戦争と平和 第一編, レフ・トルストイ

一


「Eh bien, mon prince(ねえ、如何でございます、公爵)ジェノアもルッカも(両方ともイタリアの地名)ボナパルト家の領地同様になってしまいましたよ。宜しゅうございますか、わたくし前もってお断り申して置きますが、もしあなたが今、別に戦争というようなものは無いと仰しゃったり、またはあの反キリスト(アンチクリスト)の(ええ全くでございますわ、わたくしそう信じておりますの)色んな忌わしい恐ろしい所業を弁護したりなさると――わたくしもうあなたと絶交いたします。あなたはもう御自分で仰しゃるように、わたくしの親友でもなければ、忠実なる奴隷(エールヌイ・ラーブ)でもありません。でも、まあよくいらっしゃいました、よくいらっしゃいました。わたしはどうやらあなたをびっくりおさせ申したようでございますね。さ、坐ってお話し下さいませ」

一八〇五年六月、皇太后マリヤ・フョードロヴナのお傍近くに仕えて、世に知れ渡った女官アンナ・パーヴロヴナ・シェーレルは、自分の夜会へ第一番に乗り付けた時の顕官(けんかん)ワシーリイ公爵を出迎えながら、流暢なフランス語でこう言った。アンナはもうこの四、五日、咳ばかりしていた。彼女は所謂(いわゆる)インフルエンザに罹っていたのである(インフルエンザというのは当時の新しい言葉で、少数の人にしか用いられていなかった)。今朝、金モールの侍僕が配って歩いた手紙には、ことごとく一様に仏文で次のような事が書いてあった。

「伯爵(あるいは公爵)、もし御許様(おもとさま)にさしたるよきお遊び所もこれなく、またそのうえ貧しき病女が許(もと)にて一夜を過ごすという事も、さして忌わしからず思し召し候わば、妾は今夕七時過ぎより十時頃まで、御許様(おもとさま)の御来駕を待ち詫び申すべく候。

アンネット・シェーレル」

「Dieu, quelle virulente sortie!(おお何という猛烈な攻撃でしょう!)」こうした出迎えの仕方にたじろぐ色もなく、入って来た公爵はこう答えた。刺繍をした宮中の制服、長い靴下、小さな靴、数々の勲章、晴々した平ったい顔の表情。

彼は我らの祖父が単に話すばかりでなく、考えるにさえも使ったというかの優雅なフランス語で話した。その静かな相手を庇(かば)うような音調は、上流の交際社会や宮中で年取った、高位顕官(こういけんかん)の人々に特有のものであった。彼はアンナ・シェーレルに近寄って、香水の薫り高い、てらてら光る抜け上った額を差し出しながら、女主人(あるじ)の手を接吻した後、悠々と長椅子に腰を下ろした。

「まず何より先に伺いますが、お体の加減は如何ですか。どうぞ友達に安心させて下さい」と彼は語調を変えないで言った。その調子には礼儀と同情の陰から、無関心というよりむしろ嘲笑の響きさえ聞こえた。

「どうして加減がよくて居られましょう……こうして精神的に苦しんでいるんですもの。もし誰でも感じというものを持っていたら、今の世の中に平気でいられる筈がございません」とアンナは言った。「あなたは今晩ずっと終いまで、わたくし共に居て下さいますでしょうね?」

「ではイギリス公使の祝典をどうします? 今日は水曜日ですよ。わたしはその方へも顔を出さなくちゃなりません」と公爵は言った。「娘が後からお伺いして、わたしと一緒に行く筈になっています」

「わたくし今日のお祝いは沙汰止めかと存じていました。実を申すと、あんなお祭り騒ぎや花火などと言うものが、すっかり嫌になってしまったのでございます」

「もしあなたのお望みが分かっていたら、このお祝いも沙汰止みとなったでしょうにね」公爵は自分でも本当にして貰いたくない事を言う時の癖として、螺線(ねじ)を巻いた時計のようにこう答えた。

「Ne me tourmentez pas.(わたくしを苛めないで下さいまし)時にノヴォシーリツェフ(ニコライ・ニコラエヴィチ・ノヴォシリツェフ(一七六一年-一八三六年)。ロシアの政治家、貴族。)の急報事件はどう決まりまして? あなたはすっかり御存じなのでございましょう」

「何と申しますか?」と公爵は冷ややかな退屈らしい調子で言った。「Qu'a-t-on décidé?(どう決まったかと仰しゃるんですね?)ボナパルトも背水の陣を敷いたから、ロシアでも矢張り背水の陣を敷く覚悟で居よう、とこんな風に決まったらしいです」

ワシーリイ公爵は何時も役者が古い脚本の台詞でも言うように、大儀そうな口の利き方をした。所がアンナ・シェーレルは、年こそもう四十だが、反対に活気と熱情に充ちていた。

熱情家――これが彼女の社交界における役割となってしまった。で時々自分で余り乗気がしない時でも、彼女は自分を知っている人達の期待を裏切らないために、強いて熱情家を粧(よそお)うのであった。いつもアンナの頬辺(きょうへん)に躍っている控え目な微笑は、その盛りを過ぎた顔の輪郭に似つかわしくなかったけれど、ちょうど甘やかされたわがままな子供によくあるように、常に我が欠点の愛すべき事を自覚している気持ちが表れていた。彼女に取ってその欠点を矯正する事は嫌でもあり、不可能でもあり、不必要でもあった。

政治談の中頃にアンナは急に熱くなった。

「ああ、もうオーストリアの事は仰しゃらないで下さいまし! わたくし何にも分からないのかも知れませんけれど、オーストリアは決して戦争を望んだ事もありませんし、また現に望んでも居ません。あれはわたくし共を裏切ったのでございます。ただロシアだけがヨーロッパの救い主でなくちゃなりません。陛下は御自分の尊い使命を御存じの上、その使命に忠実でおありなさるに相違ございません。わたくの信じるのはこれだけでございます。我が善良にして叡聖なる皇帝陛下は、世界中で何よりも偉大な役目を控えていらっしゃいます。そして陛下はお徳が高くて善良なお方でいらっしゃいますから、神様も陛下を見捨てるような事はございません。今あの人殺しの悪党に体現されたためになお一倍恐ろしく見える、革命の九頭蛇(ヒドラ)を退治すべき天の使命を、陛下は立派にお遂げ遊ばすことと存じます。我々ロシア人だけは必ず無辜の血を贖わなければなりません。……一体わたくし共は誰に望みを掛けたら宜しいのでしょう、一つお訊ねしたいものでございます……あの商人根性のイギリスは、我がアレクサンドル皇帝の高遠なお志を、多分理解しないでしょう、いえ理解する事が出来ないでございましょう。イギリスはマルタ島から撤兵する事を拒みましたが、つまり我が国の行動に隠れた底意を見付けようとして、探りを入れているのでございます。まあ一体イギリスはノヴォシーリツェフに何と申しました?……何にも申しません。御自分のために何物も望まれないで、只々世界の福祉のみをお希(ねが)い遊ばす、我が皇帝陛下の献身的な精神を、悟る事が出来なかったのです、いえ今でも出来ないのでございます。それにイギリスは何を約束しましたでしょう? 何にも致しません。たとえ約束したにしても、実行などする事ではございません! プロイセンはもう到底(とて)もボナパルトを征服する事は出来ない、ヨーロッパ全体かかって行っても、何一つ仕出かす訳に行かないと宣言致しました……わたくしはハルデンベルグ(カール・アウグスト・フォン・ハルデンベルク(一七五〇年-一八二二年)。プロイセンの政治家、貴族。)やガウヴィッツ(クリスチャン・フォン・ハウクヴィッツ(一七五二年-一八三二年)。プロイセンの政治家、貴族。ナポレオン戦争中にプロイセンの外務大臣を努めた。)のいうことなんか、一言(こと)だって本当にしやしません。Cette fameuse neutralité prussienne, ce n'est qu'un piège(あの喧しいプロイセンの中立なんぞはただの陥穽(おとしあな)に過ぎませんわ)。わたくしの信じるのはただ神様と、そして我が皇帝陛下の高大な御運命ばかりでございます。陛下はきっとヨーロッパを救って下さいます?……」

アンナは突然、自分で自分の熱中した事を嘲けるような微笑を浮べながら、言葉を切った。

「わたしの考えでは、」と公爵はほほ笑みながら「もしあなたがあの愛すべきヴィンツェンゲローデ(フェルディナント・フォン・ヴィンツィゲローデ(一七七〇年-一八一五年)。アレンドルフ(現ドイツ)出身の貴族、軍人。ロシアの将軍としてナポレオン戦争を戦った。)の代わりに出掛けて行かれたら、無理にもプロイセン王の盟約を得なすったでしょう。あなたは実に雄弁ですからね。時にお茶を一杯頂けませんか?」

「ただ今。A propos(ですが時に)」彼女は再び落ち着きながら言い足した。「今日私共へ大変面白い方が二人お見えになります。一人はモルテマール子爵といって、ロハン家を通じてモンモランシイ家(フランスの名族)と親戚に当たりますの。フランスでも名家の方なんでございます。亡命客の中でも随分立派な人で、本当の意味の亡命客ですの。それからモリオ僧正。あなたあの名知識を御存じでいらっしゃいますか? あの方は皇帝の拝謁を許されましてよ。御存じでいらっしゃいますか?」

「ははあ! それは大変愉快ですね」と公爵が言った。「時にちょっとお伺いしますが、」と彼はたった今何やら思い出したように、妙に砕けた調子で付け足した。その癖、今、彼の訊ねようとしている事が、今日の訪問の主なる目的なのであった。「あれは本当の事ですか、皇太后がフンケ男爵をウィーンの一等書記に任命なさるお考えだというのは? C'est un pauvre sire, ce baron, à ce qu'il paraît(あれは何も能の無い男らしいですね、あの男爵は)」

ワシーリイ公爵は目下、人々がマリヤ皇太后を通してフンケ男爵を推薦しようと努めているこの位置に、自分の息子を坐らせたかったのである。

アンナ・シェーレルは目を閉じた。それは敢えて自分ばかりでなく誰一人として、皇太后陛下のお心に適(かな)う事を、論(あげつ)らう訳に行かぬという意味なのである。

「フンケ男爵は姉宮殿下から皇后陛下に推薦されたお方でございますからね」と彼女は沈んだそっけない調子で、僅かにこう言ったばかりである。

アンナが皇后陛下の名を言った時、彼女の顔はにわかに深い偽りならぬ信服と尊敬の表情を示したが、その表情には一種の憂愁が交っていた。それは彼女が談話の際に、自分の高貴なる保護者の事を口にする時、いつも決まって出す癖なのであった。彼女は国母陛下がフンケ男爵に、多くの尊敬を払い給える由(よし)を語ったが、その眼ざしはまたもや憂いの雲に蔽われた。

公爵は無関心な態度で黙っていた。アンナは皇后陛下に推薦された人に対して、ああいう大胆な批評を敢えてしたワシーリイ公爵を軽くたしなめもし、また同時に慰めてもやりたくなったので、彼女独特の女らしい、しかも宮廷式に巧妙で機敏な技巧を振るいながら、「Mais à propos de votre famille(ときにあなたの御家族の事でございますね)」と言った。「御存じでもありましょうが、お宅のお嬢さまは社交界へ出るようにおなんなすってから、社交界の感嘆の的になっておしまいになりました。みんなお嬢さまの事を太陽より美しいと申しています」

公爵は尊敬と感謝の心を見せて会釈した。

「わたくしよくそう思いますの」束の間の沈黙の後に、アンナは公爵の方へすり寄って言葉を続けた。その優しいほほ笑みの中には、もう政治や社交界の話は終ったから、これからしんみりした打ち明け話を始めましょう、といった風な調子が見えた。「わたくしよくそう思うのでございますが、人生の幸福というものはどうかすると、大変不公平に頒(わか)たれるものでございますね。何のために運命はああした立派なお子さんを二人まで、あなたに授けたのでございましょう?――もっとも弟のアナトーリさんは別ですの、わたくしあの人を好きません(と彼女は眉を上げて容赦なく付け加えた)――本当にあのお二人は立派なお子でございます。それだのにあなたは、あの方達の値打ちを認めてお上げにならないんですもの、あなたはあの方達の親たる資格がお有んなさらない」

彼女は持ち前の勝ち誇った様な微笑を浮べた。

「Que voulez-vous?(どうしろと仰しゃるんですか?)ラファテル(ヨハン・カスパー・ラヴァーター(一七四一年-一八〇一年)。スイスの作家、思想家、改革派牧師。)なら我に父の愛という瘤なし、とでも言う所でしょうな」公爵はこう言った。

「冗談は止して下さいまし。わたくしは真面目にあなたと、お話ししたいと存じているのでございますよ。ねえ、わたくしあなたの乙息子(おとむすこ)さんに感心出来ませんの。この場限りの話でございますが(彼女の顔は沈んだ表情を帯びて来た)、アナトーリさんの噂は皇太后様のお耳にも入(はい)りまして、みんなあなたを気の毒がって居られますよ……」

公爵は答えなかった。アンナは無言のまま意味ありげに相手を眺めながら、答えを待った。ワシーリイ公爵は顔をしかめた。

「一体どうすればあなたのお気に入るんです!」とうとう彼は言い出した。「わたしがあれ達の教育のために、父として出来るだけの事を尽したのは、あなたもよく御存じでしょう。ところが二人とも des imbéciles(馬鹿)に出来上がってしまったのです。イッポリートの方は少なくとも柔順しい馬鹿ですが、アナトーリは乱暴な馬鹿者です。違うのはそれ切りです」いつもより余計不自然に、元気のいい微笑を浮べながらこう言ったが、その時、何かしら思い掛けなく粗野で不愉快なある物が、口の辺りに畳(たたま)った皺の中に特に鋭く現れた。

「どうしてあなたみたいな方に、お子さんが出来るんでしょうねえ? もしあなたがお父さまでいらっしゃらなかったら、わたくし何一つあなたを非難する事は出来なかったでしょうに」とアンナは物思わしげに瞳を上げながら言った。

「わたしはあなたの忠実なる奴隷です。あなた一人だけは打ち明けてお話が出来ます、わたしの子供らは――les entraves de mon existence(わたしの存在の重荷です)わたしの十字架です。わたしはこう自分に説明しています……一体どうしろと仰しゃるのです」

彼は残酷な運命に対する諦めを仕方で示しながら、しばらく言葉を切った。アンナはちょっと考え込んでいたが、「あなたはあの不身持ちなアナトーリさんを結婚させようとは、今まで一度もお考えになりませんでしたか? 人はよく、」と彼女は言った。「老嬢(オールド・ミス)は人を結婚させたがるのが病いだと申しますね。わたくしはそんな弱点を自分は感じませんけれど、ちょうどわたくしの心当たりに一人可愛い娘さんがいましてね、お父さまと一緒に不幸せな日を送っていますの。わたくし共の親戚に当たるボルコンスキイ公爵の令嬢なんですの」

ワシーリイ公爵は答えなかった。とは言え、世馴れた人々に独特の敏活な想像と記憶を以て、ただ頭をちょっと動かしただけで、この報告を参考として取り入れたという事を現した。

「あなたは御存じないかも知れませんが、あのアナトーリには年四万ルーブリからかかります」彼は悲しい思想の流れを止める力が無い様子でこう言った。彼はしばらく言葉を切った。「もしこのままで行ったら、五年後にはどうなる事でしょう? Voilà l'avantage d'être père(親たるの利益はこれくらいのものです)でその人は金持ちですか、その公爵令嬢は?」

「お父さんは非常に金持ち、そして吝嗇漢(けちんぼ)でございますの。今田舎に住んでいますが、御存じでございましょう、あの有名なボルコンスキイ公爵を? もう先帝の時分から退職になって、プロイセン王などなど諢名(こんめい)を唱われた人ですの。大変賢い人ですけれど、奇妙な癖の多い重苦しい人でございます。La pauvre petite est malheureuse comme les pierres(可哀想な娘さんは石の様に不幸せです)この令嬢の兄さんは、ほら、この間リーザ・マイネンと結婚したクトゥゾフ将軍(ミハイル・イラリオーノヴィチ・ゴレニーシチェフ=クトゥーゾフ(一七四五年-一八一三年)。ロシアの貴族、軍人。ナポレオン戦争中にロシア軍の総司令官を務めた。)の副官でございますの。この人も今日わたくし共へお見えになる筈でございます」

「Ecoutez, chère Annette(ねえ、親愛なるアンネットさん)」と不意に相手の手を取って、何故かそれを下の方へ引っ張りながら、公爵はこう言った。「何卒この話を纏めて下さい、そしたらわたしは永久にあなたの忠実なる奴隷(エールヌイ・ラーブ)になります。もっともわたしの領地の百姓頭が報告を書く時には、何時でも奴隷(ラーブ)ですがね。あの方なら生まれも立派だし、お金も十分にあるし、わたしに必要な条件をすっかり備えて居るんですからね」

こう言って公爵は彼の特色たる自由な、馴々しい、しかも優美な身振りでアンナの手を取って接吻し、安楽椅子に身を投げ掛けるように坐りながら、そっぽを向いて女官の手を軽く振るのであった。

「Attendez(待っていらっしゃい)」何やら思い巡らしつつ、アンナはこう言った。「わたくし今夜にもすぐリーザさん、la femme du jeune Bolkonsky(ボルコンスキイの若夫人)に話して見ましょう。多分巧く纏まるだろうと存じます。一つあなたのご家庭を草紙にして、オールド・ミスの仕事を修行致しましょう」


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