な男でいてくれたら、調理場で座っていられただろうよ。それがおまえのやったことだ。どちらかだな、私の船の料理番で丁寧に扱われるか、それともシルバー船長で、単なる反逆者で海賊として扱われ、しまいには首をつられるか!」

「はい、はい、船長」料理番は命ぜられたとおり、砂の上に腰を下ろして答えた。「あんたはわしに手を貸してくれなきゃならん、それだけのことだ。なかなかいい場所ですな。おぉ、ジムもいる! おはよう、ジム。先生、どうも。おや、全員まるで仲良し家族みたいにおそろいだ」

「言いたいことがあるなら、さっさと言った方がいいぞ」船長は言った。

「そうですな、スモレット船長」シルバーは答えた。

「確かにやらなきゃならんことは、さっさとやらなきゃいかん。さて、さて、昨晩は上手いことやりなすった。手際がよかったことは否定しませんぞ。なかなかてこ棒の扱いが上手い輩が、いるみたいですな。わしらの仲間に、動揺しているものがいることは否定しませんぜ、いやたぶん、全員が動揺してるかな。わしも動揺してるといえるかもしれん。それがたぶん、わしがここに話し合いにきた理由でしょう。ただわしの言うことをよく聞いてくだせぇ、船長。二度は通用しませんぜ、誓ってな! 見張りもたてますし、少しばっかりラムも控えることにするんでね。あんたがたから見れば、全員ほろよい加減に思えたかもしれねぇが、わしはしらふだったと言っておきましょう。ただひどく疲れてたんで。もしわしが少しでもはやく目をさませば、ひっとらえてたでしょうな。わしがあの男のところに行ったときは、まだ死んでなかったですから、あの男はな」

「それで?」スモレット船長は、冷静に言いきった。

シルバーの言ってることは、船長にしてみれば全く不可解なことだった。ただ船長の言葉からは、そんなそぶりは少しもうかがえなかった。僕はといえばうすうすわかってきた。ベン・ガンの最後の言葉を思い出したのだ。僕は海賊たちが全員火を囲んで一杯やってるときに、ベン・ガンが一発おみまいしたんだと思いついた。そしてうれしい事に、僕らがやっつける相手はたった十四人になったというわけだ。

「さて、そこで」シルバーは言った。「わしらが欲しいのはあの宝物で、ぜったい手に入れますよ。それがわしらの目的というわけでさぁ! あなたがたは命がほしいわけでしょう、わしが思うには。それがあんたがたの目的だ。あんたがたは地図を持ってる、そうですな?」

「そうかもしれんな」船長は答えた。

「あぁ、そうだ、あんたは持ってる。わしにはわかるんだ」ロング・ジョンは答えた。「あんたはそんなにそっけなくする必要はありませんぜ。そんなことをしても何の役にも立ちゃしません。確かに、もってるんでしょう。わしが言いたいのは、地図がほしいってことですよ。ただわしは決してあなたがたに危害をくわえませんぜ、わしはね」

「わたしにはそれは通用しないよ」船長はさえぎった。「おまえらが何をするつもりかは、すっかりわかってるんだよ。ただ今は気にしないよ、おまえも分かってるとおり、危害を加えるなんて、できっこないからな」

そして船長はシルバーを落ち着いて見つめると、パイプをすいつづけた。

「もしエイブ・グレーが、」シルバーが口を開いた。

「そこでやめろ!」スモレット船長はさけんだ。「グレーはわたしには何も言わないし、わたしもグレーには何も聞かない。それよりだ、わたしはまず、おまえもグレーもこの島全体も何もかもをすっかり地獄へでも吹き飛ばしてやりたいぐらいだ。それがこのことに関して、おまえらへのわたしの気持ちだよ」

こうしてちょっとどなりつけられ、シルバーは冷静さをとりもどしたようだった。前はシルバーはだんだんいらいらしてきたのが、今は自分をとりもどしていた。

「ああ、そうですかい」シルバーは言った。「わしは紳士がきちんとしてると思うようなことや、思わないことなんかに、この場合とらわれないことにしますや。あんたがパイプをやっているようだから、船長、わしも自由にやらせてもらいますよ」

そしてシルバーは、パイプをつめ火をつけた。二人の男は、しばらく静かにパイプをやりながら座っていた。お互いに顔をあわせると、パイプをすうのをやめ、つばを吐くために前かがみになった。二人をみているのは演劇をみているくらい面白かった。

「さて、」シルバーは再び口火を切った。「そうなんですよ。宝物の場所を示した地図を渡してもらいましょう、そして水夫たちを襲って寝ている間に頭に風穴をあけるのは止めてもらいましょう。そうしてくれれば、選択肢をさしあげますや。わしらと一緒に船に乗って、もちろん宝物を積んでですが、それから誓って、あんたがたをどこかの陸に無事おくりとどけますぜ、海神に誓ってね。もしくはそれが気に入らなければ、わしの部下の何人かは乱暴だし、しごかれたのをうらみに思ってるらしいですからな、それならここに残ればいい。食料は頭割りで分けましょう。それで海神に誓って、さきほどと同じように最初にみかけた船に事情を話して、ここにあんたがたを迎えにこさせましょう。さあ、これこそいい話ってことがわかるでしょうよ。これよりいい話がありますかい、どうです。あとは、」そこでシルバーは声を大きくして、「丸太小屋にいなさるみなさんも、わしの言葉をよく検討なせぇ、この人に話したことは全員に話したことと思ってもらえればいい」

スモレット船長は立ち上がると、左手にパイプをうちつけて灰をおとした。

「それで全部か?」船長はたずねた。

「いっさい全部でさぁ!」ジョンは答えた。「これを断れば、わしの姿を目にするのはこれで最後で、あとはマスケット銃の銃弾をみるだけですや」

「けっこう」船長は言った。「さぁ、今度はわたしの番だ。もしおまえらが一人ずつ武器をもたずにやってくるなら、おまえらみなに手かせ、足かせをつけて英国でちゃんとした裁判にかけてやることを約束しよう。そうしないなら、わたしの名前はアレクサンダー・スモレットで英国国旗をかかげてるんだ。おまえらはみんな海のもくずになるだろうよ。おまえらには、宝物をみつけることはできない。おまえらには、船を航行させることもできない、おまえらのうち一人として、船を動かすことのできるものはいない。おまえらは戦うこともできない。ここにいるグレーは、おまえら五人の中からでも逃げ出してきたんだから。おまえの船は、身動きできないよ、シルバー船長。おまえらは風下の岸にいるからな、まあわかるだろうよ。ここに立って、それだけは言っておくよ。これが、おまえがわたしから聞ける最後のアドバイスだな。神に誓って、次におまえに会ったときには、背中に銃弾をたたきこんでやる。ふらふら歩いていけ、こぞう。さっさと出てってくれ、どんどん、大急ぎでな」

シルバーの顔色は絵のような見もので、目は怒りのあまりとびださんばかりだった。パイプから火をかきだすと、シルバーはこう叫んだ。

「手を貸してくれ!」

「わたしはいやだね」船長は答えた。

「だれかわしに手を貸してくれんかな?」シルバーはわめいた。

僕たちのうち誰一人として、身動きひとつしなかった。シルバーは非常にきたない言葉であくたいをつきながら、砂の上をポーチに手がとどくところまで這っていくと、松葉杖でふたたび立ち上がった。それから泉につばをはいた。

「くそったれ!」シルバーはさけんだ。「わしの思ってるのはこうだ。一時間とたたないうちに、わしはこの丸太小屋をラム樽をばらばらにするようにでもしてやるよ。笑え、せいぜい、笑うんだな! 一時間とたたないうちに、おまえらは泣きべそをかいてるだろうからな。死ぬやつは幸運だぞ」

ひどいあくたいをつきながら、シルバーは砂に足をとられ、よろよろと歩いていき、四、五回失敗したあげく、白旗をもっている男の助けをかりて柵を乗りこえた。そして木々の間にすぐに姿を消した。


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